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8.otto
otto-5
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「自分の家がおかしいって、気づいてた。ずっと前から……」
朝陽は、悔しそうに顔を歪ませていた。
「そう……なんだ……」
自分の家がどこか歪んでいることに、私は早くから気づいていた。いくら田舎の農家と言っても、あまりにも男尊女卑の思考。それでも最初は、それが当たり前だと思っていた。けれど、成長するにつれ、周りはそうじゃないと知った。きっと、朝陽も同じなんだろう。
「俺、ずっと父ちゃんや祖父ちゃんから、お前はいずれこの家の主になるんだから、家の中のことなんかしなくていいって言われてて……」
「うん……。知ってる……」
まだ小学生になるまえから、父や祖父は朝陽にそう言い聞かせていた。私は母の手伝いをしながら、遠くでそれを耳にしてやるせない気持ちになった。けれど、いつしかその感覚も麻痺し、何も感じないようになっていた。
「母ちゃんやねーちゃんが、毎日忙しそうに家のことやってるのを見ても、それが当たり前なんだって思ってた。……でも……」
朝陽は下を向いたまま、ポツポツと話す。薫さんは風香の相手をしながらも、静かにそれを聞いていた。
「小学校高学年くらいのときにさ。学校で宿題出たんだよ。家の手伝いを三つしてきましょうって。俺、母ちゃんになんか手伝うことない? って聞いたら……。母ちゃん、なんでか悲しそうな顔した」
膝の上でぎゅっと拳を握り、朝陽は深呼吸をしている。そして続けた。
「……何もしなくていいって。けど、宿題だっていったら渋々手伝わせてくれた。夕刊取りに行って祖父ちゃんに渡してとか、畳んである洗濯物運ぶの手伝ってとか。俺、頼まれたのが嬉しくて。すっごいことしたんだ、なんて得意気になってた。でも……」
その先は、言われなくても予想が付く。高学年にしては拙い内容。私が同じことをしても、一つも褒めてもらえることはないだろう。
「学校でさ。みんなで発表しようってなって。で……俺のしたことなんて、手伝いのうちに入らないんだって……。目が覚めた」
この頃、私はまだ家にいたはずだ。小学生と高校生で共通の話題などなく、たまに勉強を教えるくらいだった。
「俺、本当は家を出たいって思ってた。大学だって、父ちゃんは農業に必要ないって反対した。農業に活かせる勉強するからって頼みこんで、なんとか地元の大学ならって許してもらえた。だから……。家を出られたねーちゃんのこと、本当は羨ましかった……」
私は可愛がられている弟が羨ましかった。けれど、本当はこんなにも苦しんでいたのかと、愕然としていた。
何も言えなかった。自分は家を出て、やっと楽に息を吸えるようになった気がしていた。好きなことを勉強するのも、生活のためとはいえアルバイトするのも、全てが楽しかった。
けれど朝陽は、きっと今も、息苦しさを抱えながらあの家で暮らしているのだ。
「ごめんね……。気づいてあげられなくて……」
少しでも知っていれば、いつでも話を聞くから遊びにおいでって、言ってあげられてたかも知れない。それがたとえ気休めだったとしても。
「ううん? 恨んだりしてないから、謝らないでよ。ねーちゃん、今まで俺に色々してくれてたんだろ? 入学祝いとか。誰も何も教えてくれなくて。お礼言えなくてごめん」
そうだ。弟は、とても優しい子だった。優しい子だったからこそ、周りの空気を読んで何も言えなかったのかも知れない。
「大丈夫だよ。……それで、ここに来てまで言いたかったのは、このこと?」
手紙を読んで、もしかしたら同じ気持ちを抱えていた姉に、話を聞いてもらいたかったのかも知れない。けれど、どこか腑に落ちないでいた。
私の質問に、朝陽はまた暗い表情を見せ、首を振った。
「それもある、けど……。父ちゃんが……」
今日一番の険しい表情で、朝陽は膝に乗せていた両方の拳をグッと握る。
「お父さんが……どうかした?」
「あそこまで腐ってるって……思ってなかった……」
絞り出すように吐き出したのは、父を蔑むような内容。いったい何が、と朝陽を見つめた。
「この前穂積さん、テレビに出てた、よな? ちょうど親戚集まってて、その時にたまたま流れてた」
「う……ん……」
雨の音は小さくなり、窓の外は少しずつ明るくなっている。けれど、心の中には暗雲が立ち込め始めていた。
(そんな……。まさか……)
尊敬しているとは言えないけど、それでも血の繋がった父親だ。信じたい、と思っても、頭をよぎるのは最悪な想像ばかりだった。
「父ちゃんさ。手紙はちゃんと読んでないみたいだったけど、穂積さんの名前と顔は覚えてたみたい。それまで全く興味なんてなかったのに、テレビ見て目の色変えてた。これがうちの娘婿だ。どうだ! って自慢気に。そのあと言ったんだ。これで、うちの家も安泰だって……」
その言葉に、全てを察してしまった。
私は顔を上げ、薫さんを見る。彼は後ろめたいことがあると言いたげに視線を落とした。
「薫さん……。教えてください。父が何を言ってきたのか」
震えそうになる手を握ると、覚悟を決め私は尋ねた。
朝陽は、悔しそうに顔を歪ませていた。
「そう……なんだ……」
自分の家がどこか歪んでいることに、私は早くから気づいていた。いくら田舎の農家と言っても、あまりにも男尊女卑の思考。それでも最初は、それが当たり前だと思っていた。けれど、成長するにつれ、周りはそうじゃないと知った。きっと、朝陽も同じなんだろう。
「俺、ずっと父ちゃんや祖父ちゃんから、お前はいずれこの家の主になるんだから、家の中のことなんかしなくていいって言われてて……」
「うん……。知ってる……」
まだ小学生になるまえから、父や祖父は朝陽にそう言い聞かせていた。私は母の手伝いをしながら、遠くでそれを耳にしてやるせない気持ちになった。けれど、いつしかその感覚も麻痺し、何も感じないようになっていた。
「母ちゃんやねーちゃんが、毎日忙しそうに家のことやってるのを見ても、それが当たり前なんだって思ってた。……でも……」
朝陽は下を向いたまま、ポツポツと話す。薫さんは風香の相手をしながらも、静かにそれを聞いていた。
「小学校高学年くらいのときにさ。学校で宿題出たんだよ。家の手伝いを三つしてきましょうって。俺、母ちゃんになんか手伝うことない? って聞いたら……。母ちゃん、なんでか悲しそうな顔した」
膝の上でぎゅっと拳を握り、朝陽は深呼吸をしている。そして続けた。
「……何もしなくていいって。けど、宿題だっていったら渋々手伝わせてくれた。夕刊取りに行って祖父ちゃんに渡してとか、畳んである洗濯物運ぶの手伝ってとか。俺、頼まれたのが嬉しくて。すっごいことしたんだ、なんて得意気になってた。でも……」
その先は、言われなくても予想が付く。高学年にしては拙い内容。私が同じことをしても、一つも褒めてもらえることはないだろう。
「学校でさ。みんなで発表しようってなって。で……俺のしたことなんて、手伝いのうちに入らないんだって……。目が覚めた」
この頃、私はまだ家にいたはずだ。小学生と高校生で共通の話題などなく、たまに勉強を教えるくらいだった。
「俺、本当は家を出たいって思ってた。大学だって、父ちゃんは農業に必要ないって反対した。農業に活かせる勉強するからって頼みこんで、なんとか地元の大学ならって許してもらえた。だから……。家を出られたねーちゃんのこと、本当は羨ましかった……」
私は可愛がられている弟が羨ましかった。けれど、本当はこんなにも苦しんでいたのかと、愕然としていた。
何も言えなかった。自分は家を出て、やっと楽に息を吸えるようになった気がしていた。好きなことを勉強するのも、生活のためとはいえアルバイトするのも、全てが楽しかった。
けれど朝陽は、きっと今も、息苦しさを抱えながらあの家で暮らしているのだ。
「ごめんね……。気づいてあげられなくて……」
少しでも知っていれば、いつでも話を聞くから遊びにおいでって、言ってあげられてたかも知れない。それがたとえ気休めだったとしても。
「ううん? 恨んだりしてないから、謝らないでよ。ねーちゃん、今まで俺に色々してくれてたんだろ? 入学祝いとか。誰も何も教えてくれなくて。お礼言えなくてごめん」
そうだ。弟は、とても優しい子だった。優しい子だったからこそ、周りの空気を読んで何も言えなかったのかも知れない。
「大丈夫だよ。……それで、ここに来てまで言いたかったのは、このこと?」
手紙を読んで、もしかしたら同じ気持ちを抱えていた姉に、話を聞いてもらいたかったのかも知れない。けれど、どこか腑に落ちないでいた。
私の質問に、朝陽はまた暗い表情を見せ、首を振った。
「それもある、けど……。父ちゃんが……」
今日一番の険しい表情で、朝陽は膝に乗せていた両方の拳をグッと握る。
「お父さんが……どうかした?」
「あそこまで腐ってるって……思ってなかった……」
絞り出すように吐き出したのは、父を蔑むような内容。いったい何が、と朝陽を見つめた。
「この前穂積さん、テレビに出てた、よな? ちょうど親戚集まってて、その時にたまたま流れてた」
「う……ん……」
雨の音は小さくなり、窓の外は少しずつ明るくなっている。けれど、心の中には暗雲が立ち込め始めていた。
(そんな……。まさか……)
尊敬しているとは言えないけど、それでも血の繋がった父親だ。信じたい、と思っても、頭をよぎるのは最悪な想像ばかりだった。
「父ちゃんさ。手紙はちゃんと読んでないみたいだったけど、穂積さんの名前と顔は覚えてたみたい。それまで全く興味なんてなかったのに、テレビ見て目の色変えてた。これがうちの娘婿だ。どうだ! って自慢気に。そのあと言ったんだ。これで、うちの家も安泰だって……」
その言葉に、全てを察してしまった。
私は顔を上げ、薫さんを見る。彼は後ろめたいことがあると言いたげに視線を落とした。
「薫さん……。教えてください。父が何を言ってきたのか」
震えそうになる手を握ると、覚悟を決め私は尋ねた。
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