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番外編.秋晴れの日と、女神との祝宴

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 うちで育てた、旬の野菜を使った料理をみんなで堪能し、賑やかに食卓を囲む。
 何気ない、日常と変わらないような穏やかな時間だったけれど、とても幸せな誕生日だった。

 それから十日が経った今日。天候だけが不安の種だったが、私たちを祝福してくれるように爽やかな秋晴れとなった。
 見慣れたホテルプリマヴェーラのロビー。いつ来ても非日常を味わえる空間で待ってくれていたのは、母と朝陽だった。
 私の顔を見るなり、朝陽は興奮気味に口を開いた。

「姉ちゃん、すげぇ。こんなところで結婚式するなんて! それに、薫兄さんの店ってあれだろ? めちゃ人並んでる!」

 朝陽は自分が学んでいることに精通している薫さんを、とにかく尊敬しているようだ。この前も二人は、これからの農業について熱く語り合っていた。

「朝陽。子どもみたいにはしゃがないのよ? 今日はアルテミスも席数減らしてるから余計かも。ちょっと申し訳ないんだけど……」

 数週間前から店先には告知されていたけれど、それを知らず訪れる人もたくさんいただろう。今日の午後の、一番いい時間帯。テラス席は使用できないのだ。

「風香ちゃんはもうそろそろ眠いのかしら?」

 ベビーカーに乗せた風香が目を擦っているのに気づいたのか母が言う。

「いつもそろそろお昼寝の時間なの。ごめんね、お母さん。預かってもらっちゃって」
「いいのよ。可愛い寝顔を見られるなんて幸せだわ」

 今から別の場所で用意に入る私は、風香をしばらく母に見てもらうことにした。母はもう半分目を閉じている風香を、慈しむような眼差しを向けていた。

「じゃあ、行ってくるね」

 その場で別れ、私はホテル内のサロンに向かった。

 イタリアで薫さんに出会ったあの時も、鏡の中にはこんな風に着飾った、自分じゃない自分がいた。
 輝く夜空のようなドレスを纏ったあの日とは違い、今日は眩しいほどに輝く純白のドレスだ。
 シンプルだけど美しいシルエットのこのドレスは、真砂子が選んでくれたもの。二人でシフトを合わせて衣装を選びに来た。真砂子は燥ぎながら私を着せ替え人形にして楽しんでいた。
 平日の、それも週の真ん中に挙式する人はそう多くなく、日取りが決まったのはたったの二ヶ月ほど前にも関わらず、満足のいくものを選べた。薫さんにはまだ見せていないから、どう思われるかドキドキするけれど。

「皆様チャペルにお揃いです。そろそろご移動お願いします」

 ホテルのスタッフが声を掛けにくる。サロンの壁掛け時計はまもなく午後二時二十五分。予定通りの時間だ。

「では新婦様、立ち上がれますか?」

 介添えのスタッフが私の手を支えてくれる。そうしてもらわないと、高いヒールだしドレスの裾を踏んでしまいそうだ。
 冷静を装いながらゆっくりと歩く。このホテルでは大半の人がチャペルで式を挙げているらしい。サロンからチャペルへの導線はドレスを着たまま移動しやすいようになっていた。
 建物から中庭に出て、アルテミスの反対側の奥にあるチャペルへ向かうと、そこに二人、私を見て顔を綻ばせた人たちがいた。

「亜夜。とても綺麗よ……。ありがとう、式に参列させてくれて……」

 母はすでに涙ぐんでいる。
 母との関係が前のままだったら、私はきっと母を呼んでいなかった。この場に母がいるのは、薫さんのおかげだと感謝してもしきれない。

「お母さんも……すごく、綺麗……」

 改めて、母は美しい人だったんだと思う。艶もなく、白髪の混ざっていた髪は黒く染められ艶やかになっている。控えめだけど凛とした雰囲気のメイクを施し、黒留袖を着て立つ姿はお世辞抜きで綺麗だ。

「ありがとう。なんだか恥ずかしいわね。さ、向こうで薫さんが待っていらっしゃるわよ」

 母がベールの端を持つと私は少し身を屈める。下ろされたその向こうに少し寂しげな母の顔が見えた。

「先に待っているわ」

 涙が滲みそうになるのを堪えながら頷く。
 今日はたとえ嬉しくても涙は流したくない。ずっと笑顔でいよう。そう思っていたから。
 母がチャペルの中に消えていくと、私たちを見守ってくれていた人が私に歩み寄る。もう聞き慣れた、杖が石畳を蹴る音とともに。

「お祖父様。私のわがままを叶えてくださり、ありがとうございます」

「なに、こちらこそ。私には娘はおらなんだからな。こんな歳になって花嫁のエスコートができるなんて夢のようだ」

 今日のお祖父様は紋付羽織袴をお召しになっていて、威厳と風格のあるその姿はさすが穂積グループを纏める方だけある。けれど私にとっては、薫さんにどことなく雰囲気の似ている優しいお祖父様だ。
 そのお祖父様にはもちろん、お義父様にも父とのことは話してある。そのうえで一緒にバージンロードを歩く役目をお願いし、快く受けてくれたのだ。

「では亜夜さん。どうぞ」

 柔和な笑みを浮かべお祖父様は腕を差し出す。

「はい」

 精一杯の笑顔で答えその腕を取った。
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