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八章
十二
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突如として、夏の日差しでさえ凍りつきそうな風雪が巻き起こった。横殴りのその猛威は、全身で踏ん張っていないと吹き飛ばされそうで、すずめははちみつを、夢一は意識を失ったままの五十兵衛を庇い立てする。
すずめは髪や睫毛さえも凍らせながら、必死に父──氷の矛で撃たれた仔弐阿弥を呼んだ。
「父様! 父様!」
視界を遮る雪片の向こうで、仔弐阿弥は体を矛に貫かれたまますずめを見つめていた。その瞳が穏やかに笑っている。慈しむそのまなざしは、遠い昔、幼い頃の自分にいつも向けられていたもの。懐かしくうれしいのに、そんな父の命が危機に瀕していることに底知れない不安が押し寄せてくる。
轟々と唸る吹雪の中、仔弐阿弥がゆっくりと頷く。いても立ってもいられず、すずめは猛吹雪の中、仔弐阿弥に向かって必死に歩を進めた。
「父様! 今行くから!」
風雪に抗い、父の元へ行こうとするすずめに、仔弐阿弥がなにかを叫んだ。が、轟々と荒れ狂う風の音にかき消され、それはすずめの耳に届いてこない。やがてその唇の動きがひとつの言葉を紡いだことに、すずめは気がついた。
――”さらば”と。
「駄目っ! やめて父様!!」
不穏な予感に叫ぶすずめ。仔弐阿弥はそれに穏やかな目顔で頷くと、懐から一本の扇子を取り出した。震える手でそれを開いていく。
「父様!!」
その扇面には、傷から流れでた血のひとすじのような文字で、ただ仔弐阿弥の名が記されていた。名の結びには仔弐阿弥の落款印。簡素な、しかしどこか悲愴で不気味な扇子。
その扇子に、驚いたのは夢一だった。
「血扇か!?」
「血扇!? なんですかそれ!? 父様はなにをしようとしてるの!? 教えて旦那様!!」
夢一はすずめの問いに言いよどみ、しかしすぐに思い直したように答えた。
「血扇ってのは、己の命と引き換えに強力な魔思を降ろす、最期の扇!」
すずめは暴風雪の中でさらに血の気を失い、父、仔弐阿弥に駆け寄ろうとした。なんとしてでも血扇を使うのを止めなければ、その一心で。
「やめてっ! 父様っ!」
だが風の音も娘の声も寄せ付けない、仔弐阿弥の声が響いた。仔弐阿弥の吐いた血飛沫が、中空の雪片を赤く染める。
「――血扇、”しじま”!」
すずめは髪や睫毛さえも凍らせながら、必死に父──氷の矛で撃たれた仔弐阿弥を呼んだ。
「父様! 父様!」
視界を遮る雪片の向こうで、仔弐阿弥は体を矛に貫かれたまますずめを見つめていた。その瞳が穏やかに笑っている。慈しむそのまなざしは、遠い昔、幼い頃の自分にいつも向けられていたもの。懐かしくうれしいのに、そんな父の命が危機に瀕していることに底知れない不安が押し寄せてくる。
轟々と唸る吹雪の中、仔弐阿弥がゆっくりと頷く。いても立ってもいられず、すずめは猛吹雪の中、仔弐阿弥に向かって必死に歩を進めた。
「父様! 今行くから!」
風雪に抗い、父の元へ行こうとするすずめに、仔弐阿弥がなにかを叫んだ。が、轟々と荒れ狂う風の音にかき消され、それはすずめの耳に届いてこない。やがてその唇の動きがひとつの言葉を紡いだことに、すずめは気がついた。
――”さらば”と。
「駄目っ! やめて父様!!」
不穏な予感に叫ぶすずめ。仔弐阿弥はそれに穏やかな目顔で頷くと、懐から一本の扇子を取り出した。震える手でそれを開いていく。
「父様!!」
その扇面には、傷から流れでた血のひとすじのような文字で、ただ仔弐阿弥の名が記されていた。名の結びには仔弐阿弥の落款印。簡素な、しかしどこか悲愴で不気味な扇子。
その扇子に、驚いたのは夢一だった。
「血扇か!?」
「血扇!? なんですかそれ!? 父様はなにをしようとしてるの!? 教えて旦那様!!」
夢一はすずめの問いに言いよどみ、しかしすぐに思い直したように答えた。
「血扇ってのは、己の命と引き換えに強力な魔思を降ろす、最期の扇!」
すずめは暴風雪の中でさらに血の気を失い、父、仔弐阿弥に駆け寄ろうとした。なんとしてでも血扇を使うのを止めなければ、その一心で。
「やめてっ! 父様っ!」
だが風の音も娘の声も寄せ付けない、仔弐阿弥の声が響いた。仔弐阿弥の吐いた血飛沫が、中空の雪片を赤く染める。
「――血扇、”しじま”!」
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