扇屋あやかし活劇

桜こう

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五章

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 勘之助の寺子屋をあとにし、三人が向かった先は近くにあった善哉屋ぜんざいやだった。
 小さいながらも落ち着いた佇まいのその店に他に客はおらず、すずめとお咲は冷やし善哉の並盛を、夢一は大盛を「俺は男だからな」というわけのわからない理由をつけて注文した。
 運ばれてきた丼一杯の大盛善哉に夢一は舌なめずりし、誰よりも早く食べはじめた。一心不乱に口に運んでいる。
「あの、旦那様?」
「ん? なんだよ?」
「甘いものが好きなんですね?」
「自慢じゃねえが大好きだ」
 たしかに自慢にならないし、よく考えたらどうでもいいことなので、明日の朝までには忘れようとすずめは思った。
「でもいいんですか?」
 すずめがあらたまって言う。
「お咲ちゃんが話せるようになったこと、我聞親分に一番に知らせなくて」と、善哉を頬張っている夢一に訊いた。
 我聞とからたちはすずめが倒れたあと、あらためて氷が溶けた座敷と勘之助の死骸の検分を行い、目ぼしい手掛かりを見つけられないまま、死骸を戸板に載せて去っていったという。
「ああ、かまやしねえよ。あとで俺から伝えてやってもいいし、話を訊きたけりゃ、また来るだろ。だいいちな、あんな怖え顔の前じゃ、話したくても話せなくなっちまうよ。な? お咲ちゃん」
 お咲は小首を傾げ「あの親分さん?」と、か細い声を零した。
「ああ、そうだ。鬼も逃げ出しそうな、ごつい顔のおっさんだ」
「あのひと、いいひと。喋れなかったお咲に、いっぱいいっぱい優しく話しかけてくれたもん」
 お咲はにっこり微笑んだが、すぐに表情を曇らせた。
「お咲、親分さんに謝らないと。ずっと話すことできなくてごめんなさいって。迷惑掛けてごめんなさいって」
「お咲ちゃんはなにも悪くないの。話せなかったのもお咲ちゃんのせいじゃないよ。親分さんも、わたしたちもそれはわかってるから、だからそんなふうに思わないで」
 痛めなくてもいい胸を痛めてる少女の肩を、すずめは思わず抱いていた。
 お咲は安心したように頷くと、夢一に振り返った。
衣音ころもねさん」
「夢一でいいよ」
「げそ男でもいいよ」
「おめえ、さっき俺が蛙女って言ったこと根に持ってやがるな」
「あらあらー、てんかの、ころもねゆめいちさまに、そのような、しつれいなことなんてー」
「なんだよ、その棒読み」
「あのう?」
 火花を飛ばしはじめたふたりの会話に、おずおずとお咲が口を挟む。その声にすずめも夢一もはっとして慌てて笑顔を見繕った。
「ごめんね、お咲ちゃん。なんでもないのよ」
「そうさ、気にしないでくれ」
 ふたりに笑顔を向けられ、お咲は「う~ん」と頭を捻り、それから思いついたように口を開いた。
「痴話喧嘩?」
「違う!」
 すずめと夢一の声が重なった。
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