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1.uno
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翌日午後。予定していた講習会を終えると、衣装を合わせるためまたホテルに赴いた。昨日はカジュアルすぎたため、今日は持っていたものの中で一番フォーマルなワンピースを着てみた。けれどさすがに、パーティーに出席するには不相応だ。待ち構えていた井上さんと安藤さんにホテル内のブティックに連れていかれると、すでに用意されてあった衣装をいくつか試着することになった。
「――すぐに決まってよかったですね」
一番の候補だったという衣装にすんなりと決まり、肩の荷が下りた気分だ。とはいえ本番は明日で、これまで袖も通したことのなかったような、ゴージャスな衣装を着て歩くのかと思うと少し気が重い。
「えぇ。亜夜さんがスレンダーで、何を着てもお似合いでしたので助かりました」
「スレンダーと言ってもらえると聞こえはいいですが、実際はガリガリと言ったほうが……」
「そんなことはありませんよ」
「まぁ亜夜ちゃん、美人さんだもんね?」
「……安藤。馴れ馴れしいですよ」
井上さんに嗜められ、安藤さんは「え~? 固いなぁ。さすが井上さん」と子どものような悪戯っぽい表情を見せた。
「って、井上さんも亜夜ちゃんのこと名前で呼んでるじゃん!」
今頃気づいたのか、安藤さんがそう突っ込む。不愉快そうに眉を上げると、井上さんは眼鏡を指で持ち上げた。
「上司の婚約者を苗字で呼ぶのもよそよそしいと思ったまでです。安藤もせめてさん付けで呼びなさい」
「仕方ないなぁ。ま、公式の場以外では亜夜ちゃんでもいいでしょ?」
安藤さんは全くへこたれる様子もなく、井上さんは眉間に皺を寄せ、溜め息だけ返していた。
「だ、大丈夫です。お二人とも私より年は上ですよね?」
「そうだよ? 俺は今ニ十七。井上さんは今年三十四で、薫さんの一つ上ね?」
「そ、そうなんですね」
ウインクしそうな勢いで話す安藤さんに、押され気味に苦笑いを浮かべた。
「そんなことより、そろそろ時間です。薫さんももうお待ちです」
井上さんは時計を気にしながら廊下を歩きだす。これから薫さんと一緒に食事をすることになっているのだ。もちろんニ人きりではない。井上さんも安藤さんも一緒だ。少しはお互いのことを知らないと、あまりにも不自然に写るでしょうから、と薫さんに進言したのは井上さんだったらしい。
確かに婚約者のふりをするにしても、その婚約者との会話に緊張していては違和感がある。見た目は冷たそうだけれども、口調は穏やかで話しやすい井上さんや、すでに昔からの顔なじみのように感じてしまう安藤さんとは打ち解けたけれど、薫さんとは昨日会ったきり。会話らしい会話すらしていない状況だ。
案内されたホテル内のレストランの個室は、落ち着いた間接照明に照らされた、古代ローマを思わせるようなムードのある部屋だった。振る舞われたのは、日本人の味覚にも合う本格イタリアン。どれも芸術品のように美しく、目を見張ってしまう。もちろん味も一級品で、この留学中に訪れた街のレストランも美味しかったけど、やはり格の違いを見せつけられた。
それにしても、本当にニ人きりじゃなくてよかった、と円形のテーブルを見渡す。
正面に薫さんがいて、右側には井上さん、左側には安藤さん。そのおかげでなんとかしのげている気がする。
最初に会ったときもそうだったが、薫さんは必要最低限しか話そうとしない無口な人だ。その彼が黙々と食事を進める中、おもにこの場を盛り上げてくれたのは安藤さんだった。
失礼だけど最初に感じた印象は、ちょっと軽いというか、チャラいというか。でも様子を眺めていると、薫さんと井上さんの間を取り成しているのは、安藤さんなんだな、と察した。
「亜夜ちゃん、東京のカフェで働いてるんだっけ? どこにあるの?」
「あ、表参道です。◯◯ビルの近くで……」
「わ、絶対おしゃれなやつじゃん! 行ってもいい?」
明るく言われて、「ぜひ! 私がいるときはサービスしますよ?」と笑みを浮かべる。
「やった! じゃ薫さん、井上さん、日本の帰ったら一緒に行こうよ」
子どものようにはしゃぐ安藤さんに、井上さんは呆れ顔をしつつも「そうですね。ぜひ」と返す。そして薫さんは、無表情でうなずいていた。
会話が途切れたところで、さすがに婚約者のしている仕事を知らないのも、と躊躇いながら切り出してみる。
「あの、皆さんは輸入品を扱う会社で働かれてるんですよね? どんなことをされてるんですか?」
「えーっと……」
何故か安藤さんは口籠もり、それを見て、やはり込み入ったことは聞かないほうがよかったのかと少し後悔していた。
「――すぐに決まってよかったですね」
一番の候補だったという衣装にすんなりと決まり、肩の荷が下りた気分だ。とはいえ本番は明日で、これまで袖も通したことのなかったような、ゴージャスな衣装を着て歩くのかと思うと少し気が重い。
「えぇ。亜夜さんがスレンダーで、何を着てもお似合いでしたので助かりました」
「スレンダーと言ってもらえると聞こえはいいですが、実際はガリガリと言ったほうが……」
「そんなことはありませんよ」
「まぁ亜夜ちゃん、美人さんだもんね?」
「……安藤。馴れ馴れしいですよ」
井上さんに嗜められ、安藤さんは「え~? 固いなぁ。さすが井上さん」と子どものような悪戯っぽい表情を見せた。
「って、井上さんも亜夜ちゃんのこと名前で呼んでるじゃん!」
今頃気づいたのか、安藤さんがそう突っ込む。不愉快そうに眉を上げると、井上さんは眼鏡を指で持ち上げた。
「上司の婚約者を苗字で呼ぶのもよそよそしいと思ったまでです。安藤もせめてさん付けで呼びなさい」
「仕方ないなぁ。ま、公式の場以外では亜夜ちゃんでもいいでしょ?」
安藤さんは全くへこたれる様子もなく、井上さんは眉間に皺を寄せ、溜め息だけ返していた。
「だ、大丈夫です。お二人とも私より年は上ですよね?」
「そうだよ? 俺は今ニ十七。井上さんは今年三十四で、薫さんの一つ上ね?」
「そ、そうなんですね」
ウインクしそうな勢いで話す安藤さんに、押され気味に苦笑いを浮かべた。
「そんなことより、そろそろ時間です。薫さんももうお待ちです」
井上さんは時計を気にしながら廊下を歩きだす。これから薫さんと一緒に食事をすることになっているのだ。もちろんニ人きりではない。井上さんも安藤さんも一緒だ。少しはお互いのことを知らないと、あまりにも不自然に写るでしょうから、と薫さんに進言したのは井上さんだったらしい。
確かに婚約者のふりをするにしても、その婚約者との会話に緊張していては違和感がある。見た目は冷たそうだけれども、口調は穏やかで話しやすい井上さんや、すでに昔からの顔なじみのように感じてしまう安藤さんとは打ち解けたけれど、薫さんとは昨日会ったきり。会話らしい会話すらしていない状況だ。
案内されたホテル内のレストランの個室は、落ち着いた間接照明に照らされた、古代ローマを思わせるようなムードのある部屋だった。振る舞われたのは、日本人の味覚にも合う本格イタリアン。どれも芸術品のように美しく、目を見張ってしまう。もちろん味も一級品で、この留学中に訪れた街のレストランも美味しかったけど、やはり格の違いを見せつけられた。
それにしても、本当にニ人きりじゃなくてよかった、と円形のテーブルを見渡す。
正面に薫さんがいて、右側には井上さん、左側には安藤さん。そのおかげでなんとかしのげている気がする。
最初に会ったときもそうだったが、薫さんは必要最低限しか話そうとしない無口な人だ。その彼が黙々と食事を進める中、おもにこの場を盛り上げてくれたのは安藤さんだった。
失礼だけど最初に感じた印象は、ちょっと軽いというか、チャラいというか。でも様子を眺めていると、薫さんと井上さんの間を取り成しているのは、安藤さんなんだな、と察した。
「亜夜ちゃん、東京のカフェで働いてるんだっけ? どこにあるの?」
「あ、表参道です。◯◯ビルの近くで……」
「わ、絶対おしゃれなやつじゃん! 行ってもいい?」
明るく言われて、「ぜひ! 私がいるときはサービスしますよ?」と笑みを浮かべる。
「やった! じゃ薫さん、井上さん、日本の帰ったら一緒に行こうよ」
子どものようにはしゃぐ安藤さんに、井上さんは呆れ顔をしつつも「そうですね。ぜひ」と返す。そして薫さんは、無表情でうなずいていた。
会話が途切れたところで、さすがに婚約者のしている仕事を知らないのも、と躊躇いながら切り出してみる。
「あの、皆さんは輸入品を扱う会社で働かれてるんですよね? どんなことをされてるんですか?」
「えーっと……」
何故か安藤さんは口籠もり、それを見て、やはり込み入ったことは聞かないほうがよかったのかと少し後悔していた。
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