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8.otto
otto-2
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「亜夜ちゃんは知ってる?」
何げなく尋ねられ、井上さんの顔を思い浮かべながら口籠る。
「えーと……。それは明日のお楽しみってことで……」
薫さんが秘密にしているのだから、私が喋ってしまうわけにいかない。安藤さんがどんな反応するか、この目で見られないのは残念だけど、また薫さんに聞こう。そう思うと口元が緩んでしまう。
「ま、明日だし。亜夜ちゃんもそう言うなら楽しみにしとくよ。ってかさ、亜夜ちゃんは今日帰ったら楽しみあるよね?」
笑っている安藤さんに唐突に言われ、私は「へっ?」と気の抜けた言葉を返す。
「録画予約はした? 俺たち、リアタイしようと思ってんだよ。な? 乃々花」
ニヤリと笑う安藤さんに振られた乃々花さんもニコニコしながら「楽しみですね」なんて返している。が、私には全く心当たりはない。ポカンとしたまま二人の顔を眺めていると、安藤さんは「えっ?」と驚いていた。
「もしかして……亜夜ちゃん。聞いてない?」
「えーと……。いったい何があるんですか?」
今日、特別何かあるなんて誰からも聞いてないし、録画予約の意味もわからない。首を傾げていると、安藤さんは「薫さん、信じらんねー」と呟いた。
「昼間にやってる番組でさ、プリマヴェーラの特集あるんだけど。アルテミスも紹介されんだよね」
それは特別、珍しいことではない。自分もテレビで知ったくらいなのだから。プリマヴェーラ開業以来、アルテミスは事ある毎にメディアで紹介されているし、その番組は録画されている。
「そう……なんですね。聞いてなくて録画は……。あっ!」
してないと言いかけたその途中で、不意に思い出す。
(そういえば……今日、一つ予約入ってた!)
自分が録画していたドラマを見ようとしたとき、そんな予約が入っていたのを見た気がする。薫さんが何か予約したのかと、気にも留めていなかった。
「その様子じゃ予約されてる? 帰ったら見て。絶対楽しいから」
「楽しい?」
「そ。何が楽しいかは見てのお楽しみ!」
プリマヴェーラやアルテミスが紹介されているのを見ると、わくわくはする。けれどそれは、楽しいとは違う気がする。不思議に思う私に、パチンとウィンクでもしそうな顔で、さっきのお返しとばかりに安藤さんは言う。
「じゃあ……楽しみに……します」
色々と腑に落ちないけれど、とりあえずそう答えた。
今日はオーナーから「閉店も早いし、一時間早く上がってね」と言われていたおかげで、いつもより早く帰宅できた。昨日のうちに買い物もしておいたから、少しのんびりできそうだ。
帰宅するとコーヒーを淹れ、リビングのテレビに向かう。その周りでは、風香がさっそく自分でおもちゃを引っ張り出していた。
録画を確認すると、やはり安藤さんが言っていた通りの番組だった。全国放送の、平日お昼にしている情報バラエティ。私も休日はよく見ている番組だ。
(あ、あった)
早送りをしていると、中盤にそれは現れた。ホテルプリマヴェーラを徹底特集、とナレーションが伝えている。
最初はホテルから。何度か目にしたロビーに素敵な中庭、ホテルの内装や景色。あとはチャペルなど。改めて見てもため息が出るほど素敵だ。そのあとはレストラン、バーと続き、最後に紹介されたのはアルテミス。それまではナレーションだけの紹介だったが、アルテミスには、私でも顔を知っている芸能人が数人訪れたようだった。
「ふえっ?」
それを見て、とんでもなく情け無い声を出してしまう。芸能人よりよっぽど知っている人が、テレビの大画面に現れたからだ。風香も気づいたのか、高速でハイハイしてテレビの前へ行くと、掴まり立ちをし画面を叩いている。
「パッパ! パッパ!」
【ホヅミインターナショナルフーズ社長 穂積薫さん】とテロップが入り、ナレーションが薫さんのことを紹介している。スタジオで画面を見ている女性芸能人からは「カッコいい」なんて言葉も聞こえてきた。
(……楽しいって言うより、ビックリだよ……)
テレビの中の薫さんを、口を開けたまま眺めていた。
「ただい……ま……」
集中しすぎて、薫さんが帰ったことに全く気づいていなかった。風香はパパが映るたび画面に呼びかけていたが、そのパパが後ろから現れ、きょとんとしている。
「おっ、おかえりなさい!」
「それ……見ていたんだね……」
見てはいけないものを見ていたようで決まりが悪い。かなり照れている薫さんと、テレビから流れる声が重なる。
『なぜアルテミスと付けられたんですか?』
『私の……女神にちなんで』
楽しいはこれか、と画面の中でも少し照れているその顔を見て思った。
何げなく尋ねられ、井上さんの顔を思い浮かべながら口籠る。
「えーと……。それは明日のお楽しみってことで……」
薫さんが秘密にしているのだから、私が喋ってしまうわけにいかない。安藤さんがどんな反応するか、この目で見られないのは残念だけど、また薫さんに聞こう。そう思うと口元が緩んでしまう。
「ま、明日だし。亜夜ちゃんもそう言うなら楽しみにしとくよ。ってかさ、亜夜ちゃんは今日帰ったら楽しみあるよね?」
笑っている安藤さんに唐突に言われ、私は「へっ?」と気の抜けた言葉を返す。
「録画予約はした? 俺たち、リアタイしようと思ってんだよ。な? 乃々花」
ニヤリと笑う安藤さんに振られた乃々花さんもニコニコしながら「楽しみですね」なんて返している。が、私には全く心当たりはない。ポカンとしたまま二人の顔を眺めていると、安藤さんは「えっ?」と驚いていた。
「もしかして……亜夜ちゃん。聞いてない?」
「えーと……。いったい何があるんですか?」
今日、特別何かあるなんて誰からも聞いてないし、録画予約の意味もわからない。首を傾げていると、安藤さんは「薫さん、信じらんねー」と呟いた。
「昼間にやってる番組でさ、プリマヴェーラの特集あるんだけど。アルテミスも紹介されんだよね」
それは特別、珍しいことではない。自分もテレビで知ったくらいなのだから。プリマヴェーラ開業以来、アルテミスは事ある毎にメディアで紹介されているし、その番組は録画されている。
「そう……なんですね。聞いてなくて録画は……。あっ!」
してないと言いかけたその途中で、不意に思い出す。
(そういえば……今日、一つ予約入ってた!)
自分が録画していたドラマを見ようとしたとき、そんな予約が入っていたのを見た気がする。薫さんが何か予約したのかと、気にも留めていなかった。
「その様子じゃ予約されてる? 帰ったら見て。絶対楽しいから」
「楽しい?」
「そ。何が楽しいかは見てのお楽しみ!」
プリマヴェーラやアルテミスが紹介されているのを見ると、わくわくはする。けれどそれは、楽しいとは違う気がする。不思議に思う私に、パチンとウィンクでもしそうな顔で、さっきのお返しとばかりに安藤さんは言う。
「じゃあ……楽しみに……します」
色々と腑に落ちないけれど、とりあえずそう答えた。
今日はオーナーから「閉店も早いし、一時間早く上がってね」と言われていたおかげで、いつもより早く帰宅できた。昨日のうちに買い物もしておいたから、少しのんびりできそうだ。
帰宅するとコーヒーを淹れ、リビングのテレビに向かう。その周りでは、風香がさっそく自分でおもちゃを引っ張り出していた。
録画を確認すると、やはり安藤さんが言っていた通りの番組だった。全国放送の、平日お昼にしている情報バラエティ。私も休日はよく見ている番組だ。
(あ、あった)
早送りをしていると、中盤にそれは現れた。ホテルプリマヴェーラを徹底特集、とナレーションが伝えている。
最初はホテルから。何度か目にしたロビーに素敵な中庭、ホテルの内装や景色。あとはチャペルなど。改めて見てもため息が出るほど素敵だ。そのあとはレストラン、バーと続き、最後に紹介されたのはアルテミス。それまではナレーションだけの紹介だったが、アルテミスには、私でも顔を知っている芸能人が数人訪れたようだった。
「ふえっ?」
それを見て、とんでもなく情け無い声を出してしまう。芸能人よりよっぽど知っている人が、テレビの大画面に現れたからだ。風香も気づいたのか、高速でハイハイしてテレビの前へ行くと、掴まり立ちをし画面を叩いている。
「パッパ! パッパ!」
【ホヅミインターナショナルフーズ社長 穂積薫さん】とテロップが入り、ナレーションが薫さんのことを紹介している。スタジオで画面を見ている女性芸能人からは「カッコいい」なんて言葉も聞こえてきた。
(……楽しいって言うより、ビックリだよ……)
テレビの中の薫さんを、口を開けたまま眺めていた。
「ただい……ま……」
集中しすぎて、薫さんが帰ったことに全く気づいていなかった。風香はパパが映るたび画面に呼びかけていたが、そのパパが後ろから現れ、きょとんとしている。
「おっ、おかえりなさい!」
「それ……見ていたんだね……」
見てはいけないものを見ていたようで決まりが悪い。かなり照れている薫さんと、テレビから流れる声が重なる。
『なぜアルテミスと付けられたんですか?』
『私の……女神にちなんで』
楽しいはこれか、と画面の中でも少し照れているその顔を見て思った。
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