扇屋あやかし活劇

桜こう

文字の大きさ
上 下
91 / 92

しおりを挟む
 しかし無常にも、外は土砂降りと言っていいほどの様相を呈してきた。すぐに止みそうな気配は微塵もない。
 はちみつが居ても立ってもいられないといった様子で立ち上がった。
「はちみつ、てるてる坊主作るぞ」
「はちみつちゃん?」
「そうですね、いっぱいいっぱい作って、いっぱいいっぱいぶら下げようと、ましろも思っていたところです」
 ましろが賛同して立ち上がり「すずめさんも一緒に」と手を差しのべてきた。
「きっと見られますよ、花火」
「うん!」
 すずめはにっこり微笑んでましろの手を握った。
「旦那様も、作ります? てるてる坊主」
 ひとり寝転がったままの夢一に声を掛けると「おめえは馬鹿か」と無碍むげもない。
「いい年した男がてるてる坊主作ってたら怖いだろ」
 てるてる坊主を笑顔で作ってる旦那様か…………怖っ!
「それに俺はこれから仕事だ」
「仕事ってお昼寝のことですか?」
「てめえ、喧嘩売ってんのか」
 夢一は憤慨した表情でむくりと起き上がった。
「扇屋の仕事といったら扇子作りしかねえだろ」
「ましろさん、扇子の依頼なんてあったっけ?」
 すずめの問いかけに、ましろはしばし考え、それから首を傾けた。
「へっ、俺の扇子を待っている客は掃いて棄てるほどいるんだよ」
 客を掃いて棄てるとは随分な言い草だが、夢一は「ああ、忙しい、忙しい」とぶつぶつ言いながら、本当に仕事部屋にこもってしまった。
 いくぶん釈然としなかったが、すずめたち三人はそのあと激しい雨音を聞きながら、せっせとてるてる坊主作りに没頭することとなった。
 しかし――。
 軒下にぶら下げられた何十個ものてるてる坊主も虚しく、雨は止むことなく、ついに日は落ちてしまった。
「……しょうがないよね」
 三人で懸命に作ったてるてる坊主を見ながら、すずめは肩を落とすましろとはちみつになるたけ元気よく声を掛けた。
 雨は止まなかったけど、花火は見られなかったけど、すずめのためにましろとはちみつが精一杯作ってくれた何十個ものてるてる坊主が、すずめには嬉しかった。それだけで今年の夏は充分な気もした。
「はっはっはっ、そこまでしても雨が止まねえなんて、これはもうおめえらの日頃の行いが悪いからとしか思えねえな」
 むっとして振り返ると、いつの間に土間に降り立っていたのか、傘を手にした夢一が扇屋の表戸から外に出向こうとしていた。
「あら? 旦那様、出掛けるんですか?」
 こんな、雨の中?
「おめえらのしみったれたつら見ててもしょうがねえからな」
 夢一はそう言うとばさっと傘を広げた。
「夕餉は?」
「帰ってから食う。甘いもんも食いてえな。ましろ、甘納豆でも作っておいてくれ」
 それだけ言うと、夢一は振り落ちる雨に少しばかり目を細め、それからぶらぶらと歩いて行ってしまった。
「こんな雨降りの夜に仕事?」
 怪訝そうにすずめが言うと、ましろは思案顔で指を顎に当てた。
「もしそうなら、今までで一番大切な仕事でしょうね」
「すずめ~、ましろ~」
 はちみつが情けない声を出し、すずめとましろにしがみ付いてきた。
「どうしたの? はちみつちゃん」
「はちみつ、がっかりしたらおなか減ったんだ」
 うまい具合にはちみつの腹が鳴り、すずめとましろは顔を見合わせて笑った。
「よし、景気づけに今日はご馳走をじゃんじゃん作っちゃおう!」
「甘~いお菓子もじゃんじゃん作りますです!」
「はちみつ、じゃんじゃん食べるぞ!」
 雨音に負けじと威勢のいい声を響かせ、扇屋の娘三人衆は台所に向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

けもの

夢人
歴史・時代
この時代子供が間引きされるのは当たり前だ。捨てる場所から拾ってくるものもいる。この子らはけものとして育てられる。けものが脱皮して忍者となる。さあけものの人生が始まる。

織田信長に育てられた、斎藤道三の子~斎藤新五利治~

黒坂 わかな
歴史・時代
信長に臣従した佐藤家の姫・紅茂と、斎藤道三の血を引く新五。 新五は美濃斎藤家を継ぐことになるが、信長の勘気に触れ、二人は窮地に立たされる。やがて明らかになる本能寺の意外な黒幕、二人の行く末はいかに。 信長の美濃攻略から本能寺の変の後までを、紅茂と新五双方の語り口で描いた、戦国の物語。

淡き河、流るるままに

糸冬
歴史・時代
天正八年(一五八〇年)、播磨国三木城において、二年近くに及んだ羽柴秀吉率いる織田勢の厳重な包囲の末、別所家は当主・別所長治の自刃により滅んだ。 その家臣と家族の多くが居場所を失い、他国へと流浪した。 時は流れて慶長五年(一六〇〇年)。 徳川家康が会津の上杉征伐に乗り出す不穏な情勢の中、淡河次郎は、讃岐国坂出にて、小さな寺の食客として逼塞していた。 彼の父は、淡河定範。かつて別所の重臣として、淡河城にて織田の軍勢を雌馬をけしかける奇策で退けて一矢報いた武勇の士である。 肩身の狭い暮らしを余儀なくされている次郎のもとに、「別所長治の遺児」を称する僧形の若者・別所源兵衛が姿を見せる。 福島正則の元に馳せ参じるという源兵衛に説かれ、次郎は武士として世に出る覚悟を固める。 別所家、そして淡河家の再興を賭けた、世に知られざる男たちの物語が動き出す。

夜珠あやかし手帖 ろくろくび

井田いづ
歴史・時代
あなたのことを、首を長くしてお待ちしておりましたのに──。 +++ 今も昔も世間には妖怪譚がありふれているように、この辻にもまた不思議な噂が立っていた。曰く、そこには辻斬りの妖がいるのだと──。 団子屋の娘たまはうっかり辻斬り現場を見てしまった晩から、おかしな事件に巻き込まれていく。 町娘たまと妖斬り夜四郎の妖退治譚、ここに開幕! (二作目→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/284186508/398634218)

処理中です...