扇屋あやかし活劇

桜こう

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七章

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 扇屋の店内は台風でも起きたかのように部屋の調度類が散乱していた。桶や瓶は四方に転がり、そのほとんどは割れたり砕けたりしている。部屋の棚は倒れ、障子戸や襖にはあちこちに穴が穿ち、大半は鴨居から外れ無残に打ち捨てられていた。ましろの姿は見当たらない。
「ましろ……」
 立ちすくむはちみつに「ここにいてね」と告げ、すずめは室内へ飛び込んだ。胸騒ぎと不安な鼓動の高鳴りに、体中から汗が噴き出た。
 ましろが部屋を荒らすわけがない。ならこれは何者かが……凶悪な賊が押し入ったのではないか。奪われた金品があるのかもしれない。だが、今は正直そんなことはどうでもいい。ただただましろの無事を願った。
「ましろさん! ましろさん!!」
 壊れた調度品の欠片を避けながら、ましろを探してお勝手へ向かった。先に扇屋に踏み込み、二階へ上がっていた夢一が階段を下りてくる。
「二階にはいねえ」
 ふたり揃って血相を変え、勝手口をくぐった。
 ましろさん、お願い、無事でいて。
 しかしお勝手にもましろの姿はなく、そこには熱気だけが残っていた。かまどには火がくすぶり、そこに掛けてあったと思われる水鍋は床に落ちている。盛大に湯を撒き散らしたようで、蒸気の名残がわずかに残り、空気を湿らせていた。
「それほど経っていねえな」
 お勝手に入ってくるなり夢一は濡れた床に手を触れた。
「まだ、あったけえ」
「わたしとはちみつちゃんが買い物に出てからまだ半時も経ってません。近くの八百屋に行っただけですから」
「それなら、ましろをかどわかした野郎はまだ近くにいるってわけだ」
「ましろさん、かどわかされたんですか!?」
「その可能性が高えだろ」
「でもなんで!?」
「んなことは、かどわかした野郎に訊けよ」
「じゃあここに今すぐ連れてきてください!!」
「ああ、もううるせえな。少しは落ち着け。言い合ってる場合じゃねえだろ」
 夢一は懐から取り出した扇子で、すずめの額をぺしっと打ち付けた。
「あいたっ。こんなときに落ち着いてなんかいられないっ」
「それでも落ち着け。賊はまだ遠くに行っちゃいねえ。今なら行方を追える」
「じゃあ早く探しに行きましょう。わたしは表通りから元町方面へ向かいますから、旦那様は森下町方面へ――」
 慌てて表へ出かけたすずめの着物の襟を、夢一がひっ掴まえた。
「だから慌てんじゃねえよ、阿呆が。あてもなく探したって見つかるもんか。人手も足りねえ。みすみす賊を取り逃がすのがおちだ」
「なにもしないよりはましです!」
 涙目で憤慨するすずめの額を、もう一度夢一の扇子が打った。
「あいたっ。も~、いくら旦那様でもぶっ飛ばしますよ!」
「すずめがぴーぴー鳴くんじゃねえ。なにもしないなんて誰も言ってねえだろ。ちったあ頭を働かせろよ」
 働かないわよ! 頭の中真っ白よ! ……真っ白? …………ああ、ましろさん、どうか無事でいて。
 悲痛な面持ちのすずめの前で、しかし夢一は悠然と胸を張る。
「俺が扇士だってこと、忘れてんじゃねえだろな」
「扇士? 扇士ならましろさんを探せるんですか!? ましろさんを救えるんですか!? なら今すぐ……お願いですから──」
 すずめは思わず夢一の着物の胸元に両手ですがった。
「お願いですから、ましろさんを……助けて」
「まかせろ」
 夢一は力強く応え、不敵に笑った。
「空から賊の野郎を見つけ出す」
「……へ?」
 意味がわからない。
「旦那様、空、飛べるんですか?」
「飛べるか、馬鹿」
 即答された。
「じゃあ、空からっていったいぜんたい──」
 夢一は持っていた扇子を、すずめの眼前で勢いよく開いた。その扇子は扇面になにも描かれていない白扇子であった。
「これがなにか?」
 すずめが怪訝顔で問い返したとき、お勝手にはちみつが飛び込んできた。
「旦那様、持ってきたんだぞ!」
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