想い出は珈琲の薫りとともに

玻璃美月

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6.sei

sei 〈薫side〉-3

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 今までにセレーノを訪れたのはほんの数回。亜夜が出勤している土曜日のうち、自分に何の予定も入っていない日。迎えに行くついでにコーヒーをいただいた程度だ。
 アルテミスとは趣の違う店内。若者が多く賑やかだが、どこかホッとするような、そんな雰囲気の店だった。そこで働くバリスタたちも活き活きとしていて、本当にコーヒーを愛してやまないのが伝わってきて好感が持てた。
 私が素直にそう感想を述べると、亜夜は『私の大切な場所を褒めてもらえて嬉しいです』とはにかんだように笑顔を見せていた。ごく最近の出来事なのに、ずいぶん昔のようにも感じてしまう。そんなことを思っていると、店のすぐ近くの路肩に車は停まった。

「薫様。車はどういたしましょうか」
「すぐ戻ります。このまま待機してください」
 
 それだけ伝え車から降りると、すぐさま店へ向かう。時間的に、祖父はまだ店についてそう時間は経っていないはずだ。
 昼を過ぎ落ち着いている時間帯ということもあり、そう混雑していない。店に入り、その場からグルリと店内を見渡すが、客席にその姿はなかった。
 だが店の端に視線を動かすと、そこに意外な人物といる祖父の姿が目に入った。そしてそのかたわらに、心許ない様子で佇む亜夜の姿も。

(待ち合わせ……していた? まさかそんなはずは……)

 祖父がどんな表情をしているのか、こちらからは見えない。だがその祖父に話しかけている、その人の表情は明るいものだった。
 私が幼い頃、病を患い亡くなった祖母。その妹である大叔母とは、法事で会う程度だった。穂積の家とはほぼ繋がりはないはずだ。自分も久しくお会いしていない。

「高田の大叔母様? 大変ご無沙汰しております」

 祖父の後ろから近づくと、先に私に気づいた大叔母に声を掛ける。その様子に、恐らく亜夜は驚いているようだ。今ここにいる人間がまさか私の親類と、そして祖父だとは夢にも思っていない。そんな表情だった。
 大叔母と挨拶を交わしたあと祖父に向く。私がここに来ていることを疑問にも思っていない。そんな表情に見えた。

「こちらで何をなさっているのですか? ……お祖父様」
 
 冷静に。そう自分に言い聞かせていても、驚くほど低く冷たい声が出た。

 何故、この店にいるのか?
 何故、大叔母がいるのか?
 そして、亜夜に何をしようとしているのか?

 考えても答えなど出ない。もちろん、祖父からも答えが返ることもなかった。祖父はお前には関係ないとばかりに『コーヒーを飲みにきただけだ』とはぐらかす。そしてあっさりと『今日はこれで』と口にした。
 だが最後の言葉に、凍りついた。

「これで失礼する。では。美子さん。……亜夜さん」

 名前を呼ばれた亜夜は、心なしか青ざめていた。まさか知られているとは思ってもいなかったのだろう。先に踵を返し、進み出した祖父の背中を目で追いながら、二人に会釈だけする。亜夜は私と目を合わすことはなかった。
 店を出ると、すぐ正面に車は移動していた。村上さんは祖父の姿を確認すると、促すように後部座席のドアを開けた。

「お祖父様‼︎」

 人が行き来する、往来なのもお構いなしに祖父に呼びかける。祖父はそれが聞こえなかったかのように車に乗り込んだ。村上さんがドアを閉めようとするのを、遮るようにドアに手をかけ中を覗き込むと、ようやく祖父と目があった。

「お話しが……あります」
「次の日曜なら一日空いておる。秘書と時間を調整するがよい」

 今は話したくないとばかりに先にそう告げられる。確かに今ここで話すような内容ではない。仕方なく次の言葉を飲み込んだ私に、祖父は続けた。

「それから……」

 祖父がこちらを見ようとせず、正面を向いたまま続ける言葉に耳を傾ける。

「その日はも連れて来なさい」

 それだけ言うと祖父は村上さんに無言で合図をする。彼はそれに頷くと「薫様、失礼します」とドアを閉めた。

(彼女……、たち……)

 走り去る車を目で追いながら、握りしめた手は震えていた。
 車が見えなくなると、亜夜のことが気になりセレーノに戻る。遠くから様子を伺うと、彼女は大叔母と何事もなかったように笑顔で話しをしていた。それを見てホッと息を吐くと店を出る。おそらく大叔母は、私と亜夜の関係など知らないはずだ。二人に割って入らないほうがいいだろう。そう判断し、アルテミスに戻った。
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