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2.長い一日②
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数メールしか離れていないのになかなか二人が来ないため、破壊された玄関へ少年、――フィフス――が姿を現す。のろのろとこちらに向かう二人、どちらも背が高く、自分には彼らを支えて運ぶのは厳しそうだった。なので手を貸さずともなんとか向かって来ているようで、よかったと独り言ちていた。
しばらく見つめているとふと疑問が浮かぶ。
「……ここの学生ってみんなでかくなるのか?」
知り合いの、この学園を卒業した知人は皆自分よりも背が高い。――自分が小柄であるという懸念には目をつぶる。160はあるから小さい部類ではないはずだ。たぶん。
手負いの者は身長170は超えているだろうか。短髪という特徴しかわからない。もう一人は――ディアスと呼ばれていたか――、腰までとどきそうな長髪で190近くありそうな長身だ。どちらもこの国の者らしく漆黒の髪色だ。
ここまで来る途中で見た人もみな黒髪であった。
王政ラウルス国。――愛と混沌の創造神を頂くこの国に住む者は、黒髪であること、魔術を使うというのが主な特徴だ。王都の東部に位置する『学園都市ピオニール』は、過去に王族が設立した学びのための学園を擁する街である。
王侯貴族だけでなく、学びを求める者であれば庶民も同じ場で学べるという他所にはない特徴を持っていた。人を育てることで、国の発展につなげているそうだ。
そして平等に学ぶ機会を与えてくれる、寛容の場だ。
自分のいた『場所』とは人々の雰囲気も、取り巻く空気も全く異なり、改めて遠くまで来たんだと振り返る。
二人の歩く姿と視認できる範囲での怪我の様子を見ると、先ほど剣を向けてきた者だけが手負いのようだ。もう一人のでかいのも元気はなさそうだが、取り急ぎ対処が必要ということはなさそうに見える。
――雨が降っていてよかった。
でなければ彼らを助けに駆け付けることができたかどうか分からない。己の役割を果たせたことに安堵する。
事前に部下たちに応援は頼んであるが、まだ返答がない様子を考えるに、この学園には思っている以上になにか問題があるのかもしれない。
小さく息をつく。
先の見えないことを考えるのはやめよう。考えるべきことは目の前の問題で、何よりも学生の保護が最優事項だ。少しづつ近づく彼らに声をかける。
「簡単に埃は払っておいたから多少はましだろう。中で休めそうだぞ。」
不運に見舞われた彼らの心が少しでも晴れればと思い、声をかけた。
――そんなに声を張り上げている様子もないのに、彼の耳に通る声はなんだろう。
雨が彼に遠慮しているのだろうか? 手も届かない、ずっと高い場所から降る大粒の水玉が一斉に大地に当たる音が耳障りだった。冷えた身体に当たるのも、全身が濡れて重くまとわりつく感じもどれも不快なのに、その気持ちを一瞬忘れさせるかのような澄んだ声。
明かりが届く軒下についてようやく判明する。さきほどからじんわりと肌に感じる違和感に。
大雨の中にいたにも関わらず彼はどこも濡れた様子がなかった。
着替えたのか? なんて間抜けな疑問と、ありえないことだという驚きで頭がいっぱいになる。隣にいるアイベルも疑問符を大量に浮かべているようだった。
「よく頑張ったな。」
フィフスと名乗った少年は何の感情も動いた様子はないが、二人の到着に満足そうに声をかけた。アイベルとディアスの胸のあたりをひとつ払う仕草をすると一気に全身が軽くなる。
「とりあえずこれ以上身体を冷やすのはよくない。すぐに暖が取れるといいんだが、あまり手持ちがないんだ。」
何が起こったのかわからず視線を彷徨わせると、重かった髪も服も乾いていることに気付いた。あまりにも一瞬の出来事で驚く――。
何をしたのかと彼に問おうとするも、フィフスは気に留める様子もなくとっとと踵を返し中にまた戻ってしまった。
「ひとまず消毒しよう。アルコールでかぶれた経験は?」
もう誰も住むこともなくなって廃墟だったが、今や彼がここの主人のようだ。しばらくその役目を果たせずにいた家具たちに、もう一度役目を果たさせる。
教室の半分もなさそうな狭い空間に足を踏み入れた。
入口から少し奥まったところに椅子が四つ並んでいる。その向かいにあるテーブルの上には先ほど彼が振り回していたであろうトランクが口を開け、傍に携帯用ランプ、包帯などの品が並べられている。――さらに奥に彼が腰に下げていた剣が置かれているのが見える。武器を使う気はなのだろう。
「いかなる時でも警戒を怠らない姿勢は正しいが、何か事を起こす気ならとっくにしている。今だけは信用してくれ。」
いまだ入口で留まる二人の様子を見かねてもう一度声をかけた。アイベルは自分を支えてくれる主人の手から身体を離し、小さく礼を伝えた。痛む身体を正し、窮地を救ってくれた相手へ敬意を示した。
「……先ほどは危ないところを助けてくださり、ありがとうございました」
二人がようやく好意を受け取る準備ができたのを感じたのか、口元に少し笑みを浮かべると、フィフスが椅子を二つ傍に持ってきてくれた。
座るよう促され、ふたりで並んで腰を掛ける。テーブルへと戻った彼はトランクの中からキャラメル色のたたまれた厚めの布、――大きなストールだろうか――をひとつ取り出し、一枚の紙と一緒にディアスへと渡した。
歌劇場のチケットよりは大きく、白く透け感のある紙だ。見たこともない文字のような記号のようなものが記されていた。手に持つと、文字が赤とオレンジ色が混じり合うかのような色に淡く光る。
「南方天の加護が宿ってる。これで多少は暖がとれるだろう。」
「……もしかして聖国の?」
ディアスが尋ねた。――南方天。この国のものではない。つまり彼が自分を『よそ者』と言っていたのは、『この国の者ではない』という意味だったようだ。
聖国シン――。王政ラウルス国とは異なり、調和と秩序の創造神を頂き、彼の神の眷属である火、水、風、地を司る四神――朱雀神、蒼龍神、白虎神、玄武神という――を祀る国だ。
四つの神をそれぞれ祀る一族が存在し、己が神の名をひとつ取り、朱家、蒼家、白家、玄家と呼ぶ。
その一族の中から神がひとりの人間を選び、神の力を継承するそうだ。――選ばれた人間を『方天』と呼び、王ではなく神の代行者が国を治めている。
王政ラウルス国と異なるのは、聖国の人間は精霊術と呼ばれる術を使う。一瞬で全身を乾かしてくれたのはその力のおかげかと納得がいった。
「そうだ。」
テーブルの方を向いているため、彼の表情はわからない。
過去、両国の間では3000年に及ぶ大戦があった――。主神を異にすることからか、領土拡大のためか、ただの蹂躙のためか、今ではきっかけも原因も理由もわからないくらい長い時を二国間で争っていた。戦争の前線ではラウルス国の王族と、聖国の方天を中心とする四つの家の者たちだ。
「――私が恐ろしいか?」
いまだ背を向けている彼の手は包帯を掴み、所在なさげに握っている。
自分がしたことではないにしても、自分の祖先がラウスル国に牙をむいてきた事実は変わらない。声の調子はずっと変わらない気もするが、もしかしたら彼も緊張しているのかもしれない。
大戦はたしかにあったが、それも今は過去の話。――35年前に和平条約を両国で結ぶことになった。また、18年ほど前にはグライリヒ王が就任した際に、聖国シン出身の者が王の右腕として仕えていることは有名な話だろう。
ここ学園ピオニールでも彼の弟が理事を務めており、過去の出来事から徐々にだが時代が移り変わっていることを象徴している。
ディアスは膝の上に置いたストールに手をのせた。それはさやかではあるが柔らかくぬくもりがあった。指先に触れる札を見つめる。――冷え切っていた指先がゆっくりと温められ、徐々に先端にも血が巡ってくることを改めて感じた。
「いえ、――大丈夫です」
和平条約は五年ごとに更新しており、確かめ合うように互いの国で交代しながら締結式が行われる。――そして今月末にここ、学園都市ピオニールで締結式が行われる予定となった。
そういう大事な時分に、隣国出身の彼が自分たちの危機を防いでくれたことは偶然かもしれないが、これも過去から大きく時流が変わったことの象徴かもしれない。
片手で弄んでいた包帯と消毒液だろうか、何かをつかむと振り返るその顔に、柔らかく小さな笑みを浮かべていた。
「そう言ってもらえてよかった。――私は蒼家の人間で、今回は仕事でこちらに来ることになったんだ。」
アイベルにもディアスに渡したものと同じ札を渡しつつ、彼の近くに椅子を持ってくる。彼の手当を始めるようだった。
「聖国から人が来るとは聞いていましたが、その、……玄家の方だけではなかったのですか?」
手当のために服を脱ごうとするアイベルが尋ねた。今日は聖国からの使者が来ることになっていた。――本来であれば自分たちも彼らを迎えるために準備しなければならなかったのだが、その出迎えまで時間があったので、少しの気分転換のために外に出ていたことを思い出す。
ちらりと己の主を見ると、彼もそのことを今思い出したようで、驚いたような、困ったような何とも言えない表情が侍従に向けられていた。
「詳しいな……。そうだ、玄家の人間が中心なのは変わらないが、蒼家にも別件で依頼があって、同行することになったんだ。」
彼は気付いていないようだ。いや、知らないのかもしれない。ディアス、――ディアス・フェリクス・アルブレヒト。王政ラウスル国を治めるアルブレヒト家の血を引く人間で、現国王グライリヒの子息だ。
ここに迎えるべき客人がいるということは、他の者はすでに学園に到着しているのだろうか。出迎えに現れない王子たちのことを皆が探しているかもしれない。
「すまない、アイベル。俺が心配をかけてばかりに……」
自分の気持ちなんて早く忘れて捨ててしまえばよかった。些事に囚われていつも周りが見えなくなり、迷惑をかけてしまう。どろりとした後悔が心に満ち、気持ちの重さに合わせて首を垂れる。
「出かけようと提案したのは私です、殿下。……それに皆さまにはご説明すれば、かならずやご理解いただけます。だから……」
自分を責めないでほしいと、と包帯を巻いてもらう手とは逆の手を伸ばしたが、痛みが走りで手が伸ばしきることができず息が詰まる。
ただならぬ二人の様子に動じることもなく、フィフスはアイベルの左腕の傷の手当を終わらせる。手慣れているようで、流れるように無駄なく行われる処置にアイベルは少し驚いていた。
怪我人の感嘆の眼差しを気に留めることなく、他の部位の手当に移る。
「お前たちもしかして、家出か? いや、――学園から出るから、学出か……?」
手当をする手を止めず、誰にともなくフィフスはつぶやく。
「そういうわけではなくて……。その、気分転換に殿下を外出をお誘いしたところ、先ほどのような不届き者に囲われることに……」
「ここってあんなでかい野犬がうろついてるものなのか?」
野犬、というにはだいぶ穏やかではない部類の存在だったと思うが、もしかして聖国ではあれくらい大きな野犬が普通なのだろうか。――主人を見ると、だいぶ気持ちが沈んでいるようで声がかけにくかった。代わりに家出疑惑などの不名誉な誤解を解くべく、アイベルはフィフスと話すことにした。
「一頭大きいのがいましたよね。あれは狼男。――魔術によって人が狼へと姿を変えたものです。周りにいたのはおそらく召喚獣でしょう」
「なるほど。だから中身がなかったのか。」
彼が何に納得しているのかいまいちわからなかったが、何か得心がいったようだ。
「随分気合の入った追い剥ぎだな。――人相を分からなくするためなのか?」
上半身の怪我の処置が済んだ。包帯が足りなくなったようで席を立ちあがるフィフスに、あとはそこまで深くないからと処置を止めてもらう。骨が折れるというところまではいかなかったのがまさに不幸中の幸いだ。切り傷だらけの服を羽織り、身を正していく。
「追い剥ぎ、だったのでしょうか――。あのような手合いがいるとは聞いたことがなかったので、もしかしたら……」
殿下を狙った犯行だったのかも、という言葉を飲み込む。以前から頻繁ではないもののディアスの周りで不審な出来事があった。致命的な出来事はいまだないものの、誰かから悪意を向けられている可能性が大きい。
良くも悪くもあまり人と交流しないところが主人にはあるので、人に恨まれるというのは考えにくく、ディアスを害することで得をする者も思い当たらなかった。――いや、あるひとりの人物が脳裏によぎった。
首をふり、自分の考えを消そうとした。それに傷心中の主人の身に、他人から悪意が向けられているという話をするのは気が重く、アイベルもうつむくしかなかった。
彼の言葉の続きを待っているのか黙ったままのフィフスだったが、続きが出なさそうな雰囲気を感じ手にしたものを机の上に置く。
何をどうしたらよいのか何も思い浮かばず、言葉にならないため息とともにアイベルも黙り込んでしまう。
少しの間部屋に満ちていたあたたかな空気が、沈黙と雨音に支配されじわじわと冷えてきたように感じた。
重く首を垂れる二人を見比べ、フィフスは落ち込むディアスに近付き声をかける。
「……嫌だったら振り払ってくれ。」
一呼吸置くも相手からの返事はなく、声が耳に届いていない様子だ。うつむくディアスにフィフスはゆっくりと覆いかぶさり両の手で頭と背中を抱きかかえた。アイベルが止めようと一瞬動こうとするが、ディアスの背中をゆっくり撫ではじめた様子を見て、制止の声を飲み込むことにした。
彼が招かれた客人のひとりであるなら、主人を害する気はないだろう、と。
しばらく見つめているとふと疑問が浮かぶ。
「……ここの学生ってみんなでかくなるのか?」
知り合いの、この学園を卒業した知人は皆自分よりも背が高い。――自分が小柄であるという懸念には目をつぶる。160はあるから小さい部類ではないはずだ。たぶん。
手負いの者は身長170は超えているだろうか。短髪という特徴しかわからない。もう一人は――ディアスと呼ばれていたか――、腰までとどきそうな長髪で190近くありそうな長身だ。どちらもこの国の者らしく漆黒の髪色だ。
ここまで来る途中で見た人もみな黒髪であった。
王政ラウルス国。――愛と混沌の創造神を頂くこの国に住む者は、黒髪であること、魔術を使うというのが主な特徴だ。王都の東部に位置する『学園都市ピオニール』は、過去に王族が設立した学びのための学園を擁する街である。
王侯貴族だけでなく、学びを求める者であれば庶民も同じ場で学べるという他所にはない特徴を持っていた。人を育てることで、国の発展につなげているそうだ。
そして平等に学ぶ機会を与えてくれる、寛容の場だ。
自分のいた『場所』とは人々の雰囲気も、取り巻く空気も全く異なり、改めて遠くまで来たんだと振り返る。
二人の歩く姿と視認できる範囲での怪我の様子を見ると、先ほど剣を向けてきた者だけが手負いのようだ。もう一人のでかいのも元気はなさそうだが、取り急ぎ対処が必要ということはなさそうに見える。
――雨が降っていてよかった。
でなければ彼らを助けに駆け付けることができたかどうか分からない。己の役割を果たせたことに安堵する。
事前に部下たちに応援は頼んであるが、まだ返答がない様子を考えるに、この学園には思っている以上になにか問題があるのかもしれない。
小さく息をつく。
先の見えないことを考えるのはやめよう。考えるべきことは目の前の問題で、何よりも学生の保護が最優事項だ。少しづつ近づく彼らに声をかける。
「簡単に埃は払っておいたから多少はましだろう。中で休めそうだぞ。」
不運に見舞われた彼らの心が少しでも晴れればと思い、声をかけた。
――そんなに声を張り上げている様子もないのに、彼の耳に通る声はなんだろう。
雨が彼に遠慮しているのだろうか? 手も届かない、ずっと高い場所から降る大粒の水玉が一斉に大地に当たる音が耳障りだった。冷えた身体に当たるのも、全身が濡れて重くまとわりつく感じもどれも不快なのに、その気持ちを一瞬忘れさせるかのような澄んだ声。
明かりが届く軒下についてようやく判明する。さきほどからじんわりと肌に感じる違和感に。
大雨の中にいたにも関わらず彼はどこも濡れた様子がなかった。
着替えたのか? なんて間抜けな疑問と、ありえないことだという驚きで頭がいっぱいになる。隣にいるアイベルも疑問符を大量に浮かべているようだった。
「よく頑張ったな。」
フィフスと名乗った少年は何の感情も動いた様子はないが、二人の到着に満足そうに声をかけた。アイベルとディアスの胸のあたりをひとつ払う仕草をすると一気に全身が軽くなる。
「とりあえずこれ以上身体を冷やすのはよくない。すぐに暖が取れるといいんだが、あまり手持ちがないんだ。」
何が起こったのかわからず視線を彷徨わせると、重かった髪も服も乾いていることに気付いた。あまりにも一瞬の出来事で驚く――。
何をしたのかと彼に問おうとするも、フィフスは気に留める様子もなくとっとと踵を返し中にまた戻ってしまった。
「ひとまず消毒しよう。アルコールでかぶれた経験は?」
もう誰も住むこともなくなって廃墟だったが、今や彼がここの主人のようだ。しばらくその役目を果たせずにいた家具たちに、もう一度役目を果たさせる。
教室の半分もなさそうな狭い空間に足を踏み入れた。
入口から少し奥まったところに椅子が四つ並んでいる。その向かいにあるテーブルの上には先ほど彼が振り回していたであろうトランクが口を開け、傍に携帯用ランプ、包帯などの品が並べられている。――さらに奥に彼が腰に下げていた剣が置かれているのが見える。武器を使う気はなのだろう。
「いかなる時でも警戒を怠らない姿勢は正しいが、何か事を起こす気ならとっくにしている。今だけは信用してくれ。」
いまだ入口で留まる二人の様子を見かねてもう一度声をかけた。アイベルは自分を支えてくれる主人の手から身体を離し、小さく礼を伝えた。痛む身体を正し、窮地を救ってくれた相手へ敬意を示した。
「……先ほどは危ないところを助けてくださり、ありがとうございました」
二人がようやく好意を受け取る準備ができたのを感じたのか、口元に少し笑みを浮かべると、フィフスが椅子を二つ傍に持ってきてくれた。
座るよう促され、ふたりで並んで腰を掛ける。テーブルへと戻った彼はトランクの中からキャラメル色のたたまれた厚めの布、――大きなストールだろうか――をひとつ取り出し、一枚の紙と一緒にディアスへと渡した。
歌劇場のチケットよりは大きく、白く透け感のある紙だ。見たこともない文字のような記号のようなものが記されていた。手に持つと、文字が赤とオレンジ色が混じり合うかのような色に淡く光る。
「南方天の加護が宿ってる。これで多少は暖がとれるだろう。」
「……もしかして聖国の?」
ディアスが尋ねた。――南方天。この国のものではない。つまり彼が自分を『よそ者』と言っていたのは、『この国の者ではない』という意味だったようだ。
聖国シン――。王政ラウルス国とは異なり、調和と秩序の創造神を頂き、彼の神の眷属である火、水、風、地を司る四神――朱雀神、蒼龍神、白虎神、玄武神という――を祀る国だ。
四つの神をそれぞれ祀る一族が存在し、己が神の名をひとつ取り、朱家、蒼家、白家、玄家と呼ぶ。
その一族の中から神がひとりの人間を選び、神の力を継承するそうだ。――選ばれた人間を『方天』と呼び、王ではなく神の代行者が国を治めている。
王政ラウルス国と異なるのは、聖国の人間は精霊術と呼ばれる術を使う。一瞬で全身を乾かしてくれたのはその力のおかげかと納得がいった。
「そうだ。」
テーブルの方を向いているため、彼の表情はわからない。
過去、両国の間では3000年に及ぶ大戦があった――。主神を異にすることからか、領土拡大のためか、ただの蹂躙のためか、今ではきっかけも原因も理由もわからないくらい長い時を二国間で争っていた。戦争の前線ではラウルス国の王族と、聖国の方天を中心とする四つの家の者たちだ。
「――私が恐ろしいか?」
いまだ背を向けている彼の手は包帯を掴み、所在なさげに握っている。
自分がしたことではないにしても、自分の祖先がラウスル国に牙をむいてきた事実は変わらない。声の調子はずっと変わらない気もするが、もしかしたら彼も緊張しているのかもしれない。
大戦はたしかにあったが、それも今は過去の話。――35年前に和平条約を両国で結ぶことになった。また、18年ほど前にはグライリヒ王が就任した際に、聖国シン出身の者が王の右腕として仕えていることは有名な話だろう。
ここ学園ピオニールでも彼の弟が理事を務めており、過去の出来事から徐々にだが時代が移り変わっていることを象徴している。
ディアスは膝の上に置いたストールに手をのせた。それはさやかではあるが柔らかくぬくもりがあった。指先に触れる札を見つめる。――冷え切っていた指先がゆっくりと温められ、徐々に先端にも血が巡ってくることを改めて感じた。
「いえ、――大丈夫です」
和平条約は五年ごとに更新しており、確かめ合うように互いの国で交代しながら締結式が行われる。――そして今月末にここ、学園都市ピオニールで締結式が行われる予定となった。
そういう大事な時分に、隣国出身の彼が自分たちの危機を防いでくれたことは偶然かもしれないが、これも過去から大きく時流が変わったことの象徴かもしれない。
片手で弄んでいた包帯と消毒液だろうか、何かをつかむと振り返るその顔に、柔らかく小さな笑みを浮かべていた。
「そう言ってもらえてよかった。――私は蒼家の人間で、今回は仕事でこちらに来ることになったんだ。」
アイベルにもディアスに渡したものと同じ札を渡しつつ、彼の近くに椅子を持ってくる。彼の手当を始めるようだった。
「聖国から人が来るとは聞いていましたが、その、……玄家の方だけではなかったのですか?」
手当のために服を脱ごうとするアイベルが尋ねた。今日は聖国からの使者が来ることになっていた。――本来であれば自分たちも彼らを迎えるために準備しなければならなかったのだが、その出迎えまで時間があったので、少しの気分転換のために外に出ていたことを思い出す。
ちらりと己の主を見ると、彼もそのことを今思い出したようで、驚いたような、困ったような何とも言えない表情が侍従に向けられていた。
「詳しいな……。そうだ、玄家の人間が中心なのは変わらないが、蒼家にも別件で依頼があって、同行することになったんだ。」
彼は気付いていないようだ。いや、知らないのかもしれない。ディアス、――ディアス・フェリクス・アルブレヒト。王政ラウスル国を治めるアルブレヒト家の血を引く人間で、現国王グライリヒの子息だ。
ここに迎えるべき客人がいるということは、他の者はすでに学園に到着しているのだろうか。出迎えに現れない王子たちのことを皆が探しているかもしれない。
「すまない、アイベル。俺が心配をかけてばかりに……」
自分の気持ちなんて早く忘れて捨ててしまえばよかった。些事に囚われていつも周りが見えなくなり、迷惑をかけてしまう。どろりとした後悔が心に満ち、気持ちの重さに合わせて首を垂れる。
「出かけようと提案したのは私です、殿下。……それに皆さまにはご説明すれば、かならずやご理解いただけます。だから……」
自分を責めないでほしいと、と包帯を巻いてもらう手とは逆の手を伸ばしたが、痛みが走りで手が伸ばしきることができず息が詰まる。
ただならぬ二人の様子に動じることもなく、フィフスはアイベルの左腕の傷の手当を終わらせる。手慣れているようで、流れるように無駄なく行われる処置にアイベルは少し驚いていた。
怪我人の感嘆の眼差しを気に留めることなく、他の部位の手当に移る。
「お前たちもしかして、家出か? いや、――学園から出るから、学出か……?」
手当をする手を止めず、誰にともなくフィフスはつぶやく。
「そういうわけではなくて……。その、気分転換に殿下を外出をお誘いしたところ、先ほどのような不届き者に囲われることに……」
「ここってあんなでかい野犬がうろついてるものなのか?」
野犬、というにはだいぶ穏やかではない部類の存在だったと思うが、もしかして聖国ではあれくらい大きな野犬が普通なのだろうか。――主人を見ると、だいぶ気持ちが沈んでいるようで声がかけにくかった。代わりに家出疑惑などの不名誉な誤解を解くべく、アイベルはフィフスと話すことにした。
「一頭大きいのがいましたよね。あれは狼男。――魔術によって人が狼へと姿を変えたものです。周りにいたのはおそらく召喚獣でしょう」
「なるほど。だから中身がなかったのか。」
彼が何に納得しているのかいまいちわからなかったが、何か得心がいったようだ。
「随分気合の入った追い剥ぎだな。――人相を分からなくするためなのか?」
上半身の怪我の処置が済んだ。包帯が足りなくなったようで席を立ちあがるフィフスに、あとはそこまで深くないからと処置を止めてもらう。骨が折れるというところまではいかなかったのがまさに不幸中の幸いだ。切り傷だらけの服を羽織り、身を正していく。
「追い剥ぎ、だったのでしょうか――。あのような手合いがいるとは聞いたことがなかったので、もしかしたら……」
殿下を狙った犯行だったのかも、という言葉を飲み込む。以前から頻繁ではないもののディアスの周りで不審な出来事があった。致命的な出来事はいまだないものの、誰かから悪意を向けられている可能性が大きい。
良くも悪くもあまり人と交流しないところが主人にはあるので、人に恨まれるというのは考えにくく、ディアスを害することで得をする者も思い当たらなかった。――いや、あるひとりの人物が脳裏によぎった。
首をふり、自分の考えを消そうとした。それに傷心中の主人の身に、他人から悪意が向けられているという話をするのは気が重く、アイベルもうつむくしかなかった。
彼の言葉の続きを待っているのか黙ったままのフィフスだったが、続きが出なさそうな雰囲気を感じ手にしたものを机の上に置く。
何をどうしたらよいのか何も思い浮かばず、言葉にならないため息とともにアイベルも黙り込んでしまう。
少しの間部屋に満ちていたあたたかな空気が、沈黙と雨音に支配されじわじわと冷えてきたように感じた。
重く首を垂れる二人を見比べ、フィフスは落ち込むディアスに近付き声をかける。
「……嫌だったら振り払ってくれ。」
一呼吸置くも相手からの返事はなく、声が耳に届いていない様子だ。うつむくディアスにフィフスはゆっくりと覆いかぶさり両の手で頭と背中を抱きかかえた。アイベルが止めようと一瞬動こうとするが、ディアスの背中をゆっくり撫ではじめた様子を見て、制止の声を飲み込むことにした。
彼が招かれた客人のひとりであるなら、主人を害する気はないだろう、と。
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
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そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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