第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編

霜條

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43.色葉散る宵の口で②

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「待たせてしまったな。……二人とも大丈夫か?」
 扉と叔父の隙間からエミリオがこちらに駆け寄り、姉と兄の間にやって来た。
「お二人とも大変だったと伺いました。……お怪我はありませんでしたか?」
 心配そうに二人の顔をのぞく末弟に、なんでもないと二人は対応した。小さな弟は不安そうな顔をやめ、いつもの笑顔に戻る。
 丸い机を囲むように三名掛けのソファが三つ並んでおり、扉の近くにある場所にディアスは座っていた。姉側の席を譲ると安心してそこに末弟が座った。
「……私の隣も空いているのよ、エミリオ」
「次は姉上のお隣に座らせてもらいますね」
 不満げな姉に茶目っ気たっぷりに末弟が笑いかけると、レティシアとコレットも現れた。
「その様子じゃ大丈夫そうね」
 するりと姉の座るソファの背もたれに手を伸ばし、三人を満足げに見ていた。
「……本当に? 嫌な現場を見たと聞いたわ。大丈夫なの?」
 コレットがエミリオと逆側に立つと、不安げに尋ねてきた。
「あぁ、大丈夫だ。心配をかけてすまない」
「大丈夫ならいいの」
 顔を見てほっとしたようで、隣に腰かけた。レティシアも姉の隣に座ったようだった。叔父は側仕えを廊下にひかえさせると、空いているソファに腰を下ろした。
「昨日も心配してくれてありがとう。……今朝も気分が優れないと聞いたが、コレットはもう大丈夫なのか?」
 増えた人数に合わせて机の上にカップが整然と並べられ、次々に紅茶が注がれていく。
「もう大丈夫……。――心配してくれてありがと」
 徐々に小さくなる声に横にいる彼女を見るも、ふっと気まずげに目線をらされた。
「あの子たちはどうなったのかしら」
 姉の問にレティシアや叔父の方を見ると、ティーカップに手を伸ばし、一息つこうとした叔父が見えた。
「あのまま走り去ってしまった子はまだ行方が分からないが、最初に声を掛けた子は一学年の子だった。ヴァイスに呼んでもらった教師たちに任せている。今後も事情を聴いて適宜てきぎ対応していくつもりだ」
「……リタは?」
 ふとこの場に足りない人物を思い出し、ディアスは尋ねた。
「リタなら宿舎へ行ったわ。まだ文句が言い足りないみたいね」
 その時の様子を思い出しているのか、レティシアが楽しそうに笑っている。――まだ何か追求されてしまうのかと、先ほどみた背中を思い出す。
「少々やり方は強引だったが、早急に事態を収拾してくれたことに感謝はしている。……だが、この件について母からも話があるようでな。後程のちほど母の執務室へ皆で行かなければならなくなった」
 苦虫を潰したような顔になり、叔父の苦々しい空気に部屋に緊張が走る。
「おばあ様が……? フィフスが報告しに行ったということかしら」
「そうなの、か……? いや、そうかもしれないな……。昨日も呼び出されて行ってみたら母の執務室にいて、警備について近衛たちと話をしていた。――まさか俺の仕事をチェックしているのか……?」
 温かいはずの紅茶を飲んでいるのに、叔父の顔色は青くなっていた。別れる前に会議があると言っていた。ゾフィに連れられて行ったのは日が暮れる前だったが、あれから夜までとは随分ずいぶんと長いこと話し合っていたのか――――。
 慌てて来てくれた姿を申し訳なく思うも、叔父の具合の悪そうな様子からうまく状況がみ込めない。
「おばあ様の執務室にいたの? ……寝室にも訪ねたみたいだし、彼ってどこにでも現れるのね」
「しん、…………? なに? 彼、本当に母の寝室に行ったのか……?」
 姉の真剣な感想に叔父おじ親娘おやこが驚いている。コレットは意味が分からないようで困惑しており、レティシアは怪訝けげんな顔をしている。
 叔父の昨日の話を二人は知らないのだろう。三人ともそれぞれ別の表情をしていた。
「……えぇ、今朝そんな話を本人から聞いたわ。どうやら電話を使わせてもらいたかったらしいの」
「電話って……、そんなもの他にもあるだろう? なんでよりによって母の寝室に? 宿舎にも十台以上設置してるんだぞ??」
 これ以上はカップは持っていられないと思ったのか、叔父が少し乱暴にソーサーに置いた。ぶつかる音が余韻を残し、部屋に響く。
「……聖国につながりやすいのが叔父様のところにあるものと、おばあ様の執務室、寝室にあるとフィフスが言ってたの。……ゾフィからも場所を聞いていたし、周りの者に尋ねたら場所を教えてくれるし、お部屋に鍵もかかってないから入ったと言っていたわ」
「……それなら今後は俺のところを使うよう言っておこう。まさか本当に闇討ちに行ったのかと肝が冷えたぞ……」
「や、闇討ちって……? あの人そんなことを考えているの……?」
 先ほどの話に戸惑っていたコレットが顔を青くし、震えるようにアストリッドに尋ねた。
「心配しないでコレット、悪戯いたずらみたいなものよ。ついでに何か用事があったからおばあ様の元を訪ねたそうよ」
 ちらりとこちらを伺う姉に、余計なことは言わない方がいいと小さく首を振る。姉の視線にエミリオもこちらを見上げるが、様子を察したようで口を一文字にしていた。流石に今朝の出来事を一から説明する元気はなかった。
「……その件について特に話はなかったから、たぶん大したことではないのだろう」
 深くソファに座り直し、もう一度ティーカップに手を伸ばそうとするが、叔父の手が止まる。
「……やはり試されているのは俺なのか――?」
 この学園都市の警備関係の総括そうかつをしているのは叔父のヨアヒムだ。祖母のいる王城の警備にも携わっている以上、もしかしたらそう考えてしまうのも無理はないだろう。
 ただ今朝の話振りから、叔父を調べている様子はなかった。いまいち姉弟の間では得心がいかず顔を見合わせるばかりだ。
「――今日の校内の案内はどうして叔父上が? 昨日のように俺たちだけでも可能だと思いましたが……」
 心底思い悩み始めた叔父に声を掛けた。予定をずらしてまで叔父とヴァイスが同行したのは、随分ずいぶん丁重ていちょうな対応にも見える。――――本来の立場を思えば相応のものではあるのだが。
「それは彼らがここに来ると分かった頃に、母から言われていてな……。だからどうしても今日はヴィアスと同行することになっていた。本来であればこの後に話をする予定だったが、先ほどの件でうやむやになってしまったな……」
 先ほどの考えれば考える程、やはり校内の警備について後程話し合う予定だったのではという気がしてくる。――そんな様子を感じなかったので、あの人は息をするように『仕事』の事を考えており実行しているのだろう。
「――――『うまく使うと良い』と、おばあ様から言われていたそうですが……、どういう意味でしょうか」
 耳に残った強い言葉を口にするも、まるで道具を使うかのような物言いに心が痛んだ。
 その物言いが叔父も好まないようで気難しい顔をしている。
「まぁ、なんて意味深な言葉なのかしら」
 レティシアが楽しそうにしているのを、姉がつっと袖を引っ張ってたしなめた。あの様子から姉もそういう意味ではないと理解しているのだ。
「そのままの言葉を言われていたんだが、彼もそれを知っているとは正直思わなかったな……。まぁ、あの人のことだから、直接本人にそう伝えたのかもしれん。――どういう意図であれ彼は王の招きで呼ばれた客人だ。ぞんざいにするつもりはないし、まして道具のように扱うなど決してしない」
 叔父がまっすぐとこちらを見据え、真摯しんしで信頼できる態度に安堵あんどした。少々頼りなさもあるものの、こういう人となりの良さが信頼できる人であった。
「はい。――それから昨夜は声を掛けて下さりありがとうございました」
「あぁ、それか……。あれは、何だったんだろうな……」
 眉間にしわを寄せ、すぐ傍のひじ掛けにもたれ掛かりながら気難しげな表情に変わる。ころころと表情の変わる叔父はいつもの事なのだが、それにしても不安で落ち着かない様子がいつもより深刻そうだった。
 後程自分たちの祖母でもある、女王陛下と改めて話しがあると言われているからかもしれないが、不安とも緊張とも何とも言えない空気を出している。
「……会議か何かをしていたのではないのですか?」
「そうだ。私が来る前までは普通に話していたようだが、下がるよう指示をしたら東方軍のブランディ団長がフィフスをつまみ出したんだ。その後母に対しても彼がフランクに話しかけるもんで、共にいた近衛このえたちも肝を冷やしていた。……聖国の人らは、恐れ知らずなのだな……」
 己の気の弱さを自覚している叔父は深くため息をつくと共に、自分にないものを持ち合わせた相手に関心しているようにも見えた。
 状況が理解できないが、今朝のブランディ師団長、――――ガレリオが『友人』から書類を奪い取っていたことを思い出す。東方軍の兵士ということは、『友人フィフス』の部下であることは間違いないだろう。
 どちらの国のトップに対しても忖度そんたくする気がないのかと考えれば、彼の豪胆ごうたんな性格が浮き彫りにされる。
「……昨日兄たちに会ったときに、真相でも聞いておけばよかった。あんなにしこたま酒を飲ませたのは、まさか送別のためだったりしないよな……?」
「さすがにそこまで意地悪なことをお父様はしないと思うわ……。大丈夫、考えすぎよ叔父様」
 姉が心配に沈む叔父に声を掛けると、レティシアはクスクスと笑っていた。
「お父様ってば本当に可愛らしい」
「お姉ちゃんってば、さすがにパパが可哀そうよ。――パパの代わりが務まる人なんて他にいないわ。だからきっと大丈夫よ。ね?」
「ありがとう……。今はこれ以上考えても仕方がないな。――はぁ、何を言われるのか分からんが、そちらの心の準備だけでもしておくか」
 背を伸ばし、心配をさせてしまった子どもたちに向き合った。
「わざわざ呼ばれるくらいだ。――きっとお前たちにも話しがあるのだろう。相応の覚悟はしておくんだ」
 まっすぐに皆の顔を見比べ、心構えの準備をさせる。目の前のティーカップも役目を果たせず、冷ややかになってしまった。
 先日も叱責された祖母の元へ行く――――。
 皆で向かうことになるが、向かう足が重くなるばかりだった。
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