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間奏曲 ――王弟2――
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母に来いとだけ言われ、ヴァイスと先ほど共に仕事をするように言われたガレリオという青年とピオニール城を後にした。
昔から威圧的な物言いと、足りない説明に付いて行くのが精一杯だった。
だが、上に立つ人間はこういうものだろう。
その少ない言葉から意図を読み取り、それ以上の働きをすることが周囲には求められるものだ。――それを見越して指示を出しているのだから、この人には敵わない。
完全無欠な人間などいないというのに、この人はそれを求めている。――という気がする。
心中でため息をついている横で、ガレリオは先ほどからヴァイスと雑談をしている。――このヴァイスも昔から母を恐れることはなかった。
英雄フュート・ソリュードの息子という立場もあるが、それ以上に本人が自由奔放なので母も彼の言動を気にしたことがない。何を言われてもどこ吹く風と言わんばかりに、いつでもどこにいても誰に対しても飄々としている。――――その辺りの性格が若干フュート様に似ているだろう。あの方はヴァイス程軽薄ではないが。
母を先頭に向かったのは学園内だった。――そろそろ閉門される時間で、学園に人がいないかと近衛と警護隊が巡回している。
普段より人が多いのは昨日の事件のためだ。不穏分子が学園内にいるという話も聞いたので警戒を強めているのだが、如何せん自分にはその才が足りない。
この学園を守りたいという気持ちはあるものの、過去の事件や先達から学ぶだけでは対策が後手に回るばかりで、フィフスのような能力でもあればとないものねだりでもしたくなる気分だ。
学内をしばらく歩くと中央エントランスに出る。今は扉が閉まっており周囲にも人はいない。石造りの校舎は底冷えしており、母が歩くたびに響くヒールの堅い音までもが冷え切るようだった。
「――――さて、若造。前々からお前に興味があったんだ」
足音が止み、先頭を行く母がくるりと振り返った。ヴァイスと故郷の話で盛り上がっていたが、さすがに女王たるオクタヴィアが話しかけたので二人とも黙った。
「もし、お前がこの学園都市を攻め落とすとしたら、――手始めにどうする?」
「……母上? 何を仰って――」
急な話に驚き、母を見た。
長年自国を守り、いかなる場であっても勝利を掴んできたこの人が血の気が多いのは知っていたが、何故ここを攻め落とすなどと不穏なことを言うのか。二日酔いはすっかり治ったはずなのに、なんだか頭が痛くなる。
「えぇ……? 何言ってるんですか陛下……。そんな物騒なこと、急に言うからヨアヒム様がびっくりされているじゃないですか」
母の言動に眉を顰め、隣にやってきた。
「王弟殿下ってのも大変ですねぇ。こんな怖いこと急に言われるなんてメンタル大丈夫ですか? よく眠れてますか? 俺でよければ話くらい聞きますからね」
同情しているらしく、うんうんと頷きながらこちらを気遣ってくれた。本人を目の前にし、そんなことを言われても返事などできるわけもない。そういう同情はやめてくれと、居心地の悪い気持ちが明後日の方向へ助けを求めている。
「いい加減馬鹿を演じるのはよせ。お前のことだ、――先日の件、頭に来ているのだろう」
目を細め、ガレリオの腹の内を見透かすようにオクタヴィアが口にした。
先日、ここに到着するや否や彼らが救援を求めた。誰か襲われているので向かってほしいと。――この学園都市に到着した際にも正門を警備していた者にも伝えたらしいが、どうにも取り合ってもらえないため迎賓館に到着してからも一度頼んでいた。
出迎えたのは側仕えと近衛、警護隊、警邏隊のそれぞれの関係者だった。だが、外の出来事であれば警邏隊の管轄だからとジュール・フォン・ハイデルベルクを紹介されるものの、唐突にそのようなことを言われてもとなかなか言葉を信じて貰えなかったようだった。遅れてヴァイスや子どもたちと到着してみれば、近衛も警護隊も彼らのやり取りに口を出せずにいて二人が揉めていた。
穏やかに話の通じないジュールに説明をしていたものの、見かねたヴァイスが彼に声を掛けてくれたのでその場は収まり、甥が助けられた。
あの後すぐに対応できなかったことを謝罪したものの、大丈夫ですよと大人の対応で流してくれていたが、遠路はるばる来て軽んじられるなどと彼も思わなかっただろう。――彼は聖国で名高い東方天の配下だ。気さくなところや話し方、フランクな態度からどうやらジュール・フォン・ハイデルベルクは侮るような対応をしていたのだが、ジュールの横暴さに近衛も警護隊も正直手を焼いており、東方軍第三師団長であるガレリオ・ブランディを援護することが出来ずにいた。――その辺りの事についても、どうやらもっと気を回すべきだったようだ。
女王が彼の無礼を許しているのは、そのことを知っているからなのかもしれない。足りない気配りに今更気付いた。
「私も前々からあのガキに困っていてな……。お前たちにも迷惑をかけた。――侘びには足りないだろうが、ここをお前の好きにしていい」
女王の随分な話にゾフィと彼の執事が周りから現れた。――どうやら人払いをしていたようだ。周囲を囲まれ若干心細さが顔を覗かせる。
「……はぁ。別にいいですけど、本当に俺の好きなようにやっていいんですか?」
暗い声がした。声のした方を向けばガレリオは姿勢を崩し陰鬱な顔をしていた。――今までのマイペースながらも人の好い雰囲気がなく、憎悪が滲んだ暗い顔だ。
こんな顔もするのかと、背筋に冷たいものが走る。
「無論だ」
先ほど女王が彼について説明していた話を、若干疑っていた。
裏付けのない話をする人でないことは承知していたのだが、彼の印象と話の内容が随分とかけ離れていたからだ。フィフスやヴァイスといるときだってこのような空気は彼になかった。
ヴァイスを見ると、彼の事を知っているのだろう。変わった様子に驚くこともなく、先ほどと変わらず楽しそうに彼を見ていた。
「……俺、ああいう親の権力を笠にするやつも、傍若無人に振る舞うだけの無能も嫌いなんですよね」
心底嫌悪するような暗く冷たい声だった。
「そうであろうな」
「なんでもしていいならアイツを排除してもいいですか? ――六大貴族って言うんでしたっけ? ラウルスでも重要な家柄の人間だと聞いていますが、俺には関係ないし、あなた方にとってもいいことないですよね。……あんなのが上にいたんじゃ周りの人間が可哀そうだ」
煩わしげに腕を組み、心底嫌悪している様子を隠す素振りも見せずそう言った。――領地を簒奪しようとしたと聞いたが、もしかして似たようなことをさせようと母は考えているのだろうか。しかも女王のお墨付きだ。何か空恐ろしいことが起ころうとしている現場に自分が立っていることにぞっとする。
「いいとも。私が許そう――。お前の手腕は知っている。ヨアヒムを補佐しながらお前の好きにしていい」
「はぁー……、仕方がないけど、今回は使われて差し上げますよ。どうせ下の人間は上の人間に都合よく使われるものですしね」
気怠げにため息をつき、彼は了承した。
こんな二面性を持つ人物をセーレの娘は重用し、聖都の守りを任せているのか。フィフスが登用したと聞いたが、あのような子どもがこんな大人をどう懐柔したのか想像も出来ない。
うんざりと吐かれた言葉が本心なのだろう。自分の手に余る気配しかなく、彼をどうしていいのか分からなかった。
「そんなに怖がらなくても大丈夫さ。――ガレリオくんも、別にヨアヒムのことが嫌いって訳じゃないだろうしね」
こちらに歩みを進めるヴァイスからのんきな声が上がる。
「彼は無能な人間が上にいることが嫌いなだけさ。――君はそうじゃないって僕は知ってるよ」
「あー、――すんません。ちょっと思い出したらムカついちゃって……。陛下の言葉にも少し頭に来ましたけど」
彼の雰囲気ががらりと変わる。――ここで話す前と同じようにフランクで飄々とした人の好い顔が急に戻り、申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「申し訳ありません。オクタヴィア様は生まれながらにして女王たるお方です。どうかご容赦下さいませ」
少し離れていたゾフィが母に近付き、そう伝えた。――話題になっている当の本人は気にすることなく、つまらなさそうにそれを見ていた。
「そういう性格だって知ってますけど、もっと人の気持ち考えてくれませんかねぇ。じゃないとみんなに嫌われちゃいますよ」
「そんな些末なことどうでもいいわ」
彼の言葉に女王は正面から見返した。
「ふーん。どうなっても知りませんからね。俺はちゃんと忠告しましたからねっ!」
わざとらしく怒ったように腕を組み、ガレリオはふいと顔を女王から背けた。二人のやり取りをゾフィとヴァイスが見守っているが、この温度感も雰囲気も何もかも分からなくて混乱するばかりだった。
「――で、初めの話に戻るが、お前ならどうする?」
彼の様子を気にした風もなく、話を戻した。
「どうって……、まず見てみないとなんとも……。俺はあの人と違ってただの凡人ですからね。大きな期待されても困るっていうか……」
自信なさげに頭を掻いている姿が年相応に見えた。調子のいいことを言う時もあったが、フィフスとは違い、弱々しい一面も見せるようだ。
「お前の働き次第では褒美をやろう。――何を望むか、よくよく考えておけ」
「褒美、って……、なんでもいいんですか?」
「あぁ。私は女王だ。――退位した身ではあるが、おおよそのことは叶えてやれるだろう」
悠然と腕を組み面白がるように彼に伝えた。鼓舞させるためにたまに母が使う言葉だった。言葉通り必ず望みは叶えてくれる。――もちろん働き次第ではあるが。
ガレリオは真意を確かめるように、じっとオクタヴィアの目を見つめ考えているようだった。
「……えっちで巨乳な年上のお姉さんとか、まさかそいうのも――?」
真面目な顔で母にそう言った。
「ッ君、――何を言って!」
怖いもの知らずを通り越し、なんてことを母に言うんだと理性が叫ぶ。
「……それが望みか? なら、あの小童に確認して用意してやろう」
気にした様子もなく母が彼の言葉を了承した。――さすがにそういうことは窘めてくれ。
「すみませんすみません、ただの好奇心です、冗談です。ちょっと試しに聞いてみただけなので、――だからあの人に言わないで下さい!!」
ガレリオが縋る様に母の足元に転がり崩れ、今の言を必死に取り消している。今までの態度から一転、切実に止めていることから彼にとってフィフスを恐れるだけの何かがあるのか。
「別にあの子の前でも似たようなこと言ってるじゃん」
「そうですけど! そんなこと陛下に言ったなんて知られたら、セーレ様に叱られる……!!」
なりふり構わない様子の彼から、思わぬ人物の名が出てきて呆気に取られた。
「……なんでセーレが?」
「大人になってから良識ある人に懇切丁寧に説教されるのは、心に来るんで……」
床に手をつく彼の背中が哀愁に満ちていた。その彼の横にヴァイスがしゃがみ込む。
「そうかなー。僕なら兄さんに叱られるの嬉しいけど」
「……そういう性癖の人には分からないかもしれませんが、大抵の人は堪えるものがありますよ。俺の部下もみんな言ってますもん」
過去にも説教をされたことがあるのか、ガレリオは随分としおれていた。意味が分からないといった顔をヴァイスがしているが、彼はそういう人物なので気にするだけ無駄だ。
足元で繰り広げられる茶番に困って母を見れば、やはり気にした様子はなく、腕を組み冷たく彼らの様子を見ていた。慣れているのだろうか。
人生で一度もこういう一幕に遭遇したことがないが、経験豊富な母であれば一度や二度はあったのかもしれない。母の傍らに立つゾフィもいつもと同じ温和な表情をしている。
慣れたくもないと、心の中で二度目がないことをヨアヒムは祈った。
「今すぐ望みを申されなくても良いのですよ。陛下は働きに応じ、ガレリオ様に褒美を用意して下さるかと」
その言葉を聞き、彼はようやく立った。
「……とはいえ、別に欲しいものなんて特にないんですが。――しいて言うなら大将に謝って下さいよ」
両手の埃を払い、言いにくそうにガレリオが言葉にした。
「あの人お人好しだから全然許す気でいますけど、……流石に大人としてその態度はよくないと思いますよ」
彼の言を当の本人は耳に入れるつもりがないのか、素知らぬ顔していた。――大将とは、聖国の軍人だろうか。東方軍が第一師団から第三師団まであるのは知っているが、大将という階級があった記憶がなかった。
だが母が何かしたというのであれば、可能性が否定できずに疑い目を向ける。母は相変わらずそっぽを向いており、その後ろでゾフィが苦笑している。
あのゾフィが隠す様子もないところを見ると、どうやら何かあったのは間違いないようだ。
「陛下、どこの誰に何をしたんですか……」
「知らん。勝手に恨んでいるやつがいるのだろう。放っておけ」
頑ななところを見るに、何かやらかしたのだと察する。
母にはこういうところがある。
昔から否を認めず、うやむやにするために横暴に振る舞うので、結局周りが泣きを見ることになるのだ。
「あーあ。そんなこと言っていいんですかねー? 早くけじめ付けないと、当代様がなにかまた企んじゃいますよ~?」
「あの陰険小僧なぞ畏るるに足らん――。何を企もうとこの私を揺らせると思うな」
東方軍の人間なのか、蒼家の人間なのか分からないが、どうやらそっち方面のようだ。なんだか目の敵にしていたが、半分くらいは自業自得で厄介を招いているのではないかという気がした。
ガレリオが立ち上がるのに遅れてヴァイスも立り上がり、目を向ければこの場の空気を楽しんでいるようだった。――この人物は、昔から母のこういう素直じゃないところが気に入っているらしい。彼がご機嫌ということは、やはり確実に何か母がしたと確信する。
「ガレリオ殿、陛下が誰かに何かしたのか――。であれば、代わりに私から謝罪しよう」
何をどうしようとも母は折れることはないだろう。近年は昔と比べれば丸くなったが、それでも元来の性質は変わっていない。
「ありがたい申し出ですけど、当人同士の問題なのでヨアヒム殿下はどうかお気になさらず」
びしっと手の平を突き出され止められる。案外筋を通すタイプなのか。
「勝手に謝るな。私は何もしていないのだから謝罪の必要などない」
「も~~~。そうは言っても陛下のおうちの子でしょ! ちゃんと責任取って下さいよー」
陛下の子、――となれば長兄で国王のグライリヒ、次男のヨアヒム、末弟のテオドアの三人しかいないのだが、自分に身に覚えがない以上兄か弟が何かした、ということなのか――――。
だがどちらももう成人して長い。
わざわざ母である女王に責任を取ってもらわねばならないことなどないだろう。
母に隠し子がいる、ということもないはずだ。――昔からある人に執心しており、それ以外の人物に興味がないからだ。たまに連絡くらいはしているそうだが、最近はその人の奥方と仲良くしているらしい。
多くを語る人ではないが、それなりに自分の人生を謳歌しているのでその辺りは放っておいている。――だからこそ、二人のやり取りに混乱するばかりだった。
「証拠は当代様が押さえているんですからね。何に使われても知りませんよ~」
「ガレリオくんってば優しいねぇ……。我らが女王陛下にわざわざ忠告してくれるなんて」
ポケットからハンカチを取り出し、よよよとわざとらしく涙を拭う仕草をヴァイスがしている。
「……それなりの付き合いですからね。言える人間が言っておかなきゃと思いましてね」
そろそろ茶番をやめようと思ったのか、彼がため息交じりで落ち着いた態度に変わる。
「俺からは以上です。――それがダメなら、こちらの美味しい酒とかがうれしいっすね。ぱーっとみんなで打ち上げしたいです」
「打ち上げか、いいアイディアだね! その時は僕もお邪魔しちゃおうかなー」
「ぜひぜひ! みんなもヴァイス様が来たら喜びますよ~。ヨアヒム様もぜひその時は来て下さい!」
急に和気あいあいとした雰囲気になり、流れるように誘われる。
「あ、あぁ……。もし私もお邪魔してよいのなら、ぜひそうさせてもらおう」
今朝方二日酔いで死んでいたのに、つい二つ返事で酒の席への参加を許可してしまう。だが、この彼の人懐こい気安さが断りにくく、流されているなと返事をしてから気付く。
「そんなことでいいのか。全く安上りな男だ」
母が小馬鹿にしたように楽しそうにするガレリオを見て笑った。――聞こえているだろうが、彼は特段気にした様子はなく、
「その時は陛下もいらしてくださいよー。ぱーっとやりましょう!」
「断る。お前たちだけで楽しめ」
「ノリ悪! 良かれと思って誘ったのに……。もう陛下に声なんてかけてあげませんからね」
「そうしてくれ。お前たちの席はうるさくて敵わん。酒の味もよくわかってない若造と相伴するなど、願い下げだ」
腕を組みガレリオの誘いを一蹴した。
「では誰もいない今のうちに回ってこい。ヨアヒム、隅々までこいつに見せてやれ。――そうすればお前に足りないものも見えてくるだろう」
「ヨアヒム様、――不肖ガレリオ、ご面倒をおかけしますが以後よろしくお願いしまーす」
先程の暗澹とした空気はなく、一周回って元気になった彼に勢いよく挨拶をされる。その様子に満足したのか、女王はさっさと行けとばかりに圧を飛ばしている。
追い立てられるようにその場を後にしながら、ふと考える――。母にも彼の扱いがよく分かっているのだろう。初めに自分の元に就けと言われたときよりも、幾分か上機嫌そうな彼の態度に戸惑う。
薄暗い廊下に入り母の姿が見えなくなった頃、横を歩くガレリオに尋ねてみた。
「先ほど母に言っていたが、それなりの付き合いとは、……? もしかして知り合いだったのか」
さきほど流してしまった言葉が気になっていた。その言葉以降のやり取りもなんだか初めて会った相手というよりも、随分と親し気なものに見えた。
「え? 聞いてないんですか? よく聖国にいらした際に一緒に飲んでいるんですけど」
驚いて思わず足が止まる。なんだその話は。そんな人付き合いをしている話なんて、聞いたことがなかった。しかも隣国で――?
ヨアヒムの様子から知らされていない事だと気付き、ヴァイスへと声を掛けた。
「……まさかご家族に内緒にして出歩いてるってことですか?」
「あれ、ヨアヒム知らなかったの? 昔からフラフラしてるじゃんあの人。――グランもテオも知ってるから、君も知ってるんだと思ってたよ」
けろっとした顔でヴァイスが事も無げに言うが、思い当たるのは昔から三、四ヶ月ごとにふらりと姿を消すことくらいだ。
「……フラっといなくなるのは知っていたが、聖国まで行ってたのか――」
最近もふらりと姿を消していたが、昔からの母の習慣だったので特に気にしたことがなかった。思い付きで息抜きに出ているのか、周囲を休ませるために姿を眩ませているのだと思っていたが、この青年と酒を飲み交わす関係だというのは初耳だ。
「そうだよ~。あっちには陛下の『ご友人さま』がいるからね」
「……フュート様にお会いに行かれているのか」
くすくすと楽し気なヴァイスと、行動の理由が判明し思わず脱力する。――それは昔からの友人だ。大戦を止めるきかっかけになった方で、あの母に物申せる数少ない人物だ。こちらに来なくなった分自ら足を運んでいるのかと、案外マメなところもあるのだとこの年になって自分の母について理解が深まる。――同時に頭痛もしてきた。
「……それがなんでガレリオ殿と関係があるんだ?」
「そりゃ、クリスくんの部下だからさ。――陛下が来る度に甲斐甲斐しく顔を出しているんだけど、その時に部下も連れて行ってるんだよね~」
ふらりと現れるであろうあの母をわざわざ出迎えているのかと、丁重な対応に驚く。
「まるで歓迎でもしているかのような言い方……」
気まずそうに声を潜めるガレリオに、ヴァイスは明るく大仰な身振りで笑いながら彼の様子を一蹴した。
「歓迎しているじゃないか。――――陛下が来たと分かるといの一番で向かうし、父さんと出迎えてて可愛いところがあると思わないかい? ――ふふ、その後も賑やかに『歓待』しているしね。クリスくんの他にもカナタくんもシャナくんも天摩くんも一緒に連れて行かれるから、陛下が来る度にすごく賑やかになるって母さんも喜んでいるよ」
「……そうだったのか。そんなに歓待していただいているとは知らなかった……。皆さんのご厚意に感謝する」
だから北方天についても詳しいのかと少し納得した。――だがあんな態度でどう向こうで歓迎されているのか想像ができない。
ご機嫌そうなヴァイスに礼を伝えるも、隣で非常に困って片手で頭を支えるガレリオの様子が気になって、なにかまずいことでも起きているのかと気になる。
「……ヨアヒム様はいい人ですね。俺、このままでいて欲しいです」
「うんうん、分かるなその気持ち。ヨアヒムっていい味出てるよね~」
何か噛み締め始めた二人に通じるものがあるようで、疎外感が襲う。
「まて、やっぱり何か不穏な気がする――。なんなんだ、説明してくれ。なにか母が迷惑でもかけているのではないか」
「まぁまぁ、陛下の人望の厚さが分かったことだしいいじゃないか。さっさと見てご飯でも食べに行こう。ガレリオくんは明日集会でスピーチだってしなきゃいけないんだし、今日はちょっとだけにしておこうじゃないか」
ヴァイスが話しを切り上げようとし、背中を押される。さりげない強引さが彼にはあり、触れない方がいいことなのか、隠しているのかどちらなのか判断に迷う。
「……それって無くなったりませんか?」
「残念ながら無理かな~。きっとフィフスくんが君のために原稿を用意しているでしょ」
「あー確かにそうですねぇ……。読むだけならなんとかなるかも……? あ、お腹痛くなってきた。――明日休んでいいですか?」
わざとらしくいたたと言いながらその場にガレリオが腹部を押さえ、不調をアピールしている。学生がたまにこんな冗談を言って見せてくることがあるが、この青年も同じことをしているのが若いなと思う。
ため息をつく。
この二人に翻弄されずに済む方法が見つかりそうにない。母の無茶ぶりはいつもの事だし、この困難をどう乗り切ればいいのかと明後日の方向へと仰いだ。
昔から威圧的な物言いと、足りない説明に付いて行くのが精一杯だった。
だが、上に立つ人間はこういうものだろう。
その少ない言葉から意図を読み取り、それ以上の働きをすることが周囲には求められるものだ。――それを見越して指示を出しているのだから、この人には敵わない。
完全無欠な人間などいないというのに、この人はそれを求めている。――という気がする。
心中でため息をついている横で、ガレリオは先ほどからヴァイスと雑談をしている。――このヴァイスも昔から母を恐れることはなかった。
英雄フュート・ソリュードの息子という立場もあるが、それ以上に本人が自由奔放なので母も彼の言動を気にしたことがない。何を言われてもどこ吹く風と言わんばかりに、いつでもどこにいても誰に対しても飄々としている。――――その辺りの性格が若干フュート様に似ているだろう。あの方はヴァイス程軽薄ではないが。
母を先頭に向かったのは学園内だった。――そろそろ閉門される時間で、学園に人がいないかと近衛と警護隊が巡回している。
普段より人が多いのは昨日の事件のためだ。不穏分子が学園内にいるという話も聞いたので警戒を強めているのだが、如何せん自分にはその才が足りない。
この学園を守りたいという気持ちはあるものの、過去の事件や先達から学ぶだけでは対策が後手に回るばかりで、フィフスのような能力でもあればとないものねだりでもしたくなる気分だ。
学内をしばらく歩くと中央エントランスに出る。今は扉が閉まっており周囲にも人はいない。石造りの校舎は底冷えしており、母が歩くたびに響くヒールの堅い音までもが冷え切るようだった。
「――――さて、若造。前々からお前に興味があったんだ」
足音が止み、先頭を行く母がくるりと振り返った。ヴァイスと故郷の話で盛り上がっていたが、さすがに女王たるオクタヴィアが話しかけたので二人とも黙った。
「もし、お前がこの学園都市を攻め落とすとしたら、――手始めにどうする?」
「……母上? 何を仰って――」
急な話に驚き、母を見た。
長年自国を守り、いかなる場であっても勝利を掴んできたこの人が血の気が多いのは知っていたが、何故ここを攻め落とすなどと不穏なことを言うのか。二日酔いはすっかり治ったはずなのに、なんだか頭が痛くなる。
「えぇ……? 何言ってるんですか陛下……。そんな物騒なこと、急に言うからヨアヒム様がびっくりされているじゃないですか」
母の言動に眉を顰め、隣にやってきた。
「王弟殿下ってのも大変ですねぇ。こんな怖いこと急に言われるなんてメンタル大丈夫ですか? よく眠れてますか? 俺でよければ話くらい聞きますからね」
同情しているらしく、うんうんと頷きながらこちらを気遣ってくれた。本人を目の前にし、そんなことを言われても返事などできるわけもない。そういう同情はやめてくれと、居心地の悪い気持ちが明後日の方向へ助けを求めている。
「いい加減馬鹿を演じるのはよせ。お前のことだ、――先日の件、頭に来ているのだろう」
目を細め、ガレリオの腹の内を見透かすようにオクタヴィアが口にした。
先日、ここに到着するや否や彼らが救援を求めた。誰か襲われているので向かってほしいと。――この学園都市に到着した際にも正門を警備していた者にも伝えたらしいが、どうにも取り合ってもらえないため迎賓館に到着してからも一度頼んでいた。
出迎えたのは側仕えと近衛、警護隊、警邏隊のそれぞれの関係者だった。だが、外の出来事であれば警邏隊の管轄だからとジュール・フォン・ハイデルベルクを紹介されるものの、唐突にそのようなことを言われてもとなかなか言葉を信じて貰えなかったようだった。遅れてヴァイスや子どもたちと到着してみれば、近衛も警護隊も彼らのやり取りに口を出せずにいて二人が揉めていた。
穏やかに話の通じないジュールに説明をしていたものの、見かねたヴァイスが彼に声を掛けてくれたのでその場は収まり、甥が助けられた。
あの後すぐに対応できなかったことを謝罪したものの、大丈夫ですよと大人の対応で流してくれていたが、遠路はるばる来て軽んじられるなどと彼も思わなかっただろう。――彼は聖国で名高い東方天の配下だ。気さくなところや話し方、フランクな態度からどうやらジュール・フォン・ハイデルベルクは侮るような対応をしていたのだが、ジュールの横暴さに近衛も警護隊も正直手を焼いており、東方軍第三師団長であるガレリオ・ブランディを援護することが出来ずにいた。――その辺りの事についても、どうやらもっと気を回すべきだったようだ。
女王が彼の無礼を許しているのは、そのことを知っているからなのかもしれない。足りない気配りに今更気付いた。
「私も前々からあのガキに困っていてな……。お前たちにも迷惑をかけた。――侘びには足りないだろうが、ここをお前の好きにしていい」
女王の随分な話にゾフィと彼の執事が周りから現れた。――どうやら人払いをしていたようだ。周囲を囲まれ若干心細さが顔を覗かせる。
「……はぁ。別にいいですけど、本当に俺の好きなようにやっていいんですか?」
暗い声がした。声のした方を向けばガレリオは姿勢を崩し陰鬱な顔をしていた。――今までのマイペースながらも人の好い雰囲気がなく、憎悪が滲んだ暗い顔だ。
こんな顔もするのかと、背筋に冷たいものが走る。
「無論だ」
先ほど女王が彼について説明していた話を、若干疑っていた。
裏付けのない話をする人でないことは承知していたのだが、彼の印象と話の内容が随分とかけ離れていたからだ。フィフスやヴァイスといるときだってこのような空気は彼になかった。
ヴァイスを見ると、彼の事を知っているのだろう。変わった様子に驚くこともなく、先ほどと変わらず楽しそうに彼を見ていた。
「……俺、ああいう親の権力を笠にするやつも、傍若無人に振る舞うだけの無能も嫌いなんですよね」
心底嫌悪するような暗く冷たい声だった。
「そうであろうな」
「なんでもしていいならアイツを排除してもいいですか? ――六大貴族って言うんでしたっけ? ラウルスでも重要な家柄の人間だと聞いていますが、俺には関係ないし、あなた方にとってもいいことないですよね。……あんなのが上にいたんじゃ周りの人間が可哀そうだ」
煩わしげに腕を組み、心底嫌悪している様子を隠す素振りも見せずそう言った。――領地を簒奪しようとしたと聞いたが、もしかして似たようなことをさせようと母は考えているのだろうか。しかも女王のお墨付きだ。何か空恐ろしいことが起ころうとしている現場に自分が立っていることにぞっとする。
「いいとも。私が許そう――。お前の手腕は知っている。ヨアヒムを補佐しながらお前の好きにしていい」
「はぁー……、仕方がないけど、今回は使われて差し上げますよ。どうせ下の人間は上の人間に都合よく使われるものですしね」
気怠げにため息をつき、彼は了承した。
こんな二面性を持つ人物をセーレの娘は重用し、聖都の守りを任せているのか。フィフスが登用したと聞いたが、あのような子どもがこんな大人をどう懐柔したのか想像も出来ない。
うんざりと吐かれた言葉が本心なのだろう。自分の手に余る気配しかなく、彼をどうしていいのか分からなかった。
「そんなに怖がらなくても大丈夫さ。――ガレリオくんも、別にヨアヒムのことが嫌いって訳じゃないだろうしね」
こちらに歩みを進めるヴァイスからのんきな声が上がる。
「彼は無能な人間が上にいることが嫌いなだけさ。――君はそうじゃないって僕は知ってるよ」
「あー、――すんません。ちょっと思い出したらムカついちゃって……。陛下の言葉にも少し頭に来ましたけど」
彼の雰囲気ががらりと変わる。――ここで話す前と同じようにフランクで飄々とした人の好い顔が急に戻り、申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「申し訳ありません。オクタヴィア様は生まれながらにして女王たるお方です。どうかご容赦下さいませ」
少し離れていたゾフィが母に近付き、そう伝えた。――話題になっている当の本人は気にすることなく、つまらなさそうにそれを見ていた。
「そういう性格だって知ってますけど、もっと人の気持ち考えてくれませんかねぇ。じゃないとみんなに嫌われちゃいますよ」
「そんな些末なことどうでもいいわ」
彼の言葉に女王は正面から見返した。
「ふーん。どうなっても知りませんからね。俺はちゃんと忠告しましたからねっ!」
わざとらしく怒ったように腕を組み、ガレリオはふいと顔を女王から背けた。二人のやり取りをゾフィとヴァイスが見守っているが、この温度感も雰囲気も何もかも分からなくて混乱するばかりだった。
「――で、初めの話に戻るが、お前ならどうする?」
彼の様子を気にした風もなく、話を戻した。
「どうって……、まず見てみないとなんとも……。俺はあの人と違ってただの凡人ですからね。大きな期待されても困るっていうか……」
自信なさげに頭を掻いている姿が年相応に見えた。調子のいいことを言う時もあったが、フィフスとは違い、弱々しい一面も見せるようだ。
「お前の働き次第では褒美をやろう。――何を望むか、よくよく考えておけ」
「褒美、って……、なんでもいいんですか?」
「あぁ。私は女王だ。――退位した身ではあるが、おおよそのことは叶えてやれるだろう」
悠然と腕を組み面白がるように彼に伝えた。鼓舞させるためにたまに母が使う言葉だった。言葉通り必ず望みは叶えてくれる。――もちろん働き次第ではあるが。
ガレリオは真意を確かめるように、じっとオクタヴィアの目を見つめ考えているようだった。
「……えっちで巨乳な年上のお姉さんとか、まさかそいうのも――?」
真面目な顔で母にそう言った。
「ッ君、――何を言って!」
怖いもの知らずを通り越し、なんてことを母に言うんだと理性が叫ぶ。
「……それが望みか? なら、あの小童に確認して用意してやろう」
気にした様子もなく母が彼の言葉を了承した。――さすがにそういうことは窘めてくれ。
「すみませんすみません、ただの好奇心です、冗談です。ちょっと試しに聞いてみただけなので、――だからあの人に言わないで下さい!!」
ガレリオが縋る様に母の足元に転がり崩れ、今の言を必死に取り消している。今までの態度から一転、切実に止めていることから彼にとってフィフスを恐れるだけの何かがあるのか。
「別にあの子の前でも似たようなこと言ってるじゃん」
「そうですけど! そんなこと陛下に言ったなんて知られたら、セーレ様に叱られる……!!」
なりふり構わない様子の彼から、思わぬ人物の名が出てきて呆気に取られた。
「……なんでセーレが?」
「大人になってから良識ある人に懇切丁寧に説教されるのは、心に来るんで……」
床に手をつく彼の背中が哀愁に満ちていた。その彼の横にヴァイスがしゃがみ込む。
「そうかなー。僕なら兄さんに叱られるの嬉しいけど」
「……そういう性癖の人には分からないかもしれませんが、大抵の人は堪えるものがありますよ。俺の部下もみんな言ってますもん」
過去にも説教をされたことがあるのか、ガレリオは随分としおれていた。意味が分からないといった顔をヴァイスがしているが、彼はそういう人物なので気にするだけ無駄だ。
足元で繰り広げられる茶番に困って母を見れば、やはり気にした様子はなく、腕を組み冷たく彼らの様子を見ていた。慣れているのだろうか。
人生で一度もこういう一幕に遭遇したことがないが、経験豊富な母であれば一度や二度はあったのかもしれない。母の傍らに立つゾフィもいつもと同じ温和な表情をしている。
慣れたくもないと、心の中で二度目がないことをヨアヒムは祈った。
「今すぐ望みを申されなくても良いのですよ。陛下は働きに応じ、ガレリオ様に褒美を用意して下さるかと」
その言葉を聞き、彼はようやく立った。
「……とはいえ、別に欲しいものなんて特にないんですが。――しいて言うなら大将に謝って下さいよ」
両手の埃を払い、言いにくそうにガレリオが言葉にした。
「あの人お人好しだから全然許す気でいますけど、……流石に大人としてその態度はよくないと思いますよ」
彼の言を当の本人は耳に入れるつもりがないのか、素知らぬ顔していた。――大将とは、聖国の軍人だろうか。東方軍が第一師団から第三師団まであるのは知っているが、大将という階級があった記憶がなかった。
だが母が何かしたというのであれば、可能性が否定できずに疑い目を向ける。母は相変わらずそっぽを向いており、その後ろでゾフィが苦笑している。
あのゾフィが隠す様子もないところを見ると、どうやら何かあったのは間違いないようだ。
「陛下、どこの誰に何をしたんですか……」
「知らん。勝手に恨んでいるやつがいるのだろう。放っておけ」
頑ななところを見るに、何かやらかしたのだと察する。
母にはこういうところがある。
昔から否を認めず、うやむやにするために横暴に振る舞うので、結局周りが泣きを見ることになるのだ。
「あーあ。そんなこと言っていいんですかねー? 早くけじめ付けないと、当代様がなにかまた企んじゃいますよ~?」
「あの陰険小僧なぞ畏るるに足らん――。何を企もうとこの私を揺らせると思うな」
東方軍の人間なのか、蒼家の人間なのか分からないが、どうやらそっち方面のようだ。なんだか目の敵にしていたが、半分くらいは自業自得で厄介を招いているのではないかという気がした。
ガレリオが立ち上がるのに遅れてヴァイスも立り上がり、目を向ければこの場の空気を楽しんでいるようだった。――この人物は、昔から母のこういう素直じゃないところが気に入っているらしい。彼がご機嫌ということは、やはり確実に何か母がしたと確信する。
「ガレリオ殿、陛下が誰かに何かしたのか――。であれば、代わりに私から謝罪しよう」
何をどうしようとも母は折れることはないだろう。近年は昔と比べれば丸くなったが、それでも元来の性質は変わっていない。
「ありがたい申し出ですけど、当人同士の問題なのでヨアヒム殿下はどうかお気になさらず」
びしっと手の平を突き出され止められる。案外筋を通すタイプなのか。
「勝手に謝るな。私は何もしていないのだから謝罪の必要などない」
「も~~~。そうは言っても陛下のおうちの子でしょ! ちゃんと責任取って下さいよー」
陛下の子、――となれば長兄で国王のグライリヒ、次男のヨアヒム、末弟のテオドアの三人しかいないのだが、自分に身に覚えがない以上兄か弟が何かした、ということなのか――――。
だがどちらももう成人して長い。
わざわざ母である女王に責任を取ってもらわねばならないことなどないだろう。
母に隠し子がいる、ということもないはずだ。――昔からある人に執心しており、それ以外の人物に興味がないからだ。たまに連絡くらいはしているそうだが、最近はその人の奥方と仲良くしているらしい。
多くを語る人ではないが、それなりに自分の人生を謳歌しているのでその辺りは放っておいている。――だからこそ、二人のやり取りに混乱するばかりだった。
「証拠は当代様が押さえているんですからね。何に使われても知りませんよ~」
「ガレリオくんってば優しいねぇ……。我らが女王陛下にわざわざ忠告してくれるなんて」
ポケットからハンカチを取り出し、よよよとわざとらしく涙を拭う仕草をヴァイスがしている。
「……それなりの付き合いですからね。言える人間が言っておかなきゃと思いましてね」
そろそろ茶番をやめようと思ったのか、彼がため息交じりで落ち着いた態度に変わる。
「俺からは以上です。――それがダメなら、こちらの美味しい酒とかがうれしいっすね。ぱーっとみんなで打ち上げしたいです」
「打ち上げか、いいアイディアだね! その時は僕もお邪魔しちゃおうかなー」
「ぜひぜひ! みんなもヴァイス様が来たら喜びますよ~。ヨアヒム様もぜひその時は来て下さい!」
急に和気あいあいとした雰囲気になり、流れるように誘われる。
「あ、あぁ……。もし私もお邪魔してよいのなら、ぜひそうさせてもらおう」
今朝方二日酔いで死んでいたのに、つい二つ返事で酒の席への参加を許可してしまう。だが、この彼の人懐こい気安さが断りにくく、流されているなと返事をしてから気付く。
「そんなことでいいのか。全く安上りな男だ」
母が小馬鹿にしたように楽しそうにするガレリオを見て笑った。――聞こえているだろうが、彼は特段気にした様子はなく、
「その時は陛下もいらしてくださいよー。ぱーっとやりましょう!」
「断る。お前たちだけで楽しめ」
「ノリ悪! 良かれと思って誘ったのに……。もう陛下に声なんてかけてあげませんからね」
「そうしてくれ。お前たちの席はうるさくて敵わん。酒の味もよくわかってない若造と相伴するなど、願い下げだ」
腕を組みガレリオの誘いを一蹴した。
「では誰もいない今のうちに回ってこい。ヨアヒム、隅々までこいつに見せてやれ。――そうすればお前に足りないものも見えてくるだろう」
「ヨアヒム様、――不肖ガレリオ、ご面倒をおかけしますが以後よろしくお願いしまーす」
先程の暗澹とした空気はなく、一周回って元気になった彼に勢いよく挨拶をされる。その様子に満足したのか、女王はさっさと行けとばかりに圧を飛ばしている。
追い立てられるようにその場を後にしながら、ふと考える――。母にも彼の扱いがよく分かっているのだろう。初めに自分の元に就けと言われたときよりも、幾分か上機嫌そうな彼の態度に戸惑う。
薄暗い廊下に入り母の姿が見えなくなった頃、横を歩くガレリオに尋ねてみた。
「先ほど母に言っていたが、それなりの付き合いとは、……? もしかして知り合いだったのか」
さきほど流してしまった言葉が気になっていた。その言葉以降のやり取りもなんだか初めて会った相手というよりも、随分と親し気なものに見えた。
「え? 聞いてないんですか? よく聖国にいらした際に一緒に飲んでいるんですけど」
驚いて思わず足が止まる。なんだその話は。そんな人付き合いをしている話なんて、聞いたことがなかった。しかも隣国で――?
ヨアヒムの様子から知らされていない事だと気付き、ヴァイスへと声を掛けた。
「……まさかご家族に内緒にして出歩いてるってことですか?」
「あれ、ヨアヒム知らなかったの? 昔からフラフラしてるじゃんあの人。――グランもテオも知ってるから、君も知ってるんだと思ってたよ」
けろっとした顔でヴァイスが事も無げに言うが、思い当たるのは昔から三、四ヶ月ごとにふらりと姿を消すことくらいだ。
「……フラっといなくなるのは知っていたが、聖国まで行ってたのか――」
最近もふらりと姿を消していたが、昔からの母の習慣だったので特に気にしたことがなかった。思い付きで息抜きに出ているのか、周囲を休ませるために姿を眩ませているのだと思っていたが、この青年と酒を飲み交わす関係だというのは初耳だ。
「そうだよ~。あっちには陛下の『ご友人さま』がいるからね」
「……フュート様にお会いに行かれているのか」
くすくすと楽し気なヴァイスと、行動の理由が判明し思わず脱力する。――それは昔からの友人だ。大戦を止めるきかっかけになった方で、あの母に物申せる数少ない人物だ。こちらに来なくなった分自ら足を運んでいるのかと、案外マメなところもあるのだとこの年になって自分の母について理解が深まる。――同時に頭痛もしてきた。
「……それがなんでガレリオ殿と関係があるんだ?」
「そりゃ、クリスくんの部下だからさ。――陛下が来る度に甲斐甲斐しく顔を出しているんだけど、その時に部下も連れて行ってるんだよね~」
ふらりと現れるであろうあの母をわざわざ出迎えているのかと、丁重な対応に驚く。
「まるで歓迎でもしているかのような言い方……」
気まずそうに声を潜めるガレリオに、ヴァイスは明るく大仰な身振りで笑いながら彼の様子を一蹴した。
「歓迎しているじゃないか。――――陛下が来たと分かるといの一番で向かうし、父さんと出迎えてて可愛いところがあると思わないかい? ――ふふ、その後も賑やかに『歓待』しているしね。クリスくんの他にもカナタくんもシャナくんも天摩くんも一緒に連れて行かれるから、陛下が来る度にすごく賑やかになるって母さんも喜んでいるよ」
「……そうだったのか。そんなに歓待していただいているとは知らなかった……。皆さんのご厚意に感謝する」
だから北方天についても詳しいのかと少し納得した。――だがあんな態度でどう向こうで歓迎されているのか想像ができない。
ご機嫌そうなヴァイスに礼を伝えるも、隣で非常に困って片手で頭を支えるガレリオの様子が気になって、なにかまずいことでも起きているのかと気になる。
「……ヨアヒム様はいい人ですね。俺、このままでいて欲しいです」
「うんうん、分かるなその気持ち。ヨアヒムっていい味出てるよね~」
何か噛み締め始めた二人に通じるものがあるようで、疎外感が襲う。
「まて、やっぱり何か不穏な気がする――。なんなんだ、説明してくれ。なにか母が迷惑でもかけているのではないか」
「まぁまぁ、陛下の人望の厚さが分かったことだしいいじゃないか。さっさと見てご飯でも食べに行こう。ガレリオくんは明日集会でスピーチだってしなきゃいけないんだし、今日はちょっとだけにしておこうじゃないか」
ヴァイスが話しを切り上げようとし、背中を押される。さりげない強引さが彼にはあり、触れない方がいいことなのか、隠しているのかどちらなのか判断に迷う。
「……それって無くなったりませんか?」
「残念ながら無理かな~。きっとフィフスくんが君のために原稿を用意しているでしょ」
「あー確かにそうですねぇ……。読むだけならなんとかなるかも……? あ、お腹痛くなってきた。――明日休んでいいですか?」
わざとらしくいたたと言いながらその場にガレリオが腹部を押さえ、不調をアピールしている。学生がたまにこんな冗談を言って見せてくることがあるが、この青年も同じことをしているのが若いなと思う。
ため息をつく。
この二人に翻弄されずに済む方法が見つかりそうにない。母の無茶ぶりはいつもの事だし、この困難をどう乗り切ればいいのかと明後日の方向へと仰いだ。
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