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合宿
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『やっぱり人の本質なんて早々変わらないよね。結局話しかけられなかった……いざ声をかけようとするとさ、怒られるかなとか、嫌われてたらどうしようとか、怖くなっちゃって。いつの間にか、向こうが挨拶してくれても目を合わせて挨拶を返せなくなった』
少し冷静さを取り戻したみぃほが自らの本音を吐露する。
彼女は、俺が今放送を聴いている事を知っている。
その上でここまで打ち明けたのだ。かなりの勇気を振り絞っているに違いない。
俺もきちんと本音を伝えなければ……。じゃないと俺がここに来た意味がない。
コメントは『大丈夫』『みぃほは悪くないじゃん』といった慰めの言葉から『それから?』『詳しく』といった話の続きの催促まで様々だ。
『結局そのまま夏休みになっちゃった。もう無理なんじゃないかって、このまま疎遠になっちゃうんじゃないかって、ずっと思ってて……だから、夏休みの勉強合宿に彼がいたのを見た時、これがきっと最後だって思った……』
夏休みの間に行われる勉強合宿は希望者のみ(赤点は強制)が参加する。
俺の成績は平均的といったところで強制ではないが、合宿に参加した。
決して勉強して成績を上げようと思ったからではない。
中谷が赤点を取ってしまったのを知っていたからだ。
「『ガタンタタン、ガタンタタン……』」
遠くで電車の走る音がする。
同時にスマホからも聞こえた。
「っ!?近いか!?」
地図を開いて線路の位置を確認する。
中谷との距離は着実に近づいていた。
それが分かっただけで心に少し余裕が生まれる。そのせいか、つい独り言が出てしまう。
「嫌われたんじゃなくて良かった……」
少しでも中谷と話す機会が欲しくて参加した合宿だったが、参加して良かった。
文化祭の真実を知れた上に、中谷の気持ちも聞けた。なにより、中谷も同じ思いをしていたことが嬉しかった。
────────────────────
7月下旬。
夏休みが始まって間もなく。
学校主催の勉強合宿が近所の林間学校で行われた。
朝から数字やらアルファベットやらを眺めて、晩には小テスト。
これで一切宿題が減らないのだからたまったものではない。
元はと言えば私が赤点を取ったせいではあるのだが、折角の夏休みが普段通りの授業と変わらないとなると流石にげんなりしてしまう。
そして全く別の悩みがもうひとつあった。
合宿に難波が参加していたことだ。
(難波くんも補習?それとも自主参加なのかな?すごいなぁ……)
少し前なら本人に訊きにいけたであろうことも、今では遠くから見つめることしかできない。
同時に話さないまま夏休みを終えると、決定的に疎遠になるとも思った。
(これが最後なのかな……そんなの嫌だな……よし!)
勉強も大事だけど恋の勉強はもっと大事だとルリも言っていた。
この合宿の課題は難波と再び話せるようになることだ。学校の課題など二の次でいい。
両手をきゅっと握りしめて決意した。
したのだが……。
進むのは学校の課題ばかりで、恋の課題は一向に進展しなかった。
(うぅ~、私のいくじなし……)
まるで生放送に出会う前の自分に戻ってしまったかのようだ。
不意に前からキョロキョロと何かを探している様子の難波が近づいてくる。
目が合う瞬間に隠れてしまう。
こんなことを繰り返し、とうとう合宿最後の夜になってしまった。
「夜は雨降らねーってよ。肝試しやろうぜ!」
「よっしゃ!あいつら呼んでくるわ!」
とぼとぼと廊下を歩いていると、男子が騒いでいる所に出くわした。
顔を上げると多目的スペースの前だった。
スペースの奥にはテレビが置いてあり、ニュースキャスターが地元の天気を報せている。
『今晩から明日の昼頃にかけて、雲ひとつ無い快晴に恵まれるでしょう。また、今週いっぱいは天候が安定し──』
男子達はこれを観て騒いでいた様で、テレビも消さずに出ていってしまった。
テレビの中では、ニュースキャスターがさもめでたい事のように明るいトーンでニュースを読み続けている。
『今夜は例年よりも早くペルセウス座流星群が観測されます。したがって今夜ピークを迎えるみずがめ座流星群に、やぎ座、ペルセウス座流星群が重なり、気象条件によっては大変多くの流星が観測される見込みです。これについて専門家は──』
(流れ星、か……願い事してみようかな、なんて……)
などと考えながら、私は玄関ホールに向かった。
(あ、難波くん誘えば良かった……)
外に出た所でその事に気がついたが、それが出来ていれば苦労はしていない。
スマホのライトを頼りに林道を歩く。
少し登った所に展望台がある。
星を見に来たはずなのに、ずっと俯いたまま歩いていた。
ぴちゃっ
冷たく湿ったものが頬を撫でる。
「ひっ……!」
驚いて振り向くと、薄ぼんやりと浮かび上がる髪の長い女性がこちらに手を伸ばしてくる。
「きゃああああああぁぁぁぁ!!!」
私は一目散に森の奥へ駆け出した。
『あれ?今の誰?』
『さぁ?参加者に女子いたか?』
『間違えたんじゃね?悪いことしたなぁ……』
まさか肝試しに巻き込まれたとは、思いもしなかった。
「はっ、はっ、はっ……」
膝に手をついて、激しく肩で息をする。
久しぶりの全力疾走でクラクラする。
なかなか息が整わないまま上体を起こすと、もうひとつの問題に直面した。
「ここ……どこ?」
どこで道を外れたのか、帰り道はすっかり闇に溶けて、林の真ん中にぽっかりと開けた土地の更に真ん中で立ち尽くす。
スマホのマップを開いてみたが、GPSの誤差か、現在地を示すアイコンは林間学校の宿舎を指している。
やむなくマップを閉じて電話張を開く。
(全然、ないなぁ……)
スカスカの電話帳には、親と合宿に来ていない友達ばかりでちっともアテにならない。
当然そこに難波の名前も無い。
(なんか、前もこんなことあったなぁ……)
助けて欲しい時に、助けに来て欲しい人がいない。
以前は醤に助けを求め、結果として目の前の難波の正体が醤だった、というオチだった。
今回は難波に助けを求めている。
(難波くんと醤さん、か)
不安で不安で仕方がない。
街灯も無く、月明かりだけの林内でか細い木の幹に体を預けて小さくうずくまる。
難波くんは今頃どうしてるかな?もしかして私を捜してくれてるんじゃないかな。醤さんならなんて言ってくれるだろう……?
そんな事を考えていた時だった。
「そっか!」
妙案が浮かんで、独り声をあげる。
いそいそとスマホを取り出し、動画投稿サイトのマイページにアクセス。生放送の準備をする。
(迷子なう、助けて!っと)
タイトルを決めると、細かな設定をすっ飛ばして放送を開始した。
これで今頃コミュニティに参加している人に放送開始の通知が届いているはずだ。
当然その中には難波が含まれている。
(お願い、気づいて……!)
祈るような気持ちで画面を見つめる。
来場者数を表すカウンターはすぐに動き始めた。
『わこつ』『わこ、どゆこと?』『何があった?ww』
コメントからリスナーの困惑が感じられる。
難波に連絡を取りたい一心で、他のリスナーも見に来るという当たり前の事をすっかり忘れていた。
「あっ、えっと、これはですね……」
何を、どこまで、どう話していいものか分からなくなって言い淀む。
『俺が助けにいくぜ!』『いやいや、ここは俺が!』『お前ら助けに行くのに何時間かかるんだよwww』
その間もリスナー達はリスナー同士で盛り上がっていく。
「あは、は……」
これは失敗したかもしれない。
当然楽しくトーク出来る心境ではないし、しかしリスナーはそれを求めて来ている。
楽観的なリスナーと自分とのギャップ。それは自分独りが取り残されている感覚で、楽しげなコメントがより孤独感を際立たせる。
(こんなとき、醤さんなら、ちゃんと話を聞いてくれたんだろうな……)
そんな事を考えるとより一層辛くなって、私はそっと放送終了ボタンをタップしようとした。
丁度その時。
『そこで待ってろ』
ごく短い一文が流れてきた。
スマホからの配信ということで、コメントビュワー機能が無いためコテハンは確認できないが、一目で醤の、難波のコメントだと分かった。
目尻がじわっと熱くなる。
画面が霞む。
届いた。願いが。
また見つけてくれた。あの時、私が初めて放送をした時のように。
「うん、待ってる……」
やや裏返り気味の涙声で小さく応えるのがやっとだった。
感情が激しく揺れ動いて、言葉がうまく紡げない。
しばらくすすり泣く声だけが放送に乗った為か、勝手に盛り上がっていたリスナーも異変を感じ始めて大人しくなる。
次第に心配するコメントが流れ始め、数を増していく。
お調子者から生真面目な人まで色んなリスナーが訪れるが、皆根はいい人ばかりだ。
気持ちの整理はつきそうもなかったが、涙を拭って、ぽつり、ぽつりと話してみる。
『私、生放送始めてから、大切なものに沢山出会えた。……始めて良かったって、心から思ってる』
少し、思い出話をしよう。
ここで出会った大切な人との軌跡を。
私の放送は、彼と共にあった。
『……生放送始めたのは高2に上がってすぐだったっけ。私、話すの苦手でさ……友達とかも全然いなくて。自分を変えたくて始めたんだよね……』
────────────────────
どうも避けられている気がする。
原因は文化祭のライブの件だろう。
確かに中谷が来ていない事に気づいた時は少なからずショックは受けたし落ち込みもした。
しかし、その後クラスの女子から何があったのか聞かされた。
それでもきっと中谷は約束を守れなかった自分を責めているんだろう。
なんとか話をしようと試みてはいるものの、目が合いそうになると逃げられてしまう。
(無理矢理とっ捕まえてもなぁ)
向こうが話す気の無いうちは下手に刺激するのも良くない気がする。
そんなこんなで合宿最後の夜を迎えてしまった。
今夜を逃すと明日からは本格的に夏休み。
こんな状態で新学期を迎えてしまえば、なおさら話しづらくなりそうだ。
「どこいったんだ……?」
ついさっきチラリと見かけて逃げられてから、一向に見つからなくなってしまった。
「お、難波じゃん。暇なら肝試ししよーぜ」
中谷を捜して廊下をうろついていると友達に話しかけられた。右手には小さな竿とこんにゃく。
(どっから持ってきたんだ、それ)
引くほど準備万端な友達の誘いを苦笑いで断って、多目的スペースの方に行ってみる。
(誰もいない、か)
畳の敷き詰められた空間には、大きな本棚と点きっぱなしのテレビだけだった。
ニュースキャスターは聞き飽きた例年以上の猛暑や物騒な国内外情勢を報じている。
多目的スペースを通り過ぎた俺は、その足で外に出た。
晴れているはずの空は、窓から漏れる光に星をかき消されてなんとも味気ない。
(なんだかなぁ~)
空回る想いや焦り、不安がない交ぜになって胸中をもやもやと霞ませる。
じっとりとのしかかる熱帯夜の空気がネガティブ思考に拍車をかけた。
ピロリン♪
どうしていいか分からないまま、どれくらいぼんやりしていただろうか。
スマホの通知音で我に返る。
緩慢な動作で画面を点けると、通知一覧の一番上に馴染みのある、生放送が始まった事を報せる一文が表示されていた。
《[生放送開始]みぃほさんが「迷子なう、助けて!」を開始しました》
「は?」
一瞬何を言っているのか分からなくて困惑する。
迷子?どこで?なんで?しかも生放送と来た。ワケが分からない。
仮に迷子になったとして、普通に電話してくれば……。
そこまで考えて気がついた。
(俺、番号知らねぇな……)
友達が増えたとはいえ、春先まで友達が皆無だったような奴だ。
学年合同のこの合宿に連絡先を知っている友達が何人いるか……。ともすれば一人もいないかもしれない。
そんな中で生放送の通知を介して送ってきたこのメッセージは。
(明らかに俺宛て、だよな)
大急ぎで通知からダイレクトに放送ページへとアクセスする。
真っ黒な放送画面は、既に救助隊リスナー達のお祭り騒ぎと化していた。
『あは、は……』
スピーカーから湿ったか細い笑い声が聞こえた。
その瞬間、全ての疑問は意識の外に吹っ飛んだ。
細かい話は後でいい。ひとまず迎えに行かなければ。
「そこで待ってろ」
ごく短いコメントを残し、玄関ホールへと引き返す。
周辺地図の乗ったパンフレットをひっ掴むと、放送画面を開いたまま駆け出した。
とりあえず林道の入り口まで行ったところで、女装した男子とこんにゃく竿をぶら下げた男子が林の奥を指差して話し込んでいる所に出くわした。
十中八九、肝試しのグループだろう。そうでなければ変態だ。
二人は走ってきた俺に気がついた様で、こちらに向き直るとこんにゃく側が話しかけてきた。
「お、難波じゃん。やっぱ参加したくなったんか?」
こんにゃくをぷらぷらさせながら爽やかな笑顔を向けてくる。
「いや、そうじゃなくて……そうだ、中谷を見なかったか?」
何か情報があれば、と思っての質問だった。
「あー、それなんだがよぅ、中谷か知らないけど参加者じゃない女子を驚かせちゃって。そいつなら林の奥に走ってっちゃったけど」
そういって目の前の林道の奥を指差す。
「ありがと!」
林の中で迷子になる女子は1日に2人と居まい。
そう信じて林道を走る。
「俺らが驚かしたのは遊歩道の手前辺りだから!その奥だと思うぞー!」
後ろから大声で伝えてくれた2人に手を挙げて応え、スマホのライトを頼りに走った。
少し冷静さを取り戻したみぃほが自らの本音を吐露する。
彼女は、俺が今放送を聴いている事を知っている。
その上でここまで打ち明けたのだ。かなりの勇気を振り絞っているに違いない。
俺もきちんと本音を伝えなければ……。じゃないと俺がここに来た意味がない。
コメントは『大丈夫』『みぃほは悪くないじゃん』といった慰めの言葉から『それから?』『詳しく』といった話の続きの催促まで様々だ。
『結局そのまま夏休みになっちゃった。もう無理なんじゃないかって、このまま疎遠になっちゃうんじゃないかって、ずっと思ってて……だから、夏休みの勉強合宿に彼がいたのを見た時、これがきっと最後だって思った……』
夏休みの間に行われる勉強合宿は希望者のみ(赤点は強制)が参加する。
俺の成績は平均的といったところで強制ではないが、合宿に参加した。
決して勉強して成績を上げようと思ったからではない。
中谷が赤点を取ってしまったのを知っていたからだ。
「『ガタンタタン、ガタンタタン……』」
遠くで電車の走る音がする。
同時にスマホからも聞こえた。
「っ!?近いか!?」
地図を開いて線路の位置を確認する。
中谷との距離は着実に近づいていた。
それが分かっただけで心に少し余裕が生まれる。そのせいか、つい独り言が出てしまう。
「嫌われたんじゃなくて良かった……」
少しでも中谷と話す機会が欲しくて参加した合宿だったが、参加して良かった。
文化祭の真実を知れた上に、中谷の気持ちも聞けた。なにより、中谷も同じ思いをしていたことが嬉しかった。
────────────────────
7月下旬。
夏休みが始まって間もなく。
学校主催の勉強合宿が近所の林間学校で行われた。
朝から数字やらアルファベットやらを眺めて、晩には小テスト。
これで一切宿題が減らないのだからたまったものではない。
元はと言えば私が赤点を取ったせいではあるのだが、折角の夏休みが普段通りの授業と変わらないとなると流石にげんなりしてしまう。
そして全く別の悩みがもうひとつあった。
合宿に難波が参加していたことだ。
(難波くんも補習?それとも自主参加なのかな?すごいなぁ……)
少し前なら本人に訊きにいけたであろうことも、今では遠くから見つめることしかできない。
同時に話さないまま夏休みを終えると、決定的に疎遠になるとも思った。
(これが最後なのかな……そんなの嫌だな……よし!)
勉強も大事だけど恋の勉強はもっと大事だとルリも言っていた。
この合宿の課題は難波と再び話せるようになることだ。学校の課題など二の次でいい。
両手をきゅっと握りしめて決意した。
したのだが……。
進むのは学校の課題ばかりで、恋の課題は一向に進展しなかった。
(うぅ~、私のいくじなし……)
まるで生放送に出会う前の自分に戻ってしまったかのようだ。
不意に前からキョロキョロと何かを探している様子の難波が近づいてくる。
目が合う瞬間に隠れてしまう。
こんなことを繰り返し、とうとう合宿最後の夜になってしまった。
「夜は雨降らねーってよ。肝試しやろうぜ!」
「よっしゃ!あいつら呼んでくるわ!」
とぼとぼと廊下を歩いていると、男子が騒いでいる所に出くわした。
顔を上げると多目的スペースの前だった。
スペースの奥にはテレビが置いてあり、ニュースキャスターが地元の天気を報せている。
『今晩から明日の昼頃にかけて、雲ひとつ無い快晴に恵まれるでしょう。また、今週いっぱいは天候が安定し──』
男子達はこれを観て騒いでいた様で、テレビも消さずに出ていってしまった。
テレビの中では、ニュースキャスターがさもめでたい事のように明るいトーンでニュースを読み続けている。
『今夜は例年よりも早くペルセウス座流星群が観測されます。したがって今夜ピークを迎えるみずがめ座流星群に、やぎ座、ペルセウス座流星群が重なり、気象条件によっては大変多くの流星が観測される見込みです。これについて専門家は──』
(流れ星、か……願い事してみようかな、なんて……)
などと考えながら、私は玄関ホールに向かった。
(あ、難波くん誘えば良かった……)
外に出た所でその事に気がついたが、それが出来ていれば苦労はしていない。
スマホのライトを頼りに林道を歩く。
少し登った所に展望台がある。
星を見に来たはずなのに、ずっと俯いたまま歩いていた。
ぴちゃっ
冷たく湿ったものが頬を撫でる。
「ひっ……!」
驚いて振り向くと、薄ぼんやりと浮かび上がる髪の長い女性がこちらに手を伸ばしてくる。
「きゃああああああぁぁぁぁ!!!」
私は一目散に森の奥へ駆け出した。
『あれ?今の誰?』
『さぁ?参加者に女子いたか?』
『間違えたんじゃね?悪いことしたなぁ……』
まさか肝試しに巻き込まれたとは、思いもしなかった。
「はっ、はっ、はっ……」
膝に手をついて、激しく肩で息をする。
久しぶりの全力疾走でクラクラする。
なかなか息が整わないまま上体を起こすと、もうひとつの問題に直面した。
「ここ……どこ?」
どこで道を外れたのか、帰り道はすっかり闇に溶けて、林の真ん中にぽっかりと開けた土地の更に真ん中で立ち尽くす。
スマホのマップを開いてみたが、GPSの誤差か、現在地を示すアイコンは林間学校の宿舎を指している。
やむなくマップを閉じて電話張を開く。
(全然、ないなぁ……)
スカスカの電話帳には、親と合宿に来ていない友達ばかりでちっともアテにならない。
当然そこに難波の名前も無い。
(なんか、前もこんなことあったなぁ……)
助けて欲しい時に、助けに来て欲しい人がいない。
以前は醤に助けを求め、結果として目の前の難波の正体が醤だった、というオチだった。
今回は難波に助けを求めている。
(難波くんと醤さん、か)
不安で不安で仕方がない。
街灯も無く、月明かりだけの林内でか細い木の幹に体を預けて小さくうずくまる。
難波くんは今頃どうしてるかな?もしかして私を捜してくれてるんじゃないかな。醤さんならなんて言ってくれるだろう……?
そんな事を考えていた時だった。
「そっか!」
妙案が浮かんで、独り声をあげる。
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(迷子なう、助けて!っと)
タイトルを決めると、細かな設定をすっ飛ばして放送を開始した。
これで今頃コミュニティに参加している人に放送開始の通知が届いているはずだ。
当然その中には難波が含まれている。
(お願い、気づいて……!)
祈るような気持ちで画面を見つめる。
来場者数を表すカウンターはすぐに動き始めた。
『わこつ』『わこ、どゆこと?』『何があった?ww』
コメントからリスナーの困惑が感じられる。
難波に連絡を取りたい一心で、他のリスナーも見に来るという当たり前の事をすっかり忘れていた。
「あっ、えっと、これはですね……」
何を、どこまで、どう話していいものか分からなくなって言い淀む。
『俺が助けにいくぜ!』『いやいや、ここは俺が!』『お前ら助けに行くのに何時間かかるんだよwww』
その間もリスナー達はリスナー同士で盛り上がっていく。
「あは、は……」
これは失敗したかもしれない。
当然楽しくトーク出来る心境ではないし、しかしリスナーはそれを求めて来ている。
楽観的なリスナーと自分とのギャップ。それは自分独りが取り残されている感覚で、楽しげなコメントがより孤独感を際立たせる。
(こんなとき、醤さんなら、ちゃんと話を聞いてくれたんだろうな……)
そんな事を考えるとより一層辛くなって、私はそっと放送終了ボタンをタップしようとした。
丁度その時。
『そこで待ってろ』
ごく短い一文が流れてきた。
スマホからの配信ということで、コメントビュワー機能が無いためコテハンは確認できないが、一目で醤の、難波のコメントだと分かった。
目尻がじわっと熱くなる。
画面が霞む。
届いた。願いが。
また見つけてくれた。あの時、私が初めて放送をした時のように。
「うん、待ってる……」
やや裏返り気味の涙声で小さく応えるのがやっとだった。
感情が激しく揺れ動いて、言葉がうまく紡げない。
しばらくすすり泣く声だけが放送に乗った為か、勝手に盛り上がっていたリスナーも異変を感じ始めて大人しくなる。
次第に心配するコメントが流れ始め、数を増していく。
お調子者から生真面目な人まで色んなリスナーが訪れるが、皆根はいい人ばかりだ。
気持ちの整理はつきそうもなかったが、涙を拭って、ぽつり、ぽつりと話してみる。
『私、生放送始めてから、大切なものに沢山出会えた。……始めて良かったって、心から思ってる』
少し、思い出話をしよう。
ここで出会った大切な人との軌跡を。
私の放送は、彼と共にあった。
『……生放送始めたのは高2に上がってすぐだったっけ。私、話すの苦手でさ……友達とかも全然いなくて。自分を変えたくて始めたんだよね……』
────────────────────
どうも避けられている気がする。
原因は文化祭のライブの件だろう。
確かに中谷が来ていない事に気づいた時は少なからずショックは受けたし落ち込みもした。
しかし、その後クラスの女子から何があったのか聞かされた。
それでもきっと中谷は約束を守れなかった自分を責めているんだろう。
なんとか話をしようと試みてはいるものの、目が合いそうになると逃げられてしまう。
(無理矢理とっ捕まえてもなぁ)
向こうが話す気の無いうちは下手に刺激するのも良くない気がする。
そんなこんなで合宿最後の夜を迎えてしまった。
今夜を逃すと明日からは本格的に夏休み。
こんな状態で新学期を迎えてしまえば、なおさら話しづらくなりそうだ。
「どこいったんだ……?」
ついさっきチラリと見かけて逃げられてから、一向に見つからなくなってしまった。
「お、難波じゃん。暇なら肝試ししよーぜ」
中谷を捜して廊下をうろついていると友達に話しかけられた。右手には小さな竿とこんにゃく。
(どっから持ってきたんだ、それ)
引くほど準備万端な友達の誘いを苦笑いで断って、多目的スペースの方に行ってみる。
(誰もいない、か)
畳の敷き詰められた空間には、大きな本棚と点きっぱなしのテレビだけだった。
ニュースキャスターは聞き飽きた例年以上の猛暑や物騒な国内外情勢を報じている。
多目的スペースを通り過ぎた俺は、その足で外に出た。
晴れているはずの空は、窓から漏れる光に星をかき消されてなんとも味気ない。
(なんだかなぁ~)
空回る想いや焦り、不安がない交ぜになって胸中をもやもやと霞ませる。
じっとりとのしかかる熱帯夜の空気がネガティブ思考に拍車をかけた。
ピロリン♪
どうしていいか分からないまま、どれくらいぼんやりしていただろうか。
スマホの通知音で我に返る。
緩慢な動作で画面を点けると、通知一覧の一番上に馴染みのある、生放送が始まった事を報せる一文が表示されていた。
《[生放送開始]みぃほさんが「迷子なう、助けて!」を開始しました》
「は?」
一瞬何を言っているのか分からなくて困惑する。
迷子?どこで?なんで?しかも生放送と来た。ワケが分からない。
仮に迷子になったとして、普通に電話してくれば……。
そこまで考えて気がついた。
(俺、番号知らねぇな……)
友達が増えたとはいえ、春先まで友達が皆無だったような奴だ。
学年合同のこの合宿に連絡先を知っている友達が何人いるか……。ともすれば一人もいないかもしれない。
そんな中で生放送の通知を介して送ってきたこのメッセージは。
(明らかに俺宛て、だよな)
大急ぎで通知からダイレクトに放送ページへとアクセスする。
真っ黒な放送画面は、既に救助隊リスナー達のお祭り騒ぎと化していた。
『あは、は……』
スピーカーから湿ったか細い笑い声が聞こえた。
その瞬間、全ての疑問は意識の外に吹っ飛んだ。
細かい話は後でいい。ひとまず迎えに行かなければ。
「そこで待ってろ」
ごく短いコメントを残し、玄関ホールへと引き返す。
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十中八九、肝試しのグループだろう。そうでなければ変態だ。
二人は走ってきた俺に気がついた様で、こちらに向き直るとこんにゃく側が話しかけてきた。
「お、難波じゃん。やっぱ参加したくなったんか?」
こんにゃくをぷらぷらさせながら爽やかな笑顔を向けてくる。
「いや、そうじゃなくて……そうだ、中谷を見なかったか?」
何か情報があれば、と思っての質問だった。
「あー、それなんだがよぅ、中谷か知らないけど参加者じゃない女子を驚かせちゃって。そいつなら林の奥に走ってっちゃったけど」
そういって目の前の林道の奥を指差す。
「ありがと!」
林の中で迷子になる女子は1日に2人と居まい。
そう信じて林道を走る。
「俺らが驚かしたのは遊歩道の手前辺りだから!その奥だと思うぞー!」
後ろから大声で伝えてくれた2人に手を挙げて応え、スマホのライトを頼りに走った。
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一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
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