この『異世界転移』は実行できません

霜條

文字の大きさ
上 下
1 / 5

この『飲み会』は実行できません

しおりを挟む





    ____________________

    予期せぬエラーが発生しました。
    エラーが発生したため、処理を中断します。
                   [ O K ]

    ____________________





「金曜って、各務堂かがみどうさんは参加できますか?」
「今週の――? 悪い、先約があるから今回は欠席で」

 カレンダーをもう一度確認し、各務堂一司かがみどうかずあきは返事をした。この日ばかりは絶対に早く帰ると、卓上カレンダーにも印をつけていたのだ。
 クリップボードに手書きで部内の名前を書いた紙を持つ新人、虎渡とらとの手が止まった。

「えぇー? 各務堂さんも欠席なんですかー。蔡原さいばらさんも居ないんですよ今回。……つまんないなぁー」

 こんな御用伺ごよううかがい、いまどき新人にわざわざ面倒をかけさせ、やらせるようなものでもない。
 だが機密情報きみつじょうほうあつかい、定期的に通信記録などが監査部かんさぶ閲覧えつらんされるため、PCを使って内々うちうちの話は共有しにくい欠点があった。
 ネットも閲覧制限があり、社外システムを使って参加の可否やスケジューリングをすることも出来ない。――社内システムにちょっとした便利機能がないからだ。
 とはいえだ。こんな瑣末さまつなやり取り、メールで済ませればいいと思うのだが、監査で何か指摘してきされるようなことがあれば、支社の評価が下がり、上長じょうちょうの給与や賞与に反映はんえいされる。――――本人からハッキリしたことを言われたことはないが、雑談の中で幾度いくどとなくみんなが聞かされている話だった。
 このやむを得ない皺寄しわよせが、新人の仕事にされるのだ。
 そして部内の飲み会についても、段取りを取るのが一年目の仕事でもあった。

「店はどうするんだ? 特に希望が出てないなら、またあそこの中華屋にしておけば? 安くて美味いから課長も気に入ってる。――そんで北京ダックのコースにでもして、元をとってやればいい」

 不遇ふぐうな新人に、なけなしの助言を送る。こういう面倒なことは来春らいはるまでだ。
 次の新人が来たら、彼らが困らないようこの子達が教えなければならないことでもある。

「……そうなんですけど、女が周りの人たちにおしゃくしてー、料理を取り分けてあげてー、話まで聞いてあげなきゃいけないじゃないですか。時間外手当が欲しいくらいですよ」
「――そういや久和くわはどうした?」
「気配りは女の仕事だって言って、あっちで先輩としゃべってますよ。なんもしないくせに上長への報告は率先してやるから、可愛がられてて本当ムカつく。……そんなの男も女も関係ないし、同期なのに」

 この支部には二人の新卒がいる。虎渡と久和、――どちらも名の知れた大学を出た、将来性のある有望な新人だ。
 だからたまに居るのだ。まだ仕事もろくに覚えてないのに、プライドばかりが先行する新人が。

「なら久和に上手く伝えておくよ。店はお前が調べろってな」

 新卒でなくても社内にはよく人種だ。一様いちようくせはあるが、扱い方を心得ている者もここには多い。
 だから久和に構うのだろう。それを虎度が面白くないと思うのも、無理はない。

「――ありがとうございます。各務堂さんだけですよ、分かってくれるの」
「そんなことはないさ。――だけど、久和のことは気にすんな。来年アイツは法人営業部に行くから、顔を合わせるのもあと半年だ」

 虎渡の顔から重いものが消えると、やっと息が出来たかのように小さく笑った。

「確かにそうですね……。なんとか乗り切ります」
「おう。そしてまた同期で集まって息抜きして来い。おっさんがしてやれるのはここまでだ」
「クスッ、おっさんって――。自覚があるだけ各務堂さんはマシですよねー」
「ははっ、フォローがそれか。――――これくらいの歳になると、同世代でも生き方がバラバラだ。おっさんの領域りょういきに入ったなぁって、最近特に思うよ」

 デスクにひじをつき、各務堂は両手で頬を支えてみた。暗くなった外を縁取ふちどる窓に映ったのは、痩せ型の中年男性。隣に立つ新卒の虎度に比べれば、若さだけでない輝きを失っている。
 清潔感のある短い髪型に、外回りで焼けた肌。ノリの効いたワイシャツに、いつどこで買ったのか分からないネクタイ。オフィスに一人二人はいるであろう、特にこれといった特徴もないただのおっさんだ。

「各務堂さん、金曜はアポがあるんですか?」
「あぁ。しばらく連絡が取れずにいたから、半年振りになる。――俺にとっては大事な日なんだ」

 各務堂が声を抑えたのに合わせ、虎渡が身を乗り出した。
 二人の間に緊張が走る。

「――――もしかして、大口の顧客なんですか?」
「残念、俺の友だちだ」

 低い声でタネ明かしをすると、虎渡の口が呆れたように大きく開いた。

「真剣な顔で言うから、勝負の相手かと思いましたよー。――友だちとか言って、実は好きな人だったりします?」
「小学生の頃から知ってる、ただの男だ。それに恋愛より仕事の方が楽しいから、俺に甘酸っぱいものとか期待するな」

 脇目わきめらずここまで来てしまうと、人生は仕事で染まり、仕事以外の興味が薄くなる。世をにぎわすニュースを見ても、もはや他人事たにんごと
 ただ各務堂の仕事ぶりを信頼してくれる顧客も多く、同僚や上司達とも良好な関係がそれなりに築けている。

「恋人でもないんですか? 各務堂さんの浮ついた話、聞いてみたかったな」
「虎渡、今の話聞いてた? 相手は男だって言っただろ」

 常に成績の良い営業、と言うわけではないが、食うに困らず日々の生活もそれなりだ。
 不満を感じることは少ない。だからだろうか、人恋しいと思う事もあまりない。

「今どき関係ないですよ、誰かを好きなるのに。年齢も性別も、もはや飾りですって」
「あー、流石にそこまで俺もアップデートされてないわ。そいつとはただの腐れ縁で、飲んでて楽しいから会ってるだけの関係だ」
「私は彼女いますよ。お金が貯まったら一緒に暮らそうって、彼女と約束してるんです」

 さらりと伝えられた後輩の話に、各務堂は固まった。
 告白した本人は、予定を聞いてきた時と同じ温度だった。

「――――そうか。付き合ってる人、虎渡はいるんだな」

 だからなるべく、衝撃しょうげきのまま答えないよう努めた。――コンプラ研修で何度か聞いたことのある話だ。教えられてはいたものの、当事者を目の当たりにする日が来るなんて、考えたこともなかった。

「ここ給料はいいでしょ? だから来年には二人で新しいスタートを来れると思うんです。――応援してくれますか?」
「……もちろんだ。なら、虎渡も頑張らないとな」

 愛嬌あいきょうもある子だ。他の社員たちからも可愛がられているし、長く勤められるようにとみんなが彼女を支えている。
 社会に出たばかりの小さな芽が、大きく育ちますようにと願いを込めて、各務堂も背中を押した。

「はい! ――各務堂さんも残業、頑張って下さい」
「あーあー、聞こえない」

 元気に立ち去る後輩を見送り、各務堂は仕事に戻った。
 まばゆい若さに当てられて、疲労が染みる身体にかつを入れる。
 各務堂にも、希望に満ち溢れた時はあっただろう。
 そんな懐かしい気持ちを思い出し、金曜に会う友人のために仕事を片付けていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻が家出したので、子育てしながらカフェを始めることにした

夏間木リョウ
ライト文芸
植物の聲を聞ける御園生秀治とその娘の莉々子。妻と三人で平和に暮らしていたものの、ある日突然妻の雪乃が部屋を出ていってしまう。子育てと仕事の両立に困った秀治は、叔父の有麻の元を頼るが…… 日常ミステリ×ほんのりファンタジーです。 小説家になろう様でも連載中。

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

ハナサクカフェ

あまくに みか
ライト文芸
第2回ライト文芸大賞 家族愛賞いただきました。 カクヨムの方に若干修正したものを載せています https://kakuyomu.jp/works/16818093077419700039 ハナサクカフェは、赤ちゃん&乳児専用のカフェ。 おばあちゃん店長の櫻子さん、微笑みのハナさん、ちょっと口の悪い田辺のおばちゃんが、お迎えします。 目次 ノイローゼの女 イクメンの男 SNSの女 シングルの女 逃げた女 閑話:死ぬまでに、やりたいこと

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

会社一のイケメン王子は立派な独身貴族になりました。(令和ver.)

志野まつこ
恋愛
【完結】以前勤めていた会社で王子と呼ばれていた先輩に再会したところ王子は案の定、独身貴族になっていた。 妙なところで真面目で所々ずれてる堀ちゃん32歳と、相変わらず超男前だけど男性だらけの会社で仕事に追われるうちに38歳になっていた佐々木 太郎さんこと「たろさん」の物語。 どう上に見ても30過ぎにしか見えないのに、大人の落ち着きと気遣いを習得してしまった男前はもはや無敵だと思います。 面倒な親や、元カノやら元カレなどが出ることなく平和にのほほんと終わります。 「小説家になろう」さんで公開・完結している作品を一部時系列を整え時代背景を平成から令和に改訂した「令和版」になります。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...