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30.隣の部屋①
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殿下と医務室へ向かう途中、ヨアヒム様とご姉弟様がずっとお話をされていた。
昨日危ないところを助けてくれた御仁について、いろいろとわかったことがある。
どうやら蒼家でも名の知れた人のひとりだと言うこと、――殿下たちの代わりになってくれる人であるということだ。
怪我を負って医務室で一晩を明かすことになったが、以前から本日のお出かけの前に話しておくことがあると言われていた。
看護師たちに見つかる前にベッドを抜け出し、約束の時間にゾフィ様に会いに行った。
ピオニールにいる際、王族に仕える侍従としてすべての指示や指導はあの方が行っている。だからどうしても会いに行かねばならなかった。
静かで凛々しく、主人のために一切妥協しない姿勢は見習うべきものだ。この方から学べるものはどんなことでも得たいと思っている。
彼女の小さな執務室に入る許可をもらい、対面した。
「……お早いですね。怪我はもう平気ですか」
「はい。問題ありません」
痛み止めを飲み、それでも訴える痛みはないものと無視をする。
「もう会われたのならよかったです。――今日は一日彼らに付き合って、殿下たちと一緒に下町に行くことになっています」
彼ら、とは昨日助けてくれた御仁だろう。なんとなく話は聞いていたが、手当をしてくれたこと、話しをしたこと、殿下のお心を落ち着かせてくれたことなど、短い時間ではあったが悪い人ではないということは理解した。
「大丈夫だとは思いますが、もし昨日のようなことがあれば彼らを盾にしすぐに離脱しなさい。――侍従として、貴方が殿下をお守りするのです」
「――はい」
あれだけ腕の立つ人だ。やはり護衛役として呼ばれたのだと理解した。
「オクタヴィア様もグライリヒ様も彼らのここでの自由を許しています。貴方から見て目に余る行為があれば我々に報告をなさい。それ以外は自由にしておいて構いません。――そして、貴方は決して彼らを信用してはなりません。心を許さないようくれぐれも注意なさい」
「……あの、それはどういう――?」
護衛役なのに、自由が許されているという状況が理解できなかった。傍には自分がいるにしても、着かず離れずの距離で殿下をお守りするものではないのか――。また、信用してはならないとはどういうことだろう。
「――まだ聞いていないのですか? 言葉通りの意味ですが、後でフィフス様からも説明がありましょう。……貴方は彼らとは違うのです。己の使命を全うなさい」
何かがすれ違っているようだが、何がずれているのか分からないため、微妙な間が一瞬生まれた。だが、気を取り直し言葉を続ける。
「――『隣の部屋』の鍵は持っていますか?」
「……はい、肌身離さず所持しております」
紐を通して首にかけたそれを服の上から触れる。
鍵のありどころを確認し、満足そうに小さくうなずいていた。
「フィフス様が望まれたら、案内してください。必要なことですので、彼の問には答えてあげてください。――ただ、殿下にたちにはまだこのことは伏せておくように」
「……」
理解した。――この鍵に関係がある人なのか。思わぬ話に体温が下がる。
「時期が来れば殿下たちにも説明します。――それまでどうか悟られぬように、心なさい」
「……承知しました」
それが朝の出来事だった。
ずっと誰も触れなかったものだ。
ずっと閉じられた部屋を、彼が開けるのか――。
昨日危ないところを助けてくれた御仁について、いろいろとわかったことがある。
どうやら蒼家でも名の知れた人のひとりだと言うこと、――殿下たちの代わりになってくれる人であるということだ。
怪我を負って医務室で一晩を明かすことになったが、以前から本日のお出かけの前に話しておくことがあると言われていた。
看護師たちに見つかる前にベッドを抜け出し、約束の時間にゾフィ様に会いに行った。
ピオニールにいる際、王族に仕える侍従としてすべての指示や指導はあの方が行っている。だからどうしても会いに行かねばならなかった。
静かで凛々しく、主人のために一切妥協しない姿勢は見習うべきものだ。この方から学べるものはどんなことでも得たいと思っている。
彼女の小さな執務室に入る許可をもらい、対面した。
「……お早いですね。怪我はもう平気ですか」
「はい。問題ありません」
痛み止めを飲み、それでも訴える痛みはないものと無視をする。
「もう会われたのならよかったです。――今日は一日彼らに付き合って、殿下たちと一緒に下町に行くことになっています」
彼ら、とは昨日助けてくれた御仁だろう。なんとなく話は聞いていたが、手当をしてくれたこと、話しをしたこと、殿下のお心を落ち着かせてくれたことなど、短い時間ではあったが悪い人ではないということは理解した。
「大丈夫だとは思いますが、もし昨日のようなことがあれば彼らを盾にしすぐに離脱しなさい。――侍従として、貴方が殿下をお守りするのです」
「――はい」
あれだけ腕の立つ人だ。やはり護衛役として呼ばれたのだと理解した。
「オクタヴィア様もグライリヒ様も彼らのここでの自由を許しています。貴方から見て目に余る行為があれば我々に報告をなさい。それ以外は自由にしておいて構いません。――そして、貴方は決して彼らを信用してはなりません。心を許さないようくれぐれも注意なさい」
「……あの、それはどういう――?」
護衛役なのに、自由が許されているという状況が理解できなかった。傍には自分がいるにしても、着かず離れずの距離で殿下をお守りするものではないのか――。また、信用してはならないとはどういうことだろう。
「――まだ聞いていないのですか? 言葉通りの意味ですが、後でフィフス様からも説明がありましょう。……貴方は彼らとは違うのです。己の使命を全うなさい」
何かがすれ違っているようだが、何がずれているのか分からないため、微妙な間が一瞬生まれた。だが、気を取り直し言葉を続ける。
「――『隣の部屋』の鍵は持っていますか?」
「……はい、肌身離さず所持しております」
紐を通して首にかけたそれを服の上から触れる。
鍵のありどころを確認し、満足そうに小さくうなずいていた。
「フィフス様が望まれたら、案内してください。必要なことですので、彼の問には答えてあげてください。――ただ、殿下にたちにはまだこのことは伏せておくように」
「……」
理解した。――この鍵に関係がある人なのか。思わぬ話に体温が下がる。
「時期が来れば殿下たちにも説明します。――それまでどうか悟られぬように、心なさい」
「……承知しました」
それが朝の出来事だった。
ずっと誰も触れなかったものだ。
ずっと閉じられた部屋を、彼が開けるのか――。
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