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36.『饒舌』な休日②
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寮を出ると、塀の角に隠れた場所に姉たちはいた。三人とも制服ということで、二人もだいぶ学園に溶け込んでいるようにも見えた。
「おはよう。一緒に部屋にいたの?」
「はい! ちょうどアイベルに声を掛けられて、兄さまのお部屋にお邪魔したところでした」
勢いよく駆け寄った末弟が姉に頭を撫でられている。少し遅れて二人のところへ侍従たちと辿り着くと、姉は拗ねた様子に変わる。
「……二人で密談でもしてたのかしら?」
仲間外れにされたかもしれないということに、ご機嫌斜めな態度を見せる姉に苦笑する。姉も分かってやっているので、悪戯めいた笑みが見えている。
「いえ、――父からフィフスへの返礼品を預かったので、それをエミリオと届けようと話をしていたところでした」
「お父様から……?」
ちらりと侍従たちを見た姉が、例の包みを見たようで納得してくれた。
「姉さまたちは、こんな時間からどちらへお出かけされるところだったんですか?」
「リタとエリーチェが朝食を食べに行くというからついてきたの。――聖都の料理ってどんなのか気にならない?」
姉の好奇心でいっぱいといった様子に、弟も感化されたのか目を輝かせている。
「それで宿舎に?」
「そうなの。二人も一緒にどう? ――弟たちが一緒でも大丈夫かしら?」
「人数が増えてもあの人たちは気にしないと思うわ。むさくるしいでしょうけど、客間もあったはずだからゆっくり食事はできるはずかと」
「リタったら。――貴女たち二人に聞いたのよ」
姉の心配をよそに、別の事を気に掛けていたリタへとくすりと笑いかけた。姉も随分と彼女たちと親しくしているようだった。
平素は体面を気にかけ格式張った様子でいるところを見かけるが、二人に対しては気を許しているようだ。
「そっちでしたか……。殿下たちが大丈夫でしたら私たちは問題ないです。そうよね、エリーチェ」
「うんうん。それにまだお二人とそんなに話してないから、ご一緒できて嬉しいな」
少し気まずそうなリタに、朗らかに笑いかけるエリーチェ。昨日も少し見かけた程度で、直接言葉を交わしていなかったからまだ人となりが分からないでいる。――姉からはいい子たちだという軽い話だけは聞いてはいるが。
「じゃあ決まりね。みんなで一緒に行きましょう」
姉の声に釣られ、弟とエリーチェが元気よく返事をし、共に寄宿へと向かうことになった。
「それにしてもずいぶん大きな包みね――。その紋章って、レーヴイデアルの?」
「やっぱり! もしかしてそうかな~って思ってたの。――甘い匂いもするからレーヴのチョコかと」
姉の問いにエリーチェが予想が当たって嬉しいといった様子で答えていた。
「ふふっ、エリーチェは鼻が利くのね。――王都にあるショコラトリーだけど、聖都でも有名なの?」
「ラウルスから帰ってくる人が、お土産で買ってきてくれるんだ~。――でも生ものだし、砂漠を越えなきゃだからね。口にできるのは選ばれし者だけなの……」
遠い目で思いにふける様子から、なかなか口にできないのだと伝わる。無念そうな様子に姉がくすりと笑った。
「それなら今度私も用意してあげるわ。すぐに取り寄せられるから、届いたら一緒にお茶にしましょう」
姉の提言に嬉しそうな顔に変わる。
「ありがとう。――でもここにあるんだから、あとで頼んでみんなで一緒に頂いちゃお」
あまり小さくない声で、全員の顔を見て企みを伝えた。その計画に弟が嬉しそうに返事をする。――正体を知る前に雑談した際に名前が出ていたことや、ヴァイスがクリスと一番仲が良いと言っていたことを思い出す。
全員の顔を見ていた彼女が何かに気付いたようで、アイベルに近付いた。
「あと、アイベルさん? ――まだ名乗っていなかったですよね。私がエリーチェ、あっちがリタです。ディアス様とアイベルさんにはフィーがお世話になってると聞きました。――お二人ともありがとうございます」
「こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます。――昨日フィフスから貴女のお話を伺いました。なんでもクローナハ槍術を学んでいらっしゃるとか」
自分の侍従から知らない話が出てきて面食らう。昨夜話に夢中になったと言っていたが、一体どれだけのことを話していたのだろうか。
「教えて貰ってまだ間もないので、学んでいると言うのもおこがましいというか……」
「クローナハって、――もしかしてノルベルトに?」
姉の口から出た名前は知っている。――ノルベルト・フォン・クローナハ。王家に仕える六大貴族のひとりで、槍術に長けた一門であり、ここの卒業生でもある。
三年前にこの学園を卒業したが、その後も何度か王都でも顔を合わせたことがある。
「うん、そうなの。――半年くらい前に聖都にいらしたんだけど、西方天に武術の指南してくれているんです。ついでに興味のある人にも槍術を教えてくれていて、私もお世話になっています」
こちらが戸惑っているのを察したのか、説明をしてくれた。目が合うとにこりと笑いかけてくれるも、言い知れぬ居心地の悪さからうまく返事が出来なかった。
「あとその荷物――、見覚えがあるんですけど、まさかアイツのコートですか……?」
リタが気まずそうにアイベルに近付き、彼の腕に掛けられたコートを指さしている。
「はい、昨日お返しするのを失念しておりまして……。あとこちらは最初に助けていただいた際にお借りしたものです」
「お怪我もしていたと聞いたんですが、もう大丈夫なんですか? ――そちらの荷物、持ちますよ」
「怪我はフィフスに治していただいたので大丈夫です。お気遣いありがとうございます。――この程度であれば問題ありませんので、どうぞお任せください」
申し訳なさそうにするリタ、に丁寧に断りを入れている。良くできた侍従であることは自慢だが、――なぜだか今日は心が晴れずにいる。
「アイベルってば人気者ね~」
いつの間にか横に来ていた姉がとんっと軽く肩をぶつけて来た。それを見たエミリオも反対側からくっつく。
「昨日はお友だちに会えたのね。どうだったの? 叔父様が心配していたけれど、何かお話できたのかしら」
「……そうですね、何かあるようですが、今は言えないと言っていました。――ただ彼と親しくすることが、助けになると言っていました」
昨日会話したときのことをぼんやりと思い出す。
「親しく? ――ずいぶん曖昧な話ね。……二人は何か知ってる?」
傍にいるリタとエリーチェに姉が話題を振り、軽く昨日の経緯を伝えた。するとリタは呆れた様子で、エリーチェも困ったように笑うばかりだった。
「うーん、――その、心配かけてるみたいでごめんね? でもそんなに深く考えなくて大丈夫だよ。その内、皆に話すと思うな」
エリーチェのはっきりしない言葉に、ますます謎が深まるばかりだった。
「親しくすることが助けになるって、どういうことなんですか?」
エミリオも困惑した様子で尋ねた。
少なくとも何も聞いていないであろう弟は、昨日一緒に過ごした様子や叔父の話から何も結びつかずにいるだろう。多少、正体や経緯を知っている自分でも何も分からないことが歯がゆく感じた。
「困ったことになっているのは本当なんだ。――だからみんなに味方になって欲しいんだと思うよ」
落ち込んでいる。困っている。――そういう情報が集まるばかりで、その実が掴めない状況が続く。
「でも、禄でもないことを考えているかもなので、そんなに親身にならなくても大丈夫ですからね」
呆れて突き放すような言い方をするリタに、エミリオが小さく驚いていた。
「その内分かるかもしれませんが、――アイツは常識に捕らわれないタイプなので、親身になっていると予想を裏切られて徒労に終わるなんてこともよくあるので。どうか皆さんも気を付けてください」
予想外の行動は何度かあったが、彼女のような物言いになるような出来事が過去にあったのだろうか。今のところ想像がつかず、困惑するばかりだ。
「リタは良く振り回されるの?」
「何度もね」
「リタも振り回しているからお互い様だよ」
ため息交じりのリタにエリーチェが彼女に茶々を入れた。一瞬ムッとした顔をしたが、それ以上は言葉はなかった。
にこにことリタに動じることのないエリーチェから、深刻な話ではないようにも思えるが、――姉もリタの言葉をそんなに重く受け止めていないようで、二人を微笑ましげに見ていた。
幾重ものベールが覆い、その中にあるものがはっきり見えない状態が続く。これがいつか明らかになるときは来るのだろうか――。
姉に促され、あと少しで到着できる目的地へと皆で足を運んだ。
宿舎の前に二名の兵士がいるのだが、近付くたびに彼らが怪訝な顔になっていく。――恐らく先ほど部屋から見えた人物だろう。
「おはよ~。来ちゃった」
エリーチェが声の届く距離に近付くと、片手を振り二人に声を掛けた。
「おはようございます……、ってエリーチェとリタか。制服似合ってますね。どこの学生さんかと驚きましたよ。――それと、お二人と一緒にいるのってお姫さまと王子さま……?」
「ごきげんよう。急に押しかけてしまってごめんなさいね。――私は二人についてきたのだけれど、弟たちは昨日の礼をしにフィフスたちに会いに来たの」
団体で押しかけてしまったため、驚いていたようだった。――確かにアポイントもとらず流れに任せて来てしまったので、彼らが驚くのも仕方のないことだろう。
「……約束を取り付けずに伺ってしまって申し訳ない――。もし忙しいようであればまた出直そう」
「問題ありませんよ。ようこそおいで下さいました。――王家ご一行様、ご来店でーす!」
大きな声で来店という言葉と共に、扉を開け中に案内される。
「来店? ……お店があるんですか?」
「……深い意味はないので気にしないでください」
エミリオがきょとんとしてると、リタが困ったように説明した。
「すみません――、ここの人たちってば始終こんなノリなので、まともに付き合わなくて大丈夫ですからね」
中に入ると学生寮よりかは質素な作りではあるが、広々とした空間に意匠を凝らした家具や絨毯、シックなデザインの壁紙や照明が落ち着いた雰囲気を作っている。
外の兵士の声に反応し、エントランスにいた数名がこちらに視線を向け、それぞれが「ようこそ」と声を掛けてくれる。
「皆さん変わっていて面白いですね。――兵士というともっと厳しくて、近寄りがたい雰囲気があるのでなんだか新鮮です」
「……こういったノリは東方軍第三師団だけですよ。他はこちらの近衛の方とか、警護隊の方に近い雰囲気です」
好奇心があふれ出そうなエミリオに、リタがため息交じりで説明を加えていた。
何度か見かけたガレリオという師団長や、教会でフィフスに声を掛けていた兵士たちはずいぶん親しげだと思ったが、もともとこういうノリの人たちだったようだ。
世に名を轟かせている『東方天』に仕える兵士というには。少々緩すぎる空気だ。――だが、その点を長所と言っていたので、あえてこういった人物たちを傍に置いているのかもしれない。
「おはようございます。――坊っちゃんに御用でしたら、もう少ししたら降りてくると思います」
近くにいた兵士が声を掛けてきた。
「あと、ヴァイス様も来てますよ。――もしかしてそっちに御用が?」
「おじさん来てるんだ! もしかして忙しい?」
エリーチェが嬉しそうな声を上げた。彼女からも好かれているのかと驚く。――向こうでは猫を被っているのだろうか。
「さっき皆と一緒に朝食を召し上がっていましたよ。さすがにもう食べ終わってると思いますが」
「おじさん……、ヴァイスって向こうでそう呼ばれてるの?」
姉が聞きなれない呼び方が面白かったのか、小さく肩を震わせ平静を取り繕うとするも、思わず顔を背けディアスの背に顔を隠した。
「え、あ……。友だちの叔父さんだから、そう呼んでて――。みんなはちゃんとヴァイス様って呼んでるよ!」
姉が何で笑っているのか、分かっていないエリーチェが慌てて訂正した。うっかり出た言葉に顔が赤くなり、なんとか姉を落ち着かせようと狼狽までし始めてしまった。
「……すまない。姉上はヴァイスの呼び方が面白かっただけだから、そんなに気にしなくていい」
「そ、そうなの? なんか恥ずかしいなぁ……」
言葉通りに照れているようで、気まずそうにしている。姉はまだ笑いのツボに入っているようで、エミリオも困った姉に代わりエリーチェに気にしなくていいと伝えていた。
「ヴァイス様って人気があるんですね~」
「あの人若いもんなー。なんとなく『おじさん』って呼びにくいのは分かる」
「というか、本当にあの人先生だったんだ。そっちの方に驚いたわー」
今のやり取りを見ていた兵士たちが、そんな感想を好き勝手言っていた。――自分と同じようなことを考えている人がいることに少し親近感が沸く。
「――はぁ、ごめんなさい。なんだかエリーチェの言い方が面白くなってしまって……」
なんとか笑いを押さえたようで、背中から出てくる。
「アズって結構笑いのツボが浅いよね。たくさん面白いことを見つけられて素敵なことだと思うけど」
「――お褒めの言葉をありがとう。気を悪くさせてしまっていたらごめんなさいね」
「大丈夫だよ。たくさん笑えることは良いことだからね」
姉が笑っていたことを深く気にする様子はないようで、エリーチェはにこりと微笑んだ。
「落ち着いたら行こっか。いい散歩だったから、お腹も空いてきちゃった」
さぁと奥へ促すその行動が、なんだか友人に似ている気がした。
「おはよう。一緒に部屋にいたの?」
「はい! ちょうどアイベルに声を掛けられて、兄さまのお部屋にお邪魔したところでした」
勢いよく駆け寄った末弟が姉に頭を撫でられている。少し遅れて二人のところへ侍従たちと辿り着くと、姉は拗ねた様子に変わる。
「……二人で密談でもしてたのかしら?」
仲間外れにされたかもしれないということに、ご機嫌斜めな態度を見せる姉に苦笑する。姉も分かってやっているので、悪戯めいた笑みが見えている。
「いえ、――父からフィフスへの返礼品を預かったので、それをエミリオと届けようと話をしていたところでした」
「お父様から……?」
ちらりと侍従たちを見た姉が、例の包みを見たようで納得してくれた。
「姉さまたちは、こんな時間からどちらへお出かけされるところだったんですか?」
「リタとエリーチェが朝食を食べに行くというからついてきたの。――聖都の料理ってどんなのか気にならない?」
姉の好奇心でいっぱいといった様子に、弟も感化されたのか目を輝かせている。
「それで宿舎に?」
「そうなの。二人も一緒にどう? ――弟たちが一緒でも大丈夫かしら?」
「人数が増えてもあの人たちは気にしないと思うわ。むさくるしいでしょうけど、客間もあったはずだからゆっくり食事はできるはずかと」
「リタったら。――貴女たち二人に聞いたのよ」
姉の心配をよそに、別の事を気に掛けていたリタへとくすりと笑いかけた。姉も随分と彼女たちと親しくしているようだった。
平素は体面を気にかけ格式張った様子でいるところを見かけるが、二人に対しては気を許しているようだ。
「そっちでしたか……。殿下たちが大丈夫でしたら私たちは問題ないです。そうよね、エリーチェ」
「うんうん。それにまだお二人とそんなに話してないから、ご一緒できて嬉しいな」
少し気まずそうなリタに、朗らかに笑いかけるエリーチェ。昨日も少し見かけた程度で、直接言葉を交わしていなかったからまだ人となりが分からないでいる。――姉からはいい子たちだという軽い話だけは聞いてはいるが。
「じゃあ決まりね。みんなで一緒に行きましょう」
姉の声に釣られ、弟とエリーチェが元気よく返事をし、共に寄宿へと向かうことになった。
「それにしてもずいぶん大きな包みね――。その紋章って、レーヴイデアルの?」
「やっぱり! もしかしてそうかな~って思ってたの。――甘い匂いもするからレーヴのチョコかと」
姉の問いにエリーチェが予想が当たって嬉しいといった様子で答えていた。
「ふふっ、エリーチェは鼻が利くのね。――王都にあるショコラトリーだけど、聖都でも有名なの?」
「ラウルスから帰ってくる人が、お土産で買ってきてくれるんだ~。――でも生ものだし、砂漠を越えなきゃだからね。口にできるのは選ばれし者だけなの……」
遠い目で思いにふける様子から、なかなか口にできないのだと伝わる。無念そうな様子に姉がくすりと笑った。
「それなら今度私も用意してあげるわ。すぐに取り寄せられるから、届いたら一緒にお茶にしましょう」
姉の提言に嬉しそうな顔に変わる。
「ありがとう。――でもここにあるんだから、あとで頼んでみんなで一緒に頂いちゃお」
あまり小さくない声で、全員の顔を見て企みを伝えた。その計画に弟が嬉しそうに返事をする。――正体を知る前に雑談した際に名前が出ていたことや、ヴァイスがクリスと一番仲が良いと言っていたことを思い出す。
全員の顔を見ていた彼女が何かに気付いたようで、アイベルに近付いた。
「あと、アイベルさん? ――まだ名乗っていなかったですよね。私がエリーチェ、あっちがリタです。ディアス様とアイベルさんにはフィーがお世話になってると聞きました。――お二人ともありがとうございます」
「こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます。――昨日フィフスから貴女のお話を伺いました。なんでもクローナハ槍術を学んでいらっしゃるとか」
自分の侍従から知らない話が出てきて面食らう。昨夜話に夢中になったと言っていたが、一体どれだけのことを話していたのだろうか。
「教えて貰ってまだ間もないので、学んでいると言うのもおこがましいというか……」
「クローナハって、――もしかしてノルベルトに?」
姉の口から出た名前は知っている。――ノルベルト・フォン・クローナハ。王家に仕える六大貴族のひとりで、槍術に長けた一門であり、ここの卒業生でもある。
三年前にこの学園を卒業したが、その後も何度か王都でも顔を合わせたことがある。
「うん、そうなの。――半年くらい前に聖都にいらしたんだけど、西方天に武術の指南してくれているんです。ついでに興味のある人にも槍術を教えてくれていて、私もお世話になっています」
こちらが戸惑っているのを察したのか、説明をしてくれた。目が合うとにこりと笑いかけてくれるも、言い知れぬ居心地の悪さからうまく返事が出来なかった。
「あとその荷物――、見覚えがあるんですけど、まさかアイツのコートですか……?」
リタが気まずそうにアイベルに近付き、彼の腕に掛けられたコートを指さしている。
「はい、昨日お返しするのを失念しておりまして……。あとこちらは最初に助けていただいた際にお借りしたものです」
「お怪我もしていたと聞いたんですが、もう大丈夫なんですか? ――そちらの荷物、持ちますよ」
「怪我はフィフスに治していただいたので大丈夫です。お気遣いありがとうございます。――この程度であれば問題ありませんので、どうぞお任せください」
申し訳なさそうにするリタ、に丁寧に断りを入れている。良くできた侍従であることは自慢だが、――なぜだか今日は心が晴れずにいる。
「アイベルってば人気者ね~」
いつの間にか横に来ていた姉がとんっと軽く肩をぶつけて来た。それを見たエミリオも反対側からくっつく。
「昨日はお友だちに会えたのね。どうだったの? 叔父様が心配していたけれど、何かお話できたのかしら」
「……そうですね、何かあるようですが、今は言えないと言っていました。――ただ彼と親しくすることが、助けになると言っていました」
昨日会話したときのことをぼんやりと思い出す。
「親しく? ――ずいぶん曖昧な話ね。……二人は何か知ってる?」
傍にいるリタとエリーチェに姉が話題を振り、軽く昨日の経緯を伝えた。するとリタは呆れた様子で、エリーチェも困ったように笑うばかりだった。
「うーん、――その、心配かけてるみたいでごめんね? でもそんなに深く考えなくて大丈夫だよ。その内、皆に話すと思うな」
エリーチェのはっきりしない言葉に、ますます謎が深まるばかりだった。
「親しくすることが助けになるって、どういうことなんですか?」
エミリオも困惑した様子で尋ねた。
少なくとも何も聞いていないであろう弟は、昨日一緒に過ごした様子や叔父の話から何も結びつかずにいるだろう。多少、正体や経緯を知っている自分でも何も分からないことが歯がゆく感じた。
「困ったことになっているのは本当なんだ。――だからみんなに味方になって欲しいんだと思うよ」
落ち込んでいる。困っている。――そういう情報が集まるばかりで、その実が掴めない状況が続く。
「でも、禄でもないことを考えているかもなので、そんなに親身にならなくても大丈夫ですからね」
呆れて突き放すような言い方をするリタに、エミリオが小さく驚いていた。
「その内分かるかもしれませんが、――アイツは常識に捕らわれないタイプなので、親身になっていると予想を裏切られて徒労に終わるなんてこともよくあるので。どうか皆さんも気を付けてください」
予想外の行動は何度かあったが、彼女のような物言いになるような出来事が過去にあったのだろうか。今のところ想像がつかず、困惑するばかりだ。
「リタは良く振り回されるの?」
「何度もね」
「リタも振り回しているからお互い様だよ」
ため息交じりのリタにエリーチェが彼女に茶々を入れた。一瞬ムッとした顔をしたが、それ以上は言葉はなかった。
にこにことリタに動じることのないエリーチェから、深刻な話ではないようにも思えるが、――姉もリタの言葉をそんなに重く受け止めていないようで、二人を微笑ましげに見ていた。
幾重ものベールが覆い、その中にあるものがはっきり見えない状態が続く。これがいつか明らかになるときは来るのだろうか――。
姉に促され、あと少しで到着できる目的地へと皆で足を運んだ。
宿舎の前に二名の兵士がいるのだが、近付くたびに彼らが怪訝な顔になっていく。――恐らく先ほど部屋から見えた人物だろう。
「おはよ~。来ちゃった」
エリーチェが声の届く距離に近付くと、片手を振り二人に声を掛けた。
「おはようございます……、ってエリーチェとリタか。制服似合ってますね。どこの学生さんかと驚きましたよ。――それと、お二人と一緒にいるのってお姫さまと王子さま……?」
「ごきげんよう。急に押しかけてしまってごめんなさいね。――私は二人についてきたのだけれど、弟たちは昨日の礼をしにフィフスたちに会いに来たの」
団体で押しかけてしまったため、驚いていたようだった。――確かにアポイントもとらず流れに任せて来てしまったので、彼らが驚くのも仕方のないことだろう。
「……約束を取り付けずに伺ってしまって申し訳ない――。もし忙しいようであればまた出直そう」
「問題ありませんよ。ようこそおいで下さいました。――王家ご一行様、ご来店でーす!」
大きな声で来店という言葉と共に、扉を開け中に案内される。
「来店? ……お店があるんですか?」
「……深い意味はないので気にしないでください」
エミリオがきょとんとしてると、リタが困ったように説明した。
「すみません――、ここの人たちってば始終こんなノリなので、まともに付き合わなくて大丈夫ですからね」
中に入ると学生寮よりかは質素な作りではあるが、広々とした空間に意匠を凝らした家具や絨毯、シックなデザインの壁紙や照明が落ち着いた雰囲気を作っている。
外の兵士の声に反応し、エントランスにいた数名がこちらに視線を向け、それぞれが「ようこそ」と声を掛けてくれる。
「皆さん変わっていて面白いですね。――兵士というともっと厳しくて、近寄りがたい雰囲気があるのでなんだか新鮮です」
「……こういったノリは東方軍第三師団だけですよ。他はこちらの近衛の方とか、警護隊の方に近い雰囲気です」
好奇心があふれ出そうなエミリオに、リタがため息交じりで説明を加えていた。
何度か見かけたガレリオという師団長や、教会でフィフスに声を掛けていた兵士たちはずいぶん親しげだと思ったが、もともとこういうノリの人たちだったようだ。
世に名を轟かせている『東方天』に仕える兵士というには。少々緩すぎる空気だ。――だが、その点を長所と言っていたので、あえてこういった人物たちを傍に置いているのかもしれない。
「おはようございます。――坊っちゃんに御用でしたら、もう少ししたら降りてくると思います」
近くにいた兵士が声を掛けてきた。
「あと、ヴァイス様も来てますよ。――もしかしてそっちに御用が?」
「おじさん来てるんだ! もしかして忙しい?」
エリーチェが嬉しそうな声を上げた。彼女からも好かれているのかと驚く。――向こうでは猫を被っているのだろうか。
「さっき皆と一緒に朝食を召し上がっていましたよ。さすがにもう食べ終わってると思いますが」
「おじさん……、ヴァイスって向こうでそう呼ばれてるの?」
姉が聞きなれない呼び方が面白かったのか、小さく肩を震わせ平静を取り繕うとするも、思わず顔を背けディアスの背に顔を隠した。
「え、あ……。友だちの叔父さんだから、そう呼んでて――。みんなはちゃんとヴァイス様って呼んでるよ!」
姉が何で笑っているのか、分かっていないエリーチェが慌てて訂正した。うっかり出た言葉に顔が赤くなり、なんとか姉を落ち着かせようと狼狽までし始めてしまった。
「……すまない。姉上はヴァイスの呼び方が面白かっただけだから、そんなに気にしなくていい」
「そ、そうなの? なんか恥ずかしいなぁ……」
言葉通りに照れているようで、気まずそうにしている。姉はまだ笑いのツボに入っているようで、エミリオも困った姉に代わりエリーチェに気にしなくていいと伝えていた。
「ヴァイス様って人気があるんですね~」
「あの人若いもんなー。なんとなく『おじさん』って呼びにくいのは分かる」
「というか、本当にあの人先生だったんだ。そっちの方に驚いたわー」
今のやり取りを見ていた兵士たちが、そんな感想を好き勝手言っていた。――自分と同じようなことを考えている人がいることに少し親近感が沸く。
「――はぁ、ごめんなさい。なんだかエリーチェの言い方が面白くなってしまって……」
なんとか笑いを押さえたようで、背中から出てくる。
「アズって結構笑いのツボが浅いよね。たくさん面白いことを見つけられて素敵なことだと思うけど」
「――お褒めの言葉をありがとう。気を悪くさせてしまっていたらごめんなさいね」
「大丈夫だよ。たくさん笑えることは良いことだからね」
姉が笑っていたことを深く気にする様子はないようで、エリーチェはにこりと微笑んだ。
「落ち着いたら行こっか。いい散歩だったから、お腹も空いてきちゃった」
さぁと奥へ促すその行動が、なんだか友人に似ている気がした。
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そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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