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55.開幕は蒼穹の『剣舞』より⑤
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教室へ向かう途中、始終注目を浴びることとなった。教師のいない教室から人が廊下へと出ててきては、隣を歩く友人を『御曹司』と呼び、なんだかまた知らない呼び名があることを知る。――――東方軍の人らがこの人のことを坊っちゃんと呼んでいたので、それを受けての呼び名なのだろうが、当の本人はその声に気安く愛想を返していた。
「……どうしてこんなに慕われているんだ?」
気のいい人だ、広く人々に慕われるのは不思議ではなかった。
「さぁ? 皆がいつも好き勝手言ってくれるせいだと思うが、正直何を伝えているのかは把握してないな。」
ヴァイスも祖母も東方軍の人らが話を広めていると言っていたが、意図して行ったものではないのか。
「私としてもこうして顔が広まるのは丁度いい。興味を持って貰えば広報も出来るし、情報も集まりやすいだろう。」
「――――仕事のためか」
「もちろんだ。」
仕事と効率のためだった。相変わらず無駄も隙もない行動に、小さく笑った。
「これだけ注目されれば面倒事も舞い込むだろうが、出向く手間も省ける。一石二鳥だ。」
来るもの拒まずといった構えだ。苦笑するしかない。――これを見越して兵士たちも周知しているのだろう。廊下を曲がった。
いつもと違う活気の満ちる廊下を進めば、目的の教室へと辿り着く。四階にあるそこはいつもこの時間は自習となり、課題が教卓に置いてある。それを取り、次の機会に提出するのが常だった。
空いているドアから入れば、コレットはリタと入室してすぐの席で親しい友人たちと集まっていた。何故か戸惑いとも驚きとも言えない顔がこちらに向いた。――――遅れたからだろうか。
もうひとりの姿が傍にないことから教室を見渡せば、エリーチェは幾人かの男子寮の貴族たちに囲まれているようだった。身に着けている薔薇の件で声を掛けられたのだろうか。――さすがに衆目がある前で一介の女生徒に何かするなどとは思ってもないが、なぜひとりでそちらにいるのかが分からなかった。
制服を身につけている学生たちもいるが、他の者たちと同じようにこちらの登場に注目しているようだった。
道中と違い、この教室だけは静寂が支配しており、静かな視線が集中するこの状況がいつぞやの時のことを思い出し少し嫌な気分が足元に現れる。
だがその様子を気にした風もなく隣の友人が一歩前に出れば、エリーチェが周囲の人間に声を掛けてから笑顔でこちらに近付いた。
「二人ともおかえり~。今は授業がないんだね。自由時間があるなんていいね!」
静かな教室で、にこにこと何事もなかったかのように振る舞う彼女の声が響く。――彼女も会ったときから変わらない態度と温度感だ。この様子から、彼らとは大したことはなかったようだ。
「そうなのか。自由時間って何をするんだ? 学生は学ぶのが仕事なのでは?」
不思議そうに周囲を一瞥したのち、『友人』がこちらを見上げた。
この時間は自由時間ではないし、仕事でもないことから、どこから手を付けるべきか思案し二人の顔を見比べるしかなかった。
「自由時間じゃないから。課題をやる時間みたいだから、二人ともこっちに来なさい。――殿下の分もお持ちしていますから、どうぞ」
リタが呆れた様子で声を掛ければコレットの側にいた友人たちが散り、こちらに注目していた他の者たちも己のやるべきことに戻っていくようだった。
「あと来るの遅すぎ。――無駄に殿下をお待たせしたんじゃないでしょうね?」
「外からここまで距離があるんだから、こんなものじゃないのか。――というか、随分と人がいるんだな。机と椅子も固定されているのか?」
「人数の多い授業ではこういった場所を使っている。――聴講式授業の時は、この形式の方が都合がいい」
物珍しそうに教室を観察していたが、説明に納得がいったのかそうかと返事をしていた。
いくつかの授業は必修のため受講者が多い。今も80名近くの学生がいたはずだ。必修授業は階段教室で行われるため、不便を減らすため席と椅子が固定されている。
教卓を中心に右が上流階級、左が下流の者たちで別れて使用されることが多い。客席から見た上手下手と同じ要領だ。――その形が伝統らしく6学年に上がる前に話を聞くが、入学生が戸惑っているところを見るに彼らが知らされているのか甚だ疑問だ。わざわざ二分化する必要もないし、以前は窓の側が得意でなかったため気にせず適当な場所に座っていた。とはいえコレットと同行することが多いので、小柄ないとこが困らないよう前方に座ることも多い。
今は教室の後方、――ドアの近くの席にいるので、到着するのに合わせて近い場所に席を取っておいてくれたのかもしれない。二人の近くに課題らしきものが置かれているので、そこに座れということだろう。
「フィーは私の隣ね。一緒にやろ~」
「文学ですって。……二人ともどうやるか分かる?」
リタとエリーチェに挟まれる形でフィフスは席に着き、課題を手にしている。コレットのいる場所から一段下がったその位置なら、何か困ることがあってもすぐに分かるだろう。コレットの隣に座りながらアイベルがそっと筆記用具を側に用意した。
「ねぇ、ノートって使う?」
エリーチェがカバンからいろいろ取り出しながら誰にともなく質問している。
「ノート?」
「……このまま用紙に記入して構わないものだ」
すぐ前にいるエリーチェへと後ろから伝えれば、振り返りにこりと返事をされる。――その隣のフィフスはエリーチェから渡された罫線だけが入ったまっさらなノートを開いており、パラパラと入念に中身を確認している。
透かしでも確認しているのか、何度かページを掲げる仕草をしており、慣れていないことが言外にもよく伝わる。
「……これは何に使うんだ? 何も書いてないが。」
「何って……。板書を写したり、大事なことを書くものよ」
「写す? ……ここに写されるのか?」
「残念ながらただのノートよ。授業の内容を記録するのと、理解を深めるために自分で書くんだけど、……まさかノートを使ったことがない?」
小さな声でリタが苦々しく訊いており、前途多難の気配が濃色だ。
「機会がない、ということは私には『必要のないもの』だったということだろう。……それにこう、繋がっていると記録も取りにくくないか?」
開いたノートの端を手にし、リタに何かを訴えている。――綴り合せになっているノートが使いにくいということなのか。考えたこともない話だが、リタは理解を示していた。
「……そういう使い方ね。でも今は出来ないでしょ。そっちの方が疲れるだけだから、地道に自分の手で書きなさいよ」
「……一理あるか。まったく面倒が多いな……。」
話がひと段落したようだが何か互いに諦めたような空気が漂い始め、ノートを自身の横に置いていた。
そういった雑務は普段していない、または別の者が行っているということなのか。――父の普段の仕事振りをイメージすればきっと近い話だろう。為政者のひとりと自負している発言もあったくらいだ。
『必要のないもの』という言葉に、普段から無駄なく効率を優先した生活をしているのだろう。――東方天に従事すること、聖国の運営を行うことなどやるべきことは多岐に渡り、様々な事柄に時間を割いているはずだ。その中で不要なものを誰かに選別してもらっている可能性はある。
『必要のないもの』と形容されたノートを見る。――本家にいる間は身に付くまでやらされていたと言っていたが、ここで『学生』として存在するのは束の間だ。
授業も顔を出しているだけで、足りない時間を思えば、確かにノートは『必要のないもの』だろう。
「――――フィフス、ノートなら俺のを見ればいい。いきなり授業についていくことは難しいだろう」
視察でしか訪れたことがないという話だ。集会での話も聞く限り聖国とは学校で習うべき内容も異なるのであれば、なおの事戸惑うことも多いだろう。
呼びかけに振り返り、仰ぎ見られる。高低差のある配置に身長もあるが、向けられる目が些か遠く感じた。
その人の側に寂しく置かれたそれを見た。――ただ『必要のないもの』と切り捨てられる存在になりたくない。
「教科書も渡されてないならなおさらだ。――説明するから隣に来るといい」
学習の面であれば少しなら役には立てるだろう。授業の内容で理解が追いつかないということはないため、勉学については多少の自信はあった。――今までもコレットやエミリオに勉強を教えることがあり、理解をしてもらえたため教え方も下手ということはないはずだ。
「お、それは有り難い。」
「ちょっとそれは、――」
「あっ、私も教えて貰いたい。先生、お願いしまーす」
リタが戸惑っていると、エリーチェも意気揚々と返事をする。
「先生はやめてくれないか……。エリーチェは学校で学んだ経験は?」
何となしに尋ねれば、にこにことした笑顔だけが向けられた。
「……?」
何も話す気配がなく、ひとつ離れたところにいるリタが眉間を押さえている。
「リタは?」
「私は一応あります……、二年だけですけど」
「玄家では神事に携わる者はアムリタ学院で学ぶらしい。――エリーチェは行かなかったけど。」
「……えへへ」
「……エリーチェは、随分自由なんだな」
バラされたからか、気まずげな笑顔に変わった。――何度も家出しただけでなく、巫女職に就いているのに歩むべきルールに乗らない自由さが、彼女の持ち味なのかもしれない。
「リタひとりで二人を見るのは大変だろう。――最初にも彼の事は引き受けると伝えていたし、フィフスのことは任してくれ。この課題も後で一緒に説明する、エリーチェもそれでいいか?」
「ありがとうございます! 心強いね、アズの言う通りだ」
上機嫌そうに隣に声を掛けており、昨日の事は知らないだろうがそうかと相槌を打っていた。
「リタも別に俺に迷惑をかけているなんて思わないでくれ。あなた達のサポートを任されてもいるんだ。足りない部分はあるだろうが、出来得る限りの事はしよう。――だから遠慮せず頼ってくれないか」
先ほど宣言された『迷惑をかける』と言われたことを思い出せば、普段よりも自信のある言葉が自然と出てきた。互いに迷惑をかけるなら、そういう関係も悪くないだろう。
「……わ、私も、――私もサポートするから、全部ひとりで背負わなくても……」
隣に座るコレットがそう申し出てくれた。
「あぁ、コレットの事も頼りにしている。――二人とは同じ寮だし、俺には及ばないことも多いだろうから、力になってあげてくれ」
内気ながらも気遣ってくれる優しさが心強い。勇気を出して言ってくれたことに小さく微笑みかければ、そっぽを向かれる。――短時間に二回も選択を誤ってしまったらしい。心許ない気持ちが湧く。
「……その、……無理はしなくていいから」
「……うぅ、その、大丈夫……」
背を向けているコレットの様子は分からないが、友人を見れば力強い笑みを向けてくれており、なんとか気持ちを切り替えることにした。――――気にしすぎて、また自責のループになってしまったらこの人にまた呆れられてしまう。
彼女の気持ちが落ち着くまでそっとしておくことにし、前に座る二人を横に呼び寄せた。まだ授業を終わらせる鐘が鳴るまで時間がある。どの程度の理解力があるか確かめるべきだろう。
いつもと勝手の違う相手に教えることは不安もあったが、なんでも受け入れてくれるだろう二人に、肩肘を張る必要もないことから悪くない心地だった。
「……どうしてこんなに慕われているんだ?」
気のいい人だ、広く人々に慕われるのは不思議ではなかった。
「さぁ? 皆がいつも好き勝手言ってくれるせいだと思うが、正直何を伝えているのかは把握してないな。」
ヴァイスも祖母も東方軍の人らが話を広めていると言っていたが、意図して行ったものではないのか。
「私としてもこうして顔が広まるのは丁度いい。興味を持って貰えば広報も出来るし、情報も集まりやすいだろう。」
「――――仕事のためか」
「もちろんだ。」
仕事と効率のためだった。相変わらず無駄も隙もない行動に、小さく笑った。
「これだけ注目されれば面倒事も舞い込むだろうが、出向く手間も省ける。一石二鳥だ。」
来るもの拒まずといった構えだ。苦笑するしかない。――これを見越して兵士たちも周知しているのだろう。廊下を曲がった。
いつもと違う活気の満ちる廊下を進めば、目的の教室へと辿り着く。四階にあるそこはいつもこの時間は自習となり、課題が教卓に置いてある。それを取り、次の機会に提出するのが常だった。
空いているドアから入れば、コレットはリタと入室してすぐの席で親しい友人たちと集まっていた。何故か戸惑いとも驚きとも言えない顔がこちらに向いた。――――遅れたからだろうか。
もうひとりの姿が傍にないことから教室を見渡せば、エリーチェは幾人かの男子寮の貴族たちに囲まれているようだった。身に着けている薔薇の件で声を掛けられたのだろうか。――さすがに衆目がある前で一介の女生徒に何かするなどとは思ってもないが、なぜひとりでそちらにいるのかが分からなかった。
制服を身につけている学生たちもいるが、他の者たちと同じようにこちらの登場に注目しているようだった。
道中と違い、この教室だけは静寂が支配しており、静かな視線が集中するこの状況がいつぞやの時のことを思い出し少し嫌な気分が足元に現れる。
だがその様子を気にした風もなく隣の友人が一歩前に出れば、エリーチェが周囲の人間に声を掛けてから笑顔でこちらに近付いた。
「二人ともおかえり~。今は授業がないんだね。自由時間があるなんていいね!」
静かな教室で、にこにこと何事もなかったかのように振る舞う彼女の声が響く。――彼女も会ったときから変わらない態度と温度感だ。この様子から、彼らとは大したことはなかったようだ。
「そうなのか。自由時間って何をするんだ? 学生は学ぶのが仕事なのでは?」
不思議そうに周囲を一瞥したのち、『友人』がこちらを見上げた。
この時間は自由時間ではないし、仕事でもないことから、どこから手を付けるべきか思案し二人の顔を見比べるしかなかった。
「自由時間じゃないから。課題をやる時間みたいだから、二人ともこっちに来なさい。――殿下の分もお持ちしていますから、どうぞ」
リタが呆れた様子で声を掛ければコレットの側にいた友人たちが散り、こちらに注目していた他の者たちも己のやるべきことに戻っていくようだった。
「あと来るの遅すぎ。――無駄に殿下をお待たせしたんじゃないでしょうね?」
「外からここまで距離があるんだから、こんなものじゃないのか。――というか、随分と人がいるんだな。机と椅子も固定されているのか?」
「人数の多い授業ではこういった場所を使っている。――聴講式授業の時は、この形式の方が都合がいい」
物珍しそうに教室を観察していたが、説明に納得がいったのかそうかと返事をしていた。
いくつかの授業は必修のため受講者が多い。今も80名近くの学生がいたはずだ。必修授業は階段教室で行われるため、不便を減らすため席と椅子が固定されている。
教卓を中心に右が上流階級、左が下流の者たちで別れて使用されることが多い。客席から見た上手下手と同じ要領だ。――その形が伝統らしく6学年に上がる前に話を聞くが、入学生が戸惑っているところを見るに彼らが知らされているのか甚だ疑問だ。わざわざ二分化する必要もないし、以前は窓の側が得意でなかったため気にせず適当な場所に座っていた。とはいえコレットと同行することが多いので、小柄ないとこが困らないよう前方に座ることも多い。
今は教室の後方、――ドアの近くの席にいるので、到着するのに合わせて近い場所に席を取っておいてくれたのかもしれない。二人の近くに課題らしきものが置かれているので、そこに座れということだろう。
「フィーは私の隣ね。一緒にやろ~」
「文学ですって。……二人ともどうやるか分かる?」
リタとエリーチェに挟まれる形でフィフスは席に着き、課題を手にしている。コレットのいる場所から一段下がったその位置なら、何か困ることがあってもすぐに分かるだろう。コレットの隣に座りながらアイベルがそっと筆記用具を側に用意した。
「ねぇ、ノートって使う?」
エリーチェがカバンからいろいろ取り出しながら誰にともなく質問している。
「ノート?」
「……このまま用紙に記入して構わないものだ」
すぐ前にいるエリーチェへと後ろから伝えれば、振り返りにこりと返事をされる。――その隣のフィフスはエリーチェから渡された罫線だけが入ったまっさらなノートを開いており、パラパラと入念に中身を確認している。
透かしでも確認しているのか、何度かページを掲げる仕草をしており、慣れていないことが言外にもよく伝わる。
「……これは何に使うんだ? 何も書いてないが。」
「何って……。板書を写したり、大事なことを書くものよ」
「写す? ……ここに写されるのか?」
「残念ながらただのノートよ。授業の内容を記録するのと、理解を深めるために自分で書くんだけど、……まさかノートを使ったことがない?」
小さな声でリタが苦々しく訊いており、前途多難の気配が濃色だ。
「機会がない、ということは私には『必要のないもの』だったということだろう。……それにこう、繋がっていると記録も取りにくくないか?」
開いたノートの端を手にし、リタに何かを訴えている。――綴り合せになっているノートが使いにくいということなのか。考えたこともない話だが、リタは理解を示していた。
「……そういう使い方ね。でも今は出来ないでしょ。そっちの方が疲れるだけだから、地道に自分の手で書きなさいよ」
「……一理あるか。まったく面倒が多いな……。」
話がひと段落したようだが何か互いに諦めたような空気が漂い始め、ノートを自身の横に置いていた。
そういった雑務は普段していない、または別の者が行っているということなのか。――父の普段の仕事振りをイメージすればきっと近い話だろう。為政者のひとりと自負している発言もあったくらいだ。
『必要のないもの』という言葉に、普段から無駄なく効率を優先した生活をしているのだろう。――東方天に従事すること、聖国の運営を行うことなどやるべきことは多岐に渡り、様々な事柄に時間を割いているはずだ。その中で不要なものを誰かに選別してもらっている可能性はある。
『必要のないもの』と形容されたノートを見る。――本家にいる間は身に付くまでやらされていたと言っていたが、ここで『学生』として存在するのは束の間だ。
授業も顔を出しているだけで、足りない時間を思えば、確かにノートは『必要のないもの』だろう。
「――――フィフス、ノートなら俺のを見ればいい。いきなり授業についていくことは難しいだろう」
視察でしか訪れたことがないという話だ。集会での話も聞く限り聖国とは学校で習うべき内容も異なるのであれば、なおの事戸惑うことも多いだろう。
呼びかけに振り返り、仰ぎ見られる。高低差のある配置に身長もあるが、向けられる目が些か遠く感じた。
その人の側に寂しく置かれたそれを見た。――ただ『必要のないもの』と切り捨てられる存在になりたくない。
「教科書も渡されてないならなおさらだ。――説明するから隣に来るといい」
学習の面であれば少しなら役には立てるだろう。授業の内容で理解が追いつかないということはないため、勉学については多少の自信はあった。――今までもコレットやエミリオに勉強を教えることがあり、理解をしてもらえたため教え方も下手ということはないはずだ。
「お、それは有り難い。」
「ちょっとそれは、――」
「あっ、私も教えて貰いたい。先生、お願いしまーす」
リタが戸惑っていると、エリーチェも意気揚々と返事をする。
「先生はやめてくれないか……。エリーチェは学校で学んだ経験は?」
何となしに尋ねれば、にこにことした笑顔だけが向けられた。
「……?」
何も話す気配がなく、ひとつ離れたところにいるリタが眉間を押さえている。
「リタは?」
「私は一応あります……、二年だけですけど」
「玄家では神事に携わる者はアムリタ学院で学ぶらしい。――エリーチェは行かなかったけど。」
「……えへへ」
「……エリーチェは、随分自由なんだな」
バラされたからか、気まずげな笑顔に変わった。――何度も家出しただけでなく、巫女職に就いているのに歩むべきルールに乗らない自由さが、彼女の持ち味なのかもしれない。
「リタひとりで二人を見るのは大変だろう。――最初にも彼の事は引き受けると伝えていたし、フィフスのことは任してくれ。この課題も後で一緒に説明する、エリーチェもそれでいいか?」
「ありがとうございます! 心強いね、アズの言う通りだ」
上機嫌そうに隣に声を掛けており、昨日の事は知らないだろうがそうかと相槌を打っていた。
「リタも別に俺に迷惑をかけているなんて思わないでくれ。あなた達のサポートを任されてもいるんだ。足りない部分はあるだろうが、出来得る限りの事はしよう。――だから遠慮せず頼ってくれないか」
先ほど宣言された『迷惑をかける』と言われたことを思い出せば、普段よりも自信のある言葉が自然と出てきた。互いに迷惑をかけるなら、そういう関係も悪くないだろう。
「……わ、私も、――私もサポートするから、全部ひとりで背負わなくても……」
隣に座るコレットがそう申し出てくれた。
「あぁ、コレットの事も頼りにしている。――二人とは同じ寮だし、俺には及ばないことも多いだろうから、力になってあげてくれ」
内気ながらも気遣ってくれる優しさが心強い。勇気を出して言ってくれたことに小さく微笑みかければ、そっぽを向かれる。――短時間に二回も選択を誤ってしまったらしい。心許ない気持ちが湧く。
「……その、……無理はしなくていいから」
「……うぅ、その、大丈夫……」
背を向けているコレットの様子は分からないが、友人を見れば力強い笑みを向けてくれており、なんとか気持ちを切り替えることにした。――――気にしすぎて、また自責のループになってしまったらこの人にまた呆れられてしまう。
彼女の気持ちが落ち着くまでそっとしておくことにし、前に座る二人を横に呼び寄せた。まだ授業を終わらせる鐘が鳴るまで時間がある。どの程度の理解力があるか確かめるべきだろう。
いつもと勝手の違う相手に教えることは不安もあったが、なんでも受け入れてくれるだろう二人に、肩肘を張る必要もないことから悪くない心地だった。
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