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――全ての道はローマに通ず、と言ったのは誰だっただろうか。
映像でしか目にすることのなかった、趣きのある石畳を歩きながら思う。時が止まったようなレンガ造りの建物が並ぶ細い路地には、表に旗を掲げた食堂や、エスプレッソの香るバールが並んでいた。
(今日のどんなコーヒーと出会えるんだろう。わくわくするな)
高校時代からなりたいと願ったバリスタになり約5年。東京都内にあるカフェで働きながらコツコツとお金を貯め、この秋ようやく叶ったのが、一か月間の短期留学。ローマ中のバールを散策しては、出されるコーヒーを研究する毎日だ。専門学校でイタリア語を学び、それ以降も独学で勉強し続けたおかげで、言葉には不自由せず、充実した日々を過ごしていた。それももう、残り一週間ほどだった。
「Buon giorno!」
もう何軒目なのか、数え切れないほど入ったかバール。いわゆる観光客向けではなく、地元の人に愛されているような店を探し出しては訪れていた。
店に入ると、まず自分から挨拶をするのがイタリア流。お店の人からも明るく挨拶が返り、様子を伺いながらバンコと呼ばれる立ち飲みできるカウンターに向かう。もちろん、エスプレッソマシンが一番よく見える位置に。
マキアートを注文すると、マシンに向かうバリスタに熱い視線を送る。その流れるような動作を食い入るように見つめていた。
(あぁ、私も早くあんな風になりたい)
あくまでも自然にエスプレッソを淹れている、恰幅の良さそうなイタリア人男性にそんなことを思う。マシンから聞こえる独特の音を聞きながら、その動きを見逃さないよう視線を送っていた。
「ボ、ボンジョルノ~」
ひっきりなしに聞こえてくるイタリア語の中に、明らかに慣れていない、まるで日本人がカタカナで言いましたといった感じの声が聞こえて何気なく振り返る。
後ろからこちらに向かって歩いてくるのは、スーツ姿のアジア人がニ人。いかにもイタリアに出張中という雰囲気を醸し出している。その二人は、しゃべりながらカウンターに近づいてきた。
「本当、どうしたらいいんでしょう」
一人からそう聞こえて来て、やっぱり日本人だと思いながらちらりと様子を見る。珍しいわけではないが、地元のイタリア人の多い店で遭遇するのは初めてだ。
「ギリギリまで探すしかないだろう」
浮かない顔をしたニ人は、私の隣に陣取る。一人は三十代前半くらい。眼鏡を掛けて、髪型もカチッとしている。もう一人はニ十代半ばくらいだろうか。自然に染めた茶髪を遊ばせていて、少し軽そうに見えた。
「もう俺、嫌ですよ。エスプレッソばっかり。なんか無性に普通のやつ飲みたいです! どれか分かりますか? 井上さん」
「安藤……。分かるわけないだろう」
安藤と呼ばれた若いほうの男性が、メニュー表を眺めながら不満めいた声を漏らす。井上さんと呼ばれたほうの、銀縁眼鏡を掛けた男性は、溜め息とともに言葉を吐き出した。
その会話に耳を傾けている私の前にはマキアートが現れ、それを置いたバリスタはニ人の元に向かい、注文を尋ねている。
「え~と」
安藤さんが口籠るのを見るに見かねて、私はそちらを向く。
「お手伝い、しましょうか?」
背中越しにそう声を掛けると、隣にいた安藤さんは勢いよく振り返った。
「えっ! 日本語? 日本人?」
一人でいたからか、観光客には見えなかったのだろう。安藤さんは目を丸くしている。
「はい。……。あの、日本で出てくるようなコーヒーなら、カフェアメリカーノがいいと思います。アメリカンコーヒーより濃いとは思いますが」
そう言うと、安藤さんは「へー」と私の顔を見ながら声を出していた。
「ではすみません。それをニつ頼んでいただけませんか? 私達はイタリア語があまり上手くないものですから」
安藤さんの向こう側から顔を覗かせた井上さんは、冷たそうな表情と裏腹に穏やかな口調でそう言った。
「はい。いいですよ?」
目の前のバリスタに声を掛けると、イタリア語でニ人の注文を伝える。バリスタは「Si」と言うとマシンに向かった。
「ありがとうございます。やっとエスプレッソ以外にありつけそうです」
安藤さんは人懐こい笑顔を浮かべる。
「いえ。困ったときはお互い様ですから」
慣れた営業スマイルで答えてから、私は目の前のカップを手にした。
映像でしか目にすることのなかった、趣きのある石畳を歩きながら思う。時が止まったようなレンガ造りの建物が並ぶ細い路地には、表に旗を掲げた食堂や、エスプレッソの香るバールが並んでいた。
(今日のどんなコーヒーと出会えるんだろう。わくわくするな)
高校時代からなりたいと願ったバリスタになり約5年。東京都内にあるカフェで働きながらコツコツとお金を貯め、この秋ようやく叶ったのが、一か月間の短期留学。ローマ中のバールを散策しては、出されるコーヒーを研究する毎日だ。専門学校でイタリア語を学び、それ以降も独学で勉強し続けたおかげで、言葉には不自由せず、充実した日々を過ごしていた。それももう、残り一週間ほどだった。
「Buon giorno!」
もう何軒目なのか、数え切れないほど入ったかバール。いわゆる観光客向けではなく、地元の人に愛されているような店を探し出しては訪れていた。
店に入ると、まず自分から挨拶をするのがイタリア流。お店の人からも明るく挨拶が返り、様子を伺いながらバンコと呼ばれる立ち飲みできるカウンターに向かう。もちろん、エスプレッソマシンが一番よく見える位置に。
マキアートを注文すると、マシンに向かうバリスタに熱い視線を送る。その流れるような動作を食い入るように見つめていた。
(あぁ、私も早くあんな風になりたい)
あくまでも自然にエスプレッソを淹れている、恰幅の良さそうなイタリア人男性にそんなことを思う。マシンから聞こえる独特の音を聞きながら、その動きを見逃さないよう視線を送っていた。
「ボ、ボンジョルノ~」
ひっきりなしに聞こえてくるイタリア語の中に、明らかに慣れていない、まるで日本人がカタカナで言いましたといった感じの声が聞こえて何気なく振り返る。
後ろからこちらに向かって歩いてくるのは、スーツ姿のアジア人がニ人。いかにもイタリアに出張中という雰囲気を醸し出している。その二人は、しゃべりながらカウンターに近づいてきた。
「本当、どうしたらいいんでしょう」
一人からそう聞こえて来て、やっぱり日本人だと思いながらちらりと様子を見る。珍しいわけではないが、地元のイタリア人の多い店で遭遇するのは初めてだ。
「ギリギリまで探すしかないだろう」
浮かない顔をしたニ人は、私の隣に陣取る。一人は三十代前半くらい。眼鏡を掛けて、髪型もカチッとしている。もう一人はニ十代半ばくらいだろうか。自然に染めた茶髪を遊ばせていて、少し軽そうに見えた。
「もう俺、嫌ですよ。エスプレッソばっかり。なんか無性に普通のやつ飲みたいです! どれか分かりますか? 井上さん」
「安藤……。分かるわけないだろう」
安藤と呼ばれた若いほうの男性が、メニュー表を眺めながら不満めいた声を漏らす。井上さんと呼ばれたほうの、銀縁眼鏡を掛けた男性は、溜め息とともに言葉を吐き出した。
その会話に耳を傾けている私の前にはマキアートが現れ、それを置いたバリスタはニ人の元に向かい、注文を尋ねている。
「え~と」
安藤さんが口籠るのを見るに見かねて、私はそちらを向く。
「お手伝い、しましょうか?」
背中越しにそう声を掛けると、隣にいた安藤さんは勢いよく振り返った。
「えっ! 日本語? 日本人?」
一人でいたからか、観光客には見えなかったのだろう。安藤さんは目を丸くしている。
「はい。……。あの、日本で出てくるようなコーヒーなら、カフェアメリカーノがいいと思います。アメリカンコーヒーより濃いとは思いますが」
そう言うと、安藤さんは「へー」と私の顔を見ながら声を出していた。
「ではすみません。それをニつ頼んでいただけませんか? 私達はイタリア語があまり上手くないものですから」
安藤さんの向こう側から顔を覗かせた井上さんは、冷たそうな表情と裏腹に穏やかな口調でそう言った。
「はい。いいですよ?」
目の前のバリスタに声を掛けると、イタリア語でニ人の注文を伝える。バリスタは「Si」と言うとマシンに向かった。
「ありがとうございます。やっとエスプレッソ以外にありつけそうです」
安藤さんは人懐こい笑顔を浮かべる。
「いえ。困ったときはお互い様ですから」
慣れた営業スマイルで答えてから、私は目の前のカップを手にした。
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