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7.sette
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まるで映画のセットのような豪奢な造りの邸宅。本当にこんな家が実在するんだ……と玄関を入ると震えそうになる。エントランスは広いホールになっていて、上に繋がる階段がある。奥に続く廊下には赤地の絨毯が敷かれていて、脇には絵画や美術品が点在していた。外観だけでも圧倒されたのに、内観は一層日常とはかけ離れた空間で、より圧倒されていた。
(服装、これで良かったのかな?)
薫さんも井上さんも、八月のこの暑さの中でも、スーツ姿でネクタイもきちんとしている。仕事に行く時でも最近はノーネクタイが多かったから、それだけで本家を訪れるということが、どういうことなのか肌で感じていた。自分も出来るだけきちんとした、ネイビーのセットアップのパンツスタイルにしたけれど、それでも不安になっていた。
「さすが。想像以上ですね」
私の後ろで、井上さんが独り言のように小さく口にする。
「井上さん、もしかして初めてですか?」
薫さんとの付き合いは長いはずだから意外だった。振り返り尋ねると、井上さんは口角を上げた。
「えぇ。薫さんを外までお送りしたことはありますが、中は初めてで。なかなかに緊張しますね」
そう言いながらも笑みを浮かべる彼は、そんな風には見えない。もしかすると緊張を解そうとしてくれているのかも知れない。井上さんはそんな人だ。いつも陰からそっと支えてくれて、勇気を与えてくれる。だから、今日も一緒に来てくれると聞いて、ホッとしたのだ。
「ようこそいらっしゃいませ」
奥から細身の年配の女性が現れると、穏やかな表情で声を掛けられた。おそらくお手伝いさんだろう。白いエプロンを身につけている。
「お祖父様はどちらに?」
「応接室にいらっしゃいます」
「ありがとう」
薫さんは女性に返すと振り返り、私たちに視線を寄越した。
「じゃあ、案内するよ。行こうか」
それに「はい」とゆっくり頷くと、彼のあとに続いた。
レトロモダンな造りの廊下を進み、中ほどにある重厚な渋茶色の扉の前に立つと彼は軽く三回扉を叩いた。その奥から返事は聞こえず、彼は間をおいてノブに手をかけると扉を開いた。
中は応接室というにはかなり広い部屋だった。こちらには落ち着いたネイビーを基調にした柄の美しい絨毯が敷かれていて、真ん中にはイタリアのホテルにあったような猫足のチェアが、深いブラウンのテーブルを囲むように八脚置いてあった。けれど、そこには誰も姿もなかった。
「お祖父様はまだいらっしゃらないか……。これは……」
薫さんが入ってすぐの場所に置かれていたものに向かう。この部屋には似つかわしいとは思えない、ベビーベッドだった。
「亜夜、お祖父様が用意してくださったのだろう。使わせていただこう」
熟睡しているのかあどけない寝顔を見せている風香を、彼はベッドに静かに下ろす。
「よく眠っていらっしゃいますね」
私たちがベッドを覗き込んでいると、井上さんもその顔を見て笑みを浮かべた。
「もうしばらくは起きないかも。お昼寝は結構してくれるので」
そのぶん、目を覚ましたら元気いっぱいではしゃぎ出す。そうなれば話しどころではなくなってしまうかも知れない。
(それまでに、お話しが終わればいいけど……)
薫さんが伝えたいことはただ一つ。私との結婚を認めて欲しい。それだけだと言っていた。自分の身内にそれを伝えるだけなのに、薫さんの表情はまるで相手の実家を訪問しているように強張っていた。
扉を軽くノックする音が聞こえ、それが開くと、さきほどの女性の顔が見えた。
「皆さま、お掛けなってくださいませ」
にこやかに言う女性が押すワゴンにはコーヒーカップが四つ。フワリと漂うのは、私が先日セレーノでおすすめしたものだと思われる。そしてその薫りの向こう側に、お祖父様の姿はあった。
店に来られていた時とは違う、和装で姿を見せたお祖父様は、さすがに穂積家の当主といった風格を漂わせていた。
(別のかた、……みたい)
真砂子でさえ話が弾むと言っていたくらい、セレーノにいらっしゃった時には気さくな笑顔を見せてくださっていた。でも今は、気難しそうな表情を見せていて、薫さんから聞いていた印象と何ら変わらなかった。
(服装、これで良かったのかな?)
薫さんも井上さんも、八月のこの暑さの中でも、スーツ姿でネクタイもきちんとしている。仕事に行く時でも最近はノーネクタイが多かったから、それだけで本家を訪れるということが、どういうことなのか肌で感じていた。自分も出来るだけきちんとした、ネイビーのセットアップのパンツスタイルにしたけれど、それでも不安になっていた。
「さすが。想像以上ですね」
私の後ろで、井上さんが独り言のように小さく口にする。
「井上さん、もしかして初めてですか?」
薫さんとの付き合いは長いはずだから意外だった。振り返り尋ねると、井上さんは口角を上げた。
「えぇ。薫さんを外までお送りしたことはありますが、中は初めてで。なかなかに緊張しますね」
そう言いながらも笑みを浮かべる彼は、そんな風には見えない。もしかすると緊張を解そうとしてくれているのかも知れない。井上さんはそんな人だ。いつも陰からそっと支えてくれて、勇気を与えてくれる。だから、今日も一緒に来てくれると聞いて、ホッとしたのだ。
「ようこそいらっしゃいませ」
奥から細身の年配の女性が現れると、穏やかな表情で声を掛けられた。おそらくお手伝いさんだろう。白いエプロンを身につけている。
「お祖父様はどちらに?」
「応接室にいらっしゃいます」
「ありがとう」
薫さんは女性に返すと振り返り、私たちに視線を寄越した。
「じゃあ、案内するよ。行こうか」
それに「はい」とゆっくり頷くと、彼のあとに続いた。
レトロモダンな造りの廊下を進み、中ほどにある重厚な渋茶色の扉の前に立つと彼は軽く三回扉を叩いた。その奥から返事は聞こえず、彼は間をおいてノブに手をかけると扉を開いた。
中は応接室というにはかなり広い部屋だった。こちらには落ち着いたネイビーを基調にした柄の美しい絨毯が敷かれていて、真ん中にはイタリアのホテルにあったような猫足のチェアが、深いブラウンのテーブルを囲むように八脚置いてあった。けれど、そこには誰も姿もなかった。
「お祖父様はまだいらっしゃらないか……。これは……」
薫さんが入ってすぐの場所に置かれていたものに向かう。この部屋には似つかわしいとは思えない、ベビーベッドだった。
「亜夜、お祖父様が用意してくださったのだろう。使わせていただこう」
熟睡しているのかあどけない寝顔を見せている風香を、彼はベッドに静かに下ろす。
「よく眠っていらっしゃいますね」
私たちがベッドを覗き込んでいると、井上さんもその顔を見て笑みを浮かべた。
「もうしばらくは起きないかも。お昼寝は結構してくれるので」
そのぶん、目を覚ましたら元気いっぱいではしゃぎ出す。そうなれば話しどころではなくなってしまうかも知れない。
(それまでに、お話しが終わればいいけど……)
薫さんが伝えたいことはただ一つ。私との結婚を認めて欲しい。それだけだと言っていた。自分の身内にそれを伝えるだけなのに、薫さんの表情はまるで相手の実家を訪問しているように強張っていた。
扉を軽くノックする音が聞こえ、それが開くと、さきほどの女性の顔が見えた。
「皆さま、お掛けなってくださいませ」
にこやかに言う女性が押すワゴンにはコーヒーカップが四つ。フワリと漂うのは、私が先日セレーノでおすすめしたものだと思われる。そしてその薫りの向こう側に、お祖父様の姿はあった。
店に来られていた時とは違う、和装で姿を見せたお祖父様は、さすがに穂積家の当主といった風格を漂わせていた。
(別のかた、……みたい)
真砂子でさえ話が弾むと言っていたくらい、セレーノにいらっしゃった時には気さくな笑顔を見せてくださっていた。でも今は、気難しそうな表情を見せていて、薫さんから聞いていた印象と何ら変わらなかった。
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