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この『飲み会』は実行できません
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予期せぬエラーが発生しました。
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[ O K ]
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「金曜って、各務堂さんは参加できますか?」
「今週の――? 悪い、先約があるから今回は欠席で」
カレンダーをもう一度確認し、各務堂一司は返事をした。この日ばかりは絶対に早く帰ると、卓上カレンダーにも印をつけていたのだ。
クリップボードに手書きで部内の名前を書いた紙を持つ新人、虎渡の手が止まった。
「えぇー? 各務堂さんも欠席なんですかー。蔡原さんも居ないんですよ今回。……つまんないなぁー」
こんな御用伺い、いまどき新人にわざわざ面倒をかけさせ、やらせるようなものでもない。
だが機密情報を扱い、定期的に通信記録などが監査部に閲覧されるため、PCを使って内々の話は共有しにくい欠点があった。
ネットも閲覧制限があり、社外システムを使って参加の可否やスケジューリングをすることも出来ない。――社内システムにちょっとした便利機能がないからだ。
とはいえだ。こんな瑣末なやり取り、メールで済ませればいいと思うのだが、監査で何か指摘されるようなことがあれば、支社の評価が下がり、上長の給与や賞与に反映される。――――本人からハッキリしたことを言われたことはないが、雑談の中で幾度となくみんなが聞かされている話だった。
このやむを得ない皺寄せが、新人の仕事にされるのだ。
そして部内の飲み会についても、段取りを取るのが一年目の仕事でもあった。
「店はどうするんだ? 特に希望が出てないなら、またあそこの中華屋にしておけば? 安くて美味いから課長も気に入ってる。――そんで北京ダックのコースにでもして、元をとってやればいい」
不遇な新人に、なけなしの助言を送る。こういう面倒なことは来春までだ。
次の新人が来たら、彼らが困らないようこの子達が教えなければならないことでもある。
「……そうなんですけど、女が周りの人たちにお酌してー、料理を取り分けてあげてー、話まで聞いてあげなきゃいけないじゃないですか。時間外手当が欲しいくらいですよ」
「――そういや久和はどうした?」
「気配りは女の仕事だって言って、あっちで先輩としゃべってますよ。なんもしないくせに上長への報告は率先してやるから、可愛がられてて本当ムカつく。……そんなの男も女も関係ないし、同期なのに」
この支部には二人の新卒がいる。虎渡と久和、――どちらも名の知れた大学を出た、将来性のある有望な新人だ。
だからたまに居るのだ。まだ仕事も碌に覚えてないのに、プライドばかりが先行する新人が。
「なら久和に上手く伝えておくよ。店はお前が調べろってな」
新卒でなくても社内にはよく人種だ。一様に癖はあるが、扱い方を心得ている者もここには多い。
だから久和に構うのだろう。それを虎度が面白くないと思うのも、無理はない。
「――ありがとうございます。各務堂さんだけですよ、分かってくれるの」
「そんなことはないさ。――だけど、久和のことは気にすんな。来年アイツは法人営業部に行くから、顔を合わせるのもあと半年だ」
虎渡の顔から重いものが消えると、やっと息が出来たかのように小さく笑った。
「確かにそうですね……。なんとか乗り切ります」
「おう。そしてまた同期で集まって息抜きして来い。おっさんがしてやれるのはここまでだ」
「クスッ、おっさんって――。自覚があるだけ各務堂さんはマシですよねー」
「ははっ、フォローがそれか。――――これくらいの歳になると、同世代でも生き方がバラバラだ。おっさんの領域に入ったなぁって、最近特に思うよ」
デスクに肘をつき、各務堂は両手で頬を支えてみた。暗くなった外を縁取る窓に映ったのは、痩せ型の中年男性。隣に立つ新卒の虎度に比べれば、若さだけでない輝きを失っている。
清潔感のある短い髪型に、外回りで焼けた肌。ノリの効いたワイシャツに、いつどこで買ったのか分からないネクタイ。オフィスに一人二人はいるであろう、特にこれといった特徴もないただのおっさんだ。
「各務堂さん、金曜はアポがあるんですか?」
「あぁ。しばらく連絡が取れずにいたから、半年振りになる。――俺にとっては大事な日なんだ」
各務堂が声を抑えたのに合わせ、虎渡が身を乗り出した。
二人の間に緊張が走る。
「――――もしかして、大口の顧客なんですか?」
「残念、俺の友だちだ」
低い声でタネ明かしをすると、虎渡の口が呆れたように大きく開いた。
「真剣な顔で言うから、勝負の相手かと思いましたよー。――友だちとか言って、実は好きな人だったりします?」
「小学生の頃から知ってる、ただの男だ。それに恋愛より仕事の方が楽しいから、俺に甘酸っぱいものとか期待するな」
脇目も振らずここまで来てしまうと、人生は仕事で染まり、仕事以外の興味が薄くなる。世を賑わすニュースを見ても、もはや他人事。
ただ各務堂の仕事ぶりを信頼してくれる顧客も多く、同僚や上司達とも良好な関係がそれなりに築けている。
「恋人でもないんですか? 各務堂さんの浮ついた話、聞いてみたかったな」
「虎渡、今の話聞いてた? 相手は男だって言っただろ」
常に成績の良い営業、と言うわけではないが、食うに困らず日々の生活もそれなりだ。
不満を感じることは少ない。だからだろうか、人恋しいと思う事もあまりない。
「今どき関係ないですよ、誰かを好きなるのに。年齢も性別も、もはや飾りですって」
「あー、流石にそこまで俺もアップデートされてないわ。そいつとはただの腐れ縁で、飲んでて楽しいから会ってるだけの関係だ」
「私は彼女いますよ。お金が貯まったら一緒に暮らそうって、彼女と約束してるんです」
さらりと伝えられた後輩の話に、各務堂は固まった。
告白した本人は、予定を聞いてきた時と同じ温度だった。
「――――そうか。付き合ってる人、虎渡はいるんだな」
だからなるべく、衝撃のまま答えないよう努めた。――コンプラ研修で何度か聞いたことのある話だ。教えられてはいたものの、当事者を目の当たりにする日が来るなんて、考えたこともなかった。
「ここ給料はいいでしょ? だから来年には二人で新しいスタートを来れると思うんです。――応援してくれますか?」
「……もちろんだ。なら、虎渡も頑張らないとな」
愛嬌もある子だ。他の社員たちからも可愛がられているし、長く勤められるようにとみんなが彼女を支えている。
社会に出たばかりの小さな芽が、大きく育ちますようにと願いを込めて、各務堂も背中を押した。
「はい! ――各務堂さんも残業、頑張って下さい」
「あーあー、聞こえない」
元気に立ち去る後輩を見送り、各務堂は仕事に戻った。
眩い若さに当てられて、疲労が染みる身体に喝を入れる。
各務堂にも、希望に満ち溢れた時はあっただろう。
そんな懐かしい気持ちを思い出し、金曜に会う友人のために仕事を片付けていく。
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