この『異世界転移』は実行できません

霜條

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この『お話』は実行できません

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「不運だ」

 空は真っ暗で、一日の終わりを告げる時間だというのに、街にはまぶしい光があちらこちらであふれている。

「まだ月曜日なんだよなぁ……。はー、やる気なくすわ」

 現代人は慢性的まんせいてきな睡眠不足だと世は言うが、う人々を街の光が鮮烈せんれつに照らし、まだ時間を使えと言っている。
 これでは休みたいという気持ちも、影と共に消えてしまうものだろう。
 夜の時間を人の明かりが奪うのだ。誰かの睡眠が奪われ続けるのも、世の流れな気がしてならない。
 各務堂かがみどうはひとり、人混みの中駅に向かって歩いていた。帰宅する人波に逆らうように進む人たちを避けながら、やりきれない気持ちを誰にともなくつぶやいていた。

 今夜のアポは手応てごたえもなく、ただ話を聞いてもらうだけの時間に終わった。
 長らく付き合いのある相手だっただけに、次の話が出来ると思っていた。だが、他社よその新人のつたない説明と、若さからの熱意に相手は心を奪われた後だった。
 無駄な時間を、ただ使いに来ただけになったのだ。
 金持ちはケチだと言うが、それはある意味正しいだろう。
 だが何をしても今の生活が狂うこともない人間にとって、投資はただの遊びでもあった。
 その遊び相手が知識もあり安定した結果を出す人間よりも、どう転ぶか分からない知識もおぼろげで未熟な相手を選ぶなんてことはよくある。
 彼らの遊戯ゲームから、自分は追放されたのだ。
 その事実が、心に重くのしかかっていた。

 だから、ただの気まぐれで今月のチャンスがひとつダメになったことを、明るい夜の街でひとりなげいていた。
 眠らない街の中で、誰に聞かせるわけでもない不満をらしても、誰もすくい上げることもない。
 大袈裟おおげさにため息をつき、ふてぶてしく己の不幸を街に向かってなげいていたのだ。

 ついてないのはきっと、週末も今日もスッキリしないことが続いてるせいだ。
 
 わだかまる話を聞かされ、気まずい空気で別れる。そんな出来事が重なったせいだと、他所よそに不満をぶつけてみたが、そんな無意味な八つ当たりがむなしいだけだった。

「あー! やめだやめだ。一杯やってから帰ろう」

 電車に乗ると、家の近くに飲める場所は無い。顔を上げ、どこか寄れる場所を探してみるとスマホに呼ばれた。
 ポケットから振動のみなもとを取り出し、中身を確認せずに通話をする。

「お疲れさまです、各務堂です」

 このタイミングだ。アポの成果についての確認だろう。大口おおぐちの契約が取れそうなときにはよくあることだ。
 重い気持ちながらも、さっさと報告を済ませようと切り替えた。

「すみません、今日のはダメでした。今後もコンタクトは欠かしませんが、今月は他を当たります」

『――――さすが、敏腕びんわん営業マン。こんなにすぐに電話に出るんだな。あまりにも早くて驚いたわ』

「…………諒馬りょうまか? お前から連絡が来るなんて、思わなかった……」

 思わぬ声と相手に、驚きから頭が真っ白になる。いつもなら、次の月をまたいでからメッセージでやり取りをする。
 三日と開けず、しかも電話で連絡が来たことに戸惑とまどいの方が大きく、もやもやと消化しきれなかった気持ちがふくらんだ。

『あははっ。いっちの鬼の仕事モードのせいで、話したいことをまとめてたのに全部忘れちった』

 不景気をものともしない笑いと明るい声に、気まずい別れをした先週末のことも一瞬でかすむ。

「アポは失敗した上に、上司から催促さいそくの電話だと思ってあせったじゃないか。なんつータイミングで電話してくるんだ、まったく」

『ごめんごめん。こんな時間まで仕事してたとは思わなかったんだ』

 腕時計を見れば22時も近い。夜まで仕事が差し込まれればこれくらいの時間も当たり前だ。
 だが、12時間以上仕事に費やす生活は、あまり健全ではないかもしれないと、いまさら諒馬の言葉に気付かされる。

『――――この前、微妙な空気で別れちゃっただろ? いっちに謝りたいと思っていたんだ』

 思わぬ告白に足が止まった。道の真ん中で止まったものだから、何人かとぶつかり舌打ちされる。
 そんな他人のことなど、今はどうでも良かった。

『いっちは大人だからきっと何ともない顔で次も会ってくれるかもしれない。だけど俺が気まずいんだ。……こういうことを後回しにしておきたくない』

「……なんだ、そんなこと。って言うか、そんな謝るほどのことなんてなかっただろ」

 つらつらと口から出る言葉はかざられ、本心をラッピングしていく。
 安堵あんどから再び歩き出した。どこかへ寄ろうなんて気持ちも失せ、家に向かうことになんの躊躇ためらいもなくなる。

「諒馬の気持ちも考えなかった部分は俺にもあったし、微妙な空気にしたのは二人だったってことだろ? 気にするほどの事じゃない」

 自分たちはもう子どもじゃない。
 だから互いに心の内を全て打ち明ける必要なんてないし、それを見せ合う必要だってない。まだ自分の心の扱い方も分からず、他人に全てをぶつけるしか出来ない思春期じだいは既に遠く、ずっと後ろに置いて来たものだ。
 社会に出て様々な人と接しているうちに、効率の良い『仕事』を覚えていくとおのずと理解していく。『心の内必殺技』を使うのはここぞという時だと――――。
 それを人は『情熱』や特別な『本心』だと受け取り、決断を下す判断材料にする。
 だから安易に人の言葉に乗ってはいけないし、本心を出してはいけない。
 交渉コミュニケーションを成功させるには、時流じりゅう見極みきわめが大切だからだ。
 
 だが同時に、諒馬の言葉が嬉しくもあった。
 確かに二人の間にわだかまりがあった。小さなものだから目をつむることは出来るし、忘れたように振る舞うことだってできる。一時いっときの気の迷いから道を間違えているだけでも、ただ見守ろうと各務堂は思っていたからだ。
 だけど、そんな『大人の振る舞い』を、必要としない関係が今まであった。――――諒馬と話している間だけは、しがらみも全部脱いで、ずっと昔に置いて来た『自分』が帰って来る。
 明日の商談について考えることはないし、顧客との会話のように着地点へ向かう流れを作る必要もない。
 なにも必要のない素朴な時間が、古い友人との間だけにはあった。

『いまどこにいるんだ? 俺は××××駅の近くにいるんだけど、もし近かったら少しだけ会えないか? ……って、月曜の夜じゃ無理か』

「――――本当か? ちょうど俺は隣の駅にいるんだ。そっちまで行こうか」

 もたつく人並みをすり抜け、足早に駅へと向かう。
 たった一駅だ。思わぬ距離に友人がいたことに大学時代を思い出す――――。時間に縛られなくなってから、朝な夕な出歩いては終電に駆け込み、息を切らして別れていたあの日。
 時間に間に合わず、駅に取り残されたことも一度や二度じゃない。そんなバカみたいなことをメールで報告し合い、笑ったり、互いに電車に乗れず朝までやっているファミレスや漫喫で時間を潰した日々が、駅に向かう足取りを軽いものにしていく。

『わざわざ来てもらうのは悪いよ』

「俺は営業マンだぞ? 呼ばれればどこにでも行ってやるさ」

 スマートウォッチをタッチパネルにかざし、改札を抜けていく。

『お前なぁ……。カッコよすぎてれるかと思ったわ』

「いい男だろ? だが成績に反映されないのが非常に残念だ」

 この駅はいくつか改札口があるが、入り組んだ構造をしており、エスカレーターの前で人が滞留たいりゅうしやすい。目的のホームは一番上だが、登るのに時間がかかりそうだ。
 エスカレーターの開けられた片側を登っていく。本当は片側を歩くことはエスカレーターに良くないらしく、止まって使えと張り紙がしてあるが、誰も張り紙なんか気にも留めずに使っている。

「っていうか、家はそっちの方面じゃないだろ? その辺りで仕事をしているのか?」

『まぁ、そんなところだ。――――この近くにある神社が好きで、たまに寄るんだ。……そしたらいっちのことを思い出して、謝りたいと思ったんだ』

「神のお告げでもあったか。本当に謝ってもらう必要なんてないから気にするな。代わりに何か酒でも買っておいてくれ。この前の仕切り直しをしようじゃないか。お互い酒で流そう」

『……季節限定のソフドリはまずいのあるけど、酒ってあんま聞かないよなぁ』

「そうか? 水性インクの味がするだの、洗剤とか薬みたいな味がするだのって話したまに聞くけどな。――――そういう冒険はしなくていいからな? 分かってるよな、諒馬?」

 電車が到着した音が聞こえ、登る流れが速くなる。

「ちょうど来たみたいだ。駅に着いたら連絡する」

 通話を切ると、充電が残り少ないと通知が出た。ポケットにしまい、段差を早足で登る。
 友人と会ったらあとは帰るだけだ。
 ホームに広がる人たちが電車の到来で凝縮される。乗れなくはないがすぐ隣の駅だ。この混雑っぷりに、歩いて行っても良かったかもしれないと思いつつ、流れに押し込まれながら各務堂は電車の中へと入って行った。


 ◇◇◇


「諒馬――――」

 ぎゅうぎゅうの電車から降り、三日ぶりの友人と再会する。
 駅から少し離れた場所にある橋の上は風が吹き、人の熱で火照ほてる全身を冷ましてくれるのにちょうど良かった。
 呼ぶ声に気付く友人は、白いビニール袋を左手で持ち上げ、こちらに合図を寄越した。

「怪我人だったってすっかり忘れてた……。悪かったな」
「これくらい平気さ。こっちこそわざわざ来てくれてありがとう。一銭の得にもならないのに悪かったな」
「友情はプライスレスだろ? 損得とか、そういうのはいいんだ。俺もまっすぐ帰る気分じゃなかったから、ちょうど連絡が来て良かったと思ってた」

 袋の中には四本の酒が入っていた。ビールにサワー、ハイボールに日本酒。

「もしかして前に言ったか? このカップ酒好きなんだよな。香りも味もいいんだ」
「たしかこの名前だったよなーって思い出して買ったんだ。合ってたようでよかったぜ」

 プラスチックのカップに入った日本酒だ。安価で手軽に飲めるのに、樽の香りがしっかり残りさらりとした飲み心地が良いところが気に入っている。
 常温の棚に置かれているので、店に行ってもあるかどうか見ないで通り過ぎることも多いため飲む機会は多くない。――――樽酒なんて、会社の祝いの席や、祭りの手伝いで巡り合えるかどうかだろう。
 それがコンビニで、一杯から楽しめるのだから便利だと言えよう。

「こんなんで機嫌が取れるなら安いもんだ。悪いけど、適当なを俺のために開けてくれないか」

 橋の手すりにもたれ、荷物を足元に置き二人で乾杯する。
 にぎやかな隣の駅とは違い、住宅や学校があるためかここは暗く静かだ。橋のそばを通る電車と下を流れる川に、視界に入る先ほどまでいた場所が遠く明るい。涼しい風と一緒に、遠くなる音を聞きながら仕切り直しをする。
 駅に向かう人もまばらにあるが、この時間だ。知っている人もいなければ構う人もなく、穏やかな時間がただここにあるだけ。街灯の下を車が通るが、ずっと静かで平和だ。

「この場所、悪くないな」
「そうか? この辺大学が多いし若い子に絡まれでもしたら、駅まで走って逃げられるってくらいしか利点はなくない?」
「いまどきおやじ狩りなんて聞かないけどな。――――独り身でもとやかく言われることも減ったし、おひとり様でも過ごしやす場所も多い。仕事漬けになっているところもあるけど、こうして会ってくれる友人もいる。充分だって、俺は思うけどな」

 スギなのかヒノキなのか区別がつかないけど、いい香りだということは分かる。
 走って電車で蒸らされて、喉がかわいていた。さらりと喉を通る液体の冷たさと、香りの良さから一気に飲んでしまいそうな危うさがある。

「――――いっちは『幸せ』が分かるんだな。うらやましい限りだ」
「そんなもの分かる訳ないだろ。先の事なんか正直考えてないし、今を生きるので精いっぱいだ。成績を追いかけて、毎月ノルマをこなすだけ。……昔は大人ってもっと違うものになれると思っていたけど、学生の頃となんも変わらない。及第点きゅうだいてんギリギリで生きているだけだ」
「ははっ、それが出来るだけ、いっちには充分才能があるんだ。俺なんて及第点にすら届かない、――――赤点ばかりの人生だ」

 一気に缶の中身を空にした諒馬が、そう言った。

「いっち――、いや、各務堂一司かがみどうかずあき。長いこと、こんな俺と友人でいてくれてありがとう」
「……もしかして酔っぱらったのか? 改めて言われると恥ずかしいからやめてくれ」

 空き缶を欄干らんかんに置き、諒馬はこちらに向いて左手を差し出した。

「酔っているとも。そうでもしないと一日と過ごすこともままならないからな。真面目に社会人が出来るお前のようになれたら、どれだけ良かったんだろう。――――俺はお前が羨ましいよ、いっち」
「……何の話だ?」

 伸ばされた片手を握り返すが、違和感をつかんでいるようだった。
 わだかまりを解消し、ほろ酔いのいい気分でいたはずだ。

過去・・についての話だ。いっちと改めて話してようやく分かったんだ。――――俺は旅に出る」

 肩から伸びる三角巾から利き手を外し、痛むのか左手で腕を押さえている。咄嗟とっさに片手を伸ばすも、すぐに何ともない顔になる。

「旅って……、旅行ってことか?」

 小さなカバンを肩から下げただけのラフな格好だ。他に荷物があるとは思えなかった。駅にロッカーがあるから、もしかして他に荷物を置いて来たということだろうか。

「そうだ。まだ誰も見たことのない場所へ、俺は行ってくるぞ、いっち!」

 すると俊敏しゅんびんに手すりに登ると諒馬は仁王立ちをした。

「おいおい、何をする気だ……? 降りてこい、諒馬!」
「見ててくれ――! 俺は必ずやり遂げて来る。――――さよならだ友人よ。こんなバカな俺のことは忘れて、もっと幸せになってくれよな」

 いうや否や諒馬は後ろへ倒れた――――。
 これは手の込んだいたずらか?
 性質タチの悪いギャグか?
 目の前でゆっくり欄干の向こうに沈む友人に、理解が追いつかずただ口を開けることしか出来なかった。
 諒馬の顔から他を見ることも出来ず、敬礼をしながら上機嫌な笑みを浮かべた姿が落ちた。

「………………諒馬?」

 ざわつく人の声に押され、欄干の向こうを覗いた。下に真っ暗な川があるだけで、なにもない。
 水音もなく、なにも聞こえなかったけれど、耳に届いていなかっただけだろうか。
 確かめたくて周囲を見た。

 誰となく目が合うと、何もなかったかのように皆歩き出して行った。
 なにか悪い夢でも見ていたのだろうか。

 川を望むホームにも目をやってみると、スマホに目を落としたり、誰かと話していたり、これから来る電車がまだ来ないのかと時間を確かめている人ばかりだ。

 ここで諒馬と話していたのは、夢だったのだろうか。

 真っ白になる頭で、状況を整理しようと身体を捻ると何かに肘がぶつかった。――――空き缶だ。
 綺麗な放物線を描き、暗い川へと落ちてゆく。

 パシャン。

 水飛沫を上げ暗い水の中に浸かると、ホームの光に照らされて流されて行った。
 いや、あれは自分が飲んでいたプラカップか?
 手の中にあったはずの酒がいつのまにかなくなっている。
 落ちたと思ったのはもしかして、自分が口にしていた酒だったのかもしれない。

「ははっ、酔いが回ってるのか。そうか、そうかもしれないな……。恥ずかしいなまったく」

 誰にともなく言い訳すると、足元にコツンと何かが当たった。
 自分のカバンと、白いビニール袋、――――濡れた地面に見覚えのあるプラカップだ。

 もう一度、川を確認してみた。
 落ちていった缶はもうどこにも見えず、静かに何事もなく水面が揺れている。
 電車がホームに入り、息苦しいほどの風が顔に当たる。
 それはるよく晴れた、ある夜の出来事だった。





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     処理を終了します。
                   [ O K ]
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 あの後、誰も何も言ってくれなかった。
 ただの通行人に期待することではないかもしれない。
 だが、目の前で話していた友人が急に消えるなど、一体誰がすぐに理解し得ただろうか。
 ただの飛び込みだったらまだ、何かにすがることも出来たかもしれない。
 警察や救急車を呼ぶよう助けを求められたかもしれない。
 結局何をどうしたらいいのか分からなくて、あの日は荷物を持って帰ることしかできなかった。

 そのまま一週間、仕事のある日常に戻ってみたらなんてことはない。
 あの晩のことは夢だったのかもと、忙しさから忘れることが出来た。
 もしかしたら諒馬を訪ねに誰かが来るかも、連絡があるかもと期待したがそれもない。
 だから、もう一度あの橋に来ても、いまだにどうしたらいいのか分からずにいる。

「……適当な場所でだべりながら、適当な話をする。そんな日常に満足していたんだ――――」

 既読のつかないメッセージ。
 繋がらない電話。
 所在を確かめようとみたものの、最近まで住んでいる場所のひとつも知らなくて、アルバムに残っていた住所を訪ねた。
 そこは売地と書かれた看板と、何年も手付かずの野原があるだけだった。

「友だちだと思っていたのは俺だけだったのかよ、諒馬……」

 友だちのお前なら、分かってくれると思ったのに――――。
 各務堂は更地に向かって呟いた、

 友人は全てを捨て、『旅』に出たらしい。
 ニュースを調べているけれど、まだ諒馬の名前は見かけてない。――きっとまだ誰も届出を出していないのだろう。各務堂もそうだ。

「――――簡単に捨ててくなよ、大馬鹿野郎」

 手から下げている白いビニール袋に、缶が二つ入っている。
 あの日友人がくれた、最後の餞別せんべつだ。

「これはお前の忘れ物だ」

 何となしに持って帰ったものだった。それを持ち歩くことの、何と滑稽こっけいか。
 ひとつはサワー、もう一つはハイボールとどちらも炭酸だ。

「次会ったら覚悟しておけよ。俺はお前を絶対に許さないからな」

 袋の中身にそう言うと、各務堂は諒馬がいた場所を後にした。

 勝手に突き放し、後味の悪さだけを残して行った友人のことなど忘れてやるものか。
 己が不幸だと言うのなら、その面をまた俺の前に見せに来い。
 お前が買ったこの酒を、お前に中身だけ返してやる。
 それまであの日のことを、一生根に持ってやろう。

 そしてもう一度、とっておきの不幸をお前にくれてやる。
 だから早く帰ってこい、諒馬。
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