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5.cinque
cinque-1
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薫さんと再会してもう一ヵ月以上経つのだから、時の流れは早い。
息を切らせ慌ててリビングに入ってきた薫さんは、私の腕に抱かれた風香を見てホッとしたようだ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「今から寝るところかい?」
「はい。よかったね、ふう。今日はパパに会えたね」
風香に話しかけると、大好きなパパに会えて、その喜びを体現していた。
こんな生活を始めて二週間が過ぎた。風香の認知届も受理され、二人は親子になった。
彼は最初、忙しい仕事の合間を縫ってうちに来て、私と風香の顔を見て帰るという生活だった。でもすぐに薫さんは言った。
『もっと君たちと一緒にいたい』
たしかにほぼ毎日、顔だけ見に来るのは大変だろう。話し合いの結果、一緒に住むことになった。
私たちの家のすぐ近所に候補の物件を探してくれ、そのうちの一つ、前に住んでいた家の目と鼻の先に引っ越した。
『前も言ったが、私のことは気にしなくていい。それに、君たちの助けになれないかも知れない』
心苦しそうに彼は謝っていたが、私は首を振った。多忙なのは分かっているし、私だってほんのひとときでも一緒に過ごせるのは嬉しい。
先に寝室に入り風香をベッドに下ろす。二人で暮らしていたときは布団だったが、今は三人並んでも狭くないローベッドだ。照明を常夜灯に変え風香の横に寝そべると、着替えた薫さんが寝室に入ってきた。
「ふう? 今日はパパがいるからっておめめ、開けてちゃだめよ?」
風香の向こう側に横になる薫さんに、遊んで欲しそうに風香は手を伸ばしている。
「風香。もう寝る時間だ。パパがトントンしてあげよう」
最初こそ自分のことを『パパ』と呼ぶことを恥ずかしそうにしていたが、いつのまにかそれも板についていた。風香を穏やかに見つめているその姿を見るだけで、言い知れぬ幸福感に包まれていた。
――梅雨の終わりの長雨はここ数日続いている。今日は特に激しく、それに伴い朝から客足は鈍い。梅雨時はいつものことだからしかたないけれど。
「にしても。すっごい雨だねぇ」
窓の外からは地面に激しく叩きつける雨音が聞こえてくる。事務所のテーブルで、真砂子がペンを持ったまま、頬杖をつき外を眺めていた。ここからは隣の建物の壁しか見えないが、細い通路に落ちていく大きな雨粒が見えている。
「夕方にはましになるみたいだけど。そろそろ梅雨も明けてくれないと……」
書いていたポップに文字を書き入れると、フウッと一息つく。
カウンターにずっといても手持ち無沙汰で、物販コーナーの整理をすることにした。シーズン毎に豆を置く位置を変えていて、それに合わせてポップも変えている。そろそろ本格的に夏仕様にしなくては、と思っていたからちょうどいい。
「そう言えば亜夜、そろそろ上がりの時間でしょ? 迎えに来てもらうんだっけ」
「うん。そのうち連絡入ると思うんだけど……」
さっきまで書いていた何枚のポップを集めながら私は答えた。
今日は午後から有給を取った。薫さんが前々から望んでいた、アルテミスに招待してもらうためだ。
本当なら真砂子も一緒にと彼は言ってくれていた。けれど、しばらく真砂子と同じ日に休みが取れず、その上薫さんとスケジュールを合わせるとなると難しく、今日は私一人だ。
「こんな天気だけど、楽しんできてね? デート!」
書き終えたポップを持ち上げ、ヒラヒラさせながら真砂子はニヤリと笑う。
「デートってわけじゃ……」
「なんでよ~。立派なデートじゃない。たまには二人で楽しんできなよ。ふうのお迎え、間に合わなかったら私行くよ?」
「ちゃんと間に合うように帰ります!」
笑顔を浮かべる真砂子に照れを隠すように言い返していると、店の通用口のインターホンが鳴った。
「あ。私でるよ」
今事務所にいるのは私たちだけ。近くにいる真砂子が応答してくれた。
「どうぞ。開けます」
真砂子は相手に短く告げると解錠している。通用口の扉はすぐそこで、それは少し間を置きゆっくりと開く。途端に叩きつけるような激しい雨音が飛び込んできた。
息を切らせ慌ててリビングに入ってきた薫さんは、私の腕に抱かれた風香を見てホッとしたようだ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「今から寝るところかい?」
「はい。よかったね、ふう。今日はパパに会えたね」
風香に話しかけると、大好きなパパに会えて、その喜びを体現していた。
こんな生活を始めて二週間が過ぎた。風香の認知届も受理され、二人は親子になった。
彼は最初、忙しい仕事の合間を縫ってうちに来て、私と風香の顔を見て帰るという生活だった。でもすぐに薫さんは言った。
『もっと君たちと一緒にいたい』
たしかにほぼ毎日、顔だけ見に来るのは大変だろう。話し合いの結果、一緒に住むことになった。
私たちの家のすぐ近所に候補の物件を探してくれ、そのうちの一つ、前に住んでいた家の目と鼻の先に引っ越した。
『前も言ったが、私のことは気にしなくていい。それに、君たちの助けになれないかも知れない』
心苦しそうに彼は謝っていたが、私は首を振った。多忙なのは分かっているし、私だってほんのひとときでも一緒に過ごせるのは嬉しい。
先に寝室に入り風香をベッドに下ろす。二人で暮らしていたときは布団だったが、今は三人並んでも狭くないローベッドだ。照明を常夜灯に変え風香の横に寝そべると、着替えた薫さんが寝室に入ってきた。
「ふう? 今日はパパがいるからっておめめ、開けてちゃだめよ?」
風香の向こう側に横になる薫さんに、遊んで欲しそうに風香は手を伸ばしている。
「風香。もう寝る時間だ。パパがトントンしてあげよう」
最初こそ自分のことを『パパ』と呼ぶことを恥ずかしそうにしていたが、いつのまにかそれも板についていた。風香を穏やかに見つめているその姿を見るだけで、言い知れぬ幸福感に包まれていた。
――梅雨の終わりの長雨はここ数日続いている。今日は特に激しく、それに伴い朝から客足は鈍い。梅雨時はいつものことだからしかたないけれど。
「にしても。すっごい雨だねぇ」
窓の外からは地面に激しく叩きつける雨音が聞こえてくる。事務所のテーブルで、真砂子がペンを持ったまま、頬杖をつき外を眺めていた。ここからは隣の建物の壁しか見えないが、細い通路に落ちていく大きな雨粒が見えている。
「夕方にはましになるみたいだけど。そろそろ梅雨も明けてくれないと……」
書いていたポップに文字を書き入れると、フウッと一息つく。
カウンターにずっといても手持ち無沙汰で、物販コーナーの整理をすることにした。シーズン毎に豆を置く位置を変えていて、それに合わせてポップも変えている。そろそろ本格的に夏仕様にしなくては、と思っていたからちょうどいい。
「そう言えば亜夜、そろそろ上がりの時間でしょ? 迎えに来てもらうんだっけ」
「うん。そのうち連絡入ると思うんだけど……」
さっきまで書いていた何枚のポップを集めながら私は答えた。
今日は午後から有給を取った。薫さんが前々から望んでいた、アルテミスに招待してもらうためだ。
本当なら真砂子も一緒にと彼は言ってくれていた。けれど、しばらく真砂子と同じ日に休みが取れず、その上薫さんとスケジュールを合わせるとなると難しく、今日は私一人だ。
「こんな天気だけど、楽しんできてね? デート!」
書き終えたポップを持ち上げ、ヒラヒラさせながら真砂子はニヤリと笑う。
「デートってわけじゃ……」
「なんでよ~。立派なデートじゃない。たまには二人で楽しんできなよ。ふうのお迎え、間に合わなかったら私行くよ?」
「ちゃんと間に合うように帰ります!」
笑顔を浮かべる真砂子に照れを隠すように言い返していると、店の通用口のインターホンが鳴った。
「あ。私でるよ」
今事務所にいるのは私たちだけ。近くにいる真砂子が応答してくれた。
「どうぞ。開けます」
真砂子は相手に短く告げると解錠している。通用口の扉はすぐそこで、それは少し間を置きゆっくりと開く。途端に叩きつけるような激しい雨音が飛び込んできた。
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