想い出は珈琲の薫りとともに

玻璃美月

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4.quattro

quattro-11

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「まずは、風香のことだ。早く認知の手続きを取りたいと思っている。次の木曜日、役所へ行こうと思うのだが……。一緒に来てくれないかい?」
「いいん……ですか?」

 風香の戸籍の父の欄は今空白だ。戸籍なんてそう見ることもないし書類上のこと。そう割り切るのは簡単ではなかった。将来、それが元で風香に辛い思いをさせてしまうかも知れない。そう思うと胸が痛んだ。

「当たり前だろう? 風香は私たちの子だ。一刻も早く手続きしたいところだが」
「でも……。その、おうちのことは?」

 私とは他人でいられても、認知をすれば風香と薫さんは親子になる。そうなれば発生することもあるはずだ。

「それは問題ない。風香は……女の子だから余計に……」

 眉を顰めるその顔は、まるで嫌悪しているような表情だ。それは自分の血筋に対してなのかも知れない。彼は顔を上げると深呼吸するように息を吐く。

「だが、結婚となると話は変わってくる」
「……結婚?」
「あぁ。洒落たプロポーズ一つできず、すまない。私は亜夜と結婚したい。家族になりたいと思っている」
 
 その表情は明るいものではない。きっと今この瞬間もさまざまな葛藤をしているのだと思う。

「無理……しないでください。私は形にはこだわりませんから……」

 それは本心だ。風香を認知してもらえるだけで充分だと思っている。それに井上さんですら、あんな顔をするくらいなんだから、一筋縄で通用する相手ではないのだ。
 けれど薫さんは、静かに首を横に振る。

「亜夜が私と結婚したくないと言うなら諦める。だが、そうでないのなら……諦めたくはない」
「薫さん……」

 なんと答えていいのかわからない。考えあぐねていると、薫さんが口火を切った。

「穂積家は古い家でね。私は本家筋でもないが、それでも祖父の影響は大きい。両親も祖父の決めたことには逆らわない。返せば、祖父の了承さえ得られれば誰にも何も言われることはないんだ」

 薫さんはぽつぽつと話し出すと、それから穂積家のことを語り出した。
 想像以上の家柄。政略結婚など当たり前だと納得してしまう。そしてそこに、私が入る余地など……ない。そう思うしかなかった。

「それでも……」

 薫さんは小さく呟くと、私の手に自分の手を重ねる。

「私は乗り越えたい。自分の意思で、力で。その姿を亜夜に見て欲しい。そう思っている」

 真っ直ぐに射抜くような眼差し。その瞳を見つめ返して力強く自分の想いを言葉にする。

「薫さん。私にできることは何もないかも知れません。でも、そばにいることはできます。急がなくてもいいんです。私は、ずっと一緒にいますから」

 重なった手に力が込められると、薫さんは小さく笑うように息を漏らした。

「亜夜はいつも私に勇気をくれる」
「私も薫さんからもらってます。だから……、自分は無力だなんて悲しいこと、言わないでください」

 自分にまつわる話の中で、彼は言った。

『今まで祖父に言われるがまま生きてきた。自分の無力さを痛感するよ』

 けれどそれは違う。指図されているだけの人に誰も着いては来ない。井上さんを始めとして、薫さんの会社にいる社員、アルテミスを作り上げた人たちだ。薫さんは自分が思っている以上に情熱的に仕事に取り組んでいる。そして、その熱い想いは形になって存在しているのだ。だから、きっとやり遂げる。その方法を見つけられるはずだ。

「ありがとう」

 泣きそうにも見える笑みを浮かべたその顔を見て、覚悟を決める。彼が自身の置かれた立場と向き合うように、自分も今まで逃げてきたことに向き合おうと。

 カップを片付け終えると、同時に寝室から薫さんが出てきた。

「ふうはどうでしたか?」
「よく眠っていた。ずっと眺めていたいと思ったよ」

 心の底から感動しているような横顔。想像以上に風香の存在を喜んでくれているのが伝わってくる。

「眺めてるとこっちも眠くなってくるんですよ?」
「そうだね。分かる気がする」

 静かなリビングのソファで私たちは肩を寄せ合う。
 しばらくその温もりを感じ幸福感で満たされたあと、おもむろに話を切り出した。
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