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7.sette
sette-5
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「いえ……」
振り絞るように薫さんは声を発した。その手はもう震えておらず、意を決したように握り直した。
「私も……歩み寄ればよかったと反省しています。お祖父様と同じように父さんも、きっと私の顔を見るのが辛い時期があったと思います。その理由を知ろうともせず、先に壁を作り、一人達観したような気になっていた。本当は、とても気にかけてくださっていたことに気付こうともしなかった。謝るのは……私のほうです」
「薫……」
穂積様は驚いたように目を開き、薫さんを凝視したあとかぶりを振った。
「お前さんが謝ることではない……」
「お祖父様。そう思わせてくれたのも、私が様々な感情を持っていたことに気づかせてくれたのも、全て亜夜がいてくれたからです」
はっきりとした口調で言うと、薫さんは優しい瞳で私を見つめた。出会ったばかりの頃はまだ分かりにくかったその感情は、今では手に取るようにわかる。ただ私を愛おしいと、そう思ってくれている。
「彼女の伴侶として、これからもずっと一緒にいたい。今日はただそれだけを言いに訪れました。例え、お祖父様に反対されようとも」
穂積様はそれを聞いて、息を吐き出しながら小さく笑う。
「はなから反対する気などない。お前さんが決めた相手に……。だが、亜夜さん」
スッと厳しい顔付きになると、穂積様は私に向く。それに自然と背筋が伸びた。
「君はどうかね? うちはまだまだ古びた考えのものもいる。至極面倒な家だ。苦労することもあるだろう。それでも、薫といれるかね?」
確かに私はこの家には不釣り合いで、薫さんに迷惑をかけるかも知れない。そう思うと急に怖くなる。
押し黙ってしまった私に、向こう側から声が届いた。
「亜夜さん。何も気にせず、自分が幸せになる道を選んでください。私はそれを願っています」
ずっと見守ってくれていた穏やかな井上さんの声。それに背中を押されるように私は前を向いた。
「私は……薫さんと……風香と、家族になりたいです。家族の愛情に恵まれなかった私に、それを与えてくれるのは、薫さんだけだから。どんな苦労だって、一緒に乗り越えたいです」
真っ直ぐ穂積様を見つめて、自分の気持ちを言葉にすると、彼は満足気に頷いた。
「そうか、そうか。やはり見立て通り、芯の強いお嬢さんだ……」
ふわりと、漂う空気が温かくなったような気がした。張り詰めていたものは緩み、雪を解かす春の光のように穏やかだ。
「ありがとうございます。お祖父様」
薫さんは肩の力を抜き、笑みを浮かべている。そしてこちら向くと、その微笑みを私にも向けてくれた。
「良かったですね。薫さん、亜夜さん。ところで会長。私からも一つ、よろしいでしょうか」
薫さんの向こうに見える井上さんは、安堵したように私たちを見たあと、柔らかな口調で穂積様に切り出した。
「なんだね?」
「亡くなられた昌弘さんの遺した子がどうなったか。お知りになりたいでしょう?」
明るい表情で言うその姿に、薫さんは訝しげに「井上?」と声を掛ける。そして穂積様はそれとは反対に、声を出して笑い出した。
「本当に不思議なものだな。晃由の子は昌弘に、昌弘の子は晃由に似ておるとはな!」
(それはいったい、どういうこと……?)
頭の整理が追いつかないまま薫さんと顔を見合わせていると、部屋の扉がノックされる。
「入りなさい」
穂積様が声を張り上げると扉が開き、男性が一人、入って来た。
(誰かに……似てる?)
初めて会うはずなのに、その人を見て不思議と懐かしいと感じた。薫さんは振り返ると驚いている。井上さんはその場で立ち上がり、頭を下げた。
「父さん? なぜこちらに」
「社長。ご無沙汰しております」
そう言われた彼は、険しい表情でツカツカとこちらへ向かって来たかと思うと、井上さんの前で止まった。
「そうか……お前が……。こんなに近くにいたんだな」
その表情がくしゃりと歪むと、井上さんを抱きしめる。井上さんは驚くこともなく、それを受け止めていた。
「苦労を……かけたな。申し訳ない」
「社長が謝られることではありません。それに、会長が私たち母子に援助してくださいましたから」
その光景を、私も薫さんも呆然としたまま見つめていた。
「まさか……井上が?」
そんな偶然はあるのだろうか。そう思ったものの、これは偶然ではないのか、と井上さんの表情を見て思う。一つも驚いている様子はなかったから。
「晃由。まぁいいから座りなさい」
少し呆れたように穂積様が言うと、晃由さんは顔を上げた。その、目の縁を赤くした晃由さんと井上さんが並ぶと、本当にこちらが親子なのかと思ってしまうほどだ。
「すみません。お父さん」
そう言いながら穂積様の隣に腰掛けた晃由さんは、私を見るとニコリと笑った。
振り絞るように薫さんは声を発した。その手はもう震えておらず、意を決したように握り直した。
「私も……歩み寄ればよかったと反省しています。お祖父様と同じように父さんも、きっと私の顔を見るのが辛い時期があったと思います。その理由を知ろうともせず、先に壁を作り、一人達観したような気になっていた。本当は、とても気にかけてくださっていたことに気付こうともしなかった。謝るのは……私のほうです」
「薫……」
穂積様は驚いたように目を開き、薫さんを凝視したあとかぶりを振った。
「お前さんが謝ることではない……」
「お祖父様。そう思わせてくれたのも、私が様々な感情を持っていたことに気づかせてくれたのも、全て亜夜がいてくれたからです」
はっきりとした口調で言うと、薫さんは優しい瞳で私を見つめた。出会ったばかりの頃はまだ分かりにくかったその感情は、今では手に取るようにわかる。ただ私を愛おしいと、そう思ってくれている。
「彼女の伴侶として、これからもずっと一緒にいたい。今日はただそれだけを言いに訪れました。例え、お祖父様に反対されようとも」
穂積様はそれを聞いて、息を吐き出しながら小さく笑う。
「はなから反対する気などない。お前さんが決めた相手に……。だが、亜夜さん」
スッと厳しい顔付きになると、穂積様は私に向く。それに自然と背筋が伸びた。
「君はどうかね? うちはまだまだ古びた考えのものもいる。至極面倒な家だ。苦労することもあるだろう。それでも、薫といれるかね?」
確かに私はこの家には不釣り合いで、薫さんに迷惑をかけるかも知れない。そう思うと急に怖くなる。
押し黙ってしまった私に、向こう側から声が届いた。
「亜夜さん。何も気にせず、自分が幸せになる道を選んでください。私はそれを願っています」
ずっと見守ってくれていた穏やかな井上さんの声。それに背中を押されるように私は前を向いた。
「私は……薫さんと……風香と、家族になりたいです。家族の愛情に恵まれなかった私に、それを与えてくれるのは、薫さんだけだから。どんな苦労だって、一緒に乗り越えたいです」
真っ直ぐ穂積様を見つめて、自分の気持ちを言葉にすると、彼は満足気に頷いた。
「そうか、そうか。やはり見立て通り、芯の強いお嬢さんだ……」
ふわりと、漂う空気が温かくなったような気がした。張り詰めていたものは緩み、雪を解かす春の光のように穏やかだ。
「ありがとうございます。お祖父様」
薫さんは肩の力を抜き、笑みを浮かべている。そしてこちら向くと、その微笑みを私にも向けてくれた。
「良かったですね。薫さん、亜夜さん。ところで会長。私からも一つ、よろしいでしょうか」
薫さんの向こうに見える井上さんは、安堵したように私たちを見たあと、柔らかな口調で穂積様に切り出した。
「なんだね?」
「亡くなられた昌弘さんの遺した子がどうなったか。お知りになりたいでしょう?」
明るい表情で言うその姿に、薫さんは訝しげに「井上?」と声を掛ける。そして穂積様はそれとは反対に、声を出して笑い出した。
「本当に不思議なものだな。晃由の子は昌弘に、昌弘の子は晃由に似ておるとはな!」
(それはいったい、どういうこと……?)
頭の整理が追いつかないまま薫さんと顔を見合わせていると、部屋の扉がノックされる。
「入りなさい」
穂積様が声を張り上げると扉が開き、男性が一人、入って来た。
(誰かに……似てる?)
初めて会うはずなのに、その人を見て不思議と懐かしいと感じた。薫さんは振り返ると驚いている。井上さんはその場で立ち上がり、頭を下げた。
「父さん? なぜこちらに」
「社長。ご無沙汰しております」
そう言われた彼は、険しい表情でツカツカとこちらへ向かって来たかと思うと、井上さんの前で止まった。
「そうか……お前が……。こんなに近くにいたんだな」
その表情がくしゃりと歪むと、井上さんを抱きしめる。井上さんは驚くこともなく、それを受け止めていた。
「苦労を……かけたな。申し訳ない」
「社長が謝られることではありません。それに、会長が私たち母子に援助してくださいましたから」
その光景を、私も薫さんも呆然としたまま見つめていた。
「まさか……井上が?」
そんな偶然はあるのだろうか。そう思ったものの、これは偶然ではないのか、と井上さんの表情を見て思う。一つも驚いている様子はなかったから。
「晃由。まぁいいから座りなさい」
少し呆れたように穂積様が言うと、晃由さんは顔を上げた。その、目の縁を赤くした晃由さんと井上さんが並ぶと、本当にこちらが親子なのかと思ってしまうほどだ。
「すみません。お父さん」
そう言いながら穂積様の隣に腰掛けた晃由さんは、私を見るとニコリと笑った。
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