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間奏曲 ――兄弟子――
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聖国とは違う降り方をする雨をしばし観察する。知る限り雨は必要な時に降る。見慣れた景色と比べると、無秩序かつ無遠慮な空に見えた。
「待たせたな。」
待ち人がようやく来た。別れた時よりわずかながら上機嫌そうな様子だ。
「――単純」
「そうだな。」
多少は普段通りに戻った気がする。安定した精神を保つことは基本中の基本だが、その基本ができなくなった弟に付き合ってここまで来くることになった。しかも今回はやらなくてはいけないことが多い。――面倒だ。
「ものぐさが喜ぶ仕事なんてあるか。諦めろ。」
長い付き合い故、口にしなくても通じる。そこだけは楽だった。
「……だいたいのことは私が受け持つんだから、どう考えてもお前は楽だろ。」
文句を言う弟へ、手の中に握っていた丸い小さな石を渡した。
精霊術とは、世界に満ちる精霊の力――四神の加護のひとつである――を使い行使する。とくに蒼家では『水』に特化した力を扱える。使い方は術者次第だが、こと弟に関しては想像力が豊かなようで型に囚われない使い方をする。
自力でこのあたりを調べるには足りない分を石で補う。
人口3000人ほど、約120平方キロメートル程度の広さを持つこの街は、四方を高さ約八メートルの城壁に囲まれている。壁の外は森林地帯で樹齢数千年程か。巨大な木々に周囲を覆われており、壁がないとなにが来るか分からないため境界を張っているそうだ。
城と校舎が特に大きく場所を取っている学園エリア、貴族街とも呼ばれている上流階級向けの商店や館などが並ぶ山の手エリア、それより北に位置する場所を下町エリアと呼んでいる。
この都市自体がなだらかな山の上にあるからというのもあるが、もともとは城塞都市だったのをいつかの城主が騎士見習い向けの学校として城の一部を解放、さらに後年には学術研究が進み、幅広く庶民も受け入れるようになったそうだ。希望する者に多くの学びの機会を設けるため、改めて学園都市と変わっていったらしい。
その時の名残か、エリアごとに特色がハッキリと分かれており、この街ならではの秩序が形成されている。――とはいえ、学生たちの多くはずっとこの街に住んでいるわけではなく、学園生活のために一時的に逗留しているに過ぎない。
貴族エリアの館の多くは、卒業と同時にまた新たに貸し与えるようなレンタル形式と聞いた。別途、上流階級向けの寮もあるため、そこに入る者がほとんどで今は空いている館もあるようだ。
下町にもいくつも個別住宅などがあるが、ここは1000人近い学生を擁しているため、中、下流層向けの寮がいくつか存在する。
他にも教師や学園関係者で希望がある者は、下町にある学生寮とは別の寮があったり、まだ使える個別住宅もあるため希望者や家族連れにはそういう場所を貸し与えているそうだ。
古くからこの都市に土地を有している者も少なからずいるが、基本は毎年人が変わる流動的な街作りとなっている。――管理が甘くなれば、人の流れが絶えずあるこの場所では、謀略を企むものにはいい隠れ蓑になるのだろう。
学校関係者の生活がほぼここで完結するようになっている。だがこの中で自給自足をしているわけではないため、必要なものは近隣の街や村から定期的に届けられる。
人の出入りはあるものの、基本は決まった者の出入りに限られているらしい。
自分たちが使った北の正門の他、南に裏門と呼ばれる出入り口があり、日々人の流れが絶えないそうだ。他に出入りできる場所と言えば地下の下水道か、壁を越えての出入りになるだろうか。――知られていない抜け道があれば話は別だが。
そしてこの森林地帯には動物だけでなく魔獣といったこちら特有の生物と、どうやら竜も住んでいるそうだ。蒼龍神を奉る蒼家からすると竜は隣人だが、この国では元々は狩りの対象だったらしい。一応先代ハインハルトの申し出で現在は竜を狩ることは禁止されているそうだが、やめたからと言って彼らが人を許す理由にはならない。もし出会うことがあれば用心せねばならないだろう。
だが、弟に任せておけば大丈夫だろう。――そういう対処は得意だから。
静かに目を閉じ、冷え切った風が横を通り過ぎるがままに静かに立つ弟を見る。――相変わらず雨も降っているが、この程度は神の加護を持つ自分たちに気安く触れることもない。
「――おおよそ分かった。」
気になる箇所を白地図へと書き込むとこちらに渡された。大まかな円で囲まれた箇所は全部で七か所。――内、一ヶ所は既にマークしているところなので除外する。
「何がある?」
「そこまで詳しく見れなかった。だが不穏な箇所はこのあたりだな。――ガレリオたちにも共有しておけ。」
受け取った地図をポケットへ仕舞った。急ぐ仕事でもない。期限内に済めばいいのだから。
弟が手にしていた石をこちらへ寄越す。この石自体は大したものではない。だが遠征中の今、紛失や毀損などあっては面倒だ。何か事故でも起こすことになれば国際問題にもなる。さすがに当代に迷惑をかけたくない。
「あとはあっちか。」
用事が済んだ。次の用をこなすため場所を移す。
二人はこの地で最も高い、校舎の尖塔から眼下に広がる街へと飛び降りた。
「待たせたな。」
待ち人がようやく来た。別れた時よりわずかながら上機嫌そうな様子だ。
「――単純」
「そうだな。」
多少は普段通りに戻った気がする。安定した精神を保つことは基本中の基本だが、その基本ができなくなった弟に付き合ってここまで来くることになった。しかも今回はやらなくてはいけないことが多い。――面倒だ。
「ものぐさが喜ぶ仕事なんてあるか。諦めろ。」
長い付き合い故、口にしなくても通じる。そこだけは楽だった。
「……だいたいのことは私が受け持つんだから、どう考えてもお前は楽だろ。」
文句を言う弟へ、手の中に握っていた丸い小さな石を渡した。
精霊術とは、世界に満ちる精霊の力――四神の加護のひとつである――を使い行使する。とくに蒼家では『水』に特化した力を扱える。使い方は術者次第だが、こと弟に関しては想像力が豊かなようで型に囚われない使い方をする。
自力でこのあたりを調べるには足りない分を石で補う。
人口3000人ほど、約120平方キロメートル程度の広さを持つこの街は、四方を高さ約八メートルの城壁に囲まれている。壁の外は森林地帯で樹齢数千年程か。巨大な木々に周囲を覆われており、壁がないとなにが来るか分からないため境界を張っているそうだ。
城と校舎が特に大きく場所を取っている学園エリア、貴族街とも呼ばれている上流階級向けの商店や館などが並ぶ山の手エリア、それより北に位置する場所を下町エリアと呼んでいる。
この都市自体がなだらかな山の上にあるからというのもあるが、もともとは城塞都市だったのをいつかの城主が騎士見習い向けの学校として城の一部を解放、さらに後年には学術研究が進み、幅広く庶民も受け入れるようになったそうだ。希望する者に多くの学びの機会を設けるため、改めて学園都市と変わっていったらしい。
その時の名残か、エリアごとに特色がハッキリと分かれており、この街ならではの秩序が形成されている。――とはいえ、学生たちの多くはずっとこの街に住んでいるわけではなく、学園生活のために一時的に逗留しているに過ぎない。
貴族エリアの館の多くは、卒業と同時にまた新たに貸し与えるようなレンタル形式と聞いた。別途、上流階級向けの寮もあるため、そこに入る者がほとんどで今は空いている館もあるようだ。
下町にもいくつも個別住宅などがあるが、ここは1000人近い学生を擁しているため、中、下流層向けの寮がいくつか存在する。
他にも教師や学園関係者で希望がある者は、下町にある学生寮とは別の寮があったり、まだ使える個別住宅もあるため希望者や家族連れにはそういう場所を貸し与えているそうだ。
古くからこの都市に土地を有している者も少なからずいるが、基本は毎年人が変わる流動的な街作りとなっている。――管理が甘くなれば、人の流れが絶えずあるこの場所では、謀略を企むものにはいい隠れ蓑になるのだろう。
学校関係者の生活がほぼここで完結するようになっている。だがこの中で自給自足をしているわけではないため、必要なものは近隣の街や村から定期的に届けられる。
人の出入りはあるものの、基本は決まった者の出入りに限られているらしい。
自分たちが使った北の正門の他、南に裏門と呼ばれる出入り口があり、日々人の流れが絶えないそうだ。他に出入りできる場所と言えば地下の下水道か、壁を越えての出入りになるだろうか。――知られていない抜け道があれば話は別だが。
そしてこの森林地帯には動物だけでなく魔獣といったこちら特有の生物と、どうやら竜も住んでいるそうだ。蒼龍神を奉る蒼家からすると竜は隣人だが、この国では元々は狩りの対象だったらしい。一応先代ハインハルトの申し出で現在は竜を狩ることは禁止されているそうだが、やめたからと言って彼らが人を許す理由にはならない。もし出会うことがあれば用心せねばならないだろう。
だが、弟に任せておけば大丈夫だろう。――そういう対処は得意だから。
静かに目を閉じ、冷え切った風が横を通り過ぎるがままに静かに立つ弟を見る。――相変わらず雨も降っているが、この程度は神の加護を持つ自分たちに気安く触れることもない。
「――おおよそ分かった。」
気になる箇所を白地図へと書き込むとこちらに渡された。大まかな円で囲まれた箇所は全部で七か所。――内、一ヶ所は既にマークしているところなので除外する。
「何がある?」
「そこまで詳しく見れなかった。だが不穏な箇所はこのあたりだな。――ガレリオたちにも共有しておけ。」
受け取った地図をポケットへ仕舞った。急ぐ仕事でもない。期限内に済めばいいのだから。
弟が手にしていた石をこちらへ寄越す。この石自体は大したものではない。だが遠征中の今、紛失や毀損などあっては面倒だ。何か事故でも起こすことになれば国際問題にもなる。さすがに当代に迷惑をかけたくない。
「あとはあっちか。」
用事が済んだ。次の用をこなすため場所を移す。
二人はこの地で最も高い、校舎の尖塔から眼下に広がる街へと飛び降りた。
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