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私が探しているのは、日本人にも好まれるような本格的なマキアート。このコーヒーは、エスプレッソ三に対しフォームドミルクを一の割合で注いだ甘くない飲み物だ。よく耳にするカフェラテは、エスプレッソの割合が四で、マキアートのほうが苦みが強い。けれどエスプレッソそのもののハードルは高くても、マキアートならエスプレッソも楽しんでもらえると思ったからだ。
美しいフォームドミルクの細かな泡が、表面に白い模様を描いている。私はそのカップに口をつけて、ゆっくりと味わう。
(あぁ、これだ。私が求めていたものは)
うっとりと、その鼻に抜けていくそのアロマを感じる。ローマを訪れて飲んだマキアートの中で、これが私の理想に限りなく近かった。
(豆は何を使ってるんだろう? この深みのある味わいと嫌味のない苦味はどうやったら出せるんだろう?)
そんなことを思いながらマキアートをじっくり味わう。元々そう量の多い飲み物ではなく、すぐに飲み干してしまっていた。
「気に入ってくれたかい?」
私の満足気な様子に気づいたのか、笑顔のバリスタがイタリア語で話しかけてきた。
「えぇ。とっても。また、寄らせてもらいますね」
客がひっきりなしに訪れるこの店に、あまり長居しても迷惑だろう。私はそう言うと、笑顔で席を離れた。それからふと、これも何かの縁と隣席のニ人に声を掛ける。
「私はこれで。ここのマキアート、とても美味しいですよ? よければ飲んでみて下さい」
そう言って踵を返した私に「ちょっと、待ってっ!」と慌てたような声が飛んできた。
その剣幕に驚きながら振り返ると、安藤さんが焦ったようにこちらを見ていた。
「あっ、あのっ! 実は俺達、物凄く困ってることがあって!」
「困ってること、ですか?」
新手のナンパだろうかと困惑するが、その焦った様子から本当に何か困っているようにも見える。後ろから井上さんがやってくると、安藤さんの肩を掴んだ。
「安藤。彼女のほうが困っているだろう。すみません。私達のことは気になさらずに。ところで、ご旅行中ですか?」
井上さんは穏やかにそう言って謝ったあと尋ねる。
「いえ。今は留学中で。日本でも受け入れられるようなエスプレッソを探しているところです」
表情を和らげて答えると、それに釣られたように井上さんは表情を少し緩めた。
「そうなんですね。実は私たち、日本で輸入品を取り扱う会社で働いていまして。コーヒーを注文くださったお礼に、今度はこちらがお手伝いさせていただきたいのですが、いかがでしょう?」
「でも……」
「せめてものお礼です。お気になさらずに」
穏やかだけどなんとなく断れないその口調に、気づけばこくりと頷いていた。
井上さんから場所を変えましょうと提案されて連れて来られたのは、ローマ市内にある老舗高級ホテル。さっきのバールからは歩いて十分も掛からない距離だった。その、一度も足を踏み入れたことのないラグジュアリーなホテルのティーラウンジに案内され、席についていた。
「改めて、私は井上泰志と申します」
「安藤和希です」
白いテーブルクロスのかかった丸いテーブルの向かいから、ニ人はそれぞれ言うと、丁寧に名刺を差し出した。それを受け取るとテーブルに置き、視線を落とす。それには名前のほかに、会社名や所在地など、日本ではお馴染みの形式で記載されていた。
(怪しくは……ない、かな?)
私はそれを見ながら思った。
「失礼ですが、お名前をお伺いしても?」
井上さんに尋ねられ、私は顔を上げた。
「桝田亜夜といいます。今は留学中の身ですが、普段は東京のカフェでバリスタとして働いています」
「そうですか。とても勉強熱心でいらっしゃるんですね。イタリア語にも堪能なようですし」
「それほどでは……」
井上さんは褒められて恐縮する私に微笑んだあと、話を切り出した。
「実は先ほど安藤が言ったこと、貴女を引き止めるための出まかせではないんです」
「では、お困りと言うことですね?」
「はい。私たちはここ数日、人探しをしておりました」
「人……探し?」
井上さんは至って冷静で、その横に座る安藤さんのほうが必死な様子で何度も頷いている。
「桝田さん。この遠い異国の地で出会ったのも何かの縁。どうか私達を助けていただけないでしょうか?」
そう言うと井上さんはその場で深々と頭を下げる。それを見ていた安藤さんも、慌てて同じように頭を下げている。
「おっ、おニ人とも! 頭を上げてください」
今度は私のほうが慌てているとニ人は頭を上げる。そして井上さんは私を見てニッコリと微笑んだ。
美しいフォームドミルクの細かな泡が、表面に白い模様を描いている。私はそのカップに口をつけて、ゆっくりと味わう。
(あぁ、これだ。私が求めていたものは)
うっとりと、その鼻に抜けていくそのアロマを感じる。ローマを訪れて飲んだマキアートの中で、これが私の理想に限りなく近かった。
(豆は何を使ってるんだろう? この深みのある味わいと嫌味のない苦味はどうやったら出せるんだろう?)
そんなことを思いながらマキアートをじっくり味わう。元々そう量の多い飲み物ではなく、すぐに飲み干してしまっていた。
「気に入ってくれたかい?」
私の満足気な様子に気づいたのか、笑顔のバリスタがイタリア語で話しかけてきた。
「えぇ。とっても。また、寄らせてもらいますね」
客がひっきりなしに訪れるこの店に、あまり長居しても迷惑だろう。私はそう言うと、笑顔で席を離れた。それからふと、これも何かの縁と隣席のニ人に声を掛ける。
「私はこれで。ここのマキアート、とても美味しいですよ? よければ飲んでみて下さい」
そう言って踵を返した私に「ちょっと、待ってっ!」と慌てたような声が飛んできた。
その剣幕に驚きながら振り返ると、安藤さんが焦ったようにこちらを見ていた。
「あっ、あのっ! 実は俺達、物凄く困ってることがあって!」
「困ってること、ですか?」
新手のナンパだろうかと困惑するが、その焦った様子から本当に何か困っているようにも見える。後ろから井上さんがやってくると、安藤さんの肩を掴んだ。
「安藤。彼女のほうが困っているだろう。すみません。私達のことは気になさらずに。ところで、ご旅行中ですか?」
井上さんは穏やかにそう言って謝ったあと尋ねる。
「いえ。今は留学中で。日本でも受け入れられるようなエスプレッソを探しているところです」
表情を和らげて答えると、それに釣られたように井上さんは表情を少し緩めた。
「そうなんですね。実は私たち、日本で輸入品を取り扱う会社で働いていまして。コーヒーを注文くださったお礼に、今度はこちらがお手伝いさせていただきたいのですが、いかがでしょう?」
「でも……」
「せめてものお礼です。お気になさらずに」
穏やかだけどなんとなく断れないその口調に、気づけばこくりと頷いていた。
井上さんから場所を変えましょうと提案されて連れて来られたのは、ローマ市内にある老舗高級ホテル。さっきのバールからは歩いて十分も掛からない距離だった。その、一度も足を踏み入れたことのないラグジュアリーなホテルのティーラウンジに案内され、席についていた。
「改めて、私は井上泰志と申します」
「安藤和希です」
白いテーブルクロスのかかった丸いテーブルの向かいから、ニ人はそれぞれ言うと、丁寧に名刺を差し出した。それを受け取るとテーブルに置き、視線を落とす。それには名前のほかに、会社名や所在地など、日本ではお馴染みの形式で記載されていた。
(怪しくは……ない、かな?)
私はそれを見ながら思った。
「失礼ですが、お名前をお伺いしても?」
井上さんに尋ねられ、私は顔を上げた。
「桝田亜夜といいます。今は留学中の身ですが、普段は東京のカフェでバリスタとして働いています」
「そうですか。とても勉強熱心でいらっしゃるんですね。イタリア語にも堪能なようですし」
「それほどでは……」
井上さんは褒められて恐縮する私に微笑んだあと、話を切り出した。
「実は先ほど安藤が言ったこと、貴女を引き止めるための出まかせではないんです」
「では、お困りと言うことですね?」
「はい。私たちはここ数日、人探しをしておりました」
「人……探し?」
井上さんは至って冷静で、その横に座る安藤さんのほうが必死な様子で何度も頷いている。
「桝田さん。この遠い異国の地で出会ったのも何かの縁。どうか私達を助けていただけないでしょうか?」
そう言うと井上さんはその場で深々と頭を下げる。それを見ていた安藤さんも、慌てて同じように頭を下げている。
「おっ、おニ人とも! 頭を上げてください」
今度は私のほうが慌てているとニ人は頭を上げる。そして井上さんは私を見てニッコリと微笑んだ。
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