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間奏曲 ――友人A――
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遅れてやってきた王子は同い年と聞いてたが、背の高さや静かな物腰から随分大人っぽく見えた。
友だちから借りて読んだ月刊誌『ロイヤル』の情報通りなら187センチあるという。――三高(高学歴・高身長・高収入)なんて言葉もあるが、高身長というだけでなんだかカッコよく見えたことから、あながち馬鹿にできない気がした。艶やかなロングの、癖のない黒髪が憂いを演出しているのがまた良し。悪くない、などと偉そうに心の中で勝手に加点する。
『王子』という存在に、周囲の女子たちは雑誌の中でしか会えないのに夢中になっていたが、実物を見てしまった今は彼女らの気持ちが分かる。一緒になって無責任いっぱいに騒ぎたい気分だ。
だが残念ながら今すぐこの気分を分かち合える相手がいない。今一緒にいるのはリタ。――何もかもが初めて尽くしの環境に気が落ち着かないようで、ずっと気が立っていた。
無理もないだろう。いつもなら基本身内だらけの環境だ。気心の知れた人しかいない環境から離れ、やっと学園都市ピオニールに到着したばかり。これからの状況に適応するために精一杯だ。
そして今は立派な応接室で、友だちらの仕事について姫君たちに説明があったところだった。途中ミラとリタの茶々が入ったものの、無事に話が終わって心底ほっとした。――あの二人は友人に対して遠慮がないのはいつものことなのだが、やり場のない不安感を友人にぶつけがちなので困ったものである。ぶつけられる本人は気にしていないから、ある意味助かってはいるが。
話が終わると早々に王子さまは退出され、それに弟くんと友だちの叔父さんが追うように出て行ってしまった。
あんなことがあったのだ。それは早く休みたいだろう。
「皆さんも長旅でお疲れだろう。今日はゆっくり休むといい。――リタ嬢とエリーチェ嬢は今日から女子寮に行くと聞いているが、間違いはないかね」
「はい、そのように伺っております。どうぞ妹たちのことをよろしくお願いします」
保護者兼使節の代表であるミラが立ち上がって、姫君たちに礼をした。
そうなのだ。今日から早速ピオニールにある女子寮に泊まることができるのだ。王侯貴族が利用している女子寮ということで、粗野な自分が馴染めるか不安はあるものの、きらきらとしていそうな新しい環境にわくわくが止まらなかった。
「アストリッド、レティシア、コレット。皆さんのことをよろしく頼んだぞ」
「お任せください、叔父様」
第一王女のアストリッドが答えた。到着したときから気さくに接してくれ、短い時間ではあったがいろいろと話をした。つい話たくなってしまう程には話を引き出すのがお上手で、優しい語り口が好きだった。ひとつ上だというが、自分が17になってもこんなに素敵な女性になれるか自信がない。姫ってすごい。
「ぜひ貴女たちのことも、一緒に来た殿方のことも教えてくださいな」
レティシアがたおやかな笑みをくれる。艶やかな女性で、微笑まれただけできゅんとしてしまう。この方もひとつ上のお年だというが、あんな妖艶美女になれる気がしない。姫ってすごい。
「あと、コレットは少し人見知りする子なの。――失礼があるかもしれないけれど、どうか許してくださいね」
フリルたっぷりの淡い色のドレスを身に着けており、お人形のように愛らしい少女が気まずそうに目線をそらしている。可愛い。人見知りすることろも可愛い。姫ってすごい。それしか言えない。勝ち確三連単だ。
にやけてしまいそうな顔をなんとか平常に戻そうとする。
「こちらこそ。不慣れなことも多いかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」
背筋を伸ばしたまま軽く片足を内側へ引き、もう片方の膝を小さく曲げ挨拶をする。――ラウルスでは上流階級の女性がする挨拶のひとつの形らしく、ここに来るまでに何度も練習したものだ。おかげでぐらつくことはなくなったものの、まだぎこちなさが伴う。
「よ、よろしくお願いします――」
リタもエリーチェに倣って同じく礼をする。これから慣れ親しんだ人たちから離れるのが不安なのか表情が硬い。身内兼友人でもある彼女を見かねて、
「みんな可愛いから緊張しちゃうね、リタ」
エリーチェのいたずらっぽい顔に少し驚くも、リタは理解したのかすぐに苦笑した。
「……そうね。圧倒されっぱなしよ」
少し気が和らいだようでさっきよりましな顔になった。急に褒められたことに対してか、くすくすと二人の姫たちが笑ってくれた。
「ありがとう。リタもエリーチェも素敵な女性よ。ぜひ仲良くなりたいわ。――立ち話もなんだからそろそろ寮まで案内するわ。ここからだと少し遠いのだけれど、大丈夫? もしお疲れなら、馬車で外から向かった方が楽かも」
「……ずっと馬車に乗ってて窮屈だったので、皆さんがよければ歩いてもよいでしょうか?」
「大丈夫よ。――あとそんなにかしこまらないでね。せっかく知り合えたんだもの、お友だちになれたら嬉しいわ。良かったら私たちのことも気軽に名前で呼んでね」
にっこりと微笑み返してくれるところも素敵だった。
素敵な学園生活が始まる予感がし、弾む心に疲れも飛んでいく心地だ。
どうやら女子寮は校舎を通り抜けた先にあるらしい。並びとしては女王様がお住まいになっている王城、先ほどいた迎賓施設、男子寮、校舎、女子寮となっているらしく、先ほどまでは迎賓施設にいたようだ。セキュリティの観点から男子寮と女子寮が離れているというが、レティシアが言うには意味はないということらしい。どういうことだろう。
校舎内を突っ切って進むルートもあるが、姫たちのいる上流階級者専用の女子寮から迎賓施設まで通れる地下通路があり、今はそこを歩いている。
地下通路と言うのに暗さも湿度もなく、ふかふかの絨毯が敷かれ、絵画に美術品、お花までところどころに飾っている。壁も天井も広々しているので圧迫感もなく、四方八方が豪華絢爛でいっぱいだった。見ていても素敵なのに、そこを歩けるのがなんだか誇らしい。
「ねぇ、エリーチェとリタは恋人はいらっしゃるのかしら」
少し前を歩くレティシアが他に人がいなくなったからか、個人的なことを尋ねてきた。――他に人がいないといっても、三人の姫、自分たちの後ろに彼女たちの侍女が四人ついてきているので、なかなかの大所帯だ。
「恋人はいないですね」
「リタも?」
「残念ながら私もです。どこかに素敵な人がいればいいんですけど」
リタも自分も恋人なんてものには今のところ縁がない。いい人がいればね、と二人で顔を見合わせて笑った。
「二人はあの殿方たちとお付き合いしているのかと思ったわ」
「……え?!」
「残念ながら、彼らとそういうのは全くないです……」
心底嫌そうなリタの声に、レティシアが振り返った。
「だって一緒に来たのでしょう? 同い年くらいの男女で一緒に長旅をするなんて、そういうことかと思ったわ」
他にもたくさん人はいたけど!? と突っ込みたい気持ちを抑え、冷静に話そうとリタは努めた。
「彼らとは同僚……、みたいなものなので、そういう目ではちょっと……」
「レティシア、聖国の方はこちらと違って恋愛にそこまで積極的じゃないと聞くわ。――二人ともごめんなさいね。レティシアは自由恋愛至上主義なの」
自由恋愛至上主義――。字面だけでも強そうな語感に思わず納得する。そうだ、ここは愛と混沌の神の国だったと。
「あらいいじゃない。ここにきて新たな自分と出会えるかもしれないもの。ヴァイスみたいに――」
友だちの叔父さんの名前が出てきて、好奇心が顔を出す。
こちらの水が性に合うらしく、一年の内に一回帰国されるかどうかといった具合で、なかなか聖国に戻らない人だった。ピオニールで仕事をしているとは聞いていたものの、実物に会えるとなんだか嬉しい。ゆっくり話をしたかったが、今日は機会が得られなかったので、また後日探してみようと思う。
友人に彼のことを教えたら喜ぶだろう。
「ヴァイス様ってこちらでも有名なんですか?」
「えぇ。合歓の帝王って呼ばれているわ。昔は伯父様、――グライリヒ陛下とやんちゃしていたそうよ」
なんだかかっこいいあだ名がついていた。
「もう……。その二人のせいで私たちは困ってるのよ」
ため息交じりに呆れた様子のアストリッドに、ふふっとレティシアが笑った。
「そうかしら。自由を謳歌してて素敵だと思うけれど。それに伯父様は収まるところに収まったし」
なんとなく聞きづらい話なのかと思い、とりあえずすごいあだ名がついていると友人に教えようと胸に刻んだ。
「ねぇ、お二人とも……」
全然口を開かなかったコレットが振り返り、リタとエリーチェを上目遣いで見つめていた。リタもエリーチェも160センチ程の身長なのだが、少しだけコレットが小さいのでどうしても上目遣いになる。
声も鈴のように軽やかで、可愛らしさに拍車がかかる。一番初めに顔を合わせたときに自己紹介のために話をしたが、その時以来の会話だ。
「はい! なんでしょうか」
「ディアスのこと、好きにならないでね……」
頑張って絞り出したであろうセリフが健気すぎた。可愛い。
リタはまさかそんなことを言われると思わなかったようで面食らっており、あ、はい。などと硬く返事をした。その様子に盛大なため息をついた人物がいた。
「お子さまの独占欲よ。勝手に牽制しているだけだから気にしないでね。――そうね、私は略奪愛は大好物よ」
すごくいい笑顔になったレティシアが何か期待を込めた眼差しを向けている。期待されても困るなぁ、と苦笑しながら肩をすくめた。
「りゃ、略奪愛なんてしません! それに、そういう目的で来たわけじゃないので、コレット様もどうか心配しないでください。……それにエリーチェは好きな人がいるので、殿下に恋している暇はないかと」
「ちょ、ちょっと!?」
浮かれている間に被弾してしまった。
「まぁ! それは素敵なことね。あとでどんな方なのかゆっくり教えてね。――リタ、あなたにはそういう人はいないの?」
「私は、その……推している方がいます」
慎重に言葉を選び、なんとか絞り出す。
「推す? ――その方と恋仲になりたいとか思わないの?」
「恐れ多すぎて、一切そういう気持ちは湧きませんね……」
「お二人とも謙虚なのねぇ。リタも後で詳しく教えてね」
「……リタは推しの方のことを考えるとちょっと壊れちゃうので、そっとしておいてもらえるでしょうか……」
「まぁ! 壊れてしまう程好きだなんて素敵ね~。どのようなところがお好きなのかすごく気になるわ」
心底嬉しそうなレティシアの瞳がキラキラと輝いている。庇おうとしたけれどダメだったかもと謝罪の念をリタに送った。ちらりと考えてしまったようで、リタはあわあわと湧き上がる思考を払おうとするも、綺麗に紅潮していく顔を両手で隠すことしかできなかった。
「なるほど。こうなるのね」
リタが動揺する姿を、にこにこと嬉しそうに眺めるレティシア。コレットは二人に想い人がいると分かったのか、表情が和らいだ。
「ごめんなさいね、二人とも……」
レティシアに遊ばれてしまった留学生に、申し訳なさそうにアストリッドが謝ってくれた。素直でどのような話でも楽しんでしまうレティシアの自由奔放さが、なんだか素敵に思えて仲良くなれたらいいなと笑顔で二人に大丈夫だと返した。
――しかし、考えが甘かったことを思い知る。
レティシアの『教えてね』を、この後すぐに女子寮で実践され、好奇心旺盛な女子たちの前で何から何まで詳らかにされるなどと、この時の二人には知る由もなかった。
友だちから借りて読んだ月刊誌『ロイヤル』の情報通りなら187センチあるという。――三高(高学歴・高身長・高収入)なんて言葉もあるが、高身長というだけでなんだかカッコよく見えたことから、あながち馬鹿にできない気がした。艶やかなロングの、癖のない黒髪が憂いを演出しているのがまた良し。悪くない、などと偉そうに心の中で勝手に加点する。
『王子』という存在に、周囲の女子たちは雑誌の中でしか会えないのに夢中になっていたが、実物を見てしまった今は彼女らの気持ちが分かる。一緒になって無責任いっぱいに騒ぎたい気分だ。
だが残念ながら今すぐこの気分を分かち合える相手がいない。今一緒にいるのはリタ。――何もかもが初めて尽くしの環境に気が落ち着かないようで、ずっと気が立っていた。
無理もないだろう。いつもなら基本身内だらけの環境だ。気心の知れた人しかいない環境から離れ、やっと学園都市ピオニールに到着したばかり。これからの状況に適応するために精一杯だ。
そして今は立派な応接室で、友だちらの仕事について姫君たちに説明があったところだった。途中ミラとリタの茶々が入ったものの、無事に話が終わって心底ほっとした。――あの二人は友人に対して遠慮がないのはいつものことなのだが、やり場のない不安感を友人にぶつけがちなので困ったものである。ぶつけられる本人は気にしていないから、ある意味助かってはいるが。
話が終わると早々に王子さまは退出され、それに弟くんと友だちの叔父さんが追うように出て行ってしまった。
あんなことがあったのだ。それは早く休みたいだろう。
「皆さんも長旅でお疲れだろう。今日はゆっくり休むといい。――リタ嬢とエリーチェ嬢は今日から女子寮に行くと聞いているが、間違いはないかね」
「はい、そのように伺っております。どうぞ妹たちのことをよろしくお願いします」
保護者兼使節の代表であるミラが立ち上がって、姫君たちに礼をした。
そうなのだ。今日から早速ピオニールにある女子寮に泊まることができるのだ。王侯貴族が利用している女子寮ということで、粗野な自分が馴染めるか不安はあるものの、きらきらとしていそうな新しい環境にわくわくが止まらなかった。
「アストリッド、レティシア、コレット。皆さんのことをよろしく頼んだぞ」
「お任せください、叔父様」
第一王女のアストリッドが答えた。到着したときから気さくに接してくれ、短い時間ではあったがいろいろと話をした。つい話たくなってしまう程には話を引き出すのがお上手で、優しい語り口が好きだった。ひとつ上だというが、自分が17になってもこんなに素敵な女性になれるか自信がない。姫ってすごい。
「ぜひ貴女たちのことも、一緒に来た殿方のことも教えてくださいな」
レティシアがたおやかな笑みをくれる。艶やかな女性で、微笑まれただけできゅんとしてしまう。この方もひとつ上のお年だというが、あんな妖艶美女になれる気がしない。姫ってすごい。
「あと、コレットは少し人見知りする子なの。――失礼があるかもしれないけれど、どうか許してくださいね」
フリルたっぷりの淡い色のドレスを身に着けており、お人形のように愛らしい少女が気まずそうに目線をそらしている。可愛い。人見知りすることろも可愛い。姫ってすごい。それしか言えない。勝ち確三連単だ。
にやけてしまいそうな顔をなんとか平常に戻そうとする。
「こちらこそ。不慣れなことも多いかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」
背筋を伸ばしたまま軽く片足を内側へ引き、もう片方の膝を小さく曲げ挨拶をする。――ラウルスでは上流階級の女性がする挨拶のひとつの形らしく、ここに来るまでに何度も練習したものだ。おかげでぐらつくことはなくなったものの、まだぎこちなさが伴う。
「よ、よろしくお願いします――」
リタもエリーチェに倣って同じく礼をする。これから慣れ親しんだ人たちから離れるのが不安なのか表情が硬い。身内兼友人でもある彼女を見かねて、
「みんな可愛いから緊張しちゃうね、リタ」
エリーチェのいたずらっぽい顔に少し驚くも、リタは理解したのかすぐに苦笑した。
「……そうね。圧倒されっぱなしよ」
少し気が和らいだようでさっきよりましな顔になった。急に褒められたことに対してか、くすくすと二人の姫たちが笑ってくれた。
「ありがとう。リタもエリーチェも素敵な女性よ。ぜひ仲良くなりたいわ。――立ち話もなんだからそろそろ寮まで案内するわ。ここからだと少し遠いのだけれど、大丈夫? もしお疲れなら、馬車で外から向かった方が楽かも」
「……ずっと馬車に乗ってて窮屈だったので、皆さんがよければ歩いてもよいでしょうか?」
「大丈夫よ。――あとそんなにかしこまらないでね。せっかく知り合えたんだもの、お友だちになれたら嬉しいわ。良かったら私たちのことも気軽に名前で呼んでね」
にっこりと微笑み返してくれるところも素敵だった。
素敵な学園生活が始まる予感がし、弾む心に疲れも飛んでいく心地だ。
どうやら女子寮は校舎を通り抜けた先にあるらしい。並びとしては女王様がお住まいになっている王城、先ほどいた迎賓施設、男子寮、校舎、女子寮となっているらしく、先ほどまでは迎賓施設にいたようだ。セキュリティの観点から男子寮と女子寮が離れているというが、レティシアが言うには意味はないということらしい。どういうことだろう。
校舎内を突っ切って進むルートもあるが、姫たちのいる上流階級者専用の女子寮から迎賓施設まで通れる地下通路があり、今はそこを歩いている。
地下通路と言うのに暗さも湿度もなく、ふかふかの絨毯が敷かれ、絵画に美術品、お花までところどころに飾っている。壁も天井も広々しているので圧迫感もなく、四方八方が豪華絢爛でいっぱいだった。見ていても素敵なのに、そこを歩けるのがなんだか誇らしい。
「ねぇ、エリーチェとリタは恋人はいらっしゃるのかしら」
少し前を歩くレティシアが他に人がいなくなったからか、個人的なことを尋ねてきた。――他に人がいないといっても、三人の姫、自分たちの後ろに彼女たちの侍女が四人ついてきているので、なかなかの大所帯だ。
「恋人はいないですね」
「リタも?」
「残念ながら私もです。どこかに素敵な人がいればいいんですけど」
リタも自分も恋人なんてものには今のところ縁がない。いい人がいればね、と二人で顔を見合わせて笑った。
「二人はあの殿方たちとお付き合いしているのかと思ったわ」
「……え?!」
「残念ながら、彼らとそういうのは全くないです……」
心底嫌そうなリタの声に、レティシアが振り返った。
「だって一緒に来たのでしょう? 同い年くらいの男女で一緒に長旅をするなんて、そういうことかと思ったわ」
他にもたくさん人はいたけど!? と突っ込みたい気持ちを抑え、冷静に話そうとリタは努めた。
「彼らとは同僚……、みたいなものなので、そういう目ではちょっと……」
「レティシア、聖国の方はこちらと違って恋愛にそこまで積極的じゃないと聞くわ。――二人ともごめんなさいね。レティシアは自由恋愛至上主義なの」
自由恋愛至上主義――。字面だけでも強そうな語感に思わず納得する。そうだ、ここは愛と混沌の神の国だったと。
「あらいいじゃない。ここにきて新たな自分と出会えるかもしれないもの。ヴァイスみたいに――」
友だちの叔父さんの名前が出てきて、好奇心が顔を出す。
こちらの水が性に合うらしく、一年の内に一回帰国されるかどうかといった具合で、なかなか聖国に戻らない人だった。ピオニールで仕事をしているとは聞いていたものの、実物に会えるとなんだか嬉しい。ゆっくり話をしたかったが、今日は機会が得られなかったので、また後日探してみようと思う。
友人に彼のことを教えたら喜ぶだろう。
「ヴァイス様ってこちらでも有名なんですか?」
「えぇ。合歓の帝王って呼ばれているわ。昔は伯父様、――グライリヒ陛下とやんちゃしていたそうよ」
なんだかかっこいいあだ名がついていた。
「もう……。その二人のせいで私たちは困ってるのよ」
ため息交じりに呆れた様子のアストリッドに、ふふっとレティシアが笑った。
「そうかしら。自由を謳歌してて素敵だと思うけれど。それに伯父様は収まるところに収まったし」
なんとなく聞きづらい話なのかと思い、とりあえずすごいあだ名がついていると友人に教えようと胸に刻んだ。
「ねぇ、お二人とも……」
全然口を開かなかったコレットが振り返り、リタとエリーチェを上目遣いで見つめていた。リタもエリーチェも160センチ程の身長なのだが、少しだけコレットが小さいのでどうしても上目遣いになる。
声も鈴のように軽やかで、可愛らしさに拍車がかかる。一番初めに顔を合わせたときに自己紹介のために話をしたが、その時以来の会話だ。
「はい! なんでしょうか」
「ディアスのこと、好きにならないでね……」
頑張って絞り出したであろうセリフが健気すぎた。可愛い。
リタはまさかそんなことを言われると思わなかったようで面食らっており、あ、はい。などと硬く返事をした。その様子に盛大なため息をついた人物がいた。
「お子さまの独占欲よ。勝手に牽制しているだけだから気にしないでね。――そうね、私は略奪愛は大好物よ」
すごくいい笑顔になったレティシアが何か期待を込めた眼差しを向けている。期待されても困るなぁ、と苦笑しながら肩をすくめた。
「りゃ、略奪愛なんてしません! それに、そういう目的で来たわけじゃないので、コレット様もどうか心配しないでください。……それにエリーチェは好きな人がいるので、殿下に恋している暇はないかと」
「ちょ、ちょっと!?」
浮かれている間に被弾してしまった。
「まぁ! それは素敵なことね。あとでどんな方なのかゆっくり教えてね。――リタ、あなたにはそういう人はいないの?」
「私は、その……推している方がいます」
慎重に言葉を選び、なんとか絞り出す。
「推す? ――その方と恋仲になりたいとか思わないの?」
「恐れ多すぎて、一切そういう気持ちは湧きませんね……」
「お二人とも謙虚なのねぇ。リタも後で詳しく教えてね」
「……リタは推しの方のことを考えるとちょっと壊れちゃうので、そっとしておいてもらえるでしょうか……」
「まぁ! 壊れてしまう程好きだなんて素敵ね~。どのようなところがお好きなのかすごく気になるわ」
心底嬉しそうなレティシアの瞳がキラキラと輝いている。庇おうとしたけれどダメだったかもと謝罪の念をリタに送った。ちらりと考えてしまったようで、リタはあわあわと湧き上がる思考を払おうとするも、綺麗に紅潮していく顔を両手で隠すことしかできなかった。
「なるほど。こうなるのね」
リタが動揺する姿を、にこにこと嬉しそうに眺めるレティシア。コレットは二人に想い人がいると分かったのか、表情が和らいだ。
「ごめんなさいね、二人とも……」
レティシアに遊ばれてしまった留学生に、申し訳なさそうにアストリッドが謝ってくれた。素直でどのような話でも楽しんでしまうレティシアの自由奔放さが、なんだか素敵に思えて仲良くなれたらいいなと笑顔で二人に大丈夫だと返した。
――しかし、考えが甘かったことを思い知る。
レティシアの『教えてね』を、この後すぐに女子寮で実践され、好奇心旺盛な女子たちの前で何から何まで詳らかにされるなどと、この時の二人には知る由もなかった。
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