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4.quattro
quattro-7
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朝食も終わり、家事を済ますと、早いものでもう薫さんと会う約束した時間だ。
薫さんは昨日も車を保育園の近くのコインパーキングに停めていて、今日もそこに停めるらしい。そこで待つ約束をしていた。
風香をベビーカーに乗せて外へ出ると、心地の良い風が体を撫でて吹き抜けた。心を表すように、空は青く澄み切っていた。
パーキングに着くと、そこには何度か目にしたナンバーの白い車が止まっていた。そして待ち受けていたように、傍に立つその人が私たちを見て微笑んだ。
「井上さん? どうしてここに……」
「おはようございます。薫さんにお渡ししたいものがありまして。ここに来られると聞いたものですから」
当然のことのように答える井上さんを、唖然としながら見上げる。薫さんにということは、もちろん昨日の話を聞いているのだろう。それにしても、こんなところに来てまで渡したいものっていったい……と少し不可解だ。
当の井上さんはそれを気に留める様子もなく、ベビーカーの前にしゃがみ込んだ。シェードをしているから風香の様子はわからないが、見えている足がぴょこぴょこ動いているところを見ると嬉しいようだ。
「おはようございます。風香さん」
顔がよく見えるようシェードを畳むと、柔かに話しかける井上さんに、風香は嬉しそうに手を伸ばしていた。
「抱っこ……してみますか?」
「駄目ですよ。薫さんにはまだ会っていないんでしょう? 許可なくそんなことはできません」
冗談めかして笑みを浮かべて言う井上さんに、私も釣られて笑顔になった。
「真面目ですね。井上さんは」
抱き上げた風香は、機嫌良く辺りを見渡している。そんな風香に、穏やかな笑顔を向けてくれている井上さんに心が温かくなる。
「ありがとうございます、井上さん。私の、ううん? 私たちの背中を押してくださって」
「いいえ。お礼を言われるようなことはしていませんよ。ほんの少し、手を差し伸べただけです」
謙遜ではなく、たぶん本当にそう思っていそうだ。変わらず淡々と、でも優しくそう言ってくれる。けれど井上さんがいなかったら、私たちはきっとすれ違ったままで、再び会うこともなかったかも知れない。
「井上さんって、魔法使いみたいですね」
思わずそんなことが脳裏に浮かび言葉にする。それに井上さんは、フフッと小さく笑った。
「では今後も役に立てるよう、魔法の腕を上げておきます」
(この人が味方で、本当に良かった)
この気持ちはなんだろうと考え、真砂子やおばさんに対するものと同じだと気付く。友人を越えた、とても大切な人だと。
背後から車の近づく気配がして振り返ると、パーキングに美しい濃紺のセダンが入っていく。車種は井上さんと同じものだ。田舎ではそう見かけないけれど、この辺りではそうでもない。気に留めることなく井上さんのほうに向き直ると、彼は笑っていた。
「今の車、薫さんですよ?」
「えっ。そうなんですか? 車しか見てなくて。同じなんですね」
「ええ。私が薫さんの真似をしました」
井上さんがニコリと笑っていると、空いていた手前のスペースに停まった車のドアが閉まる音が聞こえた。
「亜夜」
ほどなくして早足で現れた薫さんは私を呼ぶ。
「おはよう……ございます」
初めて見るスーツ以外の姿。ブラックのゆったりしたセットアップに白のシャツ。眩しすぎて、見るだけで顔が熱くなってきそうだ。
「おはよう。遅くなってすまない」
「私が早く来すぎただけなので。井上さんとおしゃべりしてたらすぐでした」
私の返事に、なぜだか薫さんは微妙な顔をする。そんな薫さんに、井上さんは挨拶をする。
「おはようございます。薫さん」
「ああ。おはよう」
(どうしたの……かな?)
ほんの少し、不機嫌さを露わにして薫さんは返す。この微妙な空気に居た堪れなくなり、私は慌ててあいだに入った。
「薫さん。あの。この子が風香です」
その顔を見せようと風香を抱え上げると、風香は私の首元にしがみつき、肩に顔を埋めていた。
「ふう?」
予想通りなのかも知れないが、風香は少しも薫さんに向こうとしない。
「あっ、あの。人見知りしてて。大丈夫です。井上さんにもすぐに慣れてましたから」
慌てて取り繕うと、薫さんはいっそう不機嫌そうに眉を顰めた。それを見ていた井上さんから、クスクスと笑いが漏れてくる。
「薫さん。そう嫉妬されなくても。用事が済めばすぐに退散いたしますよ」
「……余計なことは言わなくていい」
見ると、居心地が悪そうに薫さんは顔を背けている。その顔は、どこか照れているようにも見えた。
井上さんは笑みを浮かべたまま、自分の車の後ろへ向かうとトランクを開ける。そこから何かを取り出すと、それを抱えてこちらに戻ってきた。
薫さんは昨日も車を保育園の近くのコインパーキングに停めていて、今日もそこに停めるらしい。そこで待つ約束をしていた。
風香をベビーカーに乗せて外へ出ると、心地の良い風が体を撫でて吹き抜けた。心を表すように、空は青く澄み切っていた。
パーキングに着くと、そこには何度か目にしたナンバーの白い車が止まっていた。そして待ち受けていたように、傍に立つその人が私たちを見て微笑んだ。
「井上さん? どうしてここに……」
「おはようございます。薫さんにお渡ししたいものがありまして。ここに来られると聞いたものですから」
当然のことのように答える井上さんを、唖然としながら見上げる。薫さんにということは、もちろん昨日の話を聞いているのだろう。それにしても、こんなところに来てまで渡したいものっていったい……と少し不可解だ。
当の井上さんはそれを気に留める様子もなく、ベビーカーの前にしゃがみ込んだ。シェードをしているから風香の様子はわからないが、見えている足がぴょこぴょこ動いているところを見ると嬉しいようだ。
「おはようございます。風香さん」
顔がよく見えるようシェードを畳むと、柔かに話しかける井上さんに、風香は嬉しそうに手を伸ばしていた。
「抱っこ……してみますか?」
「駄目ですよ。薫さんにはまだ会っていないんでしょう? 許可なくそんなことはできません」
冗談めかして笑みを浮かべて言う井上さんに、私も釣られて笑顔になった。
「真面目ですね。井上さんは」
抱き上げた風香は、機嫌良く辺りを見渡している。そんな風香に、穏やかな笑顔を向けてくれている井上さんに心が温かくなる。
「ありがとうございます、井上さん。私の、ううん? 私たちの背中を押してくださって」
「いいえ。お礼を言われるようなことはしていませんよ。ほんの少し、手を差し伸べただけです」
謙遜ではなく、たぶん本当にそう思っていそうだ。変わらず淡々と、でも優しくそう言ってくれる。けれど井上さんがいなかったら、私たちはきっとすれ違ったままで、再び会うこともなかったかも知れない。
「井上さんって、魔法使いみたいですね」
思わずそんなことが脳裏に浮かび言葉にする。それに井上さんは、フフッと小さく笑った。
「では今後も役に立てるよう、魔法の腕を上げておきます」
(この人が味方で、本当に良かった)
この気持ちはなんだろうと考え、真砂子やおばさんに対するものと同じだと気付く。友人を越えた、とても大切な人だと。
背後から車の近づく気配がして振り返ると、パーキングに美しい濃紺のセダンが入っていく。車種は井上さんと同じものだ。田舎ではそう見かけないけれど、この辺りではそうでもない。気に留めることなく井上さんのほうに向き直ると、彼は笑っていた。
「今の車、薫さんですよ?」
「えっ。そうなんですか? 車しか見てなくて。同じなんですね」
「ええ。私が薫さんの真似をしました」
井上さんがニコリと笑っていると、空いていた手前のスペースに停まった車のドアが閉まる音が聞こえた。
「亜夜」
ほどなくして早足で現れた薫さんは私を呼ぶ。
「おはよう……ございます」
初めて見るスーツ以外の姿。ブラックのゆったりしたセットアップに白のシャツ。眩しすぎて、見るだけで顔が熱くなってきそうだ。
「おはよう。遅くなってすまない」
「私が早く来すぎただけなので。井上さんとおしゃべりしてたらすぐでした」
私の返事に、なぜだか薫さんは微妙な顔をする。そんな薫さんに、井上さんは挨拶をする。
「おはようございます。薫さん」
「ああ。おはよう」
(どうしたの……かな?)
ほんの少し、不機嫌さを露わにして薫さんは返す。この微妙な空気に居た堪れなくなり、私は慌ててあいだに入った。
「薫さん。あの。この子が風香です」
その顔を見せようと風香を抱え上げると、風香は私の首元にしがみつき、肩に顔を埋めていた。
「ふう?」
予想通りなのかも知れないが、風香は少しも薫さんに向こうとしない。
「あっ、あの。人見知りしてて。大丈夫です。井上さんにもすぐに慣れてましたから」
慌てて取り繕うと、薫さんはいっそう不機嫌そうに眉を顰めた。それを見ていた井上さんから、クスクスと笑いが漏れてくる。
「薫さん。そう嫉妬されなくても。用事が済めばすぐに退散いたしますよ」
「……余計なことは言わなくていい」
見ると、居心地が悪そうに薫さんは顔を背けている。その顔は、どこか照れているようにも見えた。
井上さんは笑みを浮かべたまま、自分の車の後ろへ向かうとトランクを開ける。そこから何かを取り出すと、それを抱えてこちらに戻ってきた。
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