扇屋あやかし活劇

桜こう

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六章

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 骨董店高処屋たかどころやは深川の東と菊川町を隔てる掘割沿いの表通り、そこから西に下ったあたりにあった。
 店とは言っても、平屋建ての自宅の一部を申し訳程度に商いに使っているような、手狭な造りである。
「うわわわ」
 店先から店内を覗いたすずめは思わず顔をしかめ、一歩、あとずさった。
 汚い。
 玄関口まで溢れ出た古美術品、というより古道具、というよりがらくたの山を見て嫌な予感はしていたのだが、実際、店内は足の踏み場もないほど、おびただしい古物で埋め尽くされていた。
「九割方、がらくたと贋作がんさくだな」
 床に置かれた大小様々な壷や皿などの陶器、壁が隠れるほどに掛けられた掛け軸や書画を一瞥し、夢一は呆れたように吐き捨てた。
「一割ぐらいはあるんですか? お宝が」
 体が痒くなりそうで店内に入るのをためらうすずめに、夢一はつまらなそうに答えた。
「あそこに掛かってる書画は狩野かのう明暗めいあん、その三つ隣りが円山まるやま鐘雲しょううんの真作だ」
「す、すごい代物なんですか?」
 すずめにとってはどちらの名も初耳だ。
「ふたつとも三十両は下らねえが、あんだけ埃まみれの染みまみれじゃ、半額でも買い手は付かねえだろ。どうやら高処本人もその価値に気づいてなかったってところか」
「そんなので、商売ができちゃうんですか?」
「他に生計たつきの道を持っていたか。あるいは……」
「あるいは?」
 夢一は床に転がったがらくたを足で乱暴にどけながら「このがらくた使って、あくどい商売していたか、だろ」と、忌々しそうに呟いた。
「おい、こっちだ」
 店内の古道具がほぼがらくただと知ってるからか、それとも芸術品の類にはこれっぽっちも興味がないからか、我聞は行く手を阻む壷やら皿やら、それらの置かれた棚やらを無造作に掻き分けて進んでいく。夢一とすずめがそれに続き、がしゃんがらがらと、けたたましい音を響かせてやってきたのは、最奥の部屋の襖の前だった。
「で、まあ、この先が例の現場なんだが……」
 我聞がすずめを気遣うように見る。
 そのまなざしの意味に、すずめは当然思い当たる。
 このまえは事件現場で、わたし、卒倒したものね。親分さん、心配してくれてるんだね。それは嬉しいよ。でも心配するくらいなら、最初から連れて来ないでね、我聞親分。
 そんな皮肉のひとつも言いたくなったが、いや、すべての元凶は旦那様なのだと思うことにした。
「わたし、大丈夫です。平気です」
「気、失ったら、この店に飾ってってやるぜ。三文くらいで売れるかもしれねえ」
 夢一の暴言に、すずめは「あら、この壷、邪魔ね」と、足元の壷を夢一の足の上に倒して溜飲を下げた。
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