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5.cinque
cinque-7
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「何もしておらんよ……」
素っ気ない表情で清鷹さんは言う。けれど美子さんからは「ふふっ」と小さく笑い声が漏れていた。まるでそれが照れ隠しだとわかっているように。
「そんなことありませんよ。姉はいつも清鷹さんのことをお話しするときは楽しそうにしておりましたから」
「君たちは……本当に仲のいい姉妹だったな」
清鷹さんは思い出すように、懐かしそうな笑みを浮かべた。
ここまで話を聞いてしまうと、二人の関係をなんとなく察してしまう。そうなると疑問が生じてきた。
(……どうして……私に偽名を使ったの……?)
愕然とした私の耳に、美子さんの「あらっ?」と言う声が聞えてきた。
「お待ち合わせなさっていたんですね」
その人は慌てたようにこちらに向かってくると、清鷹さんの隣に立つ。今まで見たことないくらい険しい表情をして。
「高田の大叔母様? 大変ご無沙汰しております」
「こちらこそ。立派になられましたね、薫さん」
もう声すら出せなかった。ただ呆然と三人の姿を眺めているだけしかできない。薫さんはもちろん私のことには気づいている。けれど、そ知らぬふりをしていた。
「ありがとうございます。まだまだ若輩者でお恥ずかしいかぎりです」
その表情は明るいものではない。薫さんは美子さんにそう言ってから清鷹さんに向いた。
「こちらで何をなさっているのですか? ……お祖父様」
「コーヒーを飲みにきただけだ。お前に迷惑はかけておらぬが?」
すうっと、清鷹さんの表情が冷たいものに変わる。来店されるたび見せてくれた、穏やかな笑みはそこにはない。まるで別人なのかと思うくらいに。
「コーヒーならアルテミスでお出しします。とにかくお帰りください」
それに清鷹さんは眉を顰めると、息を吐き出し美子さんに向く
「と言うことだ。すまないが今日はこれで」
「そうですか。残念ですが、また」
そう返す美子さんに頷くと、清鷹さんはその向こうにいる私に視線を寄越した。
「騒がせてすまないね」
「いえ……」
それだけ口にする。いや、できなかった。私に話しかけるお祖父様を見て、薫さんは眉を顰め不快感を露わにしている。何らかの事情で、お祖父様がここに来ているのを知って慌てたに違いない。
「改めて寄らせてもらうよ」
「ご来店……お待ちしております」
こわばった声を絞り出す。緊張しているのを悟られたくなかったけれど、耳に届いた自分の声は思った以上に固い。
「これで失礼する。では。美子さん。……亜夜さん。またいずれ」
凍りついてしまったことに、きっとお祖父様は気づかれている。このかたが知るのは苗字だけのはずだ。なのに今、名前を呼ばれたから。
薫さんはわかっているのだろうか。家で話していた素敵なお客様がお祖父様だということを。店を出て行く二人の姿を、どこか遠い出来事のように眺めていた。
「ごめんなさいね。桝田さん。久しぶりにお会いしたものだから」
「とんでもない。あの……。穂積……様とは、ご親戚、なんですか?」
自分が聞いた名前とは、違う名を出して尋ねる。美子さんはそれになんの疑いもなく答えた。
「えぇ。清鷹さんは姉の旦那様でね。私も姉も昔からコーヒーが好きで。……そういえば清鷹さん、姉が亡くなってからあまりお飲み
にならなかったのに……」
(だから……薫さんは、好まれないって……)
未だ放心したまま、そんなことを考えていた。
素っ気ない表情で清鷹さんは言う。けれど美子さんからは「ふふっ」と小さく笑い声が漏れていた。まるでそれが照れ隠しだとわかっているように。
「そんなことありませんよ。姉はいつも清鷹さんのことをお話しするときは楽しそうにしておりましたから」
「君たちは……本当に仲のいい姉妹だったな」
清鷹さんは思い出すように、懐かしそうな笑みを浮かべた。
ここまで話を聞いてしまうと、二人の関係をなんとなく察してしまう。そうなると疑問が生じてきた。
(……どうして……私に偽名を使ったの……?)
愕然とした私の耳に、美子さんの「あらっ?」と言う声が聞えてきた。
「お待ち合わせなさっていたんですね」
その人は慌てたようにこちらに向かってくると、清鷹さんの隣に立つ。今まで見たことないくらい険しい表情をして。
「高田の大叔母様? 大変ご無沙汰しております」
「こちらこそ。立派になられましたね、薫さん」
もう声すら出せなかった。ただ呆然と三人の姿を眺めているだけしかできない。薫さんはもちろん私のことには気づいている。けれど、そ知らぬふりをしていた。
「ありがとうございます。まだまだ若輩者でお恥ずかしいかぎりです」
その表情は明るいものではない。薫さんは美子さんにそう言ってから清鷹さんに向いた。
「こちらで何をなさっているのですか? ……お祖父様」
「コーヒーを飲みにきただけだ。お前に迷惑はかけておらぬが?」
すうっと、清鷹さんの表情が冷たいものに変わる。来店されるたび見せてくれた、穏やかな笑みはそこにはない。まるで別人なのかと思うくらいに。
「コーヒーならアルテミスでお出しします。とにかくお帰りください」
それに清鷹さんは眉を顰めると、息を吐き出し美子さんに向く
「と言うことだ。すまないが今日はこれで」
「そうですか。残念ですが、また」
そう返す美子さんに頷くと、清鷹さんはその向こうにいる私に視線を寄越した。
「騒がせてすまないね」
「いえ……」
それだけ口にする。いや、できなかった。私に話しかけるお祖父様を見て、薫さんは眉を顰め不快感を露わにしている。何らかの事情で、お祖父様がここに来ているのを知って慌てたに違いない。
「改めて寄らせてもらうよ」
「ご来店……お待ちしております」
こわばった声を絞り出す。緊張しているのを悟られたくなかったけれど、耳に届いた自分の声は思った以上に固い。
「これで失礼する。では。美子さん。……亜夜さん。またいずれ」
凍りついてしまったことに、きっとお祖父様は気づかれている。このかたが知るのは苗字だけのはずだ。なのに今、名前を呼ばれたから。
薫さんはわかっているのだろうか。家で話していた素敵なお客様がお祖父様だということを。店を出て行く二人の姿を、どこか遠い出来事のように眺めていた。
「ごめんなさいね。桝田さん。久しぶりにお会いしたものだから」
「とんでもない。あの……。穂積……様とは、ご親戚、なんですか?」
自分が聞いた名前とは、違う名を出して尋ねる。美子さんはそれになんの疑いもなく答えた。
「えぇ。清鷹さんは姉の旦那様でね。私も姉も昔からコーヒーが好きで。……そういえば清鷹さん、姉が亡くなってからあまりお飲み
にならなかったのに……」
(だから……薫さんは、好まれないって……)
未だ放心したまま、そんなことを考えていた。
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