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三階から飛び降りる気持ちで。
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美術館の空気は好きだ。
静かで、人の目を惹きつけて止まない美術品たちを丁寧に、堂々と展示しており見ているだけで彼らの世界に引き込まれる空気感が好きだった。
「これが噂の――」「……不吉ね」「――まさか、あんなことになるなんてねぇ……」
『深海の星』と呼ばれる首飾りの展示の前に来れば、漆黒の真珠にダイヤモンドがキラキラと光を反射させ存在感をアピールしている。
周囲の人間が遠巻きにしながら、ひそひそと噂をしていた。――どうやら、このアシャンゴラ・ビ・アゲート内を転々とするいわくつきの代名詞になっているらしく、幾人もの持ち主と周囲にいる人間を不幸にしたとか。
おかげですぐ傍で『深海の星』をひとり占めして見ることが出来た。
持つべき人間がいなくなった装飾品の末路はこんなものなのかと、物語のつまらない結末を知ったようでがっかりする。――誰もこの装飾品を純粋に愛して、意味を与えてくれることはもうないのだろう。
ガラスケースにぽつんと寂しくスポットライトを浴び輝く『深海の星』から足を遠ざける。
さよなら、曾祖父の武勇伝――。
◇◇◇
「キレイだったねぇ。――ルシオルはどう思った?」
「そーだな。見やすい展示でよかったかな」
そういうことを聞きたいんじゃないと、机に座るアウィンが爪を出さずにぱしりとこちらの手を叩く。全然痛くない。
「悪い噂もたくさんあって、かわいそうじゃない? ここから出してあげるべきだと思うんだけど」
「そうは言っても、今はバライバル美術館の持ち物だろ? 返すべき相手なんていないはずだ」
元の持ち主は子どももおらず、夫を亡くし最後までひとりだったらしい。
そうでなくても、アシャンゴラ・ビ・アゲート内の美術館を不幸をまき散らしながら転々としながらも、ようやく落ち着いたという話だ。
フラペチーノをテラスで飲みながら、街ゆく人たちを眺める。
「それに、あれは生活苦で手放したって話だったみたいじゃないか。――なんやかんやあって、今はバライバル美術館にあるって」
「前の館長が死んだけど、そのまま展示してるらしいねぇ。――最初に奪われたときも、人死にがあったから似てると思ったんだけど……、なんか気にならない?」
「うげぇ……、そういういわくもあるのか。……警察に任せておけばいいだろ、俺は探偵じゃない」
「……そうだけどさ、さっき下見しながらどうやって盗むか考えたでしょ?」
アウィンにポケットから一枚の名刺サイズの紙を取り出して見せる。
「これがさっきケースの近くに落ちてた。――確かにお前の言う通り少しはどうやって仕事をしようか考えたけどな、俺は思うんだ」
「……これって予告状?」
「あぁ、知らない人のだけどな。――サイトにもまだ出てないし、こいつはこっそり『深海の星』を狙うつもりなんだろう」
「なるほど、なるほど」
肘を机につけ、両手を組み神妙な空気を作る。
「つまりだ、対決するならこういう相手がいいと思うんだ」
「うんうん、出し抜こうって訳だね! いいねフローライト」
「その名前はやめろ。――そうだ、俺はコイツを出し抜きたい」
机の上に置かれた予告状をばしっと手の平で叩く。
「俺は警察に就職して、正面からこいつとぶつかって来る」
「うんう、――うん? ……あれ、ボクの聞き違いかな……?」
「止めてくれるなよアウィン。――俺は間抜けに捕まるのはもう御免なんだ。でもこの能力を使って出来ることと言えば、同業を捕まえることだと、そうは思わないか?」
「……全然思わないけど?」
「分かってくれるか! さすが俺の相棒! ――俺の新たなる伝説の一ページに必ずやお前の名を刻もう!」
「ちょ、ちょーっと待ってくれるかな? なにも警察になるため、君を育てたわけじゃないんだけど……?」
「でもお前は猫だろ? 俺はこれから人生無限の可能性がある人類で、まだ20年も生きてない若造だ。……そんな青少年の未来を、ただの間抜けで終わらせるつもりなのかアウィンは?」
こいつは猫、俺は人。――だいたい育ててくれたのは人間の両親もいる。みんな曾祖父のように『閃煌のフローライト』を継いでいたが、時代が変われば同じ稼業を継いでいくことだけでは生きていけない。
何人も新聞で捕まっていると見てしまえばどうだろう。――むしろ挑戦してくる者たちがこれだけいるということは、同じ考えの者たちとバトルができるというものではないだろうか。
あんな何もない金魚鉢の中で、口をパクパクさせるだけしか生きがいなさそうな刑事みたいな人種と対峙したくない。
まだ初回は良かった――。何人もの警察官を引き連れ、追い詰められたがなんとか脱出。二回目は人数を減らしながらも、警備システムを使って、一度停止させたトラップを再起動されて危うく身体に穴が開くところだった。
ところが三回目は、あの乾燥わかめを水に戻さず食べてそうな刑事がひとり。しかもどうやったのか分からないが、突如椅子が現れ縄で縛られるという意味の分からないトラップが仕掛けられていた。どうやったらそんな、やばい趣味みたいなトラップが浮かぶんだ。
いやな記憶と共に、背筋にぞっと悪寒が走る。
「そんな……。キミがいないと、ボクはいったいどうしたら……」
「もちろん今まで通り俺と一緒にいればいい。追い出すことなんかしないさ。――俺たち家族だろ?」
「そうだけどさぁ……。うぅ……、フローライトが非行に走るなんて……」
悲しんでいるのだろうが、顔を洗っているようにしか見えない。
それにどうみても警察の方が公務員だし正しい道だと思うが、ややこしくなるから口にしない。
「でもよく考えたら、警察の情報を得ながら怪盗するのもいいかもね。――もしかしてそこまで考えてた?」
「まったく。そのような不埒なこと、考えてません」
フラペチーノをもうひと口吸えば、もうカスカスの氷しか残っていなかった。――そう、もう終わりなのだ。
「じゃ、面接行ってくる」
「はや~。そんなに簡単にはいれるもんなの?」
「あぁ、ここ見てくれ。――アシャンゴラ・ビ・アゲート署で求人が出てる」
携帯端末に保存していたデータをアウィンに見せる。以前ここのことを調べているときにも幾度となく出ていた広告だ。
「――身分は偽称済み、経歴も捏造済み。あとは面接とちょっとした試験を受ければ問題ない」
「偽りだらけだけど、やる気がるからいいんじゃない。応援してるよルシオル~」
試験さえ通過してしまえばいいのだ。――経歴は嘘だとしても、社会は若者のこれからを応援すべきだ。未来に向かってまっすぐ成長する若者の背を押し、将来に希望を見せてくれるべきだ。そうじゃなければ、問答無用で俺はここで何にもなれずに終わるしかない。
「じゃあ、俺の健闘を祈っててくれ! 適当な拠点を見つけておいてくれないか」
「任せて~。じゃ、頑張って来てねー」
お気楽な返事と共にアウィンに見送られ、フローライト改め、ルシオル・サンディは第二の人生を歩み出した。
静かで、人の目を惹きつけて止まない美術品たちを丁寧に、堂々と展示しており見ているだけで彼らの世界に引き込まれる空気感が好きだった。
「これが噂の――」「……不吉ね」「――まさか、あんなことになるなんてねぇ……」
『深海の星』と呼ばれる首飾りの展示の前に来れば、漆黒の真珠にダイヤモンドがキラキラと光を反射させ存在感をアピールしている。
周囲の人間が遠巻きにしながら、ひそひそと噂をしていた。――どうやら、このアシャンゴラ・ビ・アゲート内を転々とするいわくつきの代名詞になっているらしく、幾人もの持ち主と周囲にいる人間を不幸にしたとか。
おかげですぐ傍で『深海の星』をひとり占めして見ることが出来た。
持つべき人間がいなくなった装飾品の末路はこんなものなのかと、物語のつまらない結末を知ったようでがっかりする。――誰もこの装飾品を純粋に愛して、意味を与えてくれることはもうないのだろう。
ガラスケースにぽつんと寂しくスポットライトを浴び輝く『深海の星』から足を遠ざける。
さよなら、曾祖父の武勇伝――。
◇◇◇
「キレイだったねぇ。――ルシオルはどう思った?」
「そーだな。見やすい展示でよかったかな」
そういうことを聞きたいんじゃないと、机に座るアウィンが爪を出さずにぱしりとこちらの手を叩く。全然痛くない。
「悪い噂もたくさんあって、かわいそうじゃない? ここから出してあげるべきだと思うんだけど」
「そうは言っても、今はバライバル美術館の持ち物だろ? 返すべき相手なんていないはずだ」
元の持ち主は子どももおらず、夫を亡くし最後までひとりだったらしい。
そうでなくても、アシャンゴラ・ビ・アゲート内の美術館を不幸をまき散らしながら転々としながらも、ようやく落ち着いたという話だ。
フラペチーノをテラスで飲みながら、街ゆく人たちを眺める。
「それに、あれは生活苦で手放したって話だったみたいじゃないか。――なんやかんやあって、今はバライバル美術館にあるって」
「前の館長が死んだけど、そのまま展示してるらしいねぇ。――最初に奪われたときも、人死にがあったから似てると思ったんだけど……、なんか気にならない?」
「うげぇ……、そういういわくもあるのか。……警察に任せておけばいいだろ、俺は探偵じゃない」
「……そうだけどさ、さっき下見しながらどうやって盗むか考えたでしょ?」
アウィンにポケットから一枚の名刺サイズの紙を取り出して見せる。
「これがさっきケースの近くに落ちてた。――確かにお前の言う通り少しはどうやって仕事をしようか考えたけどな、俺は思うんだ」
「……これって予告状?」
「あぁ、知らない人のだけどな。――サイトにもまだ出てないし、こいつはこっそり『深海の星』を狙うつもりなんだろう」
「なるほど、なるほど」
肘を机につけ、両手を組み神妙な空気を作る。
「つまりだ、対決するならこういう相手がいいと思うんだ」
「うんうん、出し抜こうって訳だね! いいねフローライト」
「その名前はやめろ。――そうだ、俺はコイツを出し抜きたい」
机の上に置かれた予告状をばしっと手の平で叩く。
「俺は警察に就職して、正面からこいつとぶつかって来る」
「うんう、――うん? ……あれ、ボクの聞き違いかな……?」
「止めてくれるなよアウィン。――俺は間抜けに捕まるのはもう御免なんだ。でもこの能力を使って出来ることと言えば、同業を捕まえることだと、そうは思わないか?」
「……全然思わないけど?」
「分かってくれるか! さすが俺の相棒! ――俺の新たなる伝説の一ページに必ずやお前の名を刻もう!」
「ちょ、ちょーっと待ってくれるかな? なにも警察になるため、君を育てたわけじゃないんだけど……?」
「でもお前は猫だろ? 俺はこれから人生無限の可能性がある人類で、まだ20年も生きてない若造だ。……そんな青少年の未来を、ただの間抜けで終わらせるつもりなのかアウィンは?」
こいつは猫、俺は人。――だいたい育ててくれたのは人間の両親もいる。みんな曾祖父のように『閃煌のフローライト』を継いでいたが、時代が変われば同じ稼業を継いでいくことだけでは生きていけない。
何人も新聞で捕まっていると見てしまえばどうだろう。――むしろ挑戦してくる者たちがこれだけいるということは、同じ考えの者たちとバトルができるというものではないだろうか。
あんな何もない金魚鉢の中で、口をパクパクさせるだけしか生きがいなさそうな刑事みたいな人種と対峙したくない。
まだ初回は良かった――。何人もの警察官を引き連れ、追い詰められたがなんとか脱出。二回目は人数を減らしながらも、警備システムを使って、一度停止させたトラップを再起動されて危うく身体に穴が開くところだった。
ところが三回目は、あの乾燥わかめを水に戻さず食べてそうな刑事がひとり。しかもどうやったのか分からないが、突如椅子が現れ縄で縛られるという意味の分からないトラップが仕掛けられていた。どうやったらそんな、やばい趣味みたいなトラップが浮かぶんだ。
いやな記憶と共に、背筋にぞっと悪寒が走る。
「そんな……。キミがいないと、ボクはいったいどうしたら……」
「もちろん今まで通り俺と一緒にいればいい。追い出すことなんかしないさ。――俺たち家族だろ?」
「そうだけどさぁ……。うぅ……、フローライトが非行に走るなんて……」
悲しんでいるのだろうが、顔を洗っているようにしか見えない。
それにどうみても警察の方が公務員だし正しい道だと思うが、ややこしくなるから口にしない。
「でもよく考えたら、警察の情報を得ながら怪盗するのもいいかもね。――もしかしてそこまで考えてた?」
「まったく。そのような不埒なこと、考えてません」
フラペチーノをもうひと口吸えば、もうカスカスの氷しか残っていなかった。――そう、もう終わりなのだ。
「じゃ、面接行ってくる」
「はや~。そんなに簡単にはいれるもんなの?」
「あぁ、ここ見てくれ。――アシャンゴラ・ビ・アゲート署で求人が出てる」
携帯端末に保存していたデータをアウィンに見せる。以前ここのことを調べているときにも幾度となく出ていた広告だ。
「――身分は偽称済み、経歴も捏造済み。あとは面接とちょっとした試験を受ければ問題ない」
「偽りだらけだけど、やる気がるからいいんじゃない。応援してるよルシオル~」
試験さえ通過してしまえばいいのだ。――経歴は嘘だとしても、社会は若者のこれからを応援すべきだ。未来に向かってまっすぐ成長する若者の背を押し、将来に希望を見せてくれるべきだ。そうじゃなければ、問答無用で俺はここで何にもなれずに終わるしかない。
「じゃあ、俺の健闘を祈っててくれ! 適当な拠点を見つけておいてくれないか」
「任せて~。じゃ、頑張って来てねー」
お気楽な返事と共にアウィンに見送られ、フローライト改め、ルシオル・サンディは第二の人生を歩み出した。
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