47 / 81
5.cinque
cinque-7
しおりを挟む
「何もしておらんよ……」
素っ気ない表情で清鷹さんは言う。けれど美子さんからは「ふふっ」と小さく笑い声が漏れていた。まるでそれが照れ隠しだとわかっているように。
「そんなことありませんよ。姉はいつも清鷹さんのことをお話しするときは楽しそうにしておりましたから」
「君たちは……本当に仲のいい姉妹だったな」
清鷹さんは思い出すように、懐かしそうな笑みを浮かべた。
ここまで話を聞いてしまうと、二人の関係をなんとなく察してしまう。そうなると疑問が生じてきた。
(……どうして……私に偽名を使ったの……?)
愕然とした私の耳に、美子さんの「あらっ?」と言う声が聞えてきた。
「お待ち合わせなさっていたんですね」
その人は慌てたようにこちらに向かってくると、清鷹さんの隣に立つ。今まで見たことないくらい険しい表情をして。
「高田の大叔母様? 大変ご無沙汰しております」
「こちらこそ。立派になられましたね、薫さん」
もう声すら出せなかった。ただ呆然と三人の姿を眺めているだけしかできない。薫さんはもちろん私のことには気づいている。けれど、そ知らぬふりをしていた。
「ありがとうございます。まだまだ若輩者でお恥ずかしいかぎりです」
その表情は明るいものではない。薫さんは美子さんにそう言ってから清鷹さんに向いた。
「こちらで何をなさっているのですか? ……お祖父様」
「コーヒーを飲みにきただけだ。お前に迷惑はかけておらぬが?」
すうっと、清鷹さんの表情が冷たいものに変わる。来店されるたび見せてくれた、穏やかな笑みはそこにはない。まるで別人なのかと思うくらいに。
「コーヒーならアルテミスでお出しします。とにかくお帰りください」
それに清鷹さんは眉を顰めると、息を吐き出し美子さんに向く
「と言うことだ。すまないが今日はこれで」
「そうですか。残念ですが、また」
そう返す美子さんに頷くと、清鷹さんはその向こうにいる私に視線を寄越した。
「騒がせてすまないね」
「いえ……」
それだけ口にする。いや、できなかった。私に話しかけるお祖父様を見て、薫さんは眉を顰め不快感を露わにしている。何らかの事情で、お祖父様がここに来ているのを知って慌てたに違いない。
「改めて寄らせてもらうよ」
「ご来店……お待ちしております」
こわばった声を絞り出す。緊張しているのを悟られたくなかったけれど、耳に届いた自分の声は思った以上に固い。
「これで失礼する。では。美子さん。……亜夜さん。またいずれ」
凍りついてしまったことに、きっとお祖父様は気づかれている。このかたが知るのは苗字だけのはずだ。なのに今、名前を呼ばれたから。
薫さんはわかっているのだろうか。家で話していた素敵なお客様がお祖父様だということを。店を出て行く二人の姿を、どこか遠い出来事のように眺めていた。
「ごめんなさいね。桝田さん。久しぶりにお会いしたものだから」
「とんでもない。あの……。穂積……様とは、ご親戚、なんですか?」
自分が聞いた名前とは、違う名を出して尋ねる。美子さんはそれになんの疑いもなく答えた。
「えぇ。清鷹さんは姉の旦那様でね。私も姉も昔からコーヒーが好きで。……そういえば清鷹さん、姉が亡くなってからあまりお飲み
にならなかったのに……」
(だから……薫さんは、好まれないって……)
未だ放心したまま、そんなことを考えていた。
素っ気ない表情で清鷹さんは言う。けれど美子さんからは「ふふっ」と小さく笑い声が漏れていた。まるでそれが照れ隠しだとわかっているように。
「そんなことありませんよ。姉はいつも清鷹さんのことをお話しするときは楽しそうにしておりましたから」
「君たちは……本当に仲のいい姉妹だったな」
清鷹さんは思い出すように、懐かしそうな笑みを浮かべた。
ここまで話を聞いてしまうと、二人の関係をなんとなく察してしまう。そうなると疑問が生じてきた。
(……どうして……私に偽名を使ったの……?)
愕然とした私の耳に、美子さんの「あらっ?」と言う声が聞えてきた。
「お待ち合わせなさっていたんですね」
その人は慌てたようにこちらに向かってくると、清鷹さんの隣に立つ。今まで見たことないくらい険しい表情をして。
「高田の大叔母様? 大変ご無沙汰しております」
「こちらこそ。立派になられましたね、薫さん」
もう声すら出せなかった。ただ呆然と三人の姿を眺めているだけしかできない。薫さんはもちろん私のことには気づいている。けれど、そ知らぬふりをしていた。
「ありがとうございます。まだまだ若輩者でお恥ずかしいかぎりです」
その表情は明るいものではない。薫さんは美子さんにそう言ってから清鷹さんに向いた。
「こちらで何をなさっているのですか? ……お祖父様」
「コーヒーを飲みにきただけだ。お前に迷惑はかけておらぬが?」
すうっと、清鷹さんの表情が冷たいものに変わる。来店されるたび見せてくれた、穏やかな笑みはそこにはない。まるで別人なのかと思うくらいに。
「コーヒーならアルテミスでお出しします。とにかくお帰りください」
それに清鷹さんは眉を顰めると、息を吐き出し美子さんに向く
「と言うことだ。すまないが今日はこれで」
「そうですか。残念ですが、また」
そう返す美子さんに頷くと、清鷹さんはその向こうにいる私に視線を寄越した。
「騒がせてすまないね」
「いえ……」
それだけ口にする。いや、できなかった。私に話しかけるお祖父様を見て、薫さんは眉を顰め不快感を露わにしている。何らかの事情で、お祖父様がここに来ているのを知って慌てたに違いない。
「改めて寄らせてもらうよ」
「ご来店……お待ちしております」
こわばった声を絞り出す。緊張しているのを悟られたくなかったけれど、耳に届いた自分の声は思った以上に固い。
「これで失礼する。では。美子さん。……亜夜さん。またいずれ」
凍りついてしまったことに、きっとお祖父様は気づかれている。このかたが知るのは苗字だけのはずだ。なのに今、名前を呼ばれたから。
薫さんはわかっているのだろうか。家で話していた素敵なお客様がお祖父様だということを。店を出て行く二人の姿を、どこか遠い出来事のように眺めていた。
「ごめんなさいね。桝田さん。久しぶりにお会いしたものだから」
「とんでもない。あの……。穂積……様とは、ご親戚、なんですか?」
自分が聞いた名前とは、違う名を出して尋ねる。美子さんはそれになんの疑いもなく答えた。
「えぇ。清鷹さんは姉の旦那様でね。私も姉も昔からコーヒーが好きで。……そういえば清鷹さん、姉が亡くなってからあまりお飲み
にならなかったのに……」
(だから……薫さんは、好まれないって……)
未だ放心したまま、そんなことを考えていた。
25
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
玖羽 望月
恋愛
親族に代々議員を輩出するような家に生まれ育った鷹柳実乃莉は、意に沿わぬお見合いをさせられる。
なんとか相手から断ってもらおうとイメージチェンジをし待ち合わせのレストランに向かった。
そこで案内された席にいたのは皆上龍だった。
が、それがすでに間違いの始まりだった。
鷹柳 実乃莉【たかやなぎ みのり】22才
何事も控えめにと育てられてきたお嬢様。
皆上 龍【みなかみ りょう】 33才
自分で一から始めた会社の社長。
作中に登場する職業や内容はまったくの想像です。実際とはかけ離れているかと思います。ご了承ください。
初出はエブリスタにて。
2023.4.24〜2023.8.9
月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
契約書は婚姻届
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」
突然、降って湧いた結婚の話。
しかも、父親の工場と引き替えに。
「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」
突きつけられる契約書という名の婚姻届。
父親の工場を救えるのは自分ひとり。
「わかりました。
あなたと結婚します」
はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!?
若園朋香、26歳
ごくごく普通の、町工場の社長の娘
×
押部尚一郎、36歳
日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司
さらに
自分もグループ会社のひとつの社長
さらに
ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡
そして
極度の溺愛体質??
******
表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

あなたが居なくなった後
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの専業主婦。
まだ生後1か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。
朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。
乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。
会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願う宏樹。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる