第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編

霜條

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間奏曲 ――××××――

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 その人物は心底暇をしていた。
 それもそうだろう。この場所にやることなんてないのだから。
 二時間ほど前に家主が帰ってきた。広間で様子を見に会いに行ったが、人目見ただけで分かるほど機嫌が悪く、騒がしかったので部屋に戻ってきたのだ。
 適当な本を手に取り読み始める。――これくらいしか時間をつぶす術がここにないからだ。特に続きも気にならない本をベッドで横になりながら目を通す。
 コンコン。
 いつもの女中じょちゅうが現れ、こちらの返事を待たずに部屋に入る。黒髪ショートのその女は同い年くらいだろうか。いつも静かで、こちらの邪魔にならない控えめさが、わずらわしくなくちょうどよかった。入れ替わりの激しいこの場所で、いまだ彼女だけが変わらずこの場にいるのは、こういう細かな配慮はいりょができるからかもしれない。
 彼女は、何か入用はないかと尋ねた。ある訳もない。ここにはなにもないのだから。
 いつも通りであることを伝え、彼女が退出すると同時に、別の人影が視界の端に映った。先ほど暴れていた家主だろうか。それにしては静かな登場だ。けだるげにそちらに視線を移すと、知らない男だった。
 入口のドアを閉める様子はないものの、入口付近の壁にもたれかかって出入口を塞いでいるようにも見える。不敵な笑みを浮かべこちらを見ているのが気に食わない。
「はじめまして。――お前が噂の××××か?」
 無遠慮かつ失礼な物言いに眉をひそめる。だが言っていることは別に間違っていない。
「……なに、お前」
「今日ここに来たばかりなんだ。――アイツから話を聞いてな。どんなツラをしてるか見に来た。」
 先ほどの女中が何も反応しなかったところを見ると、家主の知り合いなのだろう。見世物みせものになるつもりはないが、――アイツならそういうことを言いふらす気もしてため息が出る。
 手にした本を閉じる。横になっていた身体を起こし、ベッドに腰かけた。
「それで? 用は済んだか」
「まぁ、用は済んだな。――なんだか退屈そうだなお前。」
 自分が誰か知っているのにこの態度。――いや、そんなものかと自嘲じちょうする。
 きょうがれ、閉じた本を棚に戻しに行く。
「ここは長いのか?」
 会話をする気はなかった。
 ガシャーンと遠くで何かが割れる音が響く。
「アイツまだ暴れてるな。お前も見たか? 真っ赤になってバカみたいに騒いでる。」
 その姿を思い出したのかその男はくすくすと笑うと、目線を遠くで暴れている家主に向けているようだった。この部屋から暴れているであろう場所は、階層も違うので見えるはずはないのだが。
 性格の悪そうなところが家主に似ていると思った。自分も別にアイツと特段親しい訳じゃないが、ここに転がり込ませてもらっている。一応放っておいてくれるため、そこだけは助かってはいるからだ。
「なぁ、ここに来てからどれくらいなんだ? お前はアイツらと協力してるのか?」
「うるさい。話し相手なら別の奴にしてくれ」
 何の話をしているかわからないが、とにかく興味もなかった。
 男のいる入口の正面に本棚があり、その隣にはカーテンが閉められた窓がある。そこからかすかに雨の音が聞こえる。雨が降っていたのかと今更知る。だが外に行くわけではないのでどうでもいい。
 適当な位置にさきほどの本を戻し、次はどうするか逡巡しゅんじゅんしていると、隣までその男がやってきた。自分より少し小柄なそいつは本棚を眺めている。
「本が好きなのか?」
「別に」
「ふーん?」
 近付かれるのが煩わしく、離れてベッドに戻る。寝たふりでもすれば帰るだろう。指を鳴らすと魔術で灯っていた部屋の明かりが消える。
 ここまですれば帰るだろう。じゃなきゃ空気が読めないにもほどがある。
 目をつむり、また静寂が来るのを待っているとドスンとベッドが揺れる。
「……どっか行けよ」
 勝手にベッドに腰かけている。空気を読むってことを知らないのか――。
「お前のことは何て呼べばいい?」
「――呼ぶ必要なんてない。早く出てってくれ」
「なら家出王子って呼ぶか。」
「……」
「なるほど、反論がないってことはオッケーってことだな。――よろしくな、家出王子!」
 明るい物言いが心底腹立たしい。背を向けるように寝返りを打ち、全部無視することにする。ドアから入る明かりが壁に人影を映しており、忌々し気にその陰を睨んだ。
 ふとベッドが揺れた。立ち上がったようだ――。
「また気が向いたら来る。じゃあな、家出王子。」
 最初に現れた場所に向かったようで壁に映る影は大きくなり、扉が閉められた。暗闇と静寂が訪れたことに安堵する。
 本当に鬱陶うっとおしい。
 ここにいる人間を把握などしていないが、家主の知り合いがよく入れ代わり立ち代わり現れるので、どこの誰だかはいちいち覚えていない。見たことのない服だったが、きっと新しい客人なのだろう。
 名前だけ聞いておけばよかった。そしたら近付けさせないよう言えたのに。
 次に現れた際の対処を考えながら目を閉じた。

「――なにあれ」
 扉から離れると、黒髪ショートの女中に声をかけられた。心底馬鹿にしたような様子だが、いつものことなので気にしない。
「軽いノリで行こうかと。――で、どうだ?」
「半年くらい前かしら。校舎の窓が一斉に割られる事件があったみたいで、その時からここにいるようね」
 部屋に入る際にすれ違った女中はどこからともなく厚みのある大判の封筒を渡してくる。手にすると結構な重量感があった。
「無事なのか?」
「あまり楽観視できないわね。貴方と一緒・・・・・よ。――いいおもちゃね」
「そうか。」
 二人しかいない廊下に遠くから怒号が聞こえる。ここの家主は二時間以上もあの状態らしい。女中が鼻で笑う。
「耳障りね。豚風情が飽きもせず……。――いえ、家畜の方が活用法がある分、たとえに使うのは失礼ね」
 ひとりでクスクスと笑っている。
「――他のヤツは?」
「ナ・イ・ショ。――貴方の寝首を掻こうってのに、居場所なんて教えてあげるわけないでしょ」
 女中は目元に嗜虐心しぎゃくしんを覗かせクスクスと笑う。
「好きにしろ。」
 これもいつも通り。気にすることはない。彼女らから何度も命を狙われているが、いまだ果たされていない。――かといって油断する理由にはならない。
「早く仕事終わらせてよね。いつまでもこんなとこいたくないわ」
「善処しよう。解読方法はわかったか?」
「お手上げね。そっちで探して」
「分かった。とにかく助かった。――お前たちの尽力に感謝する。」
「死んでくれたら、もっと貴方に感謝してあげるわ」
 暗い笑みをたたえているが、気にせずはいはいと返事する。用は済んだ。
 女中の近くにある窓から外へと抜け出る。出るや否や窓を閉め、何事もなかったかのように痕跡こんせきを消し、『普段通り』に全てを戻していく。
 ここはジュール・フォン・ハイデルベルクが使っている屋敷。その四階に彼は食客として部屋のひとつを使っていた。
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