第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編

霜條

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48.色葉散る宵の口で⑦

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 食事をしながら明日の事を話し合うと、リッツが持ってきた文の中で使えるものをいくつか拾いあげ、短いながらも方向性が決まった。――借り受けた用紙の裏面にまとめた内容を書き、エリーチェが先ほどの彼の元に持って行って行き、部屋を出て行った。
「あとはアイツが体裁を整えてくれるだろう。遅くまで付き合ってくれて感謝する。」
 アイベルたちが下膳すると、先ほどの配膳台をどこかへと持っていくのを見ながらフィフスは席を立った。
「帰る際は寮まで送ろう。馬車を呼んでくる。」
「――少し、話したいことがある」
 この場を後にしようとしたフィフスの腕を咄嗟とっさに掴み立ち上がる。――普通に呼び止めればよかったのに何をしているんだと、小さく自問する。止められたことに気にした様子はないものの、ただならぬ様子に彼はこちらをじっと見ていた。
「……私が馬車を頼んでくるわ。ついでにエリーチェのところにいるから、終わったら声を掛けてね」
 リタが気を使いこの部屋を後にした。扉が閉じ、遠慮がちに掴んでいた腕を離した。
「何かあったのか?」
 止めたもののどう切り出すか言葉に迷っていると、姉も立って傍にきた。
「あのね……、私の弟で、この子の兄について貴方に相談したいことがあるの――」
 フィフスよりも上背うわぜいのある二人の顔を交互に見ていた。――この人になら話せると思ったが、いざ言葉にしようと考えるとうまくまとまらなかった。この場に姉がいてくれたことに心底ほっとしたものの、同時に自分の不甲斐なさを情けなく思う。
「――――話を聞こうか。」
 座るよう示され、先ほどと同じ場所に座った。
 日中と同じように、言葉にするのを待ってくれているようだった。静けさが部屋に訪れると、アイベルが静かに戻ってきた。部屋の空気を察したのか、二人の侍女と壁際でそっと待機していた。
 姉もなかなか言葉が出ないようで、何度かためらいがちにしていたが、ひとつ深く息を吸った。
「――半年前、もうひとりの弟がここを出て行ってしまったの。……さっき、いじめがあったでしょ? あんな直接的なことはされなかったけれど、気付いたら、あの子の居場所がなくなってしまったの――――」

 いつからだろう。
 心無い言葉は昔からあったが、急にうるさく感じたのは兄がいなくなる数か月前からだったかもしれない――――。
 毎年六学年から新たな学生が一気に増えるためか、学年の雰囲気が一気に変わる。ようやく慣れて次の学年に上がる頃、嫌な空気が校内に蔓延まんえんした。
 一緒にいる時ですら、クスクスと耳障りな笑い声と共に心無い言葉が聞こえた。その声に気付き相手を見やるも、誰がその発言者なのか特定できず、気分の悪い空気だけが流れていた。
 長女のアストリッドがそれをたしなめるも、煙を払うだけでなかなかその火種は消えてくれなかった。――それを姉弟に聞かせたくなくて、兄との距離が生まれた。
 ゼルディウスはアストリッドと同じ授業を選んでいたが、彼女と共にいることを避け、関係ない他人とつるむようになった。――――そのひとりがジュールだった。
 彼に対しあまりいい印象はないものの、ゼルディウスを気遣って傍にいたのは端から見ていても分かった。レティシアも彼と多少交流があるからか、たまにゼルディウスの様子について教えて貰うこともあった。
 隣の部屋にゼルディウスがいる時間が徐々に減り、いつ帰っているのか分からないことが増えていたある日。――久しぶりに廊下で見かけたその姿に安堵していたら、目が合った。
 きっと向こうは避けていたので、会うなどと思っていなかったのだろう。釣り目がちな鋭い黒い瞳が驚いていたのをよく覚えている。
 この場を避けようと兄がきびすを返したとき、どこからともなく魔力を感じたアイベルが自分をかばった。
 まばゆい閃光と大きな衝撃波に晒された周囲のガラスが、派手に壊れる音が耳につんざいた。
 同じように異変に気付いた学生もいたが、気付かない者もいたため多くの怪我人が出た。
 校内で許可のない魔術の使用は禁止されている。――だから誰もが何が起きたのか分からなかった。
 周囲を見渡せば、庇われて無傷だったディアスと、呆然と立ち尽くすゼルディウスの姿が人々の目に入った。
 彼らがやったのではと疑惑の眼差しが向けられ、違うと言葉にしても、誰かの心無い言葉がまたどこからともなく聞こえてきた。
『――弟に嫉妬していたんじゃないの?』 
『まさか邪魔な弟を消そうとしたのか』
『実は仲が悪いって話は本当だったんだ』
『いるだけで迷惑――』
 そんなことをする人じゃないことは分かっていた。違うと何度も口にしたが、兄を見れば青ざめた顔で荒れた廊下を後にすることしか出来なくて、無言で立ち去ってしまった。

 あの時の事を思い返しても、ただ遣る瀬無い思いにどうしたらよかったのかと、気持ちが暗くなるばかりだった。――姉の説明を静かに聞き入っているその人を見る。深い森の奥にある湖面のように静かな瞳が、一言も漏らさずにじっと見つめていた。
 姉の話が終わると、しんと静寂が訪れる。
「――事情は分かった。それで、お前たちはどうしたいんだ?」
 二人を順番に見つめ、フィフスが問いかけた。
「……兄に、帰ってきてもらいたい」
 青い双眸を見つめ返し、そう伝える。隣のアストリッドも同じ気持ちだった。
 だが、こちらを見る眼は相変わらず静かで、冷たい水のようだった。
「――今の話を聞いて思ったが、そいつはお前たちを避けて出て行ったんだろ? それでも帰ってきて欲しいのか?」
 今の答えが得心がいかないのか、あごに手を添えて何か思案しているようだった。
 『避けて出て行った』、その事実を思えば、帰ってきて欲しいというのは身勝手な想いだろうか。躊躇いがちに逡巡しゅんじゅんしながら膝の上に乗せた手を握る。
 握った手の上にそっと姉の手が重ねられた。――横をみれば、姉は真剣な眼差しでこちらを見たのち、フィフスに向き合う。
「……私も帰ってきて欲しいと思っているわ」
 姉も同じ気持ちだと分かり安堵した。――二人が揃って出した返答に、静かだった瞳が一瞬優しく細まり、また戻る。
「そうか。……ひとつ尋ねたいんだが、お前たちを信用せず、全て自分で決めて出て行ったことについてはどう思う? 腹が立ったりはしないのか?」
「……どうしたらいいか分からなくてそう行動しただけよ。怒る気持ちなんてないわ」
 姉と同じ考えだった。迷惑をかけたくないと思った末の行動だって分かっている。
「ふむ……。随分と二人は物分かりがいいんだな。――だが、全てを許して受け入れることが、必ずしも本人にとっていいことになるとは限らないだろう。」
 思案に暮れていた手をこちらに向けて、フィフスが尋ねた。
「お前たちは姉弟で喧嘩をしたことはあるか?」
「ない、けど……」
 思ってもなかったことを尋ねられ、戸惑いがちにアストリッドがディアスをちらりと見てそう答えた。――三人とも喧嘩なんかしたことはなかった。エミリオとはもちろん、いとこたちとも仲違いしたことはなかったはずだ。
「そんな気はしていた。お前たちは互いに信頼し合って分かり合っているのだろうが、時にそれが足枷あしかせになることもある。――このままじゃそいつは帰ってこないと思うぞ。」
 軽い口調でそう伝えられた。
「……どうして、そう思うの?」
「物分かりがいいからだ。――また傍にいれば迷惑がかかると思っているなら、そいつは帰ろうなんて思わないんじゃないのか?」
「……確かにそうかも」
 姉が弱々しく呟いた。兄のことを思えばそういう選択をするだろうことは想像にかたくない。だから関わらないようにと離れてしまったのだから――――。
「お前たちは心配しているのに、その心配を無碍むげにしながら帰ってこないなんて、――自分勝手だと思わないか?」
 先程から軽い口調だが、言葉の端々から何かを促されているのだと気付く。だが意図が掴めずに、彼を見る。
「今のままじゃ兄弟は帰ってこないって二人は分かっているんだろ? ――なら今のやり方を変える必要がある。帰るのを待つのではなく、迎えに行ってやろうじゃないか。」
 前のめりになると、何か企んでいるような不敵な笑みを見せた。
「……それって、どういうこと?」
「言葉通りの意味だ。――物分かりの良い人間は自らの足で戻ってなんて来ないだろう。……帰ってきて欲しいなら、誰かが迎えに行けばいい。」
 兄のことを思えば、迎えに行くという発想がなかった。側にいても不用意に傷つけるだけだと思っていたからだ――――。
「だが今戻ったところで、お前たちの兄弟はまた気遣って出て行ってしまうかもしれない。……迎え入れる準備も必要だ。」
「何か案があるの?」
 困惑している横で、姉が急いたように前に出た。
「もちろんだ。だがそのためにはお前たちの協力が必要不可欠だ。」
 にっと笑みを口の端に湛え、姉弟二人に改めて向き合った。
「本気で帰ってきて欲しいと願っているのなら、その兄弟を連れ戻すための計画を立ててやろう。もちろん実行するのはお前たちだ。――――これは実の姉弟であるお前たちにしかできないことだからだ。」
 真っ直ぐ見つめる青い瞳が、不安で揺れる心を鎮めるようだった。
「他人がお前たちの兄弟の手を取りに行ったところで、関係が元に戻るどころか、信頼を損なうだけだ。……この意味は分かるな?」
 長らく会っていない兄を連れ戻す。――そんなこと考えたことがなかった。だがまっすぐとこちらの意志を確かめる力強い視線が、それを可能なものにするとそんな期待を感じさせた。
「――あぁ、もちろんだ」
 その期待を信じて、青い瞳をまっすぐと受け止めながらディアスも強く返事をした。
 フィフスがひとつ頷き、横にいたアストリッドへと視線を向けた。いつもよりもしっかりとした弟の態度を自慢げに見ていたが、彼と同じように理解したと頷いた。
「まず理解して欲しいのはこれは家出した兄弟を連れ戻すための計画であり、姉弟間の問題だ。だから今は周りの事は気にするな。――――それは周囲の人間が対応するから、全て任せておけばいい。」
 全て任せておけばいい、という不敵な言葉と共に自信にあふれた笑みが向けられる。
「アストリッドが迎えに行き、ディアスが兄弟を引き止めろ。――お前たちが先に立ち、その家出した兄弟へと知らしめてやれ。ずっと心配していたんだぞってな。」
 穏やかで滔々とうとうと提案された内容に一瞬呆気に取られる。
「私が、迎えに……?」
「――引き止める……?」
 似たようなタイミングでそれぞれに与えられた役割について呟いた。――何を口にしても、立ち去ってしまった兄を思い出す。そんな大それた役目が務められるか、不安が襲う。
「あぁ、どちらの役もお前たちが適役だろう。――ディアスも心配するな。私が秘策を与えてやる。」
 不安な心を見抜かれたようで、深い青色の瞳がこちらを見た。
「それには練習が必要だから、寮へ送るついでにその秘策を伝授してやる。――アストリッドにも心構えが必要だが、そちらは追い追い伝える。迎えに行く算段を立てながら進めるから、今は時間をくれ。」
 すっと立ち上がり、フィフスは改めて二人を見た。
「初めに相手の意表を突き、動揺させる。これはうちの当代がよくやる交渉術のひとつで、相手の本音を引き出すためによく使っている。……正直趣味が悪いと思うこともあるが、なかなか本音を見せない相手には有効な手だと私は思っている。」
 小さく苦笑しながら、アストリッドへと片手の手の平を差し出した。
「今回はそういう作戦だ。――きっと向こうはアストリッドが迎えに来るなんて思っていないだろう。……迎えに行ったとき、どんな顔をしているか見てみたいと思わないか?」
 悪戯っぽく笑い、次にディアスへ差し出した手の平をくるりと顔の横へ持ってくる。
「ディアスも難しく考えなくていい。人は分かり合えないんだからな。――どれだけ同じ時を過ごそうが、同じ言葉を話していたとしても、血の繋がりがあろうとなかろうと、結局のところ自分以外は全て他人だ。」
 いさぎよい言葉に微かに冷たいものを感じたが、こちらを向く顔は穏やかなものだった。
「だからこそ人は歩み寄る努力をするべきだと私は考えている。――だが、遠ざかる者を振り向かせるには、振り返らせるだけの一打が必要だ。それは言葉じゃなくていい。――言葉がなくても、気持ちが伝わることはあるだろ?」
 腕を組み、不遜ふそんな笑みに変わる。大胆不敵な物言いにしばし気圧されていたが、どれも自分たちを思って言ってくれていることは伝わった。――冷えた身体に血が巡るような熱が戻ってくるような気がした。
「それでも分かってくれないなら、喧嘩しろ。――初めてじゃ加減も引き際も分からないだろうから、エミリオやいとこたちを巻き込んでやるといい。そのためには事前にエミリオたちできちんと話し合っておくんだ。出て行ってしまった兄弟について、これからの関係をどう築いていきたいのか明確にするといい。」
 喧嘩しろなんて言葉に思わずふと息が漏れた。――この人らしい提案だ。自信に溢れた姿に、全て委ねたい気持ちが湧く。
 隣ではアストリッドが今の言葉に少し俯き、両の手に力を込めて立ち上がった。
「私、ゼルを迎えに行きたい。……フィフス、どうか力を貸してくれないかしら」
「あぁ、もちろんだ。――お前たちの信頼に応えよう。」
 組んだ腕を解き姉に片手を差し出した。握手を求められたことに気付き、姉はその手を両手で握った。
「……迎えに行くのが遅くなったけれど、許してくれるかしら」
「いつだって気付いた時が最も早いタイミングだ。――今からだって遅くないさ。」
 揺れるアストリッドの声色に、一歩近づき優しく伝えていた。
 ずっと、どうしたらいいか分からないでいた不安な場所から、ようやく一歩抜け出せた安堵感からか姉が涙を見せた。思わず立ち上がり、肩を抱く。姉が泣いたところなんて、子どもの頃以来だ――。
 長らく気丈に振る舞っていたが、ディアス自分と同じようにゼルディウスを思ってつらい気持ちを抱えていたのだろう。フィフスの手を離し、アストリッドは涙を拭った。
「大丈夫よ、ありがとう――」
 すぐにいつもの笑顔が向けられる。――まだ潤む目元は、いつもよりも少し気が晴れたようにも見えた。その笑顔に安堵し、姉から離れてフィフスを見た。
「――忙しい身だと思うが、俺からもどうか頼みたい」
「気にするな。友の助けになれるなら私とて本望だ。」
 その人の自信に満ちた顔で伝えられた言葉が心中に染み渡る。――こちらに向けられる深く澄んだ青い瞳が、今は自分を映している。ただそれだけでも嬉しいと思うのに、届く言葉が自分だけに向けられていることに、心が喜悦で胸を締め付けられるようだった。
 ふとくらくらとする感覚に襲われ額を押さえてみたが、別に平衡感覚がなくなった訳じゃないようだった。――これはなんだ。
「大丈夫か?」
 先ほどとは打って変わり気遣うような伺う顔が向けられ、その人が傍に来た。
 心配から陰る表情に申し訳ない気持ちが湧くのに、その気持ちとは裏腹にどうしようもなくその目が離せなくなり、溢れる気持ちが喜びに満ちている。――これじゃヴァイスと同じではないか。
 苦々しくも思い出された人物に、思い上がる気持ちが落ち着きを取り持出す。――あの目付け役のように歪んだ気持ちを抱きたくなかった。
 徐々に鎮まる気持ちにひとつ呼吸をし、冷静さをなんとか取り戻す。
「……なんでもない、大丈夫だ」
 気付けばアイベルや姉も心配そうに傍らに集まっており、少しの間取り乱しただけだと思ったが、周りに気付かないほど執心しゅうしんしていたかと思うときまりが悪かった。
「――――申し訳ない、本当に大丈夫です」
「……そう? 大丈夫ならいいのだけれど……。フィフス、あまりディアスに無理させないであげてね」
「姉上、――本当になんでもないので、気遣いは無用です」
 気遣う姉を止め、フィフスをかばうように立った。
「……俺もゼルには戻ってきてもらいたい。姉上と同じ気持ちです」
 後ろめたい気持ちから背後に隠した人物の顔が見れなかったのだが、視界の端に動くものがあり無意識に視線を向けてみれば、その人が後ろから顔を覗かせており目が合った。
「うむ、いい心掛けだ。」
 にこりと笑いかけられ、つられて困ったように笑う。――今までそんな無邪気な態度ではなかったのに、読めない行動になんだか翻弄ほんろうされてばかりだ。
 同時に昔のことを思い出した。
 あの時は子どもだったから、こんな無邪気な行動も多かった。――――遊び方も忘れ、口数も少なかった自分のことなどお構いなしに、『彼女』の思いつきに連れ回してもらった。
 手を取られ、この人の目を通した世界を見せてもらうのが好きだった。
 読み慣れた本でも、どこにでもある花でも、見慣れた人物であってもなんだかいつもと違う気がして、そのどれもが特別なものに思えた。――胸に込み上げる気持ちが喜びに満ちているのは、きっとあの時の憧憬しょうけいが戻ってきたからかもしれない。
 先ほどのけぶる想いの正体が少し分かった気がし、胸を撫でおろした。
 ディアスの様子にそこまで心配することはないと分かったからか、姉も侍従も安心したのか肩の力を抜いたようだった。侍女たちも姉の側に来ると、そろそろ寮に帰った方が良いと知らせた。確かに明日のことを考えればあまりここに長居するのも良くないだろう。
「帰る前にあと二つ確認しておきたいことがある。――お前たちはその兄弟の居場所は知っているのか?」
「えぇ、……今もジュールのところにいるとレティシアから聞いているわ」
「そうか。……なら、計画を成功させるためにも今二人にした役割の話は秘密にしてくれ。余計な手や情報が回ると、やるべきことが増えてややこしくなる。」
 考え込んだ後、真剣な声でそう伝えた。
「もちろん、迎えに行く予定が確実に立つ段階でお前たちの身内には伝える。――ずっと秘密にする必要はないのだが、迎えが来ると情報が向こうに伝わるようなことは避けたい。……逃げられでもしたら困るだろ?」
 ふっと悪戯っぽい顔が見えた。
「確かにそうね……。あの子、迎えが行くと分かれば私たちの事をもっと避けるかもしれないわ」
 姉も今の言葉を真剣に考えていた。あながちはずれではない気がして、二人で顔を見合わせる。
「もう一つは女王やヨアヒム殿下たちに話すことはしばらく控えて欲しい。向こうにはやってもらいたいことがあるから、今はそちらに専念してもらいたい。」
 叔父や祖母にやってもらいたいことがあるという話に少し驚く。――先程会った際にはそんな話がなかったからだが、ふともうひとりの人物が思い起こされる。
「さっき聞いたがガレリオがそちらに呼ばれたそうだな。――あいつが周りの連中をどうにかしてくれるだろう。女王とヨアヒム殿下の協力の元、共同で動いてくれるだろうから信じて待っててくれ。」
「え、彼が……?」
 祖母の説明と当人の様子ににわかには信じられずにいた。だが、目の前の人物が彼を登用したと聞いた。――東方天自らが重用しているのだ。一方ひとかたならぬ人物なのだろう。
 驚きと戸惑いを隠せないアストリッドへと、にこりと笑いかける。
「あぁ見えて正義感が強いヤツなんだ。そう見られるのが恥ずかしいから普段は適当に振る舞っているらしいが、やるときはやるやつだ。」
 聖都の守りを任せているというのは、そういうところを信用しているからなのだろうか。自信のある顔を見れば、信じるに値すると思ったのか姉が心を決めたようだった。
「――――分かったわ、フィフスとブランディ様にお任せするわ」
「あぁ、任せてくれ。他になにか今聞いておきたいことはあるか? 特になければリタとエリーチェに声を掛けてこよう」
 これで話は終わりのようだった。二人で顔を合わせて考えていると、また後日でもいいが、と付け足された。
「そうね……、私は大丈夫かな。いろいろと話が出来てよかったわ」
「こちらこそ。話しにくいことだったろうに、信用して大切なことを話してくれて感謝する。」
 穏やかな笑みを向けられ、そのままこの場を後にしていった。――席を外していた二人を呼びに行ったようだった。
 はぁ、とため息をつき姉がソファに座り背もたれに身体を預けていた。
「……久しぶりにゼルのことを話してなんだかスッキリしたわ」
 苦笑しながらこちらを見上げた。疲労感がにじむも、張り詰めていた気が抜けたようだった。
「あの時の思い出すとつらかったのだけど、――ディアスの言う通りだったわ、今日相談してみてよかった」
 心残りなどないといった晴れやかな顔をしていた。姉の姿に安堵から笑みが自然とこぼれる。
「……そんなお顔、久しぶりに見た気がします」
「そう? ――貴方もき物が落ちたような顔しているわ」
 ふふっと顔を見合わせて姉弟は小さく笑った。――普段も穏やかではあるのだが、ひとつ心の懸念が取り除かれたからか、なんだか清々しい気分だった。
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