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8.otto
otto-1
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本家を訪れてからもう一週間がすぎた。いつもなら混み合う平日の朝に店が空いていると、お盆休みだと実感する。今日は、祝日と土曜日に挟まれた、一応平日の金曜日。私はいつも通りシフトに入っていた。
「さすがに、いつもの半分以下?」
「だね……」
一緒にカウンターに並ぶ真砂子は、店内を見渡していた。普段でも一時的にお客様の減る午前十時。近隣でショッピングなどを楽しむ人には、まだ休憩を取るには早い時間だからか、店の中は閑散としていた。
「私、物販棚の整理と在庫確認でもしようかな?」
ただぼんやり立っているだけなのも疲れてくる。自分からそう切り出した。
「私は秋冬用のブレンドでも考えよっかなぁ……」
口元に指を当てて真砂子は思案を巡らせているようだ。
カウンターは、お盆など関係なくシフトに入りまくってくれている桃ちゃんに任せ、私たちはそれぞれ別れた。バインダーに挟んだ在庫表に書き入れながら、次のシーズンのラインナップを考えていると、後ろに人の気配を感じた。
「すみません!」
「はい」
返事をして振り返り、思わず目を見開いてしまった。そこにいたのは背の高い男性と、細身の女性。その男性は私の顔を見るとホッとしたように息を吐いた。
「よかったぁ。亜夜ちゃん、やっぱ今日いた! 薫さん仕事だって言ってたから、もしかしてと思ったんだけど」
「あっ安藤さん! お久しぶりです」
「ほんと久しぶり~! 話には色々聞いてるのに、全然会えなくてさ。わざと会わせてもらえないのかと思ったくらい」
相変わらず軽い調子で、安藤さんはクスクスと笑っていた。自分も薫さんから安藤さんの話は聞いていたのに、今までなぜか全く会うタイミングがなかったのだ。
「亜夜……さん? って、もしかして……」
安藤さんの隣にいた女性は、安藤さんを見上げて小さく尋ねている。その女性の顔はどこか見覚えがあるような気がした。
「そ。薫さんの奥さんになる人。亜夜ちゃん、紹介する。俺の奥さん」
「初めまして。安藤乃々花と申します。もしかして……以前、プリマヴェーラでお会いした……?」
恐る恐る尋ねられ私は「あっ!」と声を上げる。
「えっ? 何? 顔見知り?」
安藤さんは驚いている。と言うより私もだ。
(安藤さんの結婚相手が、薫さんの元婚約者なんて聞いてないよ!)
薫さんのことだから、言い忘れているだけだろうけど、私はその事実に驚愕していた。
真砂子が「知り合いならゆっくり話しておいでよ」と気を利かせてくれ、安藤さんも「亜夜ちゃんさえ良かったら」と言ってくれ、私たちはテーブル席で話しをすることにした。
「お待たせしました」
テーブルで待っていた二人に、サービスすると伝えたアイスカフェラテを差し出す。
「亜夜ちゃん、ほんとにいいの?」
「いいんですって。久しぶりにお会いできたんですから」
私もテーブルにつかせてもらい、真砂子の淹れたアイスコーヒーを置いた。
「サンキュー、亜夜ちゃん! じゃ、遠慮なく」
「ありがとうございます。いただきます」
あまりにも二人の醸し出す空気感の落差に戸惑いながら「どうぞ」と促す。
安藤さんは初対面のときから変わらずなんだか軽い。乃々花さんは品よく微笑み頭を下げている。さすが、正真正銘のお嬢様だ。
「で、乃々花はなんで、亜夜ちゃんのこと知ってたわけ?」
勢い良くカフェラテを啜ったあと、安藤さんは思い出したように尋ねた。
「プリマヴェーラへ行った日にお会いして。ほら、和希さんが急な出張で、薫様が代わりに式の打ち合わせについて来てくださったあの……」
「ああ、あんとき!」
そう言えば、当時すでに元、とついていた乃々花さんと、なぜ一緒にいたのか聞いていない。そしてその理由に、今更ながら納得する。
(彼女のように、何もかも投げ打つ覚悟……)
薫さんは彼女のことをそんなふうに言っていたはずだ。確かにそうだ。婚約を解消し、結婚したのは元婚約者の親戚で部下。世間体は良くなかっただろう。けれど目の前にいる二人は今、とても幸せそうだった。
「そういや、亜夜ちゃん。明日の本家の集まり行かないんだって?」
「明日は元々仕事で。それに、お祖父様もいきなり大勢の親族に会うのは大変だろうから、気にしなくていいって」
本家からの帰り際、穂積様と呼びかけた私に返ってきたのは『どうかこれからは薫と同じように呼んで欲しい』だった。それから私は、有り難くお祖父様と呼ばせていただいていた。
「まぁそうだよなぁ……。実はさ、明日、安藤家も全員呼ばれてて。なんか、新しい親族を紹介したいって。てっきり亜夜ちゃんだと思ったのに、薫さんは『違うが、楽しみに』なんて言うからさ」
私には心当たりがある。けれど、安藤さんはそれが誰なのか聞いていないようだった。
「さすがに、いつもの半分以下?」
「だね……」
一緒にカウンターに並ぶ真砂子は、店内を見渡していた。普段でも一時的にお客様の減る午前十時。近隣でショッピングなどを楽しむ人には、まだ休憩を取るには早い時間だからか、店の中は閑散としていた。
「私、物販棚の整理と在庫確認でもしようかな?」
ただぼんやり立っているだけなのも疲れてくる。自分からそう切り出した。
「私は秋冬用のブレンドでも考えよっかなぁ……」
口元に指を当てて真砂子は思案を巡らせているようだ。
カウンターは、お盆など関係なくシフトに入りまくってくれている桃ちゃんに任せ、私たちはそれぞれ別れた。バインダーに挟んだ在庫表に書き入れながら、次のシーズンのラインナップを考えていると、後ろに人の気配を感じた。
「すみません!」
「はい」
返事をして振り返り、思わず目を見開いてしまった。そこにいたのは背の高い男性と、細身の女性。その男性は私の顔を見るとホッとしたように息を吐いた。
「よかったぁ。亜夜ちゃん、やっぱ今日いた! 薫さん仕事だって言ってたから、もしかしてと思ったんだけど」
「あっ安藤さん! お久しぶりです」
「ほんと久しぶり~! 話には色々聞いてるのに、全然会えなくてさ。わざと会わせてもらえないのかと思ったくらい」
相変わらず軽い調子で、安藤さんはクスクスと笑っていた。自分も薫さんから安藤さんの話は聞いていたのに、今までなぜか全く会うタイミングがなかったのだ。
「亜夜……さん? って、もしかして……」
安藤さんの隣にいた女性は、安藤さんを見上げて小さく尋ねている。その女性の顔はどこか見覚えがあるような気がした。
「そ。薫さんの奥さんになる人。亜夜ちゃん、紹介する。俺の奥さん」
「初めまして。安藤乃々花と申します。もしかして……以前、プリマヴェーラでお会いした……?」
恐る恐る尋ねられ私は「あっ!」と声を上げる。
「えっ? 何? 顔見知り?」
安藤さんは驚いている。と言うより私もだ。
(安藤さんの結婚相手が、薫さんの元婚約者なんて聞いてないよ!)
薫さんのことだから、言い忘れているだけだろうけど、私はその事実に驚愕していた。
真砂子が「知り合いならゆっくり話しておいでよ」と気を利かせてくれ、安藤さんも「亜夜ちゃんさえ良かったら」と言ってくれ、私たちはテーブル席で話しをすることにした。
「お待たせしました」
テーブルで待っていた二人に、サービスすると伝えたアイスカフェラテを差し出す。
「亜夜ちゃん、ほんとにいいの?」
「いいんですって。久しぶりにお会いできたんですから」
私もテーブルにつかせてもらい、真砂子の淹れたアイスコーヒーを置いた。
「サンキュー、亜夜ちゃん! じゃ、遠慮なく」
「ありがとうございます。いただきます」
あまりにも二人の醸し出す空気感の落差に戸惑いながら「どうぞ」と促す。
安藤さんは初対面のときから変わらずなんだか軽い。乃々花さんは品よく微笑み頭を下げている。さすが、正真正銘のお嬢様だ。
「で、乃々花はなんで、亜夜ちゃんのこと知ってたわけ?」
勢い良くカフェラテを啜ったあと、安藤さんは思い出したように尋ねた。
「プリマヴェーラへ行った日にお会いして。ほら、和希さんが急な出張で、薫様が代わりに式の打ち合わせについて来てくださったあの……」
「ああ、あんとき!」
そう言えば、当時すでに元、とついていた乃々花さんと、なぜ一緒にいたのか聞いていない。そしてその理由に、今更ながら納得する。
(彼女のように、何もかも投げ打つ覚悟……)
薫さんは彼女のことをそんなふうに言っていたはずだ。確かにそうだ。婚約を解消し、結婚したのは元婚約者の親戚で部下。世間体は良くなかっただろう。けれど目の前にいる二人は今、とても幸せそうだった。
「そういや、亜夜ちゃん。明日の本家の集まり行かないんだって?」
「明日は元々仕事で。それに、お祖父様もいきなり大勢の親族に会うのは大変だろうから、気にしなくていいって」
本家からの帰り際、穂積様と呼びかけた私に返ってきたのは『どうかこれからは薫と同じように呼んで欲しい』だった。それから私は、有り難くお祖父様と呼ばせていただいていた。
「まぁそうだよなぁ……。実はさ、明日、安藤家も全員呼ばれてて。なんか、新しい親族を紹介したいって。てっきり亜夜ちゃんだと思ったのに、薫さんは『違うが、楽しみに』なんて言うからさ」
私には心当たりがある。けれど、安藤さんはそれが誰なのか聞いていないようだった。
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そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。
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