想い出は珈琲の薫りとともに

玻璃美月

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番外編.秋晴れの日と、女神との祝宴

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 エドを見送ると、結婚披露パーティのセッティングがされた場所に向かう。

 アルテミスのテラス席のテーブルには白いクロスがかけられ、白を基調とした華やかな花やリボンで飾られている。席数は私たちを含めて四つだけ。今回はかなりゲストも少数で、テーブルは円を描くように並べられていた。これは私の希望だった。一般的な高砂段のような離れた場所ではなく、ゲストと同じ目線で一緒にティータイムを楽しみたいから。
 時間帯もあるし、場所が場所だけに、コンセプトはティーパーティ。美味しいコーヒーや紅茶とともに、特別なアフタヌーンティーセットを楽しむことになっている。

 先にゲストは席に着いていて、そこに辿り着くと、真っ先に真砂子に声をかけた。

「真砂子」
「どうしたの? 亜夜」

 不思議そうに立ち上がる真砂子に、私は持っていたブーケを差し出す。
 造花だけどそれには理由がある。生花では手に入らないコーヒーの白く可愛らしい花と、赤く熟した実をどうしてもあしらいたかったからだ。もしかすると、この式で一番こだわったこれを、どうしても真砂子に渡したかった。

「今までありがとう。これからもずっと友達でいてね。これ、受け取って欲しい」
「亜夜……」

 戸惑った表情で、真砂子はブーケを受け取る。

「本当に……私が貰っちゃっていいの? あんなに一生懸命考えてたのに……」

 相談していたから、私がこだわっていたのは知っている。けれど、私は最初から真砂子に渡すつもりで、それとなく彼女の好みも取り入れていた。

「当たり前じゃない。真砂子がいなかったら、今ここに風香といられなかった。私が幸せなのは真砂子のおかげ。だから……次は、真砂子に幸せになって欲しいの」

 笑顔を浮かべた私と対照的に、真砂子の目にはみるみるうちに涙の粒が膨らんだ。

「あ……りがとう。亜夜の幸せな姿を見られて充分幸せだよ」

 私のことを自分のことのように喜んでくれる大事な親友。泣かないでおこうと思ったのに、つられて涙が滲み出す。

「私は真砂子が幸せになる姿を見て、幸せになりたいから……。きっとそう、なれるって、信じてる……」

 真砂子は俯いて涙を拭いながら大きく頷く。

「うん。……うん、亜夜に、幸せになった自分を見てもらいたい。いつになるかわからないけど待ってて」

 顔を上げた真砂子は泣き笑いしている。そんな真砂子に向かって小指を差し出す。

「きっとだよ。約束ね?」

 真砂子の小指が絡まると、私たちは顔を見合わせて笑いあった。

 シャンパンで乾杯し、穏やかな陽だまりで始まったティーパーティ。
 フルコースを可愛らしく纏めたようなセットは、魚貝を使ったアミューズやお肉と合わせたセイボリーに、栗やさつまいもなど秋の味覚を使ったスイーツなどが見目麗しく飾られている。どれも普段は提供されていない、今回だけの特別なものだ。

 隣のテーブルでは、朝陽がとにかく「すげえ……」しか言わず、苦笑いしてしまう。そんな朝陽に、同じテーブルの真砂子が料理の説明をしたり、合うドリンクを教えたりと世話を焼いてくれていた。そのテーブルにいる母と、真砂子のお母さんは年代も同じだからか意気投合し、話しに花を咲かせていた。
 薫さん側の隣のテーブルでは、お祖父様は私がおすすめしたマキアートを「これは美味い」と唸りながら召し上がっている。それからお義父様は、愛妻家と言われるだけあって、楽しそうにされているお義母様を見つめて微笑んでいた。

 「おっ、メインイベント! きたよ、薫さん!」

 ワゴンで運ばれてくるものを見て、嬉しそうに声を上げたのは、もう一つのテーブルについていた安藤さんだ。その隣に座る乃々花さんは「素敵ですね」と微笑んでいる。

 アルテミスのスタッフが運んできたのは、フルーツをふんだんに使ったティラミスだ。まだ皿に分けられていない、全員分の大きさがあるもので、今から行われるのが披露宴でよく見るあれ、だ。

「新郎さま、新婦さま。前へお願いします」

 促されて私たちは前に出る。
 テラス席は区切ってあるとはいえ、中庭からも店の中からもこの場所はよく見える。何ごとかと足を止めてこちらに注目する人たちと、ゲストに見守られながらケーキの前に立った。
 これは私たちからしたいと言い出したわけではない。『パンフレットの写真に使いたいから』と言い出したのは安藤さんのようだ。

「薫さん、亜夜ちゃん。視線こっち。もっと笑顔笑顔!」

 カメラマンに徹している安藤さんが声を張っている。リボンが飾られたナイフを持つ薫さんの手に自分の手を添えると、ぎこちない笑顔を作った。
 ケーキに入刀し皿に取り分け、その皿をそのまま手にした。

「薫さん、何その顔? 親戚中にばら撒きてー!」

 写真を撮りながら安藤さんは笑う。それもそのはず。私が差し出したフォークに向かって口を開ける薫さんは、耳まで真っ赤だ。ここまで照れている薫さんを見るのは初めてだった。
 こちらまで気恥ずかしくなりながら食べさせ合うと、周りから拍手が巻き起こった。

 幸福で満ちた笑顔が溢れるテラス。
 一生忘れることはないけれど、それでも心に刻むように、みんなの顔を眺めていた。
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