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46.色葉散る宵の口で⑤
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今朝とは別の人物たちが宿舎の前に立っていた。また訪ねに来るなどと思っていなかっただろうに、彼らは快く迎えてくれた。中に入ると朝来た時よりも人の気配が多く感じられ、エントランスまで賑やかさが伝わる。
エリーチェが慣れた足取りで進もうとすると、奥から一人の兵士が近付いた。
「ディーノさん、こんばんわ! フィーとリタっているかな?」
「こんばんは。――リタ嬢はご婦人たちとお話されていますよ。フィフス様は出かけてしまいましたが、もうすぐで帰ってくるかと。よかったら中でお待ちください」
昨日見かけたオリーブ色の髪を持つ兵士が案内してくれた。今までここにいた人物たちの中で一番落ち着いた雰囲気を持っており、案内がてら自己紹介をしてもらうと、第三師団の副師団長を務めていることを知る。先ほど会ったガレリオよりも幾分か年上に見えた。
リタのいる場所が分かったからか、エリーチェが呼んでくると言い残し廊下を小走りで駆けて行った。――先程も廊下を走っていたが、そういえば叔父からの注意をまだ伝えていなかったことを消えゆく背中を見ながら思い出す。
「団長が帰ってこないんですが、もしかしてそのまま捕まりました?」
ここにいる人は誰も彼女に注意する気がないようで、彼も気にした風もなくこちらへと質問した。
「おばあ様の命で叔父さまとお仕事をすることになったようで、先ほど一緒にどこかへ行ってしまいました。……もしかして知らされてなかったのでしょうか?」
「ははっ、そうでしたか。知らせはありませんが、ご同行の許可が下りたならよかったです。ただ、あの人すぐ調子に乗るから、ヨアヒム王弟殿下は困っていませんでしたか? もしお困りになった際は、我々かフィフス様にお知らせください」
人の好い笑い声と共に、そう伝えるとすぐ近くの客間に通された。今朝と同じく既に扉が開いており、中には誰もいない。
だが部屋に明かりがついており、暖炉には火が灯されているため、人を招く準備が既に整っているようにも見えた。中央にローテーブルと複数人掛けのソファが三つ、暖炉の火を囲むようにあり、奥にも少人数で話せるような席があった。壁際にもまだソファや一人掛けの椅子があることから、人数に合わせて好きに使えるようになっているようだった。
「……何故、どの部屋も扉を開けて?」
促されるが、部屋に入る前に副師団長に質問した。身長は同じ程度か、目線の高さが同じだった。
「普通は部屋の扉は閉じておくものですよね。――――我々が勤めているクリシス神殿は扉のない部屋が多く、閉じられた空間が窮屈に感じる者がいるようで開けています。開いていれば使っているか一目でわかるし、中に人がいてもいちいち扉を開けて確認しなくて済むからってのも理由ですが。もちろん扉を閉じていただいて構いませんよ」
一度中に入った姉も少し戻って彼の話を聞いていた。
「面白い習慣なのね。ならこのまま開けていてもいいわ。彼が帰ってきたらすぐ分かるでしょうし」
「もしかして急ぎの用事ですか? それならすぐ戻るよう伝えますが――」
「いいえ、大丈夫よ。弟とゆっくり待たせてもらうわ」
中に入ると、彼はこの部屋を後にした。暖炉の近くのソファに姉と並び座ると、少しだけ外の空気で冷えた身体が温まった。
「普通の人もいるのね。少し驚いちゃった」
誰もいなくなった開け放たれた扉の向こうを見ながら、姉が悪戯っぽく笑いながら小さく言った。
「彼でバランスを取っているのかもしれないですね」
「…………おばあ様はあのように言っていたけれど、あまり気にしちゃだめよ?」
姉が心配そうに弟の顔色を伺った。――少しだけ先ほどの出来事を忘れていたので、なんのことか分からず一瞬間が空く。姉が怪訝な顔に変わる。
「……大丈夫?」
「他の事を考えていました……。大丈夫です」
「そう……? 何かあればちゃんと相談してよね」
はい、と返事をすると、姉は部屋を見回し、こちらに顔を寄せた。
「先ほどの話、貴方はどう思った? ……フィフスのことはあまり信用しない方がいいのかしら」
両者から聞く話がどうにも嚙み合わないためか、どうするか判断に迷っているようだった。
「どうであれ、俺はあの人を信じています。――小さなことも見落とさないように、気を配っているのは先ほどの事でも感じましたから」
まっすぐと誰かの元へ向かう姿を思い出す。
「――でなければ、女子トイレにも入っていけません」
罵倒されていたことを思い返すと心が痛んだ。一応男子として振る舞っている以上、あの行為が反発を買ってしまうのは仕方がないだろう。だがそんなことに構うことなく、あの場で困っていた人の元へ駆けつけた。
「ふふっ、確かにそうよね。アイベルは昨夜フィフスと何を話したの? 私も気になるわ」
少し離れたところにいる侍従に視線を向けると、硬い表情のアイベルが傍に来た。
「……殿下がお休みになられた後、警備や警護について助言を頂いておりました。先日も力不足で殿下を危険に合わせてしまった件もあったので、どうしたらよいかと尋ねた際にエリーチェ様のことや、何かあった際にすぐ相談できるよう電話も教えて頂きました」
胸に手を当て、忠臣の意を示す。
「――オクタヴィア様も仰っておりましたが、下手なことを言わない方がいいとフィフスからも聞いております。ですが、彼自身は善良な方だと、少なくとも殿下たちと交流されているのを見ていると感じます。差し出がましいことかもしれませんが、あの方にゼルディウス様の件をご相談されることは、私は悪くない事だと思ったのですが、いかがでしょうか……」
「……どうしてフィフスのことは呼び捨てに?」
「ご本人様が呼び捨てにしていいと仰られまして。――堅苦しいのは苦手だからやめて欲しいと仰られたのでそのようにしたのですが、殿下がお嫌であれば元に戻します」
今朝から気になっていた件がようやく分かり肩の力が抜けた。まっすぐとこちらを見る侍従の目は少し不安げだが、嘘を言っている様子はないように思えた。大きく息を吸い背もたれに体重を預ける。
「いや、本人が望んだならそれでいい」
「……随分信用しているのね。二人がそんなに信用しているのなら、私も彼を信じるわ」
姉も心を決めたようで、先ほどの迷う心が晴れたようだった。
「話だけでもしてみない? 何かいい案をくれるかもしれないわ」
コンコンと開いている扉から音がした。先ほどと同じ人物が盆に大きなポットと人数以上のカップを乗せて現れた。
「お取込み中でしたか?」
「いいえ、大丈夫よ。――随分大きなポットね……?」
後から来るであろうクラスメイトたちの他、侍女たちの分も持ってきてくれたようだった。ポットとカップの他に小さくカラフルな包みがいくつか小さな皿に詰まれている。
「この中はお湯です。この包みにいろんなフレーバーが入っているので、よろしければどうぞ。一種類だけじゃ飽きるかと思って」
侍女が包みのひとつを開き、味をみている。
「……毒見するのに面倒でしたね。申し訳ない。このポットは当分中身がなくならないのですが、ご不安でしたら普通のに変えましょうか?」
銀製の寸胴なポットを手に取って持ち上げている。
「どういうこと?」
姉がきょとんと彼が手にしたポットを見ていると、それを机に置いた。
「これは精霊術が施されたポットです。ただの水なので身体に害はないですし、勝手にお湯にしてはくれるのですが、もし気になるようであれば水道の水を沸かしてきますよ」
侍女がカップのひとつを手にその中身を調べた。異常はないようだ。
「そんなものがあるのね。便利だからこのままでいいわ。ありがとう」
許しが得られたからか、彼がほっとした表情をしていた。
「気に入っていただけてよかったです。もうすぐお二人も戻ってくると思いますので、どうぞごゆっくり。――何かあれば誰でもいいのでお声がけ下さい」
「ねぇ、フィフスに少し相談したいことがあって……。話す時間をもらうことは可能かしら」
彼が退出しようとしたところを呼び止めた。
「いつでもどこでもあの人なら話を聞いてくれると思いますよ。――この後じゃ難しいようなら、ご都合の良い時を教えて頂ければ伝えておきます」
「あ、いたいた。リタ連れてきたよ~」
「お待たせしてすみません、って扉開けっ放しじゃない。ちゃんと閉めてよね」
新品の学生カバンをひとつ手にしたエリーチェと、先刻別れたままのリタが現れた。扉に手をかけると簡単にそれは閉じてしまう。
「もしかして、ディーノさんに明日の事話してた? 何かいい案ある??」
空いている場所にエリーチェが座りながら、のんきに彼に尋ねていた。
「明日って何かあるんですか?」
「いや~。さっき女王さまに言われたんだけど、集会があってそこで挨拶しろって言われたんだぁ。は~、人前で話すなんて緊張しちゃうよ……」
「挨拶文ならいくつか案がありますよ。持って来ましょう」
「そうなの! 準備がいい~」
明日の事を考えて落ち込んだかと思うと、ぱっと明るくなった。
「俺が用意したものじゃないですけどね。扉はこのまま閉めておきましょうか? あの人が帰ったらここに皆さんがいることはお伝えしますし、先程の件も後で伺いましょうか」
忙しないエリーチェに流されつつも、ディーノはこちらに確認を取った。
「もしかして他の話してた?」
「少しね。ディーノ、後でフィフスに直接してみるわ。――ところでそのカバンはどうしたの?」
ここに来た時には持っていなかった茶色の艶やかな革製のそのカバンが気になるようで、急にここに持ってきたことをエリーチェに尋ねていた。ディーノは邪魔にならないよう静かに退出し、扉がまた閉じられた。
「フィーのだよ。どうせ明日持ってこないだろうから、私が代わりに持とうかと思って」
ソファに乗せていたそのカバンを手に取り、顔の近くに持ち上げ見せてきた。――なんとなく予想はしていたが、やはりあの人のだった。
「……持つ必要ある? ノートと筆記用具しか入ってないでしょそれ」
呆れた様子のリタがため息をついていた。
「教科書はないのか……?」
「ないよ~。隣の人に見せて貰えってヴァイス様が言ってたので、フィーの持ち物はこれだけなのです」
「どうせ教材を全部持ち歩いて、そのままどこかに置いて無くすのが目に見えているしね。……やっぱりカバンは置いておきなさいよ。絶対なくすわ」
先ほど思いついた失礼なことがあながちはずれでなかったようだ。
「……そんな人もいるのね」
今の話が衝撃だったようで、姉が呆れたように呟いている。
貴族以上の階級であれば、入学金さえ払えば十歳からこの学園に入ることができる。――それ以外の者は15歳から入学が許されるのだが、その際試験を受けたり素性を調べられるため容易に入学が出来る訳でもないそうだ。そのかわり入学金は少ないとも伝え聞く。だから資格を得られた者の多くは、ここで学ぼうと勢いのある者が多い。
15歳から三年間、――六学年から八学年の間だけ元からいる上流階級の者と共に学ぶ機会が得られ、多くの者は八学年で卒業する。
九学年、十学年とまだ学年はあるのだが、そこでは専門的な知識を履修することになるため、上流でも一部の人間だったり、特に優秀な成績を修めた者が、あと二年だけ学ぶことが出来るという仕組みになっている。
聖国から来ている学生というのは年に数人いるかいないかだろう。――いかんせん遠いため、ここまで来ることも容易ではないという話を聞いたことがある。今回この三人は短いながらもここに来ることができ、学生として身分を与えられた存在だ。
あまり真面目な様子でないところに、姉が衝撃を受けたのだろう。
セーレとヴァイスも特別だった。大戦締結の立役者であったフュートの子息であり、東方天ハインハルトの甥であったため、特別に招かれて十年間ここで学んでいた。――上流階級者以外で十学年で卒業する者には功績に応じ爵位が与えられるため、あの二人はこの国で貴族の身分を保持もしてる。
「ごめんね、フィーはこういう場所が初めてだから、その辺のことが分からないんだ」
エリーチェが姉に申し訳なさそうに説明していた。視察でしか行ったことがないとも言っていたことを思い出す。――既に国の運営に携わっている人間だ。どのような教育を受けているのかは分からないが、神の代行者であり為政者という立場からすると、学生という身分はどう扱っていいのか分からないのかもしれない。
「それにね、なんも入ってないから私の物も入れられるんだ。――見てみて!」
カバンを開けて中から中身を取り出し、机の上に並べた。――リタが言っていた通り、ノートと筆記用具の他に、四冊の薄い冊子を見せてきた。表には四方天の名前が書いてある。
「これは……?」
「ちょっと……、こんなところにまでそんなもの持ち歩いてるのエリーチェ?」
「えへへ~。私のカバンに入らなかったから、預けてたんだ~。布教用は持ち歩かないと布教できないでしょ?」
エリーチェが手を伸ばし、一番近くにあった冊子を手に取り開いてこちらに見せた。
「見たことあるかな? これが西方天の天摩太子だよ。丸い耳としっぽがあるんだけど、どっちもふわふわで気持ちいんだ~」
『神写し』と呼ばれていた西方天の姿が、見開きに四枚並んでいた。どうやらアルバムだったようだ。――興味深げに姉がそれを手に取りまじまじと見ている。新聞で何度か目にしたことがあるが、色付いたそれはだいぶ生き生きとした姿に見えた。
斜に構えた表情が短い白髪でより一層鋭さを見せているが、本来人の耳がある位置よりも高い場所にある猫っぽさのある厚みのある耳と、黒のラインが入った長く太いしっぽが写されていた。装飾か何かだと思っていたが、動きのあるそれらが意志を持っていることに気付く。
「これ、本物なの……?」
「そうだよ。天摩は触られるの嫌いだから、こう……隙を狙ってしっぽを触ってみたり、偶然を装ってぶつかってみたりしてたまに触ってるんだ」
「……改めて聞くとやっぱり最悪ね。いつもイライラしているの、エリーチェのせいだったりしない……? お二人とも、この子の話は聞かなくていいですからね」
エリーチェが両手で感触を表しているのか熱く語る隣で、冷たくリタがあしらいながら、机の上の冊子を片付けようとまとめていた。
横で姉が手にしているそれを見るが、日常生活の一部を写真に収めているようで屈託のない表情が多いように見受けられた。
パラパラとページをめくる手が止まる。――どの写真も自然体だが、エリーチェが撮影したものなのだろうか。他の三人のもわざわざ用意しているのも、『布教用』と先ほど言ってた言葉から意図をもってここに持ってきたということなのか。――リタがノートと冊子をまとめると机の端にそれを置くと、些か残念な気持ちが湧く。
「だって、すっごくふわふわで気持ちいんだよ! 髪の毛もさらさらで触りたくなるんだけど、やっぱり耳の厚みとしっぽがいいんだぁ。たまにしっぽで叩かれるんだけど、されるとちょっと嬉しくなっちゃう。全然痛くないんだもん。触るなら、鍛錬で疲れてへとへとになっているときが一番の狙い目だね」
「……私も触ってみたい」
「――姉上?」
ぽつりとつぶやく言葉から、エリーチェの話に感化されたようで姉の好奇心が出てきてしまったようだった。
「だって……、気にならない? どんな感じなのかしら……。やっぱり猫っ毛なの?」
興味津々とエリーチェに尋ねると二人はなにやら盛り上がってしまい、リタが疲れた顔をしていた。
「殿下のお姉さまに、余計なことを教えてしまってすみません……」
「いや、――もし西方天さまにお会いするようなことがあれば、姉が失礼をしないよう見ておこう」
二人が楽しそうに話しているのは微笑ましいが、無邪気に触られるのは嫌だろうなと思い会ったこともない彼を心中で憐れんだ。
ガチャリとドアノブが回される音が唐突にした。――皆が扉の方へ顔を向けた。
「――また揃っているのか。」
「いや、ノックしてくださいよ。皆さん驚くでしょ」
扉を開けたのはフィフスだった。まだ学生服のままだが、先ほど別れた時より幾分か気の抜けた顔をしておりほっとした。隣にはフィフスよりも十センチ程は高い、細身のモカブランの髪色に神経質そうな銀縁の眼鏡をかけた淡い緑色の瞳を持つ兵士が一緒だった。
「悪い。どうやら待たせてしまったようだな。」
二人で中に入ると、連れの兵士が書類や筆記用具を持っているようだった。
「お初にお目にかかります。リッツ・ダリミルと申します。――なにか明日人前で挨拶があると伺ったのですが」
二人が近くに来るも、席に着く様子はなく立ったままだった。
「フィー、お帰り! 明日の荷物持っておくから手ぶらで来ていいよ」
中身が机に出された空のカバンを、顔の近くに持ったエリーチェがご機嫌そうに勢いよく立ってアピールしていた。
「そうか。よく分からないが助かる。――アストリッドとディアスもよく来てくれた。今日は二人に迷惑をかけているな……。さっきも巻き込んですまなかった。」
眉尻が下がってすまなそうにしていた。別れた時にはそんな様子はなかったので、全然違う様子に戸惑っていると、隣にいる姉が手にしているアルバムを閉じて落ち着きを取り戻す。
「迷惑ではないわ。――困っている学生をすぐに見つけて助けてくれてありがとう。あとは叔父様がきちんと対応してくれるそうだから、後は任せてちょうだい。……また何か見つけたらぜひ教えてね」
姉の言葉を聞き、返事をするもののまだ沈んだ様子からか、カバンをソファに置いたエリーチェが傍に行った。
「――なにかおばあ様に言われたのかしら」
「いや、今日は会っていない。――――皆は夕食は済ませたのか? 話があるなら食事をしながらでもいいだろうか。」
「まだだよ。アズたちもまだだよね? 一緒にご飯にしよう~」
「ならこれ渡しておきます。――お好きに書き込んでいいので、形がある程度まとまったら下さい」
リッツがエリーチェへと手にしていたものを渡すと、軽く礼をして部屋を後にした。渡された書類に目を通している。
「……なんでもうこんなにできてるの?」
「リッツたちが暇つぶしに作ったものだ。何かしら挨拶するような機会はあるだろうとは思っていたしな。なくても暇つぶしで作ったものだから、どうなっても気にしないだろう。」
量のありそうな紙束と、フィフスの様子が気になって傍に行く。――――紙束を覗くといくつかの文章が並んでおり、数字やメモが横に書かれていた。文章の雰囲気と、どの程度の分数で話せる内容なのかが手書きで書いてあり、かなり細かな気配りがされているようだった。
暇つぶしで作ったというには丁寧な仕事に見えるが、ところどころホラーテイストで、ウケ狙い、泣きながら、などとよく分からないメモが書かれていたので、本当に暇つぶしの産物なのかもしれない。
姉も傍に来て同じように見ていたので、エリーチェがその書類を渡した。
「なにかアドバイスをしようかと思ったのに、余計なお世話だったかしら」
「……これを見てそう思うのか? 適当な文書だ。お前たちからアドバイスが貰えるなら、それが一番ありがたいんだが。」
日中会ったときより覇気のないしゃべりが気になる。
「……あまり元気がないように見えるが、どうかしたのか?」
「いや、腹が減っているだけだ。お前たちはまだ空かないのか?」
ただの空腹だった。
気弱な様子に、憂慮すべきことがなにかあったのかと心配したのに。
ふっと、口角が緩んだ。
「昼は大して食べてなかったから、俺も空いてきた。姉上はどうですか?」
「そうね、私もそろそろお腹が空いてきたわ。よかったらまたご相伴に与っても良いかしら」
「ぜひそうしてくれ。」
ソファに座るリタが皆の様子に呆れたのか、小さくため息をついていた。
エリーチェが慣れた足取りで進もうとすると、奥から一人の兵士が近付いた。
「ディーノさん、こんばんわ! フィーとリタっているかな?」
「こんばんは。――リタ嬢はご婦人たちとお話されていますよ。フィフス様は出かけてしまいましたが、もうすぐで帰ってくるかと。よかったら中でお待ちください」
昨日見かけたオリーブ色の髪を持つ兵士が案内してくれた。今までここにいた人物たちの中で一番落ち着いた雰囲気を持っており、案内がてら自己紹介をしてもらうと、第三師団の副師団長を務めていることを知る。先ほど会ったガレリオよりも幾分か年上に見えた。
リタのいる場所が分かったからか、エリーチェが呼んでくると言い残し廊下を小走りで駆けて行った。――先程も廊下を走っていたが、そういえば叔父からの注意をまだ伝えていなかったことを消えゆく背中を見ながら思い出す。
「団長が帰ってこないんですが、もしかしてそのまま捕まりました?」
ここにいる人は誰も彼女に注意する気がないようで、彼も気にした風もなくこちらへと質問した。
「おばあ様の命で叔父さまとお仕事をすることになったようで、先ほど一緒にどこかへ行ってしまいました。……もしかして知らされてなかったのでしょうか?」
「ははっ、そうでしたか。知らせはありませんが、ご同行の許可が下りたならよかったです。ただ、あの人すぐ調子に乗るから、ヨアヒム王弟殿下は困っていませんでしたか? もしお困りになった際は、我々かフィフス様にお知らせください」
人の好い笑い声と共に、そう伝えるとすぐ近くの客間に通された。今朝と同じく既に扉が開いており、中には誰もいない。
だが部屋に明かりがついており、暖炉には火が灯されているため、人を招く準備が既に整っているようにも見えた。中央にローテーブルと複数人掛けのソファが三つ、暖炉の火を囲むようにあり、奥にも少人数で話せるような席があった。壁際にもまだソファや一人掛けの椅子があることから、人数に合わせて好きに使えるようになっているようだった。
「……何故、どの部屋も扉を開けて?」
促されるが、部屋に入る前に副師団長に質問した。身長は同じ程度か、目線の高さが同じだった。
「普通は部屋の扉は閉じておくものですよね。――――我々が勤めているクリシス神殿は扉のない部屋が多く、閉じられた空間が窮屈に感じる者がいるようで開けています。開いていれば使っているか一目でわかるし、中に人がいてもいちいち扉を開けて確認しなくて済むからってのも理由ですが。もちろん扉を閉じていただいて構いませんよ」
一度中に入った姉も少し戻って彼の話を聞いていた。
「面白い習慣なのね。ならこのまま開けていてもいいわ。彼が帰ってきたらすぐ分かるでしょうし」
「もしかして急ぎの用事ですか? それならすぐ戻るよう伝えますが――」
「いいえ、大丈夫よ。弟とゆっくり待たせてもらうわ」
中に入ると、彼はこの部屋を後にした。暖炉の近くのソファに姉と並び座ると、少しだけ外の空気で冷えた身体が温まった。
「普通の人もいるのね。少し驚いちゃった」
誰もいなくなった開け放たれた扉の向こうを見ながら、姉が悪戯っぽく笑いながら小さく言った。
「彼でバランスを取っているのかもしれないですね」
「…………おばあ様はあのように言っていたけれど、あまり気にしちゃだめよ?」
姉が心配そうに弟の顔色を伺った。――少しだけ先ほどの出来事を忘れていたので、なんのことか分からず一瞬間が空く。姉が怪訝な顔に変わる。
「……大丈夫?」
「他の事を考えていました……。大丈夫です」
「そう……? 何かあればちゃんと相談してよね」
はい、と返事をすると、姉は部屋を見回し、こちらに顔を寄せた。
「先ほどの話、貴方はどう思った? ……フィフスのことはあまり信用しない方がいいのかしら」
両者から聞く話がどうにも嚙み合わないためか、どうするか判断に迷っているようだった。
「どうであれ、俺はあの人を信じています。――小さなことも見落とさないように、気を配っているのは先ほどの事でも感じましたから」
まっすぐと誰かの元へ向かう姿を思い出す。
「――でなければ、女子トイレにも入っていけません」
罵倒されていたことを思い返すと心が痛んだ。一応男子として振る舞っている以上、あの行為が反発を買ってしまうのは仕方がないだろう。だがそんなことに構うことなく、あの場で困っていた人の元へ駆けつけた。
「ふふっ、確かにそうよね。アイベルは昨夜フィフスと何を話したの? 私も気になるわ」
少し離れたところにいる侍従に視線を向けると、硬い表情のアイベルが傍に来た。
「……殿下がお休みになられた後、警備や警護について助言を頂いておりました。先日も力不足で殿下を危険に合わせてしまった件もあったので、どうしたらよいかと尋ねた際にエリーチェ様のことや、何かあった際にすぐ相談できるよう電話も教えて頂きました」
胸に手を当て、忠臣の意を示す。
「――オクタヴィア様も仰っておりましたが、下手なことを言わない方がいいとフィフスからも聞いております。ですが、彼自身は善良な方だと、少なくとも殿下たちと交流されているのを見ていると感じます。差し出がましいことかもしれませんが、あの方にゼルディウス様の件をご相談されることは、私は悪くない事だと思ったのですが、いかがでしょうか……」
「……どうしてフィフスのことは呼び捨てに?」
「ご本人様が呼び捨てにしていいと仰られまして。――堅苦しいのは苦手だからやめて欲しいと仰られたのでそのようにしたのですが、殿下がお嫌であれば元に戻します」
今朝から気になっていた件がようやく分かり肩の力が抜けた。まっすぐとこちらを見る侍従の目は少し不安げだが、嘘を言っている様子はないように思えた。大きく息を吸い背もたれに体重を預ける。
「いや、本人が望んだならそれでいい」
「……随分信用しているのね。二人がそんなに信用しているのなら、私も彼を信じるわ」
姉も心を決めたようで、先ほどの迷う心が晴れたようだった。
「話だけでもしてみない? 何かいい案をくれるかもしれないわ」
コンコンと開いている扉から音がした。先ほどと同じ人物が盆に大きなポットと人数以上のカップを乗せて現れた。
「お取込み中でしたか?」
「いいえ、大丈夫よ。――随分大きなポットね……?」
後から来るであろうクラスメイトたちの他、侍女たちの分も持ってきてくれたようだった。ポットとカップの他に小さくカラフルな包みがいくつか小さな皿に詰まれている。
「この中はお湯です。この包みにいろんなフレーバーが入っているので、よろしければどうぞ。一種類だけじゃ飽きるかと思って」
侍女が包みのひとつを開き、味をみている。
「……毒見するのに面倒でしたね。申し訳ない。このポットは当分中身がなくならないのですが、ご不安でしたら普通のに変えましょうか?」
銀製の寸胴なポットを手に取って持ち上げている。
「どういうこと?」
姉がきょとんと彼が手にしたポットを見ていると、それを机に置いた。
「これは精霊術が施されたポットです。ただの水なので身体に害はないですし、勝手にお湯にしてはくれるのですが、もし気になるようであれば水道の水を沸かしてきますよ」
侍女がカップのひとつを手にその中身を調べた。異常はないようだ。
「そんなものがあるのね。便利だからこのままでいいわ。ありがとう」
許しが得られたからか、彼がほっとした表情をしていた。
「気に入っていただけてよかったです。もうすぐお二人も戻ってくると思いますので、どうぞごゆっくり。――何かあれば誰でもいいのでお声がけ下さい」
「ねぇ、フィフスに少し相談したいことがあって……。話す時間をもらうことは可能かしら」
彼が退出しようとしたところを呼び止めた。
「いつでもどこでもあの人なら話を聞いてくれると思いますよ。――この後じゃ難しいようなら、ご都合の良い時を教えて頂ければ伝えておきます」
「あ、いたいた。リタ連れてきたよ~」
「お待たせしてすみません、って扉開けっ放しじゃない。ちゃんと閉めてよね」
新品の学生カバンをひとつ手にしたエリーチェと、先刻別れたままのリタが現れた。扉に手をかけると簡単にそれは閉じてしまう。
「もしかして、ディーノさんに明日の事話してた? 何かいい案ある??」
空いている場所にエリーチェが座りながら、のんきに彼に尋ねていた。
「明日って何かあるんですか?」
「いや~。さっき女王さまに言われたんだけど、集会があってそこで挨拶しろって言われたんだぁ。は~、人前で話すなんて緊張しちゃうよ……」
「挨拶文ならいくつか案がありますよ。持って来ましょう」
「そうなの! 準備がいい~」
明日の事を考えて落ち込んだかと思うと、ぱっと明るくなった。
「俺が用意したものじゃないですけどね。扉はこのまま閉めておきましょうか? あの人が帰ったらここに皆さんがいることはお伝えしますし、先程の件も後で伺いましょうか」
忙しないエリーチェに流されつつも、ディーノはこちらに確認を取った。
「もしかして他の話してた?」
「少しね。ディーノ、後でフィフスに直接してみるわ。――ところでそのカバンはどうしたの?」
ここに来た時には持っていなかった茶色の艶やかな革製のそのカバンが気になるようで、急にここに持ってきたことをエリーチェに尋ねていた。ディーノは邪魔にならないよう静かに退出し、扉がまた閉じられた。
「フィーのだよ。どうせ明日持ってこないだろうから、私が代わりに持とうかと思って」
ソファに乗せていたそのカバンを手に取り、顔の近くに持ち上げ見せてきた。――なんとなく予想はしていたが、やはりあの人のだった。
「……持つ必要ある? ノートと筆記用具しか入ってないでしょそれ」
呆れた様子のリタがため息をついていた。
「教科書はないのか……?」
「ないよ~。隣の人に見せて貰えってヴァイス様が言ってたので、フィーの持ち物はこれだけなのです」
「どうせ教材を全部持ち歩いて、そのままどこかに置いて無くすのが目に見えているしね。……やっぱりカバンは置いておきなさいよ。絶対なくすわ」
先ほど思いついた失礼なことがあながちはずれでなかったようだ。
「……そんな人もいるのね」
今の話が衝撃だったようで、姉が呆れたように呟いている。
貴族以上の階級であれば、入学金さえ払えば十歳からこの学園に入ることができる。――それ以外の者は15歳から入学が許されるのだが、その際試験を受けたり素性を調べられるため容易に入学が出来る訳でもないそうだ。そのかわり入学金は少ないとも伝え聞く。だから資格を得られた者の多くは、ここで学ぼうと勢いのある者が多い。
15歳から三年間、――六学年から八学年の間だけ元からいる上流階級の者と共に学ぶ機会が得られ、多くの者は八学年で卒業する。
九学年、十学年とまだ学年はあるのだが、そこでは専門的な知識を履修することになるため、上流でも一部の人間だったり、特に優秀な成績を修めた者が、あと二年だけ学ぶことが出来るという仕組みになっている。
聖国から来ている学生というのは年に数人いるかいないかだろう。――いかんせん遠いため、ここまで来ることも容易ではないという話を聞いたことがある。今回この三人は短いながらもここに来ることができ、学生として身分を与えられた存在だ。
あまり真面目な様子でないところに、姉が衝撃を受けたのだろう。
セーレとヴァイスも特別だった。大戦締結の立役者であったフュートの子息であり、東方天ハインハルトの甥であったため、特別に招かれて十年間ここで学んでいた。――上流階級者以外で十学年で卒業する者には功績に応じ爵位が与えられるため、あの二人はこの国で貴族の身分を保持もしてる。
「ごめんね、フィーはこういう場所が初めてだから、その辺のことが分からないんだ」
エリーチェが姉に申し訳なさそうに説明していた。視察でしか行ったことがないとも言っていたことを思い出す。――既に国の運営に携わっている人間だ。どのような教育を受けているのかは分からないが、神の代行者であり為政者という立場からすると、学生という身分はどう扱っていいのか分からないのかもしれない。
「それにね、なんも入ってないから私の物も入れられるんだ。――見てみて!」
カバンを開けて中から中身を取り出し、机の上に並べた。――リタが言っていた通り、ノートと筆記用具の他に、四冊の薄い冊子を見せてきた。表には四方天の名前が書いてある。
「これは……?」
「ちょっと……、こんなところにまでそんなもの持ち歩いてるのエリーチェ?」
「えへへ~。私のカバンに入らなかったから、預けてたんだ~。布教用は持ち歩かないと布教できないでしょ?」
エリーチェが手を伸ばし、一番近くにあった冊子を手に取り開いてこちらに見せた。
「見たことあるかな? これが西方天の天摩太子だよ。丸い耳としっぽがあるんだけど、どっちもふわふわで気持ちいんだ~」
『神写し』と呼ばれていた西方天の姿が、見開きに四枚並んでいた。どうやらアルバムだったようだ。――興味深げに姉がそれを手に取りまじまじと見ている。新聞で何度か目にしたことがあるが、色付いたそれはだいぶ生き生きとした姿に見えた。
斜に構えた表情が短い白髪でより一層鋭さを見せているが、本来人の耳がある位置よりも高い場所にある猫っぽさのある厚みのある耳と、黒のラインが入った長く太いしっぽが写されていた。装飾か何かだと思っていたが、動きのあるそれらが意志を持っていることに気付く。
「これ、本物なの……?」
「そうだよ。天摩は触られるの嫌いだから、こう……隙を狙ってしっぽを触ってみたり、偶然を装ってぶつかってみたりしてたまに触ってるんだ」
「……改めて聞くとやっぱり最悪ね。いつもイライラしているの、エリーチェのせいだったりしない……? お二人とも、この子の話は聞かなくていいですからね」
エリーチェが両手で感触を表しているのか熱く語る隣で、冷たくリタがあしらいながら、机の上の冊子を片付けようとまとめていた。
横で姉が手にしているそれを見るが、日常生活の一部を写真に収めているようで屈託のない表情が多いように見受けられた。
パラパラとページをめくる手が止まる。――どの写真も自然体だが、エリーチェが撮影したものなのだろうか。他の三人のもわざわざ用意しているのも、『布教用』と先ほど言ってた言葉から意図をもってここに持ってきたということなのか。――リタがノートと冊子をまとめると机の端にそれを置くと、些か残念な気持ちが湧く。
「だって、すっごくふわふわで気持ちいんだよ! 髪の毛もさらさらで触りたくなるんだけど、やっぱり耳の厚みとしっぽがいいんだぁ。たまにしっぽで叩かれるんだけど、されるとちょっと嬉しくなっちゃう。全然痛くないんだもん。触るなら、鍛錬で疲れてへとへとになっているときが一番の狙い目だね」
「……私も触ってみたい」
「――姉上?」
ぽつりとつぶやく言葉から、エリーチェの話に感化されたようで姉の好奇心が出てきてしまったようだった。
「だって……、気にならない? どんな感じなのかしら……。やっぱり猫っ毛なの?」
興味津々とエリーチェに尋ねると二人はなにやら盛り上がってしまい、リタが疲れた顔をしていた。
「殿下のお姉さまに、余計なことを教えてしまってすみません……」
「いや、――もし西方天さまにお会いするようなことがあれば、姉が失礼をしないよう見ておこう」
二人が楽しそうに話しているのは微笑ましいが、無邪気に触られるのは嫌だろうなと思い会ったこともない彼を心中で憐れんだ。
ガチャリとドアノブが回される音が唐突にした。――皆が扉の方へ顔を向けた。
「――また揃っているのか。」
「いや、ノックしてくださいよ。皆さん驚くでしょ」
扉を開けたのはフィフスだった。まだ学生服のままだが、先ほど別れた時より幾分か気の抜けた顔をしておりほっとした。隣にはフィフスよりも十センチ程は高い、細身のモカブランの髪色に神経質そうな銀縁の眼鏡をかけた淡い緑色の瞳を持つ兵士が一緒だった。
「悪い。どうやら待たせてしまったようだな。」
二人で中に入ると、連れの兵士が書類や筆記用具を持っているようだった。
「お初にお目にかかります。リッツ・ダリミルと申します。――なにか明日人前で挨拶があると伺ったのですが」
二人が近くに来るも、席に着く様子はなく立ったままだった。
「フィー、お帰り! 明日の荷物持っておくから手ぶらで来ていいよ」
中身が机に出された空のカバンを、顔の近くに持ったエリーチェがご機嫌そうに勢いよく立ってアピールしていた。
「そうか。よく分からないが助かる。――アストリッドとディアスもよく来てくれた。今日は二人に迷惑をかけているな……。さっきも巻き込んですまなかった。」
眉尻が下がってすまなそうにしていた。別れた時にはそんな様子はなかったので、全然違う様子に戸惑っていると、隣にいる姉が手にしているアルバムを閉じて落ち着きを取り戻す。
「迷惑ではないわ。――困っている学生をすぐに見つけて助けてくれてありがとう。あとは叔父様がきちんと対応してくれるそうだから、後は任せてちょうだい。……また何か見つけたらぜひ教えてね」
姉の言葉を聞き、返事をするもののまだ沈んだ様子からか、カバンをソファに置いたエリーチェが傍に行った。
「――なにかおばあ様に言われたのかしら」
「いや、今日は会っていない。――――皆は夕食は済ませたのか? 話があるなら食事をしながらでもいいだろうか。」
「まだだよ。アズたちもまだだよね? 一緒にご飯にしよう~」
「ならこれ渡しておきます。――お好きに書き込んでいいので、形がある程度まとまったら下さい」
リッツがエリーチェへと手にしていたものを渡すと、軽く礼をして部屋を後にした。渡された書類に目を通している。
「……なんでもうこんなにできてるの?」
「リッツたちが暇つぶしに作ったものだ。何かしら挨拶するような機会はあるだろうとは思っていたしな。なくても暇つぶしで作ったものだから、どうなっても気にしないだろう。」
量のありそうな紙束と、フィフスの様子が気になって傍に行く。――――紙束を覗くといくつかの文章が並んでおり、数字やメモが横に書かれていた。文章の雰囲気と、どの程度の分数で話せる内容なのかが手書きで書いてあり、かなり細かな気配りがされているようだった。
暇つぶしで作ったというには丁寧な仕事に見えるが、ところどころホラーテイストで、ウケ狙い、泣きながら、などとよく分からないメモが書かれていたので、本当に暇つぶしの産物なのかもしれない。
姉も傍に来て同じように見ていたので、エリーチェがその書類を渡した。
「なにかアドバイスをしようかと思ったのに、余計なお世話だったかしら」
「……これを見てそう思うのか? 適当な文書だ。お前たちからアドバイスが貰えるなら、それが一番ありがたいんだが。」
日中会ったときより覇気のないしゃべりが気になる。
「……あまり元気がないように見えるが、どうかしたのか?」
「いや、腹が減っているだけだ。お前たちはまだ空かないのか?」
ただの空腹だった。
気弱な様子に、憂慮すべきことがなにかあったのかと心配したのに。
ふっと、口角が緩んだ。
「昼は大して食べてなかったから、俺も空いてきた。姉上はどうですか?」
「そうね、私もそろそろお腹が空いてきたわ。よかったらまたご相伴に与っても良いかしら」
「ぜひそうしてくれ。」
ソファに座るリタが皆の様子に呆れたのか、小さくため息をついていた。
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