扇屋あやかし活劇

桜こう

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七章

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「生まれしえにし、今こそ出でよ! ”天空あまぞら千里眼せんりがん”!」
 扇子を持った手に、びりびりと引き裂かれるような衝撃が走った。
 あの女、とんでもねえ代物を描きやがったな。
 夢一は扇屋の店先に立つすずめを一瞥した。すずめははちみつとふたり、固唾かたずを呑んでこちらを見守っている。
 みっともねえ姿は見せられねえ。
 魔思降ろしの衝撃に、全身の骨が震えるような痛みに襲われていた。が、夢一は何食わぬ顔を懸命に繕った。
 表に出て正解だったぜ。
 霊扇から津波のように吐き出される霊験の波動は、狭い路地に奔流となって打ち付け、家屋の壁を震動させた。行き場をなくした衝撃波は土埃を巻き上げ、渦を巻きつつ空中へと散っていく。
 こんなもんを店の中で降ろしたら、店が吹き飛んじまっていたな。
 夢一は口元に笑みを浮かべながら、こんな魔思降ろしも久方振りだと心の中で呟いた。
 そうして魔思降ろしの際に発生する霊験の波を緩和させながら、夢一はすずめに秘められた霊験がなんであるかを悟った。
 すずめが白扇子に描いた魔思は、今にも飛び立ちそうに、その勇壮な両翼を広げた一羽の鷹だった。扇の中で爛々と輝く眼光の鋭さに息を呑みながら、そこから溢れ出す霊験の強さに、夢一は内心舌を巻いた。
 この霊験の強さは間違いなく竹の三番。ではすずめは霊墨れいぼくの力を、それを創りだした霊扇絵師でもないのに最大限まで引き出したということか。そんな話は聞いたことがない。
 しかしその驚異的な才能こそが、稀代の霊扇絵師、仔弐阿弥しにあみの血を引く、すずめの霊験の力なのだろう。
 正真正銘の、しかも自身が思っていた以上の”天空の千里眼”の創造を、夢一は確信した。それをうつつの実像として明確に捉える。
「来い! ”天空の千里眼”!」
 もう一度叫び、扇子を頭上へと放り投げた。
 扇子から魔思の現出煙が生じ、中空で珠のような形を成しつつ扇子を呑みこんだ。それは瞬時に膨張し、一気にぜる。と同時に響き渡る重々しい羽ばたきの音。
 そうして生まれた巨大な影は、陽光を遮り、周囲に強風を起こしながら扇屋の屋根に降り立った。
「惚れ惚れするような魔思だぜ」
 興奮気味に呟く夢一の視線の先で、身の丈一丈(約三メートル)ほどもある大鷹は、畏敬を感じさせる巨躯を佇ませ、射抜くような視線で地上を見下ろしてくる。
 その威圧に臆することもなく、夢一が前に進み出た。
「大事な探しもんがあるんだ。おめえのその翼と眼、貸してくれねえか」
 大鷹はぐぐっと首を突き出し、喉の奥で「ギギッ」と鳴いた。
「ああ、この界隈にまだいるはずだ。おめえにはそれを上空から探してもらいてえ」
「ギギギッ」
「……え? 今、なんて言ったんだ?」
 大鷹はその雄大な翼を広げ、もう一度「ギギギッ」と鳴いた。
「いや、しかし、おめえ、そんなことできんのか?」
 夢一が困惑気味に問い返すと、大鷹は答える代わりに翼を一度はためかせ、一陣の風を起こした。まるでこの翼に不可能はない、と誇示するかのように。
 なるほど、最上の絵師に描かれた魔思は、その宿りし力も最上か。
 夢一は内心の驚きを悟られないよう、しかめっ面を作ってから、軒下で呆然と”天空の千里眼”を見上げるすずめに振り返った。
「まったく、描いた奴が突拍子もねえと、生まれた魔思まで突拍子もねえ」
 すずめはおずおずと「なにか不都合でも?」と、不安顔で訊いてくる。
 調子に乗らせねえよう、褒めねえようにしねえとな。
「世間知らずの女中が描いたせいで、世間知らずの案を出してきやがった」
「あの、”天空の千里眼”さんはなんて?」
 夢一は大仰に肩をすくめて見せた。
「俺の背に乗れ、だとよ」
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