――賽櫻神社へようこそ――

霜條

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さんにんの話

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 蝉の鳴き声がジワジワとうるさい。
 周囲の景色も鬱蒼とした木々に覆われ、山奥へ来たんだと分かる。
 スマホで道を確認しながら目的の神社のある場所へと車は順調に向かう。――ちょうど三人が免許を持っているため、運転を交代しながらここまでやってきた。
 途中SAで食べたカレーやラーメン、うどんなんかは美味しいとは言い難く、まぁこういうものだよなって互いに笑いながら、ちょっとした撮影旅行を楽しんでいた。
 
 夕日が車内を照らす。参拝する時間には時間があったが、下見を兼ねて神社を訪れようという話になっていた。
 目的の場所が近くなり、車を止めて周囲を確認する。

「あれか? 賽櫻さいおう神社って」

 タモツが先に見つけたようで、指さす方向を見れば生い茂る木々の隙間から神社の名が刻まれた石碑が見える。――少し暗くて分かりにくかったのでみんなで車を降りて近くまで確認しに行く。

「――どうやらここらしい」

 石碑の隣に暗く落ちくぼんだような空間が森の先に続いていた。――後ろを振り返れば、街灯もない狭い道に人気のない広々とした草原があるだけで、その先はまた木々に遮られて民家は見えなかった。山の上の方だが木々のせいで、山の下に何があるか何も分からず、隔絶された地なのだとよく分かった。

「電話ボックス、はないか……。こういう場所で怪異に遭遇して、逃げ込んだはずが閉じ込められて、どこにも通じない電話を掛けるのが常識だって言うのに」

 残念そうなイツキの声が隣でする。

「一応電波届くみたいだぞ。車の中で電話すればある意味電話ボックスとも言えなくないか?」

 スマホを取り出したタモツが提案するが、どうやらそう言うことじゃないようで呆れた顔をしたイツキが首を振った。

「それはまた別の展開だよ。車に乗ってエンジンかからないとか、車に逃げ込んだはいいけど、窓にべったり赤い手形がつけられるとかさ。――あと揺らされたり、道路から落とされちゃうとかさ」

「確かに……。そういう映画も見たことあるな」

「でしょ? 電話ボックスはガラス張りで逃げ道がないところがいいんじゃん。公衆電話だから電話が掛けられる先も覚えてないと掛けられないってスリルもいい。……でも結局110か119、117くらいしか思いつかないんだよねぇ」

「……なんで時報?」

「あと、案外電話ボックスの中にヒントがあったりしてな。――神社に行く道の途中にさ、意味深な言葉とか残して撮影してみないか?」

 ケイジのつぶやきは華麗にスルーされ、鬱蒼とした森の中に入ろうとしていたタモツが名案が浮かんだとばかりに戻ってくる。

「いい案だけどさぁ、今まで何人もここ撮影しているからアタシらがつけたってすぐバレるんじゃない?」

「……たしかに。やらせって分かるのはよくないか」

 名案がさっさと棄却されとぼとぼと戻っていく。――その彼の後について行けば、じっとりとした暑さが一瞬で消え涼しい風が火照る肌に心地よい。天然の冷房と言ってもいいだろう。

「暑いからすっかり忘れてたけど、やっぱ山だな。――今でこれなら、夜はもっと着込んだ方がいいかもな」

 はーいと気のない返事を二人でタモツにする。――とはいえ着込めるような何かを誰も持ってきてないので、山を降りた際どこかで買った方がいいだろう。
 しばらく山道を進むとはげかけた朱色の鳥居が見えた。鳥居の先は苔が生えた石と砂利が一本道を作っており、この先に神社があると教えてくれる。
 どうやらこの鳥居の先が参道になるようだが、

「――蝋燭なんてないじゃないか?」

 周囲を見回しても明るい場所などなく、蝋燭や火があると言われていたがそんな気配はどこにもなかった。

「誰かが夜出しに来るんじゃないか?」

「……誰かが管理しているなら、この辺で驚かせ要素を作るとすぐにバレるかもね。参道の途中で仕込みを入れるくらいがいいかも?」

「神社にも人がいるかもしれないしな。……ならいいスポットを探しに行くか」

 タモツの声に促され鳥居をイツキがくぐっていく。先に行く二人の背を見ながらふと思う。

「……なんで夜なんだろうな」

 普通、神社が開いているのは日の出ている時間だけだろう。わざわざ暗い時間を指定して人を呼ぶのはどういうことなんだろうと小さく疑問に思うが、冷たい風が背を撫でて行く。
 身震いをし慌てて先に行く二人を追いかけていく。こんなところで長居しても風邪を引くだけだろう。とっとと下調べを終わらせて、夜に来るための準備をしなければ。
 小走りで鳥居をくぐり抜け、先に行く二人の後を追った。



  賽櫻神社≪サイオウジンジャ≫へようこそ――。
  参道へ入る前の場所に蝋燭があるので、そちらをどうかご持参下さい。
  火はご用意がありますので、どうかご心配なく。
  足元が悪いので、くれぐれも転ばぬようお気をつけて。
  参拝するのは夜、暗い時間であればあるほどご利益があります。
  あなた様が望む方はどのような人でしょうか。
  どうか良縁に巡り合いますように。
  さぁ、いらせられませ――。



 下見を終える頃、あっという間に周囲が暗くなってしまいスマホの灯りを三人で灯しながら足早に神社を後にした。
 何度も人の動画や写真で見たけれど、これといった特徴のない小さなボロボロの神社だった。人の気配はなく、誰かが詰めているような場所もなかった。
 変わったところと言えば、境内近付くたびに置かれる鳥居が増えて行き、道中に険しい岩に囲まれて見通しが悪くなるところがあったということくらいか。
 神社に詳しくないのでよく分からないが、見たことのあるものに比べたときに気になったのはその程度か。
 死角が多いので、あの辺りで待ち伏せして人影などを演じて見せたらちょうどいいかもしれない。足りない部分は編集の際に加工して追加してやればいいのだ。
 撮影はケイジが、実況はタモツ、幽霊役にイツキといい感じで役割分担が出来た。三人寄らばなんとかというが三人組でここに来てよかっただろう。

 山を下り街に行けばファストファッションで有名な店もすぐに見つかり服が手に入り、そのすぐ近くにファミレスもあったので腹を満たしつつゆっくり計画を立てるのに丁度よかった。
 テーブルに置かれた薄いペーパーにメモをしていく。先程散策した賽櫻神社の適当な図を書いて、どう撮影するかシナリオも考える。
 何も考えずに撮影して面白い画が取れるなんてことは余程経験豊富なプロでも難しいだろう。映像だって作品であり、マジックのようなものだ。タネもシカケもあり、緻密な計算と計画があってこそ映えて面白い画が取れるというものだ。
 それがタモツは分かっている。イツキは映像に関心がないものの、ケイジの考えに賛同してくれる。――面白いゲームだって同じようなものだとケイジの話を聞いてそう頷いていた。
 今はまだその成果は出てないが、数をこなしていけば徐々に分かることもあるだろう。

「さて、予定はこんな感じか。――何か他に案がある人?」

 タモツがケイジとイツキに尋ねるが、それぞれ注文した料理を口にしておりしゃべれなかった。――出したい案は全て出し切ったのだ。これ以上良い提案も思い浮かばなかった。

「じゃあ腹を満たして仮眠とったら、あの場所に戻るか。――さぁ、待ってろよ~万バズ金盾の未来!」

「おー、一気にそこまで行くつもりか」

 金盾とはチャンネル登録者数が100万に行ったときに貰えるやつだ。――現在300人ちょっとしかフォロワーがいないというのに、炎上でもしないとそこまで一気に人数が増えるのは難しいだろう。
 でも炎上なんて大変そうだから、そういう手は使いたくない。

「夢は大きくだぜ! 金盾は行かなくてもさ、賽櫻神社は多くの人が注目してるからフォロワーが増えるチャンスもあるかもしれないだろ?」

 やはり人目を引くには話題になっている波に乗るのが一番だろう。ただ他と差別化しないとただの有象無象でしかなくなるから要注意だ。

「そうだな。……そしたら収益化も夢じゃないかもな」

「だろだろ? そうなったらもう少しいいマイク買いたいよな~。今使ってるやつは音質が悪くて動画が聞きにくい」

「あともっとゲーム実況も伸びて欲しい。こんなに面白い作品が注目されないの不遇過ぎるからさ」

「ひとつ注目されれば他のを見てくれる人がいるかもしれないもんな。――また帰ったら新しいゲームでもやってみるか」

「今度出る新作のフリゲとかやって欲しい。――毎回この作者の作品、他の人もやってるけど早く出せればそれだけ注目されるかもしれないしさ」

 この後の予定について、あれやこれやと絵に描いた餅でしかない話に興じる。夢のある話とは違うが、みんなの好きや関心が地続きでこの先も続いているように思えるこの時間が楽しい。
 チームで活動すると方向性の違いで喧嘩するなんて言う話もよくあるだろうが、その時はきっとみんなの進むべき道が異なるときなのだろう。
 そうなった時の話も既にみんなでしている。――話が合わなくなったら解散しようと。
 終わりを決めておけば、わざわざ喧嘩することもない。
 喧嘩別れ程寂しいことはないだろう。イツキとは高校時代から、タモツは大学で知り合った仲だが、せっかくの縁で繋がったのだ。つまらないことで切れるようなことはしたくない。

 暗くなった窓の外を見る。――神社がある方向だったはずだと思い適当な山を見れば、都会では見られないほどの数の星が空に見えた。普段見慣れない数に若干怖さが出てくる。街の灯りに消されているが、都外に出ればあれだけの数空に星が見えるんだと初めて知った。
 SNSで見る星空は綺麗だと思うのに、肉眼で見る夜の星はこんなにも薄気味悪いものなのか。ある程度加工でもすれば、あのバズっている星空の写真のようになるだろうか。
 目的を逸れたことに目を瞑り、もう一度山を見ればあることに気付く。

「――二人とも、明かりがついてるぞ」

 ケイジの声に二人が話をやめ、同じ方向を見た。山の山頂に近い位置で灯りが灯っているのが見えた。街灯もなにもなかったことから、少しの灯りがここまで届くのかと驚きがあった。

「ほんとだ……、蝋燭がセットされたのかな」

「本当にあの山だった? 暗い時間っちゃ暗い時間だけど、もう少し遅い時間に行くものかと思った」

「まぁ、いいじゃないか。いつでも行けるって事だろ? ――仮眠取ってから行こうかと思ったけど、どうする?」

 タモツの質問に小さく沈黙が訪れる。

「――もう行っていいなら、撮影しに行ってもいいんじゃないか? その分いろんな画が取れるかもしれないし」

 薄気味悪い空に真っ黒な山を見て、少々怖じ気付いたことは隠した。

「あ~確かに……。カメラ回し始めたら何も映ってなかった、なーんてことがあったらもう一度ここに来なきゃいけないしな~」

 こちらが竦んでいることを察したのか、タモツがニヤニヤと隣に座るケイジを両手をだらりとさせながら近付く。

「他にも撮影しに来ている人がいるかもしれないし、そういう人驚かせに言っても面白いかも。――情報交換してもいいしさ、早めに向かうのはアタシも賛成」

 別方向に悪ノリするイツキも、眼鏡の奥でニヤニヤと二人を見てたくらみを打ち明けた。――配信してから日も浅いため、同業の知り合いがいない。
 これを機に知り合いを作れたら悪い話ではないかもしれない。
 一応縁結びの神社のようだしと、タモツと顔を見合わせれば互いに頷く。

「なら出発するか。――ここは割り勘だぞ!」

 早々に釘を刺され、鍵を持って逃げようとしたイツキが舌を小さく出していた。
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