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番外編.秋晴れの日と、女神との祝宴
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ずっと続くのではないかと思うくらい長かった夏も、太陽が日差しを和らげると季節は秋に向かっていく。その気配が深まり始めた十月中旬、私は二十七才の誕生日を迎えた。
その日は日曜日。晴天が予想された行楽日和の前日から、私たち家族は私の実家を訪れた。
家から見える山々は紅葉し始め、所々紅く色づいている。実家に住んでいたころは当たり前のように見ていたこの光景が、いまではなんと美しいのだろうと胸に染み入る。
秋を感じさせる赤とんぼが数匹群れをなし、私たちを歓迎するかのように目の前を飛び回っていた。
「とても綺麗な景色だ。風香、赤とんぼが飛んでいるよ」
車から下ろした風香を腕に抱いたまま、薫さんは私のもとに来ると彼女にそれを見せるように話しかけていた。風香はとんぼたちを興味津々で眺めたかと思うと、それを掴むように手を伸ばしていた。
「もっと近くで見られたらいいんだけど。あとでお散歩に行こうね」
風香に話しかけると、お散歩という言葉に反応し喜んでいる。歩くことも上手になり、いまは外で遊ぶのが楽しくてしょうがないみたいだ。
「姉ちゃん! 薫兄さん! いらっしゃい!」
外の気配を察したのか、玄関の扉が開くと手を振りながら朝陽が飛び出してくる。いつのまにか朝陽は薫さんのことをそう呼ぶようになっていた。義理とはいえ、兄ができたのが嬉しいようだ。薫さんも自分を慕ってくれる義理の弟が可愛いみたいで、メッセージや電話で楽しそうにやり取りしている。
「お邪魔します。お母さんは、中?」
「ううん? まだ買い物行ってる。そろそろ帰ってくると思うよ」
「そっか。あ、朝陽。お土産を買ってきたんだけど、どんなものが好きか分からなくて。たくさん買ってきちゃったから、運ぶの手伝ってくれる?」
「OK. 楽しみ~!」
車のトランクから荷物を取り出し紙袋を朝陽に渡す。自分たちの荷物はキャリーケースに詰めてあるから、また別だ。
「亜夜。私が運ぶよ。風香をお願いできる?」
「じゃあ、お願いします」
風香は彼の腕から降りたがり、私は地面に立った風香と手をつなぐ。
家に向かおうとしたところで、緩やかな坂を上がってくる軽トラックが見えた。
「あ、母ちゃん帰ってきたみたい」
以前は軽自動車と軽トラックが置かれていたが、父が家を出るとき軽自動車は持って行ったようだ。車が無くては不便な場所なのだから、それも致し方無い。車を買えば、すぐなくなってしまうほどのお金しか持って行かなかったのだから。それに、農作業には軽トラックが必要だ。今は母がその車を使っているようだ。
「亜夜、薫さんも。お待たせしてごめんなさい」
車から降りた母が言う。相変わらず質素だが、それでも以前より明るい表情だ。
「お邪魔しております。お義母さん」
「謝らないで、お母さん。さっき着いたところだから」
申し訳なさそうな母に返すと、母はほっとしたように笑みを浮かべ、それから私の横に視線を移した。
「風香ちゃん。いらっしゃい。会えて嬉しいわ」
母はその場でしゃがみこみ風香と目線を合わせると、静かに話しかける。
最近は人見知りもほぼしなくなっているが、それでも初めて会う母だ。風香はどうするだろうと、ひやひやしながら見守る。と、繋いだ手が動き、離してと合図された。その手を離すと、風香はゆっくりと、大地を踏みしめながら歩きだす。そしてそのまま真っ直ぐ、母の腕に飛び込んだ。
「まあ!」
思ってもみなかった行動に、母は驚いている。私も同じように驚き、薫さんと顔を見合わせた。
「抱っこ、して欲しいのかしら? 亜夜、いい?」
「もちろん。抱っこしてあげて」
恐る恐る母は風香を抱き上げる。
慈しむように、愛おしむように風香を見つめるその表情を見て、自分もこんなふうに母の腕に抱かれていたのかも知れないと思う。
「可愛いわねえ。ほっぺもぷくぷく。孫に会わせてもらえるなんて、思ってなかったわ。本当に幸せ」
しみじみと語る母の姿に、胸がいっぱいになった。自分も母とこんな時間が持てるなんて、想像もしていなかった。二人の姿を、穏やかに見つめる薫さんの横顔を眺め、改めてその出逢いに感謝していた。
「母ちゃ~ん! これ、運んだらいいの~?」
お土産を一度家に運び、軽トラックの助手席を開けて朝陽はそこから呼びかける。
「ありがとう、朝陽。お願いするわね」
もう、『何もしなくてもいい』と言う母はいない。ごく自然に朝陽に返事をする母を見て、胸をなで下ろしていた。
「お夕食、何がいいかしら? あれもこれもって、つい買いすぎちゃったわ」
家に向かいながら母は笑う。こんなに柔らかく笑う母を見るのは初めてかも知れない。穏やかな空気に、心が和む。
「お母さんのご飯は、なんでも美味しいから。風香もきっとたくさん食べてくれると思うよ。今日は、一緒にご飯作るのを楽しみにしてたの。教えてくれる?」
母と並んで歩きながら口にすると、わずかに驚いたような表情が目に入る。けれどそれは、嫌悪されたからじゃない。
「もちろんよ。お母さんも、嬉しいわ」
母の眦に溜まる水滴は、秋の優しい太陽に照らされ光を反射していた。
その日は日曜日。晴天が予想された行楽日和の前日から、私たち家族は私の実家を訪れた。
家から見える山々は紅葉し始め、所々紅く色づいている。実家に住んでいたころは当たり前のように見ていたこの光景が、いまではなんと美しいのだろうと胸に染み入る。
秋を感じさせる赤とんぼが数匹群れをなし、私たちを歓迎するかのように目の前を飛び回っていた。
「とても綺麗な景色だ。風香、赤とんぼが飛んでいるよ」
車から下ろした風香を腕に抱いたまま、薫さんは私のもとに来ると彼女にそれを見せるように話しかけていた。風香はとんぼたちを興味津々で眺めたかと思うと、それを掴むように手を伸ばしていた。
「もっと近くで見られたらいいんだけど。あとでお散歩に行こうね」
風香に話しかけると、お散歩という言葉に反応し喜んでいる。歩くことも上手になり、いまは外で遊ぶのが楽しくてしょうがないみたいだ。
「姉ちゃん! 薫兄さん! いらっしゃい!」
外の気配を察したのか、玄関の扉が開くと手を振りながら朝陽が飛び出してくる。いつのまにか朝陽は薫さんのことをそう呼ぶようになっていた。義理とはいえ、兄ができたのが嬉しいようだ。薫さんも自分を慕ってくれる義理の弟が可愛いみたいで、メッセージや電話で楽しそうにやり取りしている。
「お邪魔します。お母さんは、中?」
「ううん? まだ買い物行ってる。そろそろ帰ってくると思うよ」
「そっか。あ、朝陽。お土産を買ってきたんだけど、どんなものが好きか分からなくて。たくさん買ってきちゃったから、運ぶの手伝ってくれる?」
「OK. 楽しみ~!」
車のトランクから荷物を取り出し紙袋を朝陽に渡す。自分たちの荷物はキャリーケースに詰めてあるから、また別だ。
「亜夜。私が運ぶよ。風香をお願いできる?」
「じゃあ、お願いします」
風香は彼の腕から降りたがり、私は地面に立った風香と手をつなぐ。
家に向かおうとしたところで、緩やかな坂を上がってくる軽トラックが見えた。
「あ、母ちゃん帰ってきたみたい」
以前は軽自動車と軽トラックが置かれていたが、父が家を出るとき軽自動車は持って行ったようだ。車が無くては不便な場所なのだから、それも致し方無い。車を買えば、すぐなくなってしまうほどのお金しか持って行かなかったのだから。それに、農作業には軽トラックが必要だ。今は母がその車を使っているようだ。
「亜夜、薫さんも。お待たせしてごめんなさい」
車から降りた母が言う。相変わらず質素だが、それでも以前より明るい表情だ。
「お邪魔しております。お義母さん」
「謝らないで、お母さん。さっき着いたところだから」
申し訳なさそうな母に返すと、母はほっとしたように笑みを浮かべ、それから私の横に視線を移した。
「風香ちゃん。いらっしゃい。会えて嬉しいわ」
母はその場でしゃがみこみ風香と目線を合わせると、静かに話しかける。
最近は人見知りもほぼしなくなっているが、それでも初めて会う母だ。風香はどうするだろうと、ひやひやしながら見守る。と、繋いだ手が動き、離してと合図された。その手を離すと、風香はゆっくりと、大地を踏みしめながら歩きだす。そしてそのまま真っ直ぐ、母の腕に飛び込んだ。
「まあ!」
思ってもみなかった行動に、母は驚いている。私も同じように驚き、薫さんと顔を見合わせた。
「抱っこ、して欲しいのかしら? 亜夜、いい?」
「もちろん。抱っこしてあげて」
恐る恐る母は風香を抱き上げる。
慈しむように、愛おしむように風香を見つめるその表情を見て、自分もこんなふうに母の腕に抱かれていたのかも知れないと思う。
「可愛いわねえ。ほっぺもぷくぷく。孫に会わせてもらえるなんて、思ってなかったわ。本当に幸せ」
しみじみと語る母の姿に、胸がいっぱいになった。自分も母とこんな時間が持てるなんて、想像もしていなかった。二人の姿を、穏やかに見つめる薫さんの横顔を眺め、改めてその出逢いに感謝していた。
「母ちゃ~ん! これ、運んだらいいの~?」
お土産を一度家に運び、軽トラックの助手席を開けて朝陽はそこから呼びかける。
「ありがとう、朝陽。お願いするわね」
もう、『何もしなくてもいい』と言う母はいない。ごく自然に朝陽に返事をする母を見て、胸をなで下ろしていた。
「お夕食、何がいいかしら? あれもこれもって、つい買いすぎちゃったわ」
家に向かいながら母は笑う。こんなに柔らかく笑う母を見るのは初めてかも知れない。穏やかな空気に、心が和む。
「お母さんのご飯は、なんでも美味しいから。風香もきっとたくさん食べてくれると思うよ。今日は、一緒にご飯作るのを楽しみにしてたの。教えてくれる?」
母と並んで歩きながら口にすると、わずかに驚いたような表情が目に入る。けれどそれは、嫌悪されたからじゃない。
「もちろんよ。お母さんも、嬉しいわ」
母の眦に溜まる水滴は、秋の優しい太陽に照らされ光を反射していた。
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