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7.『再会』と『新来』②
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◇◇◇◇◇
時は戻り、廃屋にヴァイスが迎えにきたときのこと。
雨の中側仕えに傘を差してもらい、彼は手ぶらで扉がなくなった入口に現れた。
ダークグレーのロングコートに身を包み、皮手袋をした手を大仰に広げ中に入ると、アイベルを一足先に医務室へ届けるよう指示した。
介抱されながら速やかに馬車に乗せられるアイベルを見届け、彼を乗せた馬車が冷たい宵闇の中に消えていくのを見送った。
もう一台の馬車があるので、あれで自分たちは帰るのだろう。ヴァイスを探しに行ったという左翼の姿が見えないが、彼はすでにあの馬車に乗っているのだろうか。
先ほどまで使用していた廃屋から明かりがなくなり、ディアス、フィフス、ヴァイスが三人で暗い軒下に並んだ。馬車までは少し距離があるが、今は傘もあるので先ほどのような濡れネズミのような有様になることは避けられるだろう。
雨が降っているとはいえ、秋の夜はとても冷える。フィフスから渡されたストールを今も借りていた。――彼よりも大きい自分が使っても寒さから防いでくれて非常にありがたかった。羽織っているだけではすぐに肩からずれてしまい落ち着かない様子を見かね、鳥の羽を模した流麗な意匠が凝らされた金の留め具を貸してくれた。繊細なデザインが美しく、貴重なものに見えるが、気さくに貸してくれたところに彼の人柄がよくわかる。
不意にくるりと振り返り、ディアスとフィフスのことをヴァイスがそれぞれ確認する。
「ずいぶん待たせてしまったね。二人とも元気にしていたかな? 少しはみんなで親睦は深められたかい?」
いろいろとお世話になったトランクを片手に、フィフスはヴァイスに慇懃に向き合うと手を胸に添え礼をする。
「ご無沙汰しておりますヴァイス卿。卿も変わらずご壮健のようで何よりです。」
過去の話をするくらいには親しい間柄なのだろう。ヴァイスには特段興味がなかったので、特に何も思うことなくなんとなしに二人のやり取りを見る。――周りからなぜかやたらと慕われているが、自分からすると意地の悪いところや歪んだ性癖があるのに誰もそこを気にしない事が不思議だった。そこも愛嬌として世間一般に受け入れらているのかもしれないが、今もまた、自分に対して淡泊な態度でしか接してこなかったフィフスが嬉しそうに話しをしている姿を見ると、二人がどういうやり取りをするのかと気になった。
「ほんと、君ってかわいいよねぇ」
彼が懐いているからだろうか、ヴァイスが愛おしそうに彼を見ている。
「……?」
フィフスがあたりをきょろきょろと見回し出す。かわいいと言われたモノを探しているかのようだった。――彼の華奢な身体つきと、中性的な顔立ちは一部の人間には好まれやすい部類に入るだろう。それでなくとも端正な顔立ちだ。ヴァイスの好みについては把握していないが、なんとなくそれらを指して可愛いと言っている気がする。――セクハラか? この男だ。充分ありえる。
「うんうん、そういうところがすっごくかわいいよフィフスくん」
ふと気付く。人が困惑している姿はヴァイスの好物だ――。人が困っている様子や、怒っている姿を見るのが好きな性分なのだが、正直趣味が悪いと思う。それ以外にもどうかと思う部分があるが、個人の嗜好についてとやかく言うつもりはない。彼もいい大人なのだから、ある程度はわきまえているはずだ。
「それで、ここのドアってどうしてないのかな? このあたりの建物は古いから危険でね、誰も入らないように塞いでたはずなんだけどなぁ。――知らないかい?」
ニコニコしながらフィフスに尋ねている。すると首がゆっくりヴァイスの視線を避けるように横に向けられた。――分かっているのだろう、彼が壊して侵入したということに。
真面目な性格だと思っていたが、思いのほか正直な様子に少し脱力する。
ヴァイスも彼の様子にご満悦だ。内緒にしてくれと頼んでいた割に、こんなにすぐばれてしまうとは――。言い訳する様子もなく口を一文字にし、なんとか目線を避けようとしている姿がさすがに不憫になる。
ここで三人、――途中四人になったが――でいるときは随分頼もしく見えていたのに、彼にこんな一面もあるのかと思うと、少しヴァイスの気持ちがわからなくもなかった。同じような趣味はないが。
『ソリュード家には特に、最大限の礼を尽くすよう当代から命令されている』
ふと先ほど聞いた言葉を思い出す。当代――当主とかそういった意味だろうか――の命令で、ヴァイスに取り繕ったり嘘をつけないということなのかもしれない。それとも壊したことを認めてしまえば訴えられ、立場が悪くなるなどそういったことを気にしているのかもと気付く。
普段であれば口を挟むことなどしない。
だが危機を救ってくれた恩人であり、鬱屈とした気持ちを溶かしてくれた人物であり、なにかと気にかけてくれた相手だ。――出会って間もないが、何度か自分に向けられた澄んだ瞳の青色を思い出す。今はあの色が気まずげに曇っているのがなぜか我慢ならなかった。――恐らく困らせている相手が、いい笑顔を見せているヴァイスだからだろう。
ヴァイスが諦めるのを待っているのか、それともこの性根の悪い大人と根競べでもするつもりなのかフィフスは話す気配がない。
腹を固め、フィフスの肩を引き寄せ下がらせる。代わりにヴァイスの前に一歩踏み出し、匂い立つ嗜虐心を笑顔に乗せているヴァイスへ冷たく睨め付けた。
「いい加減にしろ。彼は雨宿りできる場所を探してくれたんだ。わざわざそんなことを問い詰める必要があるのか?」
「あらま、珍しいこともあるもんだ。王子さまが誰かを庇うなんて、これは大雨が降るのも納得だね」
ふふっとひとつ笑うと、肩をすくませ、覗かせていた嗜虐心をしまっていた。
「久しぶりに会ったからつい、ね。――それとも、僕に放っておかれて王子さまはやきもちかな?」
無用の推測を無視し、肩越しにフィフスを見る。
「彼に全部付き合わない方がいい。人をからかって楽しむ癖があるから、早めに見切りをつけた方が――」
いい、と言おうとした言葉尻が空に消える。少し大きく見開いた青い瞳がまっすぐに射抜いてくる。
どうにもこの目に見つめられると落ち着かない。でも目を離すこともできなかった。
「……セーレ様と同じことを言うんだな。」
「お、わかる~? ――そうなんだよねぇ。殿下って兄さんと同じような反応するから、結構お気に入りなんだ」
関心したような面持ちのフィフスに、深く同意するヴァイス。何か通じ合っているで、間に入ったのは失敗だったかと後悔がちらりと浮かんだ。
また彼に気に入られているという余計な情報を得てしまったので、忘却へと投げることにした。
セーレはヴァイスの双子の兄で、父の親友だ。今は父の右腕として王城に勤めている。
学園に来るまでの間、自分の仕事も忙しいだろうに、何かと気にかけてくれた人物であり、尊敬しているひとりでもある。そんな彼に執着しているのがこの弟だ。ブラコン、と一言で片付けるには何か足りない気もするが、今は深く考える必要もない。
「殿下は昔から兄さんと仲良しなんだよねぇ。――殿下と仲良くすれば、いろいろ教えてもらえるかもよ」
いたずらっぽくウィンクを飛ばすと、フィフスの目がきらりと光る。様付けして呼ぶほどだ。きっとセーレのことも慕っているのだろう。
「そうなのか……。」
「知りたいのであれば、聞いてくれればいい。――貴方が望むならいつでも応えよう」
ヴァイスに唆されて親しくされても嬉しくなどない。先ほどのような何も忖度のない関係の方がずっとましだ。――眉根を顰め、風に押されて肩にかかる雨を振り払った。
「ふふ、なんとお頼もしいこと。――さて、そろそろ帰るとしようか。みんな殿下が消えて心配してたからね」
傘を広げたヴァイスが、ディアスへと差し掛ける。立ち話のせいで足元がすっかり冷え、家族に心配をかけていることへの申し訳なさからため息がでる。
「悪いんだけどフィフスくん、ドアを開けてもらっていいかな? 先に乗っててもいいから」
短くうなずくと、彼は雨の中遮るものも持たずに軽やかに駆け出していった。ヴァイスの側仕えが何人かいたはずだが、全員アイベルと一緒に先に戻ったのだろうか。御者はいるので帰る分には問題ないが、隣国から来た客人に雑事をさせるのは些か問題があるのではないだろうか。雨の中彼を待たせるのも悪いので歩き出す。
「いい子でしょ? 君にも改めて紹介しようと思ってたから、一足先に出会ってくれてタイミングが良かったよ。――話してみてどう?」
隣を歩くヴァイスの年相応の温和な語り口が、先にいるフィフスを示す。示されるがまま様子を見ると、雨に当たっているはずなのに髪も服もどこも濡れた様子がなく、すぐそこにいるのに別次元の存在に思える。――何か紙を出し、一振りしたのちドアを開けて待機していた。
「仕事で来ていると聞いた。……俺に何か関係があるのか?」
月末に行われる締結式について、聖国シンから来客があるとは聞いていた。式に関することで何か関わりがあるのは想像できるが、わざわざ紹介されるほど自分に重要な役割が与えられるとは思えなかった。自分よりも重要な人物が他にもいるからだ。――他に考えられるのは、今日のような出来事に対処できる護衛役として彼が呼ばれた、とかだろうか。
「僕から君に頼みたいんだ。あの子のこと、――助けてあげてくれないかな?」
「……ヴァイスから?」
「うそ。いつからそんな面白い返しができるようになったの? 目覚ましい成長を感じる――」
馬車の元へ到着する。今の返事が気に入ったようで、ひとり悦に入っているヴァイスに呆れていると、ステップの端に立つフィフスが手を伸ばしてきた。中に入るよう促されたようだ。
(――助ける? 彼を??)
手を取ると、自分よりも小さな手に力強く握られる。先ほどの大立ち回りや、怪我をしていた侍従を手早く介抱してくれたこと、心が弱っているところを慰められたりと幾重にも世話になった。
その彼の役に立つことがあるのなら、吝かではないが、助けになれるようなものを自分に持ち合わせているとは思えなかった。
時は戻り、廃屋にヴァイスが迎えにきたときのこと。
雨の中側仕えに傘を差してもらい、彼は手ぶらで扉がなくなった入口に現れた。
ダークグレーのロングコートに身を包み、皮手袋をした手を大仰に広げ中に入ると、アイベルを一足先に医務室へ届けるよう指示した。
介抱されながら速やかに馬車に乗せられるアイベルを見届け、彼を乗せた馬車が冷たい宵闇の中に消えていくのを見送った。
もう一台の馬車があるので、あれで自分たちは帰るのだろう。ヴァイスを探しに行ったという左翼の姿が見えないが、彼はすでにあの馬車に乗っているのだろうか。
先ほどまで使用していた廃屋から明かりがなくなり、ディアス、フィフス、ヴァイスが三人で暗い軒下に並んだ。馬車までは少し距離があるが、今は傘もあるので先ほどのような濡れネズミのような有様になることは避けられるだろう。
雨が降っているとはいえ、秋の夜はとても冷える。フィフスから渡されたストールを今も借りていた。――彼よりも大きい自分が使っても寒さから防いでくれて非常にありがたかった。羽織っているだけではすぐに肩からずれてしまい落ち着かない様子を見かね、鳥の羽を模した流麗な意匠が凝らされた金の留め具を貸してくれた。繊細なデザインが美しく、貴重なものに見えるが、気さくに貸してくれたところに彼の人柄がよくわかる。
不意にくるりと振り返り、ディアスとフィフスのことをヴァイスがそれぞれ確認する。
「ずいぶん待たせてしまったね。二人とも元気にしていたかな? 少しはみんなで親睦は深められたかい?」
いろいろとお世話になったトランクを片手に、フィフスはヴァイスに慇懃に向き合うと手を胸に添え礼をする。
「ご無沙汰しておりますヴァイス卿。卿も変わらずご壮健のようで何よりです。」
過去の話をするくらいには親しい間柄なのだろう。ヴァイスには特段興味がなかったので、特に何も思うことなくなんとなしに二人のやり取りを見る。――周りからなぜかやたらと慕われているが、自分からすると意地の悪いところや歪んだ性癖があるのに誰もそこを気にしない事が不思議だった。そこも愛嬌として世間一般に受け入れらているのかもしれないが、今もまた、自分に対して淡泊な態度でしか接してこなかったフィフスが嬉しそうに話しをしている姿を見ると、二人がどういうやり取りをするのかと気になった。
「ほんと、君ってかわいいよねぇ」
彼が懐いているからだろうか、ヴァイスが愛おしそうに彼を見ている。
「……?」
フィフスがあたりをきょろきょろと見回し出す。かわいいと言われたモノを探しているかのようだった。――彼の華奢な身体つきと、中性的な顔立ちは一部の人間には好まれやすい部類に入るだろう。それでなくとも端正な顔立ちだ。ヴァイスの好みについては把握していないが、なんとなくそれらを指して可愛いと言っている気がする。――セクハラか? この男だ。充分ありえる。
「うんうん、そういうところがすっごくかわいいよフィフスくん」
ふと気付く。人が困惑している姿はヴァイスの好物だ――。人が困っている様子や、怒っている姿を見るのが好きな性分なのだが、正直趣味が悪いと思う。それ以外にもどうかと思う部分があるが、個人の嗜好についてとやかく言うつもりはない。彼もいい大人なのだから、ある程度はわきまえているはずだ。
「それで、ここのドアってどうしてないのかな? このあたりの建物は古いから危険でね、誰も入らないように塞いでたはずなんだけどなぁ。――知らないかい?」
ニコニコしながらフィフスに尋ねている。すると首がゆっくりヴァイスの視線を避けるように横に向けられた。――分かっているのだろう、彼が壊して侵入したということに。
真面目な性格だと思っていたが、思いのほか正直な様子に少し脱力する。
ヴァイスも彼の様子にご満悦だ。内緒にしてくれと頼んでいた割に、こんなにすぐばれてしまうとは――。言い訳する様子もなく口を一文字にし、なんとか目線を避けようとしている姿がさすがに不憫になる。
ここで三人、――途中四人になったが――でいるときは随分頼もしく見えていたのに、彼にこんな一面もあるのかと思うと、少しヴァイスの気持ちがわからなくもなかった。同じような趣味はないが。
『ソリュード家には特に、最大限の礼を尽くすよう当代から命令されている』
ふと先ほど聞いた言葉を思い出す。当代――当主とかそういった意味だろうか――の命令で、ヴァイスに取り繕ったり嘘をつけないということなのかもしれない。それとも壊したことを認めてしまえば訴えられ、立場が悪くなるなどそういったことを気にしているのかもと気付く。
普段であれば口を挟むことなどしない。
だが危機を救ってくれた恩人であり、鬱屈とした気持ちを溶かしてくれた人物であり、なにかと気にかけてくれた相手だ。――出会って間もないが、何度か自分に向けられた澄んだ瞳の青色を思い出す。今はあの色が気まずげに曇っているのがなぜか我慢ならなかった。――恐らく困らせている相手が、いい笑顔を見せているヴァイスだからだろう。
ヴァイスが諦めるのを待っているのか、それともこの性根の悪い大人と根競べでもするつもりなのかフィフスは話す気配がない。
腹を固め、フィフスの肩を引き寄せ下がらせる。代わりにヴァイスの前に一歩踏み出し、匂い立つ嗜虐心を笑顔に乗せているヴァイスへ冷たく睨め付けた。
「いい加減にしろ。彼は雨宿りできる場所を探してくれたんだ。わざわざそんなことを問い詰める必要があるのか?」
「あらま、珍しいこともあるもんだ。王子さまが誰かを庇うなんて、これは大雨が降るのも納得だね」
ふふっとひとつ笑うと、肩をすくませ、覗かせていた嗜虐心をしまっていた。
「久しぶりに会ったからつい、ね。――それとも、僕に放っておかれて王子さまはやきもちかな?」
無用の推測を無視し、肩越しにフィフスを見る。
「彼に全部付き合わない方がいい。人をからかって楽しむ癖があるから、早めに見切りをつけた方が――」
いい、と言おうとした言葉尻が空に消える。少し大きく見開いた青い瞳がまっすぐに射抜いてくる。
どうにもこの目に見つめられると落ち着かない。でも目を離すこともできなかった。
「……セーレ様と同じことを言うんだな。」
「お、わかる~? ――そうなんだよねぇ。殿下って兄さんと同じような反応するから、結構お気に入りなんだ」
関心したような面持ちのフィフスに、深く同意するヴァイス。何か通じ合っているで、間に入ったのは失敗だったかと後悔がちらりと浮かんだ。
また彼に気に入られているという余計な情報を得てしまったので、忘却へと投げることにした。
セーレはヴァイスの双子の兄で、父の親友だ。今は父の右腕として王城に勤めている。
学園に来るまでの間、自分の仕事も忙しいだろうに、何かと気にかけてくれた人物であり、尊敬しているひとりでもある。そんな彼に執着しているのがこの弟だ。ブラコン、と一言で片付けるには何か足りない気もするが、今は深く考える必要もない。
「殿下は昔から兄さんと仲良しなんだよねぇ。――殿下と仲良くすれば、いろいろ教えてもらえるかもよ」
いたずらっぽくウィンクを飛ばすと、フィフスの目がきらりと光る。様付けして呼ぶほどだ。きっとセーレのことも慕っているのだろう。
「そうなのか……。」
「知りたいのであれば、聞いてくれればいい。――貴方が望むならいつでも応えよう」
ヴァイスに唆されて親しくされても嬉しくなどない。先ほどのような何も忖度のない関係の方がずっとましだ。――眉根を顰め、風に押されて肩にかかる雨を振り払った。
「ふふ、なんとお頼もしいこと。――さて、そろそろ帰るとしようか。みんな殿下が消えて心配してたからね」
傘を広げたヴァイスが、ディアスへと差し掛ける。立ち話のせいで足元がすっかり冷え、家族に心配をかけていることへの申し訳なさからため息がでる。
「悪いんだけどフィフスくん、ドアを開けてもらっていいかな? 先に乗っててもいいから」
短くうなずくと、彼は雨の中遮るものも持たずに軽やかに駆け出していった。ヴァイスの側仕えが何人かいたはずだが、全員アイベルと一緒に先に戻ったのだろうか。御者はいるので帰る分には問題ないが、隣国から来た客人に雑事をさせるのは些か問題があるのではないだろうか。雨の中彼を待たせるのも悪いので歩き出す。
「いい子でしょ? 君にも改めて紹介しようと思ってたから、一足先に出会ってくれてタイミングが良かったよ。――話してみてどう?」
隣を歩くヴァイスの年相応の温和な語り口が、先にいるフィフスを示す。示されるがまま様子を見ると、雨に当たっているはずなのに髪も服もどこも濡れた様子がなく、すぐそこにいるのに別次元の存在に思える。――何か紙を出し、一振りしたのちドアを開けて待機していた。
「仕事で来ていると聞いた。……俺に何か関係があるのか?」
月末に行われる締結式について、聖国シンから来客があるとは聞いていた。式に関することで何か関わりがあるのは想像できるが、わざわざ紹介されるほど自分に重要な役割が与えられるとは思えなかった。自分よりも重要な人物が他にもいるからだ。――他に考えられるのは、今日のような出来事に対処できる護衛役として彼が呼ばれた、とかだろうか。
「僕から君に頼みたいんだ。あの子のこと、――助けてあげてくれないかな?」
「……ヴァイスから?」
「うそ。いつからそんな面白い返しができるようになったの? 目覚ましい成長を感じる――」
馬車の元へ到着する。今の返事が気に入ったようで、ひとり悦に入っているヴァイスに呆れていると、ステップの端に立つフィフスが手を伸ばしてきた。中に入るよう促されたようだ。
(――助ける? 彼を??)
手を取ると、自分よりも小さな手に力強く握られる。先ほどの大立ち回りや、怪我をしていた侍従を手早く介抱してくれたこと、心が弱っているところを慰められたりと幾重にも世話になった。
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