上 下
38 / 71

30.隣の部屋①

しおりを挟む
  殿下と医務室へ向かう途中、ヨアヒム様とご姉弟きょうだい様がずっとお話をされていた。
 昨日危ないところを助けてくれた御仁ごじんについて、いろいろとわかったことがある。
 どうやら蒼家でも名の知れた人のひとりだと言うこと、――殿下たちの代わりになってくれる人であるということだ。

 怪我を負って医務室で一晩をひとばん明かすことになったが、以前から本日のお出かけの前に話しておくことがあると言われていた。
 看護師たちに見つかる前にベッドを抜け出し、約束の時間にゾフィ様に会いに行った。
 ピオニールにいる際、王族に仕える侍従としてすべての指示や指導はあの方が行っている。だからどうしても会いに行かねばならなかった。
 静かで凛々りりしく、主人のために一切いっさい妥協だきょうしない姿勢は見習うべきものだ。この方から学べるものはどんなことでも得たいと思っている。
 彼女の小さな執務室に入る許可をもらい、対面した。
「……お早いですね。怪我はもう平気ですか」
「はい。問題ありません」
 痛み止めを飲み、それでも訴える痛みはないものと無視をする。
「もう会われたのならよかったです。――今日は一日彼らに付き合って、殿下たちと一緒に下町に行くことになっています」
 彼ら、とは昨日助けてくれた御仁ごじんだろう。なんとなく話は聞いていたが、手当をしてくれたこと、話しをしたこと、殿下のお心を落ち着かせてくれたことなど、短い時間ではあったが悪い人ではないということは理解した。
「大丈夫だとは思いますが、もし昨日のようなことがあれば彼らをたてにしすぐに離脱しなさい。――侍従として、貴方が殿下をお守りするのです」
「――はい」
 あれだけ腕の立つ人だ。やはり護衛役として呼ばれたのだと理解した。
「オクタヴィア様もグライリヒ様も彼らのここでの自由を許しています。貴方から見て目に余る行為があれば我々に報告をなさい。それ以外は自由にしておいて構いません。――そして、貴方は決して彼らを信用してはなりません。心を許さないようくれぐれも注意なさい」
「……あの、それはどういう――?」
 護衛役なのに、自由が許されているという状況が理解できなかった。そばには自分がいるにしても、着かず離れずの距離で殿下をお守りするものではないのか――。また、信用してはならないとはどういうことだろう。
「――まだ聞いていないのですか? 言葉通りの意味ですが、後でフィフス様からも説明がありましょう。……貴方は彼らとは違うのです。おのれの使命を全うなさい」
 何かがすれ違っているようだが、何がずれているのか分からないため、微妙な間が一瞬生まれた。だが、気を取り直し言葉を続ける。
「――『隣の部屋』の鍵は持っていますか?」
「……はい、肌身離さず所持しております」
 ひもを通して首にかけたそれを服の上から触れる。
 鍵のありどころを確認し、満足そうに小さくうなずいていた。
「フィフス様が望まれたら、案内してください。必要なことですので、彼の問には答えてあげてください。――ただ、殿下にたちにはまだこのことは伏せておくように」
「……」
 理解した。――この鍵に関係がある人なのか。思わぬ話に体温が下がる。
「時期が来れば殿下たちにも説明します。――それまでどうか悟られぬように、心なさい」
「……承知しました」

 それが朝の出来事だった。
 ずっと誰も触れなかったものだ。
 ずっと閉じられた部屋を、彼が開けるのか――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブレイブエイト〜異世界八犬伝伝説〜

蒼月丸
ファンタジー
異世界ハルヴァス。そこは平和なファンタジー世界だったが、新たな魔王であるタマズサが出現した事で大混乱に陥ってしまう。 魔王討伐に赴いた勇者一行も、タマズサによって壊滅してしまい、行方不明一名、死者二名、捕虜二名という結果に。このままだとハルヴァスが滅びるのも時間の問題だ。 それから数日後、地球にある後楽園ホールではプロレス大会が開かれていたが、ここにも魔王軍が攻め込んできて多くの客が殺されてしまう事態が起きた。 当然大会は中止。客の生き残りである東零夜は魔王軍に怒りを顕にし、憧れのレスラーである藍原倫子、彼女のパートナーの有原日和と共に、魔王軍がいるハルヴァスへと向かう事を決断したのだった。 八犬士達の意志を継ぐ選ばれし八人が、魔王タマズサとの戦いに挑む! 地球とハルヴァス、二つの世界を行き来するファンタジー作品、開幕! Nolaノベル、PageMeku、ネオページ、なろうにも連載しています!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...