この『異世界転移』は実行できません

霜條

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この『心配』は実行できません

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「――――いっし~! おっまえ、久しぶりだなぁ!」
諒馬りょうま……? ……どうしたんだ、その――」

 小中高と同じ学校に通い、別々の大学に行っても会っていたが、社会に出てから疎遠そえんになった昔馴染み。――――納巳諒馬のうみりょうまが、遅れてやってきた。
 半年ぶりの再会に諒馬は喜びを見せたが、各務堂かがみどうはつまみかけの枝豆をさやから落とすだけだった。

「まーまー、積もる話はいったん置いといて。――おねーさん、生ひとつ!」

 向かいの席に座り、利き手でもない左手でもたもたと肩にかけたかばんを外した。
 慌てて席を立ち、諒馬の動きを手伝う。――『いっし』と呼ぶのは、各務堂の下の名前である『一司かずあき』が、小学生には読めなくてつけられたあだ名だ。
 もはやこの呼び方をするのは、諒馬ただひとりだ。
 
「いやー、ここに来るのもいつぶりだ? いっしは相変わらず金融営業マンだなー。もうかってるかね君ぃ」
「いやいやいやいや……、俺のことなんかより、どうしたんだよ右腕は。怪我してるならリスケしたのに」
「大丈夫大丈夫! 見た目よりひどくないんだ。――いっしと飲みに行くの楽しみにしてたんだから、今日は楽しい話をしようじゃないか!」

 金曜日ということもあり、店はお客でいっぱいだ。
 酒に酔い、盛り上がる人の声で満たされた店内は、非常に騒がしい。
 そんな周りの音に負けず諒馬の声は大きく、相変わらず元気そうに聞こえた。

 疎遠になったのち、諒馬と再会したのは社会人になってからだった。
 貯金以外の趣味がなく、最低限の暮らしをしてばかりの日々にテコ入れしようと、たまたま入った家電量販店で声を掛けられた。――それが三年前、偶然そこの店員として、諒馬が俺に声を掛けたのだ。

「事故か? ……なにか無茶な仕事をしてるんじゃないよな?」
「違う違う。ちょっとぶつかっただけだよ。チャリンコとな」
「軽車両との接触事故か……。――保険は入ってたのか? ものによっては見舞金がもらえるんだから、ちゃんと確かめておけよ」
「いっしは俺のおかんかよ。知ってるだろー? 俺はお前と違って堅実けんじつじゃないの。保険なんかやるわけない」

 お通しの枝豆と共に、諒馬の前にビールが置かれた。

「とは言っても、その腕じゃ――」
「いっし――、二人で会ったときは辛気臭しんきくさい話はしないって約束したろ? 今日この時間だけは、仕事も日常も全部忘れよう。――久し振りの再会にかんぱーい!」

 左手でジョッキを持ち、諒馬が半分ほどに減った各務堂のジョッキに景気良くぶつけ、一気に中身をあおっていく。
 仕方なく諒馬の乾杯に合わせ、泡もなくなったビールを一口飲んだ。

「――っはぁ! うめ~~~~、やっぱこれがなきゃ始まらないよなー」

 半年振りだというのに、小学生の頃からずっと変わらない豪快ごうかいさが、仕事ばかりでめられた心をバラバラにしてくれるようでもあった。
 だけど首からかかる包帯と、ぐるぐる巻きになる右腕が気になって、浮かれたい気持ちにセーブが掛かる。
 落とした枝豆を拾い、各務堂は口に運んだ。

「――――諒馬、連絡もおざなりにして、一体今までなにしてたんだよ」
「他の注文はまだだろ? 腹を満たす方が先だ先だ」

 家電量販店で再会してから連絡先を交換し、学生の頃みたいにバカみたいなやり取りをしながら、月一で集まるのが二人の習慣になっていた。
 諒馬自身は変わらないけど、会うたび仕事を変えている。
 環境が合わなかったり、人が合わなかったり、仕事がだんだん合わなくなったりと、理由はまちまちだ。
 昔から諒馬の周りにはいろんな人がよく集まっていた。楽しいことを思いついては実行する行動力と、ちゃめっけと面白さで人に好かれている姿ばかり見てきた。
 そんな諒馬が社会に出てから、上手くいかないなんてと意外に思っていた。
 だけど世の中仕事はいくらでもある。どこかにこいつに適した場所もあるだろうと、転職を繰り返す旧友を各務堂は見守ってもいた。――互いの生存確認も含めて、この会を開いているようなものだ。
 メニューを見つめる諒馬が、気になる品を口にする。その声に合わせ、液晶パネルに注文を入れる。――――たこわさ、ポテサラ、揚げ出し豆腐、唐揚げ、もつ煮、出し巻き卵。この居酒屋に何度も通っていて、各務堂も諒馬もどちらの好きなメニューだ。
 新商品を話題にしたところで、結局同じものばかり頼んでしまう。

「あと生追加で。今日もとことん付き合ってくれるだろー?」

 ビールも追加でふたつ注文する。――――そうだ、アルコールがなければ、毎日着ているスーツをはぎ取ることも出来ず、仕事で凝り固まっている自分を解き放つこともままならない。
 趣味らしい趣味もないが、どこかに埋もれていた『自分だった』ものが、諒馬とここで飲むときだけは帰って来るような感覚になるのだ。

「あぁ、――飲まなきゃやってらんないからな」

 半分以下のビールを飲み干し、ドンと机に置く。諒馬も同じようにあっという間に空にすると、注文確定を押すより前に、近くを通る店員に諒馬が注文した。
 世の中いろいろ変わっていくが、結局人に頼んだ方がずっと早い。注文確定のボタンが早く押せと明滅を繰り返すのを、黙らせるように押す。――ビールが重複したが、すぐに頼むことになるものだ。
 注文を店員が繰り返すと、空のジョッキをあっという間に持っていった。
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