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3.tre ー薫sideー
tre-4
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――穂積家は、旧財閥系の流れを組む、経済界では名の知れた家だった。
現在の当主は『御大』と呼ばれている祖父、清鷹。誰であろうがこの人には逆らえず、手のひらの上で転がされている。自分は幼いころからそんなことを思っていた。
祖父には二人の息子がいた。自分はその二番目の息子の元に生まれた二番目の息子。家督争いからは外れているように見えても、祖父は『穂積』の名を名乗るものには容赦なかった。
完全な実力主義。長男だろうが次男だろうが、実力が無ければ切られ、有れば持ち上げられる。そんな世界に身を置かれた。
そんななかで生きてきたからか、いつしか自分を出すことを忘れていた。楽しいと思うことも、哀しいと思うことも、表に出してはいけないと無意識に閉じ込めていたのかも知れない。
だが、そんな私に少しだけ人間らしさを取り戻してくれたのは、遠縁の安藤和希だった。
和希と初めて会ったのは、先代の法要だ。先代に可愛がられていたという、祖父の妹。すでに穂積の家から外れた者だが、先代の遺言で、存命のうちは法要に参加する権利を与えられていたらしい。その孫が和希だ。
まだ当時小学校に上がる前だった和希は、長い法要のあいだに飽きてきたのかグズリだした。見かねた私が、『面倒を見る』と連れ出した。そのとき六年生だった自分も、正直なところ大人の集まりに息が詰まっていて、ていよく抜け出せたというところだったが。
「薫くん、あっちに池あったよ。見にいこうよ!」
私の手を取り屈託なく笑う和希に、自分にないものを求めていたのかも知れない。そう思った。
そんな和希とは、父同士が仕事の付き合いがあったこともあり、親戚のなかでは一番交流があった。父も、穂積の名から外れた者で自分たちの家督争いには関係のない人物だったからか、付き合うことをとやかく言うことはなかった。
「なあ。薫くんさ~。将来なりたいものとかないの?」
そんなことを尋ねられたのは、和希が高校受験を前にして、勉強を見てやっていたときだ。
(なりたいものなど……あるわけがない)
幼いころからときおり尋ねられる質問に、私はいつも答えを詰まらせていた。穂積の名のつく会社で経営者として手腕を振るう。それが当たり前のように教え込まれていたからだ。
和希に尋ねられたこのとき、私は大学三年生。周りが就活の話題をするなか、自分はすでに父の経営する会社に入ることが決まっていた。そして、数年ののち、その事業の一部を切り離し、その会社の社長として就任することも。
「和希には……あるのかい?」
質問に質問で返すようで気がひけるが私は尋ねた。
「ん~……。実はない。けど将来、薫くんの会社で雇って欲しい」
和希はそう言うとあのときのように屈託なく笑った。
面食らった私は、また和希に尋ねる。
「なぜそう思う?」
もう大人の域に差し掛かったその顔で笑顔を見せると和希は答える。
「薫くんさ、絶対誤解されやすいと思うんだよな。俺がいたら通訳できるでしょ? 何考えてるかの!」
そんなふうに将来を語るのは、まだ中学生の特権なのかも知れない。けれど、こんな自分のことを思っていてくれるのは嬉しいと、このとき思った。
大学卒業後、言われていた通りに父の会社に、役員として入った。
周りからは『親の七光り』と陰口を叩かれることは少なくなかった。だが、私はそんなことを気になどしていられない。父はもちろん、祖父からも、ここが始まりだと言わんばかりの重圧を感じていたからだ。与えられたものに期待以上の成果を出さなければならない毎日。社内に敵もそういないが味方も多くない、そんなふうに過ごしていた。
そんななかで出会ったのが井上だった。
現在の当主は『御大』と呼ばれている祖父、清鷹。誰であろうがこの人には逆らえず、手のひらの上で転がされている。自分は幼いころからそんなことを思っていた。
祖父には二人の息子がいた。自分はその二番目の息子の元に生まれた二番目の息子。家督争いからは外れているように見えても、祖父は『穂積』の名を名乗るものには容赦なかった。
完全な実力主義。長男だろうが次男だろうが、実力が無ければ切られ、有れば持ち上げられる。そんな世界に身を置かれた。
そんななかで生きてきたからか、いつしか自分を出すことを忘れていた。楽しいと思うことも、哀しいと思うことも、表に出してはいけないと無意識に閉じ込めていたのかも知れない。
だが、そんな私に少しだけ人間らしさを取り戻してくれたのは、遠縁の安藤和希だった。
和希と初めて会ったのは、先代の法要だ。先代に可愛がられていたという、祖父の妹。すでに穂積の家から外れた者だが、先代の遺言で、存命のうちは法要に参加する権利を与えられていたらしい。その孫が和希だ。
まだ当時小学校に上がる前だった和希は、長い法要のあいだに飽きてきたのかグズリだした。見かねた私が、『面倒を見る』と連れ出した。そのとき六年生だった自分も、正直なところ大人の集まりに息が詰まっていて、ていよく抜け出せたというところだったが。
「薫くん、あっちに池あったよ。見にいこうよ!」
私の手を取り屈託なく笑う和希に、自分にないものを求めていたのかも知れない。そう思った。
そんな和希とは、父同士が仕事の付き合いがあったこともあり、親戚のなかでは一番交流があった。父も、穂積の名から外れた者で自分たちの家督争いには関係のない人物だったからか、付き合うことをとやかく言うことはなかった。
「なあ。薫くんさ~。将来なりたいものとかないの?」
そんなことを尋ねられたのは、和希が高校受験を前にして、勉強を見てやっていたときだ。
(なりたいものなど……あるわけがない)
幼いころからときおり尋ねられる質問に、私はいつも答えを詰まらせていた。穂積の名のつく会社で経営者として手腕を振るう。それが当たり前のように教え込まれていたからだ。
和希に尋ねられたこのとき、私は大学三年生。周りが就活の話題をするなか、自分はすでに父の経営する会社に入ることが決まっていた。そして、数年ののち、その事業の一部を切り離し、その会社の社長として就任することも。
「和希には……あるのかい?」
質問に質問で返すようで気がひけるが私は尋ねた。
「ん~……。実はない。けど将来、薫くんの会社で雇って欲しい」
和希はそう言うとあのときのように屈託なく笑った。
面食らった私は、また和希に尋ねる。
「なぜそう思う?」
もう大人の域に差し掛かったその顔で笑顔を見せると和希は答える。
「薫くんさ、絶対誤解されやすいと思うんだよな。俺がいたら通訳できるでしょ? 何考えてるかの!」
そんなふうに将来を語るのは、まだ中学生の特権なのかも知れない。けれど、こんな自分のことを思っていてくれるのは嬉しいと、このとき思った。
大学卒業後、言われていた通りに父の会社に、役員として入った。
周りからは『親の七光り』と陰口を叩かれることは少なくなかった。だが、私はそんなことを気になどしていられない。父はもちろん、祖父からも、ここが始まりだと言わんばかりの重圧を感じていたからだ。与えられたものに期待以上の成果を出さなければならない毎日。社内に敵もそういないが味方も多くない、そんなふうに過ごしていた。
そんななかで出会ったのが井上だった。
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