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4.quattro
quattro-10
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休みの日も、できるだけ風香が普段保育園で過ごすリズムを乱さないよう気をつけている。お昼にはまだ早い十一時過ぎには離乳食を食べさせてミルクを飲ませる。それからお昼寝タイム。自分のお腹が空いてきたなと思う時間には、風香はもう夢の中だった。
あり合わせのものでよかったらと、親子丼と副菜を用意した。それを綺麗に食べ終えた薫さんは、目の前で手を合わせていた。
「美味しかったよ。ご馳走様」
「お粗末様……です」
食後、使ったお皿を薫さんが洗ってくれることになった。手際良く洗うその姿に驚いていると彼は笑う。
「これでも一人暮らしは長いからね。一通りのことは自分でできる」
社長なのだから、そういうことは全て、お金で解決していると思っていた自分が恥ずかしい。
彼に背を向け、コーヒーを淹れる私に、彼は続けて言う。
「だから、亜夜に負担をかけるをつもりはない。私のことは気にしなくていいんだよ」
「はい。ありがとう、ございます」
立ち昇るコーヒーの芳醇な香りに、ゆったりとした優しい口調がBGMとなりホッとする。ドリッパーの中で膨らんでいく豆を眺めながら答えた。
「今回はセレーノで出しているブレンドです。真砂子……。昨日ふうを預かってくれた友だちなら、もっと美味しく淹れられるんですけど……」
カップを近づけ香りを楽しんでいる薫さんに、言い訳がましく言う。
「とてもいい香りだ」
薫さんはカップにつけた唇を放すと、感慨深げにそれを見つめている。
「君の店のコーヒーは、本当に美味いんだな」
「嬉しいです。でも真砂子は、アルテミスのブレンドを飲んで、悔しがってましたよ?」
「どうして?」
顔を上げた薫さんは不思議そうだ。私は前に真砂子が言っていたことを思い出しながら、その言葉を口にした。
「こんな絶妙なブレンド、どうやったらできるんだ、って。今真砂子は、アルテミスに負けないブレンド作るって、日々研究してます」
その言葉に彼は驚いているようだ。けれど口元を緩めると、優しい視線で再びカップに視線を落とした。
「そうか……。嬉しいよ。あれは苦労したんだ。エドを唸らせられるようなものが、なかなかできなくてね」
懐かしそうに緩めた表情のまま、薫さんはカップを口に運ぶ。今はそんな表情を見せているけど、きっと渦中は相当大変だったに違いない。井上さんの言うように、休む暇などなかったはずだ。
「アルテミスにはまだ二回しか行けてないんです。でも、凄く素敵なお店でした。コーヒーも美味しくて。今度はゆっくりしたいです」
笑いかけると、薫さんも笑みを返してくれる。
「ありがとう。君を想って付けたんだ。アルテミスと。エドは今でも亜夜のことを女神と呼んでいるからね」
「そう、なんですか?」
そんなこと思いもしかなかった。たしかに、エドと会ったパーティーでは女神に例えられたけれど。
(……ずっと、忘れないでいてくれた……)
そう思うだけでこみ上げてくるものがある。胸をいっぱいにしながら、精一杯の笑顔を向けた。
「光栄です。ありがとうございます。薫さん」
「こちらこそ。すべて亜夜のおかげでうまくいった」
とても穏やかな昼下がり。私たちはしばらく、お店の話やコーヒーの話を楽しんだ。少しずつ味わっていたコーヒーはすっかり冷めたけど、それでも美味しく飲めるブレンド。その最後の一口を流しこむと、彼はカップを置いた。
「亜夜。話しておきたいことがあるんだ」
薫さんはかしこまった表情で切り出す。
「はい……」
その雰囲気に飲まれたように、背筋を伸ばして彼に向いた。
あり合わせのものでよかったらと、親子丼と副菜を用意した。それを綺麗に食べ終えた薫さんは、目の前で手を合わせていた。
「美味しかったよ。ご馳走様」
「お粗末様……です」
食後、使ったお皿を薫さんが洗ってくれることになった。手際良く洗うその姿に驚いていると彼は笑う。
「これでも一人暮らしは長いからね。一通りのことは自分でできる」
社長なのだから、そういうことは全て、お金で解決していると思っていた自分が恥ずかしい。
彼に背を向け、コーヒーを淹れる私に、彼は続けて言う。
「だから、亜夜に負担をかけるをつもりはない。私のことは気にしなくていいんだよ」
「はい。ありがとう、ございます」
立ち昇るコーヒーの芳醇な香りに、ゆったりとした優しい口調がBGMとなりホッとする。ドリッパーの中で膨らんでいく豆を眺めながら答えた。
「今回はセレーノで出しているブレンドです。真砂子……。昨日ふうを預かってくれた友だちなら、もっと美味しく淹れられるんですけど……」
カップを近づけ香りを楽しんでいる薫さんに、言い訳がましく言う。
「とてもいい香りだ」
薫さんはカップにつけた唇を放すと、感慨深げにそれを見つめている。
「君の店のコーヒーは、本当に美味いんだな」
「嬉しいです。でも真砂子は、アルテミスのブレンドを飲んで、悔しがってましたよ?」
「どうして?」
顔を上げた薫さんは不思議そうだ。私は前に真砂子が言っていたことを思い出しながら、その言葉を口にした。
「こんな絶妙なブレンド、どうやったらできるんだ、って。今真砂子は、アルテミスに負けないブレンド作るって、日々研究してます」
その言葉に彼は驚いているようだ。けれど口元を緩めると、優しい視線で再びカップに視線を落とした。
「そうか……。嬉しいよ。あれは苦労したんだ。エドを唸らせられるようなものが、なかなかできなくてね」
懐かしそうに緩めた表情のまま、薫さんはカップを口に運ぶ。今はそんな表情を見せているけど、きっと渦中は相当大変だったに違いない。井上さんの言うように、休む暇などなかったはずだ。
「アルテミスにはまだ二回しか行けてないんです。でも、凄く素敵なお店でした。コーヒーも美味しくて。今度はゆっくりしたいです」
笑いかけると、薫さんも笑みを返してくれる。
「ありがとう。君を想って付けたんだ。アルテミスと。エドは今でも亜夜のことを女神と呼んでいるからね」
「そう、なんですか?」
そんなこと思いもしかなかった。たしかに、エドと会ったパーティーでは女神に例えられたけれど。
(……ずっと、忘れないでいてくれた……)
そう思うだけでこみ上げてくるものがある。胸をいっぱいにしながら、精一杯の笑顔を向けた。
「光栄です。ありがとうございます。薫さん」
「こちらこそ。すべて亜夜のおかげでうまくいった」
とても穏やかな昼下がり。私たちはしばらく、お店の話やコーヒーの話を楽しんだ。少しずつ味わっていたコーヒーはすっかり冷めたけど、それでも美味しく飲めるブレンド。その最後の一口を流しこむと、彼はカップを置いた。
「亜夜。話しておきたいことがあるんだ」
薫さんはかしこまった表情で切り出す。
「はい……」
その雰囲気に飲まれたように、背筋を伸ばして彼に向いた。
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