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文化祭~中谷side~
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私の日常は変わった。
今までは突然話に入ってきて変な奴だと思われないかなとか、私なんかと喋っても楽しくないかなとか、色んな心配が頭をよぎって話しかけるのが怖かった。
だけど、勇気を振り絞ってPCを開いたあの日。大切なあの人が画面の向こうから語りかけてくれたあの時から、私の中の何かが変わり始めた。
難波くんは私が勇気を出したからだって言ってくれるけど、私は難波くんがいなかったら話しかける勇気なんて出なかった。
だからって訳じゃないけど、難波くんとの話は特に楽しい。
上手く言葉に出来ないけど、他愛もないおしゃべりでも特別なものに思える。
それなのに……どうしてこうなった。
最近難波くんと話せてない。
生放送にも来ない。
文化祭ライブの準備が忙しいのは分かるし、応援してる。
それでも、少しでも話したいと思ってしまう。
(あの時……登校中の難波くんに話しかけた時、一緒に文化祭まわろうって言えなかったのがなぁ……)
結局、未だに誘えていない。
(もしかして嫌われちゃった?何かよくないこと言っちゃったかな……)
悪い癖が出る。
分かっていてもポジティブにはなれなかった。
ずるずると時間だけが過ぎていく。
ホームルームが終わり、鞄を持って振り返った時にはもう難波は隣の席のバンドメンバーと教室を出るところだった。
「あぅ……」
言葉に成りきらない声が届くことなく宙に消えた。
「瑞穂、帰ろっ」
ミカ──仲の良い活発な女子生徒──が呼んでいる。
「…中谷さん?」
ルリ──もう一人の仲の良い小柄な女子生徒──が、訝しげに様子を伺う。
「軽音部がどうかしたの?」
視線の先まで読まれていたとは。
慌てて視線を二人に戻すと鞄を背負い直す。
「う、ううん!なんでもないよ!帰ろ!」
笑顔で誤魔化すと3人で教室を出る。
「ところで2人とも、部活は?」
ミカは陸上部で、ルリは美術部だったはずだ。
「私はもう完成したから」
ルリが言っているのは文化祭に出展する作品のことだろう。CGアートにするとか言っていたが、そんなに早く完成するものなのだろうか。
「あたし今日は休みになったんだ~。文化祭の準備で人も少ないし、空模様もこんなだしねー」
ミカがそういって窓の外を見上げる。
空は分厚い雲に覆われ、まだ日も高い時間だが周りは薄暗い。
「そういえば夕方から天気が崩れるってニュースで言ってたわね」
ルリが鞄をごそごそと探って折り畳み傘を確認する。
「……良かった」
どうやら持ってきていたようだ。
「げ……、あたし持ってきてないわー。降りださない内に帰ろ?」
そう言ってミカは足を少し早めた。
「あのさ、文化祭一緒に回らない?」
校門を出た辺りでミカが唐突に切り出す。
「もう誰かと約束しちゃった?」
ミカが不安げな顔をする。
「別に、いいけど」
ルリは二つ返事で承諾した。
「私も……」
そこまで言って、難波の事が頭をよぎる。
(あ、ライブには行きたいな……。でも折角誘ってくれたのを断るのも……)
少し悩んで言葉が詰まる。
「どうしたの?」
ミカが首をかしげる。
「あ、ううん、私も大丈夫だよ」
とっさに答えた。
「そっか、えへー」
ミカがにぱーっと笑う。
(ま、まあ、ライブの時に抜ければいい、よね?)
一人葛藤する私をルリは横目で見ていたが、私は気がつかなかった。
そして文化祭当日。
学校の正門通りには出店が並び、あちこちから醤油やソースの焦げる良い香りが漂ってくる。
校舎に入れば各教室はお化け屋敷や喫茶店に姿を変え、ズタボロの服やエプロンに身を包んだ生徒が客引きをしている。
「ねぇねぇ!瑞穂!ルリ!どっから回る?」
まるで遊園地にでも来たかのようにミカは楽しそうだ。
「賑やかね」
ルリはどちらかと言えば1人で静かに何かに取り組むのを好むタイプで、明るい喧騒を前に眉間にシワを寄せている。
空はさっぱりと晴れ、皆の盛り上がりも二割増しの今日は尚更だろう。
「あはは……、今日はそういう日だからね」
心中お察しするが、私自身こういうイベント事は嫌いではない。
今までは独りぼっちだったから、ずっと出し物の手伝いで1日過ごしたりもしたが、今年は一緒に回れる友達がいる。
正直楽しみで仕方がなかった。
「二人とも、何してんのー!」
人ごみに消えたミカは、両手に食べ物を満載して人ごみから現れた。
「やっぱレベルは低いねー」
そう言いながら焼きそばをほおばる。
ソースをケチって薄めたのか、べちゃべちゃだ。
「お!これはおいしい」
今度は大きなフランクフルトにかぶりついて目を輝かせる。
「そりゃ、焼くだけなんだから失敗しないでしょ……」
ルリは少々呆れ顔だ。
「瑞穂も食べなよ」
ミカはそう言って、あっという間に食べ終わったフランクフルトの串をたこ焼きに刺してこちらに差し出す。
「あ、ありがと」
両手に焼きそばとたこ焼きを持ちながら串を操るとは器用なものだ。
たこ焼きは形こそ歪ではあったが、味はとても美味しかった。
(文化祭の出店料理ってこんなに美味しかったっけ……)
去年とは比べ物にならない。
これが友達パワーの成せるワザか……。
油断すると涙が出そうだった。
「もぐもぐ、ほいたらほこ行く?むぐむぐ、あたひはねぇ……」
たこ焼きを幾つも刺して団子のようになった串をくわえながらミカが文化祭のパンフレットを開く。
「ちょっと、食べながら喋らないの。何言ってるのか分からないわ」
そんなミカをルリがたしなめた。
そんな二人を見ているだけで楽しい。
胸の中で何かがじわーっと広がり、満たされていくようだ。
「どうしたの、中谷さん。ぼーっとして?」
「ねーねー、瑞穂はどこ行きたいー?」
二人がこちらを振り返る。
「私?私はねぇ……」
行き先を決めるべくパンフレットを覗き込んだ。
午前中にお化け屋敷や各文化部の出し物を一通り回った私達は、出店でお昼ご飯になりそうなものを買って自分の教室に戻っていた。
私のクラスは喫茶店をやっていて、お昼時の今は大賑わいだ。
そのせいかキッチン併設の控え室でべちゃべちゃの焼きそばを食べていた私達に声がかかった。
「ねぇ、悪いんだけど少し手伝ってくれない?」
私の番は当分先だが、だからと言って断る理由もないし、ライブまでも時間がある。
私は引き受けることにした。
ミカも「しょうがないなぁ」などと言いながら立ち上がり、それにルリも続く。
「わっ、中谷さんすごい手際いいね!料理とかよくするの?」
キッチンに入った私の調理を見たクラスメイトが驚嘆の声をあげる。
「ま、まあね……」
伊達に中学1年生からの4年間、独りで淡々と文化祭の出し物スタッフに従事していない。
ホールの方ではミカが持ち前の明るさで人気を博し、ルリもクールさが一部の男性客にウケているようだ。
目まぐるしいランチラッシュはお昼時を過ぎても続いた。
(そろそろライブの時間だ)
ちらりと時計を見やると2時を回ろうかというところだった。
難波たちのグループは2時半から。早めに行って前の方に陣取りたいところだ。
一言掛けて抜けようとホールの様子を伺うも、未だ客足は衰えない。
お昼ご飯目当ての客からウェイトレス(主にミカ)目当ての客層に移っている気がしなくもない。
「ごめんねー、時間担当の奴が忘れちゃってるみたいでさー。ほんっと男子って適当よね!電話にも出ないしさ」
私達に手伝いを頼んできたクラスメイトが愚痴る。この子の担当時間も過ぎているはずだ。
「中谷さんがいてくれて、ほんと助かるよ。ありがとね」
同じく時間外労働をしている人にここまで言われては、ライブに行きたいので抜けますなんて言えるはずもなく、私はただひたすらに担当者が早く戻ってくるのを祈った。
時間は刻一刻と過ぎ、例の男子らと連絡が取れたときには既にライブの時間になっていた。
(ごめんなさい、難波くん、ごめんなさい……!)
心の中で謝る。
ひとつのグループに与えられる時間はせいぜい20分位だろう。
今から走っていけば、半分は見られる。
しかし、人手不足がそうはさせなかった。
ホールにいるルリもこちらに何か言いたげな視線を送ってくるが、実際におしゃべりする余裕はなさそうだ。
男子らが戻るまでの時間は気持ちが焦ってか、あまりにも長く感じた。
「やー、わりーわりー。すーっかり忘れてたわー」
呑気に遅刻してきた男子らは特に急ぐ様子もなく、両手にスーパーボールやら綿飴やら、充実感丸出しで現れた。
「あんたら何やってたの!」
女子の一人が目くじらを立てる。
「皆に迷惑かけたんだからね!」
「だからわりーって言ってんじゃんか」
ちっとも反省した様子のない男子のそぶりは、彼女の神経を逆なでする一方だった。
「何よその態度!ふざけんじゃないわよ!中谷さんも何か言ってやりなさいよ」
しかし私にとっては男子の糾弾なんてどうでもよかった。
「ごめん、私急ぐから!」
言うが早いかエプロンと三角巾を脱ぎ捨てて教室を飛び出す。
「ちょっ、中谷さん!?」
私はライブ会場である講堂に全力で走った。
講堂の重たい扉を半ば体当たりをするように押し開ける。
途端に中からどわっと歓声が溢れてきた。
ぜぇぜぇと肩で息をしながら駆け込んできた私に入り口付近の人の視線が集まる。
しかしそんなことも気にせずステージを確認した。
「あっ……」
ステージでは複数の生徒が
セットを交換している。
下手の舞台袖にはける難波の後ろ姿がちらりと見えた。
「間に、合わなかった……」
私はその場にぺたりと崩れた。
「元気出しなって、折角午後もフリーになったんだしさ」
ミカが気を使って慰めてくれる。
本来なら今は教室で調理している予定だが、昼に働いた為か遊んできていいと言われた。(代わりに今は遅刻男子が使役されている)
「ライブ、残念だったね。言ってくれれば何とかしたのに」
「ううん、いいの。気にしないで……」
友達に仕事を押し付けてライブに行けるほど図々しくはない。
ただ諦めがつくほどさっぱりした性格でもなかった。
「とりあえず連絡してみたら?」
ルリの進言に首をかしげる。
「難波君、でしょ?約束でもしてたんじゃないの?」
「へぇっ!?なんで、知って!?」
ルリに言い当てられてたじろぐ。
「見てりゃ何となく分かるわよ。約束してたかはカマかけたとこあるけど」
「そ、そうなんだ……」
私はそんなに分かりやすいのだろうか。少し恥ずかしい。そしてもっと恥ずかしいことに……
「私、連絡先知らない」
「えっ!?あんなに仲良いのに!?」
「な、仲良いだなんてそんなっ!」
「そこじゃないでしょ……」
ミカが呆れ気味につっこむ。
「でも中谷さん、こういうのは早めに解決しといた方がいいよ?」
ルリの言葉に背中を押される。
「そうかな……そうだよね。うん、私ちょっと難波くん探してくる」
そういって駆け出したものの、私の頭の中はぐるぐると同じところを巡る一方で、結論に行き着くことはなかった。
今までは突然話に入ってきて変な奴だと思われないかなとか、私なんかと喋っても楽しくないかなとか、色んな心配が頭をよぎって話しかけるのが怖かった。
だけど、勇気を振り絞ってPCを開いたあの日。大切なあの人が画面の向こうから語りかけてくれたあの時から、私の中の何かが変わり始めた。
難波くんは私が勇気を出したからだって言ってくれるけど、私は難波くんがいなかったら話しかける勇気なんて出なかった。
だからって訳じゃないけど、難波くんとの話は特に楽しい。
上手く言葉に出来ないけど、他愛もないおしゃべりでも特別なものに思える。
それなのに……どうしてこうなった。
最近難波くんと話せてない。
生放送にも来ない。
文化祭ライブの準備が忙しいのは分かるし、応援してる。
それでも、少しでも話したいと思ってしまう。
(あの時……登校中の難波くんに話しかけた時、一緒に文化祭まわろうって言えなかったのがなぁ……)
結局、未だに誘えていない。
(もしかして嫌われちゃった?何かよくないこと言っちゃったかな……)
悪い癖が出る。
分かっていてもポジティブにはなれなかった。
ずるずると時間だけが過ぎていく。
ホームルームが終わり、鞄を持って振り返った時にはもう難波は隣の席のバンドメンバーと教室を出るところだった。
「あぅ……」
言葉に成りきらない声が届くことなく宙に消えた。
「瑞穂、帰ろっ」
ミカ──仲の良い活発な女子生徒──が呼んでいる。
「…中谷さん?」
ルリ──もう一人の仲の良い小柄な女子生徒──が、訝しげに様子を伺う。
「軽音部がどうかしたの?」
視線の先まで読まれていたとは。
慌てて視線を二人に戻すと鞄を背負い直す。
「う、ううん!なんでもないよ!帰ろ!」
笑顔で誤魔化すと3人で教室を出る。
「ところで2人とも、部活は?」
ミカは陸上部で、ルリは美術部だったはずだ。
「私はもう完成したから」
ルリが言っているのは文化祭に出展する作品のことだろう。CGアートにするとか言っていたが、そんなに早く完成するものなのだろうか。
「あたし今日は休みになったんだ~。文化祭の準備で人も少ないし、空模様もこんなだしねー」
ミカがそういって窓の外を見上げる。
空は分厚い雲に覆われ、まだ日も高い時間だが周りは薄暗い。
「そういえば夕方から天気が崩れるってニュースで言ってたわね」
ルリが鞄をごそごそと探って折り畳み傘を確認する。
「……良かった」
どうやら持ってきていたようだ。
「げ……、あたし持ってきてないわー。降りださない内に帰ろ?」
そう言ってミカは足を少し早めた。
「あのさ、文化祭一緒に回らない?」
校門を出た辺りでミカが唐突に切り出す。
「もう誰かと約束しちゃった?」
ミカが不安げな顔をする。
「別に、いいけど」
ルリは二つ返事で承諾した。
「私も……」
そこまで言って、難波の事が頭をよぎる。
(あ、ライブには行きたいな……。でも折角誘ってくれたのを断るのも……)
少し悩んで言葉が詰まる。
「どうしたの?」
ミカが首をかしげる。
「あ、ううん、私も大丈夫だよ」
とっさに答えた。
「そっか、えへー」
ミカがにぱーっと笑う。
(ま、まあ、ライブの時に抜ければいい、よね?)
一人葛藤する私をルリは横目で見ていたが、私は気がつかなかった。
そして文化祭当日。
学校の正門通りには出店が並び、あちこちから醤油やソースの焦げる良い香りが漂ってくる。
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「ねぇねぇ!瑞穂!ルリ!どっから回る?」
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「賑やかね」
ルリはどちらかと言えば1人で静かに何かに取り組むのを好むタイプで、明るい喧騒を前に眉間にシワを寄せている。
空はさっぱりと晴れ、皆の盛り上がりも二割増しの今日は尚更だろう。
「あはは……、今日はそういう日だからね」
心中お察しするが、私自身こういうイベント事は嫌いではない。
今までは独りぼっちだったから、ずっと出し物の手伝いで1日過ごしたりもしたが、今年は一緒に回れる友達がいる。
正直楽しみで仕方がなかった。
「二人とも、何してんのー!」
人ごみに消えたミカは、両手に食べ物を満載して人ごみから現れた。
「やっぱレベルは低いねー」
そう言いながら焼きそばをほおばる。
ソースをケチって薄めたのか、べちゃべちゃだ。
「お!これはおいしい」
今度は大きなフランクフルトにかぶりついて目を輝かせる。
「そりゃ、焼くだけなんだから失敗しないでしょ……」
ルリは少々呆れ顔だ。
「瑞穂も食べなよ」
ミカはそう言って、あっという間に食べ終わったフランクフルトの串をたこ焼きに刺してこちらに差し出す。
「あ、ありがと」
両手に焼きそばとたこ焼きを持ちながら串を操るとは器用なものだ。
たこ焼きは形こそ歪ではあったが、味はとても美味しかった。
(文化祭の出店料理ってこんなに美味しかったっけ……)
去年とは比べ物にならない。
これが友達パワーの成せるワザか……。
油断すると涙が出そうだった。
「もぐもぐ、ほいたらほこ行く?むぐむぐ、あたひはねぇ……」
たこ焼きを幾つも刺して団子のようになった串をくわえながらミカが文化祭のパンフレットを開く。
「ちょっと、食べながら喋らないの。何言ってるのか分からないわ」
そんなミカをルリがたしなめた。
そんな二人を見ているだけで楽しい。
胸の中で何かがじわーっと広がり、満たされていくようだ。
「どうしたの、中谷さん。ぼーっとして?」
「ねーねー、瑞穂はどこ行きたいー?」
二人がこちらを振り返る。
「私?私はねぇ……」
行き先を決めるべくパンフレットを覗き込んだ。
午前中にお化け屋敷や各文化部の出し物を一通り回った私達は、出店でお昼ご飯になりそうなものを買って自分の教室に戻っていた。
私のクラスは喫茶店をやっていて、お昼時の今は大賑わいだ。
そのせいかキッチン併設の控え室でべちゃべちゃの焼きそばを食べていた私達に声がかかった。
「ねぇ、悪いんだけど少し手伝ってくれない?」
私の番は当分先だが、だからと言って断る理由もないし、ライブまでも時間がある。
私は引き受けることにした。
ミカも「しょうがないなぁ」などと言いながら立ち上がり、それにルリも続く。
「わっ、中谷さんすごい手際いいね!料理とかよくするの?」
キッチンに入った私の調理を見たクラスメイトが驚嘆の声をあげる。
「ま、まあね……」
伊達に中学1年生からの4年間、独りで淡々と文化祭の出し物スタッフに従事していない。
ホールの方ではミカが持ち前の明るさで人気を博し、ルリもクールさが一部の男性客にウケているようだ。
目まぐるしいランチラッシュはお昼時を過ぎても続いた。
(そろそろライブの時間だ)
ちらりと時計を見やると2時を回ろうかというところだった。
難波たちのグループは2時半から。早めに行って前の方に陣取りたいところだ。
一言掛けて抜けようとホールの様子を伺うも、未だ客足は衰えない。
お昼ご飯目当ての客からウェイトレス(主にミカ)目当ての客層に移っている気がしなくもない。
「ごめんねー、時間担当の奴が忘れちゃってるみたいでさー。ほんっと男子って適当よね!電話にも出ないしさ」
私達に手伝いを頼んできたクラスメイトが愚痴る。この子の担当時間も過ぎているはずだ。
「中谷さんがいてくれて、ほんと助かるよ。ありがとね」
同じく時間外労働をしている人にここまで言われては、ライブに行きたいので抜けますなんて言えるはずもなく、私はただひたすらに担当者が早く戻ってくるのを祈った。
時間は刻一刻と過ぎ、例の男子らと連絡が取れたときには既にライブの時間になっていた。
(ごめんなさい、難波くん、ごめんなさい……!)
心の中で謝る。
ひとつのグループに与えられる時間はせいぜい20分位だろう。
今から走っていけば、半分は見られる。
しかし、人手不足がそうはさせなかった。
ホールにいるルリもこちらに何か言いたげな視線を送ってくるが、実際におしゃべりする余裕はなさそうだ。
男子らが戻るまでの時間は気持ちが焦ってか、あまりにも長く感じた。
「やー、わりーわりー。すーっかり忘れてたわー」
呑気に遅刻してきた男子らは特に急ぐ様子もなく、両手にスーパーボールやら綿飴やら、充実感丸出しで現れた。
「あんたら何やってたの!」
女子の一人が目くじらを立てる。
「皆に迷惑かけたんだからね!」
「だからわりーって言ってんじゃんか」
ちっとも反省した様子のない男子のそぶりは、彼女の神経を逆なでする一方だった。
「何よその態度!ふざけんじゃないわよ!中谷さんも何か言ってやりなさいよ」
しかし私にとっては男子の糾弾なんてどうでもよかった。
「ごめん、私急ぐから!」
言うが早いかエプロンと三角巾を脱ぎ捨てて教室を飛び出す。
「ちょっ、中谷さん!?」
私はライブ会場である講堂に全力で走った。
講堂の重たい扉を半ば体当たりをするように押し開ける。
途端に中からどわっと歓声が溢れてきた。
ぜぇぜぇと肩で息をしながら駆け込んできた私に入り口付近の人の視線が集まる。
しかしそんなことも気にせずステージを確認した。
「あっ……」
ステージでは複数の生徒が
セットを交換している。
下手の舞台袖にはける難波の後ろ姿がちらりと見えた。
「間に、合わなかった……」
私はその場にぺたりと崩れた。
「元気出しなって、折角午後もフリーになったんだしさ」
ミカが気を使って慰めてくれる。
本来なら今は教室で調理している予定だが、昼に働いた為か遊んできていいと言われた。(代わりに今は遅刻男子が使役されている)
「ライブ、残念だったね。言ってくれれば何とかしたのに」
「ううん、いいの。気にしないで……」
友達に仕事を押し付けてライブに行けるほど図々しくはない。
ただ諦めがつくほどさっぱりした性格でもなかった。
「とりあえず連絡してみたら?」
ルリの進言に首をかしげる。
「難波君、でしょ?約束でもしてたんじゃないの?」
「へぇっ!?なんで、知って!?」
ルリに言い当てられてたじろぐ。
「見てりゃ何となく分かるわよ。約束してたかはカマかけたとこあるけど」
「そ、そうなんだ……」
私はそんなに分かりやすいのだろうか。少し恥ずかしい。そしてもっと恥ずかしいことに……
「私、連絡先知らない」
「えっ!?あんなに仲良いのに!?」
「な、仲良いだなんてそんなっ!」
「そこじゃないでしょ……」
ミカが呆れ気味につっこむ。
「でも中谷さん、こういうのは早めに解決しといた方がいいよ?」
ルリの言葉に背中を押される。
「そうかな……そうだよね。うん、私ちょっと難波くん探してくる」
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