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52.開幕は蒼穹の『剣舞』より②
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弟や侍従たちと階下へと向かう。
東の端にある寮から、集会をする講堂へは距離があるため、集会がある際は馬車の用意があった。順次乗り合わせて向かうようになっているため、下手に誰かと相乗りしたくない。この時ばかりはキールとアイベルを同席をさせている。
階段へと辿り着くと階下が賑やかだ。馬車を待つ人、誰かを待つ人で必ず混雑するからだ。
この時ばかりは誰かと遭遇することは避けられないため、アイベルが事情を話してくれたのだろう。恐らくあの二人が声を掛けに来るはずだ。
「フィフスへの依頼料ってどれくらいなんですか? 僕も協力するので、必ず教えてくださいね」
階段を二人で降りるとエミリオがそう口にした。
「……依頼料?」
「はい。青龍商会って個人で対処できないことを解決してくれる人たちなんですよね。商会というくらいなので、依頼のためにお金が必要なのかと思ったんです」
しっかりした弟は、純粋な疑問をぶつけてきた。――――考えもしなかった。
「昨日はお父さまがお礼を用意されていましたし、おばあ様も善意に胡坐をかくなと仰っていたので、きちんと筋を通さないといけないかと思ったのですが……」
「エミリオの言う通りだ――。確認不足だった」
あの人を父が招いたと聞いたが、一体どのような契約をすればあの人を呼ぶことが出来たのか。
身分を隠しているとはいえ、どうやら過去にもその名で活動したことがあることから、何かしらの依頼形態があるのだろう。
「……後で、会ったときにでも確認してみよう」
「はい! ぜひお願いします」
蒼家の人間を使い、問題解決のために従事させるということを考えた人は、神の代行者を一介の駒として使うことに躊躇いはなかったのだろうか。
人の好さを利用しているようで、いい気分ではない。
兄を連れ戻す算段はその当代という人が使う手を真似するようだが、まだその人物のことがよく分からなかった。
あの人は信頼しているようだが――――、やはりいいように利用されているだけではないのかと、気がかりが残る。
「ご機嫌麗しゅうございます、ディアス様、エミリオ様」
六階を過ぎようとしたところで、聞き覚えのある声が届く。――そちらを見れば、コルネウスとディートヘルムが並んでこちらに近付いてきた。
「おはようございます、殿下」
「――おはようございます、コルネウス、ディートヘルム」
弟からの返事ににこりと一礼を以て二人が返すと、こちらへと寄ってきた。アイベルが一歩前に出て庇おうと立ちふさがった。
「殿下はご存知でしょうか? 青龍商会から来たというあの黒髪の男がどういう人物か」
楽しげに声をかけられるが、話にならない気配に目を合わせなかった。――エミリオを彼らから遠ざける。
「ディートヘルムが以前シューシャに行った際に話を聞いたそうなのですが、蒼家には10人の手練れがいるそうで、彼らを総称して『臥竜』と呼ぶそうです。『双角』、『両翼』、『逆鱗』、『三爪』、『二足』とそれぞれ組み名が与えられているようですが、『逆鱗』と呼ばれる『五番』の彼だけは個人での活動を許されているとか」
知らない話題に足を止めた。こちらの興味を引けたからか満足げな顔をしていた。
「蒼家のとある女性にその話を聞いたのですが、家の中でも特に異質な存在だそうで……。家の者にも唯一存在を伏していると聞きました。姿なき存在ゆえ、その名を耳にするならば気を付けた方がいいと。寝首を掻かれかねないと忠告されました」
ディートヘルムが一歩前に出てそんな話をした。
あの嘘もつけない性格を知った上で、言っているのだろうか? 昨日の祖母の話からしても、どちらかと言えば厄介に巻き込まれるタイプの人だろう。彼らの重畳とした姿に、急速に心中が冷えていく。
「その時に右翼という男に会いましたが、――――街の警護についていたようで、不穏な行動をする者に対して私的に制裁を加えるばかりか、力量のある者に所かまわず挑むような好戦的な奴でした。あのような連中は側に置けば殿下の品位も落としかねない。お傍に置くべき人間は選んだ方が良いですよ」
ディートヘルムの言葉に、エミリオが不安そうに手を握ってきた。軽く聞いた名から左翼と対の存在だとは思っていたが、性格まで真逆らしい。彼らも双子なのだろうか。
そんなことよりもあの人の名が他にもあると分かり、口元に手を当て考え込む。
「……『逆鱗』、確かにそうだな」
名前のセンスはあるようだ。
軽率に触れてはならない存在だろう。――ふっと冷ややかな笑いが漏れ、彼らを見る。
「アイベルから話は聞いていた。何故『逆鱗』に触れようと?」
「……御身だけでなく、いずれ我々に害をなすような存在です。近付けさせるべきでないと判断したまでです」
その顔は真剣そのものだったが、やはり無謀極まりないことをしているのはコルネウスたちだろう。
「それに、あの者は我ら騎士の矜持を侮辱しました。――――決して許すことは出来ません」
「何を言ったんだ? お前たちが何か言わなければ、あの人が軽率に侮辱するようなことなど口にするわけがない」
問う口調が思ったより冷たくなり、二人が一瞬言葉を飲んでいた。
「……殿下もアイベルも、あの場にいらっしゃらなかったのでご存知ないかもしれませんが、騎士をストーカーなどと侮辱してたのですよ。ノルベルトと面識があるようでしたが、その上であの言葉……。憤激を感じずにはいられないというものでしょう」
その時のことを思い出したのかコルネウスはだいぶ怒りに震えているようだった。
「ストーカー……?」
アイベルも言葉を反芻しながら戸惑っていた。
ストーカーとは、主につきまとう行為を指すことだろう。迷惑行為の一種で、好意を向けていることを免罪符に相手に執着することだったはずだ。
「……なるほど、一理あるな――」
何を指してそう伝えたのか分からないが、若干今の状況がそれに近いことに気付き感想が口から漏れた。
「――殿下も分かって下さいますか!」
同意が得られたと思ったのか、コルネウスの表情が明るくなった。
だが、それを無視してエミリオの手を引き先へ行く。
「兄さま……?」
「行こう。遅れると姉上たちが心配なさる」
コルネウスが名を呼びまだ付いてくることから、広さのある踊り場で彼に振り返る。
「今日の決闘、俺も見に行こう」
「それは! ありがたき幸せ。このコルネウス・フォン・ノイエシュタイン、必ずやディアス殿下に勝利を捧げましょう」
それ以上の言葉はやめ、再度弟と階下へと歩みを進める。
――――あの人ならこの場合どうするのだろう。
突きつけられる要望ふたつで、彼らの意識を変えることができるのだろうか。
だがその前に、講堂で何を話すのかも気になった。
「……兄さま、大丈夫ですか?」
おずおずと小さく弟が尋ねてきた。
「何も問題ない。コルネウスたちが言ったことも気にしなくていい」
「……決闘って、フィフスがするのですか?」
心配そうに顔を曇らせていた。
「あぁ。でも心配しなくていい。フィフスが勝つと言ってたそうだ」
あの二人は負けるだろう。――荒事に関心はないが、そのことだけは自信があった。
兄の様子に何を見出したのか分からないが、エミリオも落ち着きを取り戻した。
「兄さまはフィフスのことを信用しているのですね」
「――あぁ、もちろんだ」
にこりと弟がいつもの元気のある笑みを浮かべた。
「なら僕も信じます。――ゼル兄さまのこともありますし、フィフスのこと応援しなきゃですね」
手を放し両の手を力強く握ってこちらに見せた。
「そうだな」
気丈に、だが信じてくれる弟へ微笑みかけ、共に階下へと続く階段を降りていく。
東の端にある寮から、集会をする講堂へは距離があるため、集会がある際は馬車の用意があった。順次乗り合わせて向かうようになっているため、下手に誰かと相乗りしたくない。この時ばかりはキールとアイベルを同席をさせている。
階段へと辿り着くと階下が賑やかだ。馬車を待つ人、誰かを待つ人で必ず混雑するからだ。
この時ばかりは誰かと遭遇することは避けられないため、アイベルが事情を話してくれたのだろう。恐らくあの二人が声を掛けに来るはずだ。
「フィフスへの依頼料ってどれくらいなんですか? 僕も協力するので、必ず教えてくださいね」
階段を二人で降りるとエミリオがそう口にした。
「……依頼料?」
「はい。青龍商会って個人で対処できないことを解決してくれる人たちなんですよね。商会というくらいなので、依頼のためにお金が必要なのかと思ったんです」
しっかりした弟は、純粋な疑問をぶつけてきた。――――考えもしなかった。
「昨日はお父さまがお礼を用意されていましたし、おばあ様も善意に胡坐をかくなと仰っていたので、きちんと筋を通さないといけないかと思ったのですが……」
「エミリオの言う通りだ――。確認不足だった」
あの人を父が招いたと聞いたが、一体どのような契約をすればあの人を呼ぶことが出来たのか。
身分を隠しているとはいえ、どうやら過去にもその名で活動したことがあることから、何かしらの依頼形態があるのだろう。
「……後で、会ったときにでも確認してみよう」
「はい! ぜひお願いします」
蒼家の人間を使い、問題解決のために従事させるということを考えた人は、神の代行者を一介の駒として使うことに躊躇いはなかったのだろうか。
人の好さを利用しているようで、いい気分ではない。
兄を連れ戻す算段はその当代という人が使う手を真似するようだが、まだその人物のことがよく分からなかった。
あの人は信頼しているようだが――――、やはりいいように利用されているだけではないのかと、気がかりが残る。
「ご機嫌麗しゅうございます、ディアス様、エミリオ様」
六階を過ぎようとしたところで、聞き覚えのある声が届く。――そちらを見れば、コルネウスとディートヘルムが並んでこちらに近付いてきた。
「おはようございます、殿下」
「――おはようございます、コルネウス、ディートヘルム」
弟からの返事ににこりと一礼を以て二人が返すと、こちらへと寄ってきた。アイベルが一歩前に出て庇おうと立ちふさがった。
「殿下はご存知でしょうか? 青龍商会から来たというあの黒髪の男がどういう人物か」
楽しげに声をかけられるが、話にならない気配に目を合わせなかった。――エミリオを彼らから遠ざける。
「ディートヘルムが以前シューシャに行った際に話を聞いたそうなのですが、蒼家には10人の手練れがいるそうで、彼らを総称して『臥竜』と呼ぶそうです。『双角』、『両翼』、『逆鱗』、『三爪』、『二足』とそれぞれ組み名が与えられているようですが、『逆鱗』と呼ばれる『五番』の彼だけは個人での活動を許されているとか」
知らない話題に足を止めた。こちらの興味を引けたからか満足げな顔をしていた。
「蒼家のとある女性にその話を聞いたのですが、家の中でも特に異質な存在だそうで……。家の者にも唯一存在を伏していると聞きました。姿なき存在ゆえ、その名を耳にするならば気を付けた方がいいと。寝首を掻かれかねないと忠告されました」
ディートヘルムが一歩前に出てそんな話をした。
あの嘘もつけない性格を知った上で、言っているのだろうか? 昨日の祖母の話からしても、どちらかと言えば厄介に巻き込まれるタイプの人だろう。彼らの重畳とした姿に、急速に心中が冷えていく。
「その時に右翼という男に会いましたが、――――街の警護についていたようで、不穏な行動をする者に対して私的に制裁を加えるばかりか、力量のある者に所かまわず挑むような好戦的な奴でした。あのような連中は側に置けば殿下の品位も落としかねない。お傍に置くべき人間は選んだ方が良いですよ」
ディートヘルムの言葉に、エミリオが不安そうに手を握ってきた。軽く聞いた名から左翼と対の存在だとは思っていたが、性格まで真逆らしい。彼らも双子なのだろうか。
そんなことよりもあの人の名が他にもあると分かり、口元に手を当て考え込む。
「……『逆鱗』、確かにそうだな」
名前のセンスはあるようだ。
軽率に触れてはならない存在だろう。――ふっと冷ややかな笑いが漏れ、彼らを見る。
「アイベルから話は聞いていた。何故『逆鱗』に触れようと?」
「……御身だけでなく、いずれ我々に害をなすような存在です。近付けさせるべきでないと判断したまでです」
その顔は真剣そのものだったが、やはり無謀極まりないことをしているのはコルネウスたちだろう。
「それに、あの者は我ら騎士の矜持を侮辱しました。――――決して許すことは出来ません」
「何を言ったんだ? お前たちが何か言わなければ、あの人が軽率に侮辱するようなことなど口にするわけがない」
問う口調が思ったより冷たくなり、二人が一瞬言葉を飲んでいた。
「……殿下もアイベルも、あの場にいらっしゃらなかったのでご存知ないかもしれませんが、騎士をストーカーなどと侮辱してたのですよ。ノルベルトと面識があるようでしたが、その上であの言葉……。憤激を感じずにはいられないというものでしょう」
その時のことを思い出したのかコルネウスはだいぶ怒りに震えているようだった。
「ストーカー……?」
アイベルも言葉を反芻しながら戸惑っていた。
ストーカーとは、主につきまとう行為を指すことだろう。迷惑行為の一種で、好意を向けていることを免罪符に相手に執着することだったはずだ。
「……なるほど、一理あるな――」
何を指してそう伝えたのか分からないが、若干今の状況がそれに近いことに気付き感想が口から漏れた。
「――殿下も分かって下さいますか!」
同意が得られたと思ったのか、コルネウスの表情が明るくなった。
だが、それを無視してエミリオの手を引き先へ行く。
「兄さま……?」
「行こう。遅れると姉上たちが心配なさる」
コルネウスが名を呼びまだ付いてくることから、広さのある踊り場で彼に振り返る。
「今日の決闘、俺も見に行こう」
「それは! ありがたき幸せ。このコルネウス・フォン・ノイエシュタイン、必ずやディアス殿下に勝利を捧げましょう」
それ以上の言葉はやめ、再度弟と階下へと歩みを進める。
――――あの人ならこの場合どうするのだろう。
突きつけられる要望ふたつで、彼らの意識を変えることができるのだろうか。
だがその前に、講堂で何を話すのかも気になった。
「……兄さま、大丈夫ですか?」
おずおずと小さく弟が尋ねてきた。
「何も問題ない。コルネウスたちが言ったことも気にしなくていい」
「……決闘って、フィフスがするのですか?」
心配そうに顔を曇らせていた。
「あぁ。でも心配しなくていい。フィフスが勝つと言ってたそうだ」
あの二人は負けるだろう。――荒事に関心はないが、そのことだけは自信があった。
兄の様子に何を見出したのか分からないが、エミリオも落ち着きを取り戻した。
「兄さまはフィフスのことを信用しているのですね」
「――あぁ、もちろんだ」
にこりと弟がいつもの元気のある笑みを浮かべた。
「なら僕も信じます。――ゼル兄さまのこともありますし、フィフスのこと応援しなきゃですね」
手を放し両の手を力強く握ってこちらに見せた。
「そうだな」
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