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37.『饒舌』な休日③
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エントランスからまっすぐ伸びる廊下にいくつもの扉が開かれていた。
手前が客間のようで覗くと誰もいなかった。その次の扉はダンスホールとしても使えそうな広い部屋で、端の方にソファや机が押しやられており中央にスペースを確保していた。――何かに使ったのだろうか。
三つ目の扉を軽く覗くと長机に椅子が並んでおり、談笑する人の声が聞こえてきた。――どうやらそこが目的地だったようで、開かれた扉をノックしエリーチェが中に入った。
「おはようございまーす」
「おはよう。――おやおや、これまた随分と勢ぞろいだねぇ。もしかして何か約束でもしてたのかな」
部屋の対角線上に見知った人物たちが座っていた。――長机の角にヴァイスと、ひとつ席を開けて斜め向かいにガレリオが座っている。
二人の後ろに、なぜか黒板が壁際にいくつも並んでいる。キャスター付きのそれはこの部屋に似つかわしくなく、恐らく持ち込まれたものなのだろう。
「えっ? 誰か来るなんて俺、聞いてないんですけど……?」
戸惑うガレリオにエリーチェが駆け寄った。
「あのね、最初はリタと二人でこっちでご飯しようって話してたんだけど、アズが興味があるっていうから一緒に来たの。――そしたら途中で王子さまたちも、フィーに用があるって言うから合流したんだ。――どう? 豪勢でしょ?」
エリーチェに倣い二人の側に行くと、適当に座るようヴァイスが促した。
ここではそんなに礼儀が重要視されてないのだろう。ここにいる人たちの気安さからか全体的に空気が緩く、自然と肩の力が抜ける気がした。
ずっと荷物を持っていたアイベルに、机の上に荷物を置くよう目配せした。弟が自分と姉の間に入り、嬉しそうに手を取られる。――普段であれば必ず端に座るので、いつも通りじゃなくていいことが嬉しいのだろう。
「ヴァイスはどうしてここに? 食事をしに来たんですか?」
「そうだねぇ。故郷の味を堪能したかったのと、――美女を口説きに、ね」
最後の言葉にお茶目にウィンクし、表情が硬くなる。
「王子さまもお姫さまも、苦い顔してますよ?」
「ふふふ、可愛いよね。――いつも通りだから大丈夫さ」
飄々としたヴァイスにガレリオが尋ねるも、気にした様子のないヴァイスが目の前のカップを口にし、すぐに置いた。
「殿下たちが来たならちょうどいい。――これ三人に教えておいてくれないかな」
席を立ちながら、彼の側に置かれていた机上の大判サイズの封筒を手にし、一番近くにいた姉の元へと持ってきた。
「これは――?」
「学園のスケジュールだよ。――今月の予定、授業の事、部活や委員会の予定を分かる範囲でまとめたんだ。君たちは部活動に参加してないから知らないかもしれないけど、学園内にはこれだけいろんな活動があるんだよ」
厚みのある封筒を手にし、中を開けると紙の束が出てくる。――横から覗くと各紙に予定が書かれているようだった。上から今月の予定、授業の一覧、委員会の活動日時、部活動について。部活動については名前と簡単な紹介と共に、いつどこで活動しているかが記されていた。一頁に記されている量もそれなりにあるが、何枚もその紹介が続いており、かなりの数の部活動が存在していることを今更ながら知った。
「こんなに……? 誰か所属するの?」
「それはどうだろう。でも、皆が興味があるところに見学に行くだろうと思って、まとめておいたんだ。君たちこういうの好きでしょ?」
エリーチェとリタも反対側からその紙を覗いており、その二人に声を掛けたようだった。
「すごい……! こんなにいろんな活動があるんだ――。ヴァイス様ありがとう!」
「どういたしまして。――学園で認定されているものから、非公認のものまで分かる範囲でまとめているだけだけさ。ここにない活動を見つけたら逆に教えて欲しいって、フィフスくんに伝えておいてくれるかな」
「――――彼を便利に使う気か?」
思わずヴァイスに突っかかる様な言葉が出る。こちらの心中とは異なり彼はにこやかだ。
「あの子の方が僕よりも気付くものが多いからね。――それに、僕の頼みなら何でも聞いてくれるから、そんなに気にしなくて大丈夫さ」
にこにこと無邪気に笑うヴァイスの言が素直に受け取れないのは、引っかかる言い方のせいなのか。
普段のこと、昨日のことと彼に対する不満が募っていたが、今朝からスッキリしない出来事ばかりのせいか反発心が生まれる。
「僕はまだやらなきゃいけないことがあるから、そろそろお暇するね。ごちそうさま。――正午に中央エントランスで会おう。その時はヨアヒムも復活しているといいんだけれどねぇ」
叔父の様子を知っているのだろう、物思いにふけるような仕草をしながらも楽しそうな気配が見えている。
「あとは若人たちで親睦を深めるといいさ。それじゃあね~」
片手をひらひらと振りながら、姉の後ろにあるもう一つの扉から出て行く。
姿が見えなくなると思わずため息が出た。彼の跡をガレリオが片付けており、使用されたカップを手に、すぐ後ろの扉から姿を消した。――そちらが水場が近い出入り口なのかもしれない。
「頼まれることは嫌いじゃないので、アイツはそんなに気にしないと思いますよ」
リタがさらりとした口調で、何事もなかったかのように呟いた。
「ねぇ、秘密の活動なんてなんだかわくわくするね。あるなら私も見つけたい。どんなことしてるんだろう~?」
「――管理外のことをしようとしているんだから、まともな活動じゃないでしょ。そういうものならヴァイス様に報告した方がいいと思うわ」
リタとエリーチェが何事かと話し合っていた。
「……空気を悪くしてすまなかった」
彼女たちは気遣ってくれたのだろう。
狭い視野しか持ち合わせておらず、また晴れない心のままに行動してしまったことを悔いる。
「ううん、心配をしてくれてありがとう」
エリーチェの屈託のない笑顔に、情けなくなるばかりだ。心配そうに弟の手が強く握られる。
気落ちしながらも、席に座ろうとそれぞれが動いたところ――、
「なんでこんなに集まってるんだ……?」
後ろから新しい声が届き、全員の視線がそちらに向く。昨日と同じような格好で、宿舎という場所でも変わらず帯剣していた。
「フィフス! おはようございます」
「おはよ~、ちゃんと休んでる?」
「あぁ、おはよう。……何かあったのか?」
片手に書類だろうか、数枚の紙を持ち、まだ状況が理解できないといった様子で全員の顔を見比べながら部屋に入ってきた。エリーチェが立ち上がり彼の側に行くので、つられて皆席を立った。
「ごきげんよう、お邪魔させて貰っているわ。――弟たちが大変世話になったそうで」
姉がこちらに視線を送り、続きを促してきた。――燻る気持ちをなんとか押しのけ、彼に向き合う。
「……昨日はエミリオと共に世話になった。話を聞いた父からも貴方へ礼を尽くすようにと品が届いている。――あと返しそびれたコートや借りていたものも一緒に持参した次第だ」
「そうか、わざわざ手間をかけさせた……。」
後ろに控えていたアイベルが返礼品とコートの類を持ってきたが、フィフスの目線は大きな包みに向いている。
「………………まさか、レーヴの?」
「そうなのよ! 王様ってば太っ腹よねー!」
エリーチェがフィフスの両肩に手をバシっとのせ、今までで一番テンションが上がってているのか力任せに彼を揺さぶっている。体幹がいいのか、彼女の熱量程は揺れる気配がなかった。
「別にエリーチェに持ってきたわけじゃないでしょ。なんであなたが喜ぶの。ちょっとは落ち着きなさいって――」
テンションの高いエリーチェに、手が付けられないとリタの棘のある言葉が止めようとしていた。
一気に雰囲気の変わったエリーチェを、姉はニコニコと見守っている。豹変した彼女の様子についていけない弟と一緒に少し呆気にとられる。
今まで大人しく見えていたが、かなり元気のあるタイプのようだった。
「ねぇねぇ早く開けてみて! これだけ大きいんだもの。何が入っているのかすごく気にならない? なるよね!?」
背後にいる、勢いに任せな彼女に動じることなく一瞥すると、
「開けてみてもいいか?」
「あ、あぁ、どうぞ――」
アイベルがフィフスの傍に包みを差し出した。濃い青紫色の布を開くと黒い木製の箱が出てきた。
金箔で大きな装飾が施されており、シックで豪奢なデザインだ。上部を持ちあげるとチョコレートが整然と仕切りの中で鎮座していた。
部屋の明かりに照らされて光沢を放っており、ひとつとして同じ形をしていないそれらを際立たせる。小さなものが縦横20個ずつ並んでおり、下を見れば引き出しが付いているので、それぞれの階層にまた他のチョコレートが収納されていそうだった。
「中身だけじゃなくて箱までかわいい~~~~~! 箱使う? 空になったら貰ってもいい??」
「別に構わないが……、少しは落ち着け。」
嬉しい気持ちが止まらないようで、フィフスの周りで小さく跳ねている。エミリオもたまに似たような行動をするが、年下の彼よりも全身を使って喜びを表現しているようだ。
「……エリーチェは普段こうなのですか?」
「えぇ……、うるさくてごめんなさいね。お淑やかさとは無縁なもので……」
「可愛いじゃない。私は嫌いでなくてよ」
姉は元気なエリーチェを見ながら笑っていた。一緒にいるうちに本質の部分を知ったのかもしれない。だいぶ温度感が変わり、若干気持ちの置き場に困った。
「このような立派なものを用意してくれて感謝する。――どうか王にもそう伝えておいてくれ。」
始終落ち着いた口調で淡々と行われる礼に、あまり喜んでいるようにも見えず、事務的な態度に少し戸惑った。
「――なんだ坊っちゃん降りて来たんですか」
先ほど出て行った扉からまたガレリオが現れた。
「あぁ、――ヴァイス卿はもう帰られたのか。」
「入れ違いですね~。――というかなにそれ。また仕事でもしてるんですか?」
「そうだが。」
ガレリオがフィフスから紙束を取り上げ、中身に目を通している。
「――これはこっちで預かりますね。夕方までにやっておくので後で確認して下さい。それからみんなご飯食べに来たそうなんで、あとはよろしくお願いしまーす」
「……よろしくとは?」
手中から紙がなくなったのに、書類を無くしたままの手の形でガレリオを見ている。
「基本セルフなんでお好きにどうぞ、って案内してくださいよ~。というか、ごくごく普通の料理なんですけど、王子さまたちはお口に合いますかね……? 急に不安になってきた……」
「まぁ、その時はその時ということで。――フィーも仕事終わりなら一緒にご飯にしようよ」
「いや、食事は済んでいる。……仕事をしに来たのに、なぜ奪われなきゃいけないんだ。」
腕組をして小さく嘆息している。同じくガレリオも腕組をし、エリーチェもなぜか同じポーズをとっている。
「書類仕事なら得意な人が他にいるしいいでしょう? お借りしたタイプライターを試したいって、さっき言ってる人がいたんで任せてくださいよ」
「……すみません、この人仕事モードのときはこんな感じなので気にしないでくださいね」
リタがうんざりとしながら傍に来て小さく言った。
「昨日とか大丈夫でした? ――こういうのは疲れるって言ってるんですけど、アイツ気持ちの切り替えが下手で……。皆さんにご迷惑をおかけしていませんでしたか?」
ガレリオはさっさと書類を持って退散した。エリーチェは手ぶらになったフィフスを確保し、姉と話をしていた。
「いいえ、昨日はたくさん親切にしてくれたので楽しく過ごせましたよ」
「……あの人はいつもこんな感じなのか?」
「えぇ……、気付くと三徹くらいは余裕でしちゃうんですよね。――仕事している方がきっと楽なんでしょうけど、いい加減にして欲しいというか」
ただただ呆れた様子だが、しれっと出た言葉に思わずリタを見た。
「――『サンテツ』、ってなんですか?」
「三日くらいなら、休まずに仕事をしてしまうということです。――なんでも出来ちゃうから周りもアイツに頼りすぎてしまって、本末転倒というか……。少しはこっちで頭冷やせって言われているのに、またあの調子で……。頭が痛いです」
こめかみを押さえ、気難しい顔をしている。――仕事中毒だとは思っていたが、そんな身を削るような生活をしているのか――。
ふと、ここの兵士たちが皆気安く遠慮がないのは、ガレリオのようにさりげなく友人を止めるための人員なのか。――もしそうなら東方天が自ら集めた人材なのか、誰かの意図で用意された人材なのかと新たな疑問が出る。
この予想自体が当たっているかは分からないが。
「……昨日、ヴァイス様から、アイツの事は殿下たちにお任せしておけばいいと説明がありました。――いつも同じ人に注意されても聞き流しちゃうから、別の人に注意してもらった方が話も聞くんじゃないかって……」
気遣わしげにこちらの顔を見て、言葉を迷っているようだった。
「――勝手に頼ってしまって申し訳ないのですが、皆さんのご負担にならない程度に見ててもらえませんか……? きっと注意できるのは立場の違う人だと思うので……」
「……ヴァイスから似たような話は聞いていたが、そういう事情だったんだな。俺に何ができるか分からないが、気にかけておこう」
「ありがとうございます。……遠慮しないでなんでも言ってください。手が負えないときは私たちでもここの兵でも、ヴァイス様でもいいので、ご相談いただければ誰かがすぐに対処しますから!」
握りこぶしを作って力強く訴えている。
――学園にいる女子というのは女性らしさを好む者が多く、直接的な言い回しを避けることが美徳になっている。それが女性の機微ということで好まれているのだが、今目の前にいる彼女たちの、周囲の目を意識しすぎない素直さが裏まで読まなくとも分かりやすい態度だ。
少々突き放す言葉が多く冷たい印象があったが、彼女なりに心配してたらしい。
その冷たい言葉と、気遣う態度の差にふっと笑う。
「その時はよろしく頼む」
姉が早々に気を許しているのはこういうところなのかもと分かり、少しだけ居心地の悪さがなくなった。
結局エリーチェが好奇心旺盛な姉たちを連れ厨房へ行くと、部屋が急に静かになった。
自分もそんなに食欲もないためフィフスと残ったのだが、アイベルからコート類を受け取ると隣に座り、適当な席にコートを置いた。――手が空くとそのまま机に突っ伏した。
「……どうかしたのか?」
「気にしないでくれ。少し休んでいるだけだ。」
顔をこちらに向けたが、その目が少し眠そうにも見える。
机に突っ伏すという行為をしたことがないが、学園内でそのような姿勢になっている人は見たことがある。
窮屈そうな姿勢に見えるが、果たして休まるのだろうか――。
「さっきリタから休まずに仕事していると聞いた……。今もだったりするのか?」
「ここに来てからは、皆が止めるからちゃんと休んでいる。――でもまぁ二、三日は寝ずに動けるからそんなに休まなくてもと思ってしまうな。」
確かに皆の心配が響いている気配がなく、彼女の心配がそのまま表れていることに苦笑する。
「――どうしてフィフスは寝ないでも動けるんですか?」
後ろに控えていたアイベルが疑問を口にした。彼の言葉にフィフスは身体を起こし、座ったまま振り返った。
「寝ない、と言っても仮眠くらいは取っている。こまめに休憩を入れておけば、一週間くらいは動けるな。」
神妙な顔で、フィフスの助言をアイベルが聞いている。
「…………どちらにも無理はしないで欲しいんだが」
「ですが、私もそれくらい動けたらいいのにと思うことがあって……。少しフィフスの気持ちが分かります」
「ほら、お前の侍従ですらそう言っているぞ。別に変なことじゃない。」
真面目なアイベルと不満そうなフィフスの顔がこちらに向く。なにか気が合っているようで複雑な気分だ。
「……そうやって昨日話していたのか?」
「あぁ、少しな。――そうだ、アイベルにエリーチェと手合わせさせたいと思っているんだが、ダメだろうか?」
先ほどここにいた元気な彼女のことを思い出し、急な話に戸惑う。
「どうしてそんな話に――?」
「彼に指導して欲しいと言われたが、エリーチェと手合わせする方が為になると思ったからだ。――あいつは半年ほどラウルスの槍術を学んでいるが、その前からも武術は齧っていてな。趣味の範囲だが打たれ強いし、力がない分小細工も多いところが実践訓練にはちょうどいいと思ったんだ。」
つい今しがた机に突っ伏していたとは思えない饒舌に、今の休息で元気になったということだろうか。
「それにアイベルは宮廷剣術を学んでいるのだろう? せっかく体得した型を崩させるのはもったいない。お前の侍従がクローナハ槍術使いを打ちのめしたとなれば、箔もついて良いと思わないか?」
不敵な笑みを向けられ、仕事モードとやらが終わったのだと分かった。アイベルを見るとこちらに真剣な眼差しを向けている。
「先日のことを思い出すとどうしても不甲斐なく……。もちろん殿下の事が最優先です。ただ、もしお時間を頂けるのであれば、少しでも研鑽の時間を設けられればと――」
「毎朝5時からここで鍛錬の時間を設けている。ちょうど男子寮も近いし、気軽に来れていいかと思ったんだ。――エリーチェじゃなくても、ここに来ればいつでも誰か手合わせしてくれるだろう。お前も気になったら見に来ればいい。」
「……フィフスも朝はいるのか」
「できる限りは顔を出すつもりだ。身体を動かすのは嫌いじゃないんでな。――相手はできないが、見て得るものもあるだろう。」
「その時間であれば、いつも通りお部屋に伺えるかと思います。――いかがでしょうか」
おずおずと尋ねられるも、彼の向上心を止める理由もないため許可を出す気ではいるのだが、――何かが引っかかり返事がすぐにできずにいた。
こちらを向く二人の顔を見比べ、ためらいがちに言葉を選ぶ。
「……彼女は手合わせについて知っているのか?」
「まだ話していない。――だが、エリーチェなら喜んで相手してくれるだろう。武芸を習いたくて、わざわざ聖国の極北から家出をしてまで聖都へ来たくらいだからな。」
元気な人ではあると思ったが、かなり行動力もあるタイプなようだ。
「家出と知って二度ほど連れて帰ってもらったんだが、三度も聖都に戻ってきたから本家の連中も諦めていた。――北方天が来るまでの間、黎明宮で預かっていたこともある。」
まっすぐに青色の瞳がこちらを見ている。――黎明宮とは、聖都にある東方天の居城だ。
今はもう微かな記憶となってしまったが、一度訪れたことのある場の名が出て胸の奥が疼いた。
――疼く胸に、あの時の光景が一瞬広がる。
白亜の宮殿に差し込む陽光の眩しいあの場所で、今のようにすぐ近くで彼女といた時のことが眼裏に蘇る。
遠い過去にしがみつく気はないが――、いま注がれている瞳が過去と同じ色であると教えてくる。思わず手が伸びるが、虚空を掴むだけに留めた。
深く息を吸い、心を沈める。――伸ばした手は何を掴みたかったのか分からないが、きっと伸ばしてはいけないものだ。
「――だから彼女について詳しいのか」
「まぁな。」
なんとか言葉をひとつ出し短い返事をもらうと、用を済ませた姉たちが戻りまた賑々しさが部屋に満ちた。
アイベルに話の続きはまた後でと伝え、何をどうすべきか。――――自分の心とも検討しなければならないだろうと、ひとり胸にしまう。
手前が客間のようで覗くと誰もいなかった。その次の扉はダンスホールとしても使えそうな広い部屋で、端の方にソファや机が押しやられており中央にスペースを確保していた。――何かに使ったのだろうか。
三つ目の扉を軽く覗くと長机に椅子が並んでおり、談笑する人の声が聞こえてきた。――どうやらそこが目的地だったようで、開かれた扉をノックしエリーチェが中に入った。
「おはようございまーす」
「おはよう。――おやおや、これまた随分と勢ぞろいだねぇ。もしかして何か約束でもしてたのかな」
部屋の対角線上に見知った人物たちが座っていた。――長机の角にヴァイスと、ひとつ席を開けて斜め向かいにガレリオが座っている。
二人の後ろに、なぜか黒板が壁際にいくつも並んでいる。キャスター付きのそれはこの部屋に似つかわしくなく、恐らく持ち込まれたものなのだろう。
「えっ? 誰か来るなんて俺、聞いてないんですけど……?」
戸惑うガレリオにエリーチェが駆け寄った。
「あのね、最初はリタと二人でこっちでご飯しようって話してたんだけど、アズが興味があるっていうから一緒に来たの。――そしたら途中で王子さまたちも、フィーに用があるって言うから合流したんだ。――どう? 豪勢でしょ?」
エリーチェに倣い二人の側に行くと、適当に座るようヴァイスが促した。
ここではそんなに礼儀が重要視されてないのだろう。ここにいる人たちの気安さからか全体的に空気が緩く、自然と肩の力が抜ける気がした。
ずっと荷物を持っていたアイベルに、机の上に荷物を置くよう目配せした。弟が自分と姉の間に入り、嬉しそうに手を取られる。――普段であれば必ず端に座るので、いつも通りじゃなくていいことが嬉しいのだろう。
「ヴァイスはどうしてここに? 食事をしに来たんですか?」
「そうだねぇ。故郷の味を堪能したかったのと、――美女を口説きに、ね」
最後の言葉にお茶目にウィンクし、表情が硬くなる。
「王子さまもお姫さまも、苦い顔してますよ?」
「ふふふ、可愛いよね。――いつも通りだから大丈夫さ」
飄々としたヴァイスにガレリオが尋ねるも、気にした様子のないヴァイスが目の前のカップを口にし、すぐに置いた。
「殿下たちが来たならちょうどいい。――これ三人に教えておいてくれないかな」
席を立ちながら、彼の側に置かれていた机上の大判サイズの封筒を手にし、一番近くにいた姉の元へと持ってきた。
「これは――?」
「学園のスケジュールだよ。――今月の予定、授業の事、部活や委員会の予定を分かる範囲でまとめたんだ。君たちは部活動に参加してないから知らないかもしれないけど、学園内にはこれだけいろんな活動があるんだよ」
厚みのある封筒を手にし、中を開けると紙の束が出てくる。――横から覗くと各紙に予定が書かれているようだった。上から今月の予定、授業の一覧、委員会の活動日時、部活動について。部活動については名前と簡単な紹介と共に、いつどこで活動しているかが記されていた。一頁に記されている量もそれなりにあるが、何枚もその紹介が続いており、かなりの数の部活動が存在していることを今更ながら知った。
「こんなに……? 誰か所属するの?」
「それはどうだろう。でも、皆が興味があるところに見学に行くだろうと思って、まとめておいたんだ。君たちこういうの好きでしょ?」
エリーチェとリタも反対側からその紙を覗いており、その二人に声を掛けたようだった。
「すごい……! こんなにいろんな活動があるんだ――。ヴァイス様ありがとう!」
「どういたしまして。――学園で認定されているものから、非公認のものまで分かる範囲でまとめているだけだけさ。ここにない活動を見つけたら逆に教えて欲しいって、フィフスくんに伝えておいてくれるかな」
「――――彼を便利に使う気か?」
思わずヴァイスに突っかかる様な言葉が出る。こちらの心中とは異なり彼はにこやかだ。
「あの子の方が僕よりも気付くものが多いからね。――それに、僕の頼みなら何でも聞いてくれるから、そんなに気にしなくて大丈夫さ」
にこにこと無邪気に笑うヴァイスの言が素直に受け取れないのは、引っかかる言い方のせいなのか。
普段のこと、昨日のことと彼に対する不満が募っていたが、今朝からスッキリしない出来事ばかりのせいか反発心が生まれる。
「僕はまだやらなきゃいけないことがあるから、そろそろお暇するね。ごちそうさま。――正午に中央エントランスで会おう。その時はヨアヒムも復活しているといいんだけれどねぇ」
叔父の様子を知っているのだろう、物思いにふけるような仕草をしながらも楽しそうな気配が見えている。
「あとは若人たちで親睦を深めるといいさ。それじゃあね~」
片手をひらひらと振りながら、姉の後ろにあるもう一つの扉から出て行く。
姿が見えなくなると思わずため息が出た。彼の跡をガレリオが片付けており、使用されたカップを手に、すぐ後ろの扉から姿を消した。――そちらが水場が近い出入り口なのかもしれない。
「頼まれることは嫌いじゃないので、アイツはそんなに気にしないと思いますよ」
リタがさらりとした口調で、何事もなかったかのように呟いた。
「ねぇ、秘密の活動なんてなんだかわくわくするね。あるなら私も見つけたい。どんなことしてるんだろう~?」
「――管理外のことをしようとしているんだから、まともな活動じゃないでしょ。そういうものならヴァイス様に報告した方がいいと思うわ」
リタとエリーチェが何事かと話し合っていた。
「……空気を悪くしてすまなかった」
彼女たちは気遣ってくれたのだろう。
狭い視野しか持ち合わせておらず、また晴れない心のままに行動してしまったことを悔いる。
「ううん、心配をしてくれてありがとう」
エリーチェの屈託のない笑顔に、情けなくなるばかりだ。心配そうに弟の手が強く握られる。
気落ちしながらも、席に座ろうとそれぞれが動いたところ――、
「なんでこんなに集まってるんだ……?」
後ろから新しい声が届き、全員の視線がそちらに向く。昨日と同じような格好で、宿舎という場所でも変わらず帯剣していた。
「フィフス! おはようございます」
「おはよ~、ちゃんと休んでる?」
「あぁ、おはよう。……何かあったのか?」
片手に書類だろうか、数枚の紙を持ち、まだ状況が理解できないといった様子で全員の顔を見比べながら部屋に入ってきた。エリーチェが立ち上がり彼の側に行くので、つられて皆席を立った。
「ごきげんよう、お邪魔させて貰っているわ。――弟たちが大変世話になったそうで」
姉がこちらに視線を送り、続きを促してきた。――燻る気持ちをなんとか押しのけ、彼に向き合う。
「……昨日はエミリオと共に世話になった。話を聞いた父からも貴方へ礼を尽くすようにと品が届いている。――あと返しそびれたコートや借りていたものも一緒に持参した次第だ」
「そうか、わざわざ手間をかけさせた……。」
後ろに控えていたアイベルが返礼品とコートの類を持ってきたが、フィフスの目線は大きな包みに向いている。
「………………まさか、レーヴの?」
「そうなのよ! 王様ってば太っ腹よねー!」
エリーチェがフィフスの両肩に手をバシっとのせ、今までで一番テンションが上がってているのか力任せに彼を揺さぶっている。体幹がいいのか、彼女の熱量程は揺れる気配がなかった。
「別にエリーチェに持ってきたわけじゃないでしょ。なんであなたが喜ぶの。ちょっとは落ち着きなさいって――」
テンションの高いエリーチェに、手が付けられないとリタの棘のある言葉が止めようとしていた。
一気に雰囲気の変わったエリーチェを、姉はニコニコと見守っている。豹変した彼女の様子についていけない弟と一緒に少し呆気にとられる。
今まで大人しく見えていたが、かなり元気のあるタイプのようだった。
「ねぇねぇ早く開けてみて! これだけ大きいんだもの。何が入っているのかすごく気にならない? なるよね!?」
背後にいる、勢いに任せな彼女に動じることなく一瞥すると、
「開けてみてもいいか?」
「あ、あぁ、どうぞ――」
アイベルがフィフスの傍に包みを差し出した。濃い青紫色の布を開くと黒い木製の箱が出てきた。
金箔で大きな装飾が施されており、シックで豪奢なデザインだ。上部を持ちあげるとチョコレートが整然と仕切りの中で鎮座していた。
部屋の明かりに照らされて光沢を放っており、ひとつとして同じ形をしていないそれらを際立たせる。小さなものが縦横20個ずつ並んでおり、下を見れば引き出しが付いているので、それぞれの階層にまた他のチョコレートが収納されていそうだった。
「中身だけじゃなくて箱までかわいい~~~~~! 箱使う? 空になったら貰ってもいい??」
「別に構わないが……、少しは落ち着け。」
嬉しい気持ちが止まらないようで、フィフスの周りで小さく跳ねている。エミリオもたまに似たような行動をするが、年下の彼よりも全身を使って喜びを表現しているようだ。
「……エリーチェは普段こうなのですか?」
「えぇ……、うるさくてごめんなさいね。お淑やかさとは無縁なもので……」
「可愛いじゃない。私は嫌いでなくてよ」
姉は元気なエリーチェを見ながら笑っていた。一緒にいるうちに本質の部分を知ったのかもしれない。だいぶ温度感が変わり、若干気持ちの置き場に困った。
「このような立派なものを用意してくれて感謝する。――どうか王にもそう伝えておいてくれ。」
始終落ち着いた口調で淡々と行われる礼に、あまり喜んでいるようにも見えず、事務的な態度に少し戸惑った。
「――なんだ坊っちゃん降りて来たんですか」
先ほど出て行った扉からまたガレリオが現れた。
「あぁ、――ヴァイス卿はもう帰られたのか。」
「入れ違いですね~。――というかなにそれ。また仕事でもしてるんですか?」
「そうだが。」
ガレリオがフィフスから紙束を取り上げ、中身に目を通している。
「――これはこっちで預かりますね。夕方までにやっておくので後で確認して下さい。それからみんなご飯食べに来たそうなんで、あとはよろしくお願いしまーす」
「……よろしくとは?」
手中から紙がなくなったのに、書類を無くしたままの手の形でガレリオを見ている。
「基本セルフなんでお好きにどうぞ、って案内してくださいよ~。というか、ごくごく普通の料理なんですけど、王子さまたちはお口に合いますかね……? 急に不安になってきた……」
「まぁ、その時はその時ということで。――フィーも仕事終わりなら一緒にご飯にしようよ」
「いや、食事は済んでいる。……仕事をしに来たのに、なぜ奪われなきゃいけないんだ。」
腕組をして小さく嘆息している。同じくガレリオも腕組をし、エリーチェもなぜか同じポーズをとっている。
「書類仕事なら得意な人が他にいるしいいでしょう? お借りしたタイプライターを試したいって、さっき言ってる人がいたんで任せてくださいよ」
「……すみません、この人仕事モードのときはこんな感じなので気にしないでくださいね」
リタがうんざりとしながら傍に来て小さく言った。
「昨日とか大丈夫でした? ――こういうのは疲れるって言ってるんですけど、アイツ気持ちの切り替えが下手で……。皆さんにご迷惑をおかけしていませんでしたか?」
ガレリオはさっさと書類を持って退散した。エリーチェは手ぶらになったフィフスを確保し、姉と話をしていた。
「いいえ、昨日はたくさん親切にしてくれたので楽しく過ごせましたよ」
「……あの人はいつもこんな感じなのか?」
「えぇ……、気付くと三徹くらいは余裕でしちゃうんですよね。――仕事している方がきっと楽なんでしょうけど、いい加減にして欲しいというか」
ただただ呆れた様子だが、しれっと出た言葉に思わずリタを見た。
「――『サンテツ』、ってなんですか?」
「三日くらいなら、休まずに仕事をしてしまうということです。――なんでも出来ちゃうから周りもアイツに頼りすぎてしまって、本末転倒というか……。少しはこっちで頭冷やせって言われているのに、またあの調子で……。頭が痛いです」
こめかみを押さえ、気難しい顔をしている。――仕事中毒だとは思っていたが、そんな身を削るような生活をしているのか――。
ふと、ここの兵士たちが皆気安く遠慮がないのは、ガレリオのようにさりげなく友人を止めるための人員なのか。――もしそうなら東方天が自ら集めた人材なのか、誰かの意図で用意された人材なのかと新たな疑問が出る。
この予想自体が当たっているかは分からないが。
「……昨日、ヴァイス様から、アイツの事は殿下たちにお任せしておけばいいと説明がありました。――いつも同じ人に注意されても聞き流しちゃうから、別の人に注意してもらった方が話も聞くんじゃないかって……」
気遣わしげにこちらの顔を見て、言葉を迷っているようだった。
「――勝手に頼ってしまって申し訳ないのですが、皆さんのご負担にならない程度に見ててもらえませんか……? きっと注意できるのは立場の違う人だと思うので……」
「……ヴァイスから似たような話は聞いていたが、そういう事情だったんだな。俺に何ができるか分からないが、気にかけておこう」
「ありがとうございます。……遠慮しないでなんでも言ってください。手が負えないときは私たちでもここの兵でも、ヴァイス様でもいいので、ご相談いただければ誰かがすぐに対処しますから!」
握りこぶしを作って力強く訴えている。
――学園にいる女子というのは女性らしさを好む者が多く、直接的な言い回しを避けることが美徳になっている。それが女性の機微ということで好まれているのだが、今目の前にいる彼女たちの、周囲の目を意識しすぎない素直さが裏まで読まなくとも分かりやすい態度だ。
少々突き放す言葉が多く冷たい印象があったが、彼女なりに心配してたらしい。
その冷たい言葉と、気遣う態度の差にふっと笑う。
「その時はよろしく頼む」
姉が早々に気を許しているのはこういうところなのかもと分かり、少しだけ居心地の悪さがなくなった。
結局エリーチェが好奇心旺盛な姉たちを連れ厨房へ行くと、部屋が急に静かになった。
自分もそんなに食欲もないためフィフスと残ったのだが、アイベルからコート類を受け取ると隣に座り、適当な席にコートを置いた。――手が空くとそのまま机に突っ伏した。
「……どうかしたのか?」
「気にしないでくれ。少し休んでいるだけだ。」
顔をこちらに向けたが、その目が少し眠そうにも見える。
机に突っ伏すという行為をしたことがないが、学園内でそのような姿勢になっている人は見たことがある。
窮屈そうな姿勢に見えるが、果たして休まるのだろうか――。
「さっきリタから休まずに仕事していると聞いた……。今もだったりするのか?」
「ここに来てからは、皆が止めるからちゃんと休んでいる。――でもまぁ二、三日は寝ずに動けるからそんなに休まなくてもと思ってしまうな。」
確かに皆の心配が響いている気配がなく、彼女の心配がそのまま表れていることに苦笑する。
「――どうしてフィフスは寝ないでも動けるんですか?」
後ろに控えていたアイベルが疑問を口にした。彼の言葉にフィフスは身体を起こし、座ったまま振り返った。
「寝ない、と言っても仮眠くらいは取っている。こまめに休憩を入れておけば、一週間くらいは動けるな。」
神妙な顔で、フィフスの助言をアイベルが聞いている。
「…………どちらにも無理はしないで欲しいんだが」
「ですが、私もそれくらい動けたらいいのにと思うことがあって……。少しフィフスの気持ちが分かります」
「ほら、お前の侍従ですらそう言っているぞ。別に変なことじゃない。」
真面目なアイベルと不満そうなフィフスの顔がこちらに向く。なにか気が合っているようで複雑な気分だ。
「……そうやって昨日話していたのか?」
「あぁ、少しな。――そうだ、アイベルにエリーチェと手合わせさせたいと思っているんだが、ダメだろうか?」
先ほどここにいた元気な彼女のことを思い出し、急な話に戸惑う。
「どうしてそんな話に――?」
「彼に指導して欲しいと言われたが、エリーチェと手合わせする方が為になると思ったからだ。――あいつは半年ほどラウルスの槍術を学んでいるが、その前からも武術は齧っていてな。趣味の範囲だが打たれ強いし、力がない分小細工も多いところが実践訓練にはちょうどいいと思ったんだ。」
つい今しがた机に突っ伏していたとは思えない饒舌に、今の休息で元気になったということだろうか。
「それにアイベルは宮廷剣術を学んでいるのだろう? せっかく体得した型を崩させるのはもったいない。お前の侍従がクローナハ槍術使いを打ちのめしたとなれば、箔もついて良いと思わないか?」
不敵な笑みを向けられ、仕事モードとやらが終わったのだと分かった。アイベルを見るとこちらに真剣な眼差しを向けている。
「先日のことを思い出すとどうしても不甲斐なく……。もちろん殿下の事が最優先です。ただ、もしお時間を頂けるのであれば、少しでも研鑽の時間を設けられればと――」
「毎朝5時からここで鍛錬の時間を設けている。ちょうど男子寮も近いし、気軽に来れていいかと思ったんだ。――エリーチェじゃなくても、ここに来ればいつでも誰か手合わせしてくれるだろう。お前も気になったら見に来ればいい。」
「……フィフスも朝はいるのか」
「できる限りは顔を出すつもりだ。身体を動かすのは嫌いじゃないんでな。――相手はできないが、見て得るものもあるだろう。」
「その時間であれば、いつも通りお部屋に伺えるかと思います。――いかがでしょうか」
おずおずと尋ねられるも、彼の向上心を止める理由もないため許可を出す気ではいるのだが、――何かが引っかかり返事がすぐにできずにいた。
こちらを向く二人の顔を見比べ、ためらいがちに言葉を選ぶ。
「……彼女は手合わせについて知っているのか?」
「まだ話していない。――だが、エリーチェなら喜んで相手してくれるだろう。武芸を習いたくて、わざわざ聖国の極北から家出をしてまで聖都へ来たくらいだからな。」
元気な人ではあると思ったが、かなり行動力もあるタイプなようだ。
「家出と知って二度ほど連れて帰ってもらったんだが、三度も聖都に戻ってきたから本家の連中も諦めていた。――北方天が来るまでの間、黎明宮で預かっていたこともある。」
まっすぐに青色の瞳がこちらを見ている。――黎明宮とは、聖都にある東方天の居城だ。
今はもう微かな記憶となってしまったが、一度訪れたことのある場の名が出て胸の奥が疼いた。
――疼く胸に、あの時の光景が一瞬広がる。
白亜の宮殿に差し込む陽光の眩しいあの場所で、今のようにすぐ近くで彼女といた時のことが眼裏に蘇る。
遠い過去にしがみつく気はないが――、いま注がれている瞳が過去と同じ色であると教えてくる。思わず手が伸びるが、虚空を掴むだけに留めた。
深く息を吸い、心を沈める。――伸ばした手は何を掴みたかったのか分からないが、きっと伸ばしてはいけないものだ。
「――だから彼女について詳しいのか」
「まぁな。」
なんとか言葉をひとつ出し短い返事をもらうと、用を済ませた姉たちが戻りまた賑々しさが部屋に満ちた。
アイベルに話の続きはまた後でと伝え、何をどうすべきか。――――自分の心とも検討しなければならないだろうと、ひとり胸にしまう。
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