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間奏曲 ――友人B――
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10月1日の夜の事――。リタはどっと疲れていた。
新しい環境というのもあるが、洗礼と言わんばかりに良家のお嬢様方に囲まれ、根掘り葉掘りあれこれと、好奇心でいっぱいにキラキラ輝かせる彼女たちに質問責めにされたのだ。
もちろん興味を持ってもらって、仲良くしよう、分かり合おうとしてくれる気持ちはどれも嬉しい。
だが、事前に聞いていた以上に彼女たちのパワーは凄まじく、身ぐるみはがされんばかりの勢いには途中から何を話したか分からなくなるほど、リタは疲れ果てていた。
嫌な子たちでないのは分かる。
好奇心旺盛で、刺激を求める子が多いというのも聞いていた。
ラウルスの草食根暗系文官たちも、よく遠い目をしながら教えてくれた。
「本物のお嬢様って、パワーが違うわね……」
「あはは、本当だね。みんな元気いっぱいでびっくりしたよね~」
ここは王女も利用している女子寮の一室で、リタとエリーチェが一緒に使うことになった部屋だ。身内と一緒にいられて、安心感が心の奥で鎮座している。ひとりじゃなくて本当によかった。
エリーチェはまだ余裕があるようで、荷ほどきをしている。
とてもじゃないがそんな気力が湧かず、はしたないが着の身着のままソファに横になってる。
この部屋はそれなりの広さがあり、簡素ではあるがベッドが二つ、窓の近くに机が二つ、少しくつろげるようにか中央に丸いローテーブルとソファが置いてあり、誰かを誘って談笑できるようなスペースまでついている。
素敵な部屋だ。
壁際には棚やクローゼットもあり、花瓶まで用意されているので好きな花を毎日活けることができるだろう。
これからはじまる生活が、どんなものになるのか楽しみだ。
一緒に来た友人や兵士たちと同じ宿舎を使わせてもらっても良かったのだが、友人が始終仕事モードだからずっと傍にいるのはしんどい。
離れられることは、正直助かった。
悪いやつではないのだが、空気が読めない、――いや、空気を読む気がないから困ったやつなのだ。
「――――アイツ、大丈夫かな……」
女子寮に向かう途中、コレットから牽制があり気になった。どうやら彼女はいとこの王子が好きなようだ。
恋人探しに来ているわけではないから多少面食らいはしたが、好きな人の近くに別の女がいると嫌な気分になるのは分かる。――自分の憧れの人がアイツの側にいるので、たまに嫉妬で腹が立ち、八つ当たりしたくなる時があるから、本当によく分かる。
その件について本人は迷惑しているだろうが、顔に出さず受け流している。――勝手に嫌な気持ちをぶつけられて、決して気分が良いはずもないのに、一度も気にしたところを見たことはない。
後で冷静になり、謝るのがいつもの流れだ。
そして今回もそうなりそうな気配を感じていた。
正体を隠して王子に近付いてしまったのだ。そんなことが明るみに出たら、コレットも傷付くだろうし、パワフルなお嬢様方がなんと言うだろうか――。
「……なんで毎回女子から嫌われるんだろう」
聖都でも一部の女子から目の敵にされている。一部と言っても、本当に一部だ。それ以外の人はあの子のことが好きだし大切にしている。
恐らく理由の一つが、女子の癖に男子のように振る舞っているからだろう。――いくら外面を取り繕っても、本質は変わらない。
何食わぬ顔で男子たちの中にいるのが、嫌でも目につくのだろう。――みにくいアヒルの子と同じ、周りから見れば異質で滑稽なのだ。
だけどあいつはそう振る舞わなきゃいけない理由がある。
人に嫌われるよりも、自分の立ち位置を守ることに必死なのだ。
「あー……。なんとか折り合いがつけられるといいんだけどね」
エリーチェも思い出したのだろう。ここに来たのは問題を起こすためじゃない。
できれば穏便に、無事に、そして仲良く事が済んで欲しいと願っている。
「でもみんなオクタヴィア様のお孫様でしょ? ――話せばちゃんと分かってくれると思うんだよね」
エリーチェはオクタヴィア女王が好きだった。あの方がいる場所で、身内の方とお知り合いになれてわくわくしている様子がずっと伝わってくる。
「……正体がばれたら刺されるんじゃ?」
「今まで刺せた人いないから大丈夫っしょ~」
全く気にした様子がないエリーチェは明日の準備も終わったようで、空いているソファに腰かけた。
「聖都からシューシャ、シューシャからネーベル港、……そこからピオニールって長旅だったねぇ」
「アイツは本家がシューシャにあるからいいけど、――私らは聖都から関所を通った方が早かったんじゃないの?」
「そうかな。でも海を渡るの楽しかったからいいじゃん」
「――船酔いがひどくてそんな気分じゃなかったわよ……」
姉のミラと一緒に、船室で寝込んでいたのを苦々しく思い出す。初めて船に乗ったけど、帰りは遠くてもいいから関所経由でお願いしたい。
「明日も楽しみだね」
この子も空気が読めないタイプだ。でもそこがちょうどいい時もある。
「……そうね。明日は教会で絶対無事に終わるよう祈りましょうね」
初めての場所で始まる短い新生活に、不安もあるけどせっかく来たのだ。楽しんで、学びを得てから帰りたい。
リタの言葉に新しい予感が待ちきれないといった様子のエリーチェが大きく笑って返事をした。
新しい環境というのもあるが、洗礼と言わんばかりに良家のお嬢様方に囲まれ、根掘り葉掘りあれこれと、好奇心でいっぱいにキラキラ輝かせる彼女たちに質問責めにされたのだ。
もちろん興味を持ってもらって、仲良くしよう、分かり合おうとしてくれる気持ちはどれも嬉しい。
だが、事前に聞いていた以上に彼女たちのパワーは凄まじく、身ぐるみはがされんばかりの勢いには途中から何を話したか分からなくなるほど、リタは疲れ果てていた。
嫌な子たちでないのは分かる。
好奇心旺盛で、刺激を求める子が多いというのも聞いていた。
ラウルスの草食根暗系文官たちも、よく遠い目をしながら教えてくれた。
「本物のお嬢様って、パワーが違うわね……」
「あはは、本当だね。みんな元気いっぱいでびっくりしたよね~」
ここは王女も利用している女子寮の一室で、リタとエリーチェが一緒に使うことになった部屋だ。身内と一緒にいられて、安心感が心の奥で鎮座している。ひとりじゃなくて本当によかった。
エリーチェはまだ余裕があるようで、荷ほどきをしている。
とてもじゃないがそんな気力が湧かず、はしたないが着の身着のままソファに横になってる。
この部屋はそれなりの広さがあり、簡素ではあるがベッドが二つ、窓の近くに机が二つ、少しくつろげるようにか中央に丸いローテーブルとソファが置いてあり、誰かを誘って談笑できるようなスペースまでついている。
素敵な部屋だ。
壁際には棚やクローゼットもあり、花瓶まで用意されているので好きな花を毎日活けることができるだろう。
これからはじまる生活が、どんなものになるのか楽しみだ。
一緒に来た友人や兵士たちと同じ宿舎を使わせてもらっても良かったのだが、友人が始終仕事モードだからずっと傍にいるのはしんどい。
離れられることは、正直助かった。
悪いやつではないのだが、空気が読めない、――いや、空気を読む気がないから困ったやつなのだ。
「――――アイツ、大丈夫かな……」
女子寮に向かう途中、コレットから牽制があり気になった。どうやら彼女はいとこの王子が好きなようだ。
恋人探しに来ているわけではないから多少面食らいはしたが、好きな人の近くに別の女がいると嫌な気分になるのは分かる。――自分の憧れの人がアイツの側にいるので、たまに嫉妬で腹が立ち、八つ当たりしたくなる時があるから、本当によく分かる。
その件について本人は迷惑しているだろうが、顔に出さず受け流している。――勝手に嫌な気持ちをぶつけられて、決して気分が良いはずもないのに、一度も気にしたところを見たことはない。
後で冷静になり、謝るのがいつもの流れだ。
そして今回もそうなりそうな気配を感じていた。
正体を隠して王子に近付いてしまったのだ。そんなことが明るみに出たら、コレットも傷付くだろうし、パワフルなお嬢様方がなんと言うだろうか――。
「……なんで毎回女子から嫌われるんだろう」
聖都でも一部の女子から目の敵にされている。一部と言っても、本当に一部だ。それ以外の人はあの子のことが好きだし大切にしている。
恐らく理由の一つが、女子の癖に男子のように振る舞っているからだろう。――いくら外面を取り繕っても、本質は変わらない。
何食わぬ顔で男子たちの中にいるのが、嫌でも目につくのだろう。――みにくいアヒルの子と同じ、周りから見れば異質で滑稽なのだ。
だけどあいつはそう振る舞わなきゃいけない理由がある。
人に嫌われるよりも、自分の立ち位置を守ることに必死なのだ。
「あー……。なんとか折り合いがつけられるといいんだけどね」
エリーチェも思い出したのだろう。ここに来たのは問題を起こすためじゃない。
できれば穏便に、無事に、そして仲良く事が済んで欲しいと願っている。
「でもみんなオクタヴィア様のお孫様でしょ? ――話せばちゃんと分かってくれると思うんだよね」
エリーチェはオクタヴィア女王が好きだった。あの方がいる場所で、身内の方とお知り合いになれてわくわくしている様子がずっと伝わってくる。
「……正体がばれたら刺されるんじゃ?」
「今まで刺せた人いないから大丈夫っしょ~」
全く気にした様子がないエリーチェは明日の準備も終わったようで、空いているソファに腰かけた。
「聖都からシューシャ、シューシャからネーベル港、……そこからピオニールって長旅だったねぇ」
「アイツは本家がシューシャにあるからいいけど、――私らは聖都から関所を通った方が早かったんじゃないの?」
「そうかな。でも海を渡るの楽しかったからいいじゃん」
「――船酔いがひどくてそんな気分じゃなかったわよ……」
姉のミラと一緒に、船室で寝込んでいたのを苦々しく思い出す。初めて船に乗ったけど、帰りは遠くてもいいから関所経由でお願いしたい。
「明日も楽しみだね」
この子も空気が読めないタイプだ。でもそこがちょうどいい時もある。
「……そうね。明日は教会で絶対無事に終わるよう祈りましょうね」
初めての場所で始まる短い新生活に、不安もあるけどせっかく来たのだ。楽しんで、学びを得てから帰りたい。
リタの言葉に新しい予感が待ちきれないといった様子のエリーチェが大きく笑って返事をした。
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