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女はやる気に満ちている
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「お試しに付き合ってみませんか? ――もし好きになってくれれば私は仕事が終わるし、鷹浜さんがダメでしたら、その……、帰れたりはしませんが……、チャンスを下さい!」
途中から取り繕うこともやめたようで、隣に座っていた彼女は立ち上がり、目の前に立ち深々とお辞儀をしながら手を差し出してきた。この手を誰が取るというのか――。
「仕事が終わるって……、あんたが言うにはそれって世界が終わるってことでしょ?」
どこまで本気か分からないが、さっきの手品みたいな本を見ていると、可能性が否定できない、かもしれない。――好きになったら世界が終わるとかどんな罰ゲームだ。さっきまで一緒に飲んだ友人も、別れた彼女とも、見知らぬ他人とも永遠にお別れする、ということを今の自分に判断を任されるなんて無理がすぎる。
「鷹浜さんはなにかやり残したことがあるんですか?」
「……なんか俺が未練があって成仏できないみたいになってない? あんたが成仏してくれよ……」
「私は天使なので成仏とかはしません。――それに先ほどつけてくださった名前があるので、ぜひ名前で呼んでください!」
一生懸命に訴えてくるが、彼女はそれでいいのだろうか。適当な名前を付けられて、全然まともに取り合ってくれない相手に縋るなんて時間の無駄だろう。
冷めた目で見るも、彼女は真剣そのもので折れる気配がない。――先ほどまですぐ泣いていた女の子とは思えなかった。
先ほど取り上げたスマホを見てみると、適当な検索ワードで開かれたページに出る有害広告がいくつも見えた。――そっと設定から年齢制限を掛けてみた。人のものだが、面倒に巻き込まれた自分のためでもある。
「……チャンスを仮にあげたとして、俺にどんなメリットがあるんだ」
「私が愛します――。愛欲の存在に愛されるのですよ、これほど幸せなことはないと思いませんか?」
自信たっぷりに言う彼女は今までで一番キラキラとした表情をしている。
「好きになってもらうまでお傍にいます」
「……俺があんたのこと受け入れられなかったらどうするの?」
「大丈夫です! 必ず好きになってもらいます」
何が何でも離れない、という意志を感じた。結局メリットもデメリットもないじゃないか――。彼女の説明もプレゼンもへたくそすぎるところに脱力する。
異様な状況だが、正直そこまではっきり言ってもらうことは悪い心地はしなかった。――だってそうだ。誰だって愛されたいと思うものだろう。見ず知らずの他人でも、厄介そうな存在でも、そうまっすぐと自分を欲されるのは嫌な気がしない。
まして彼女は目的がはっきりしている。――まだ、彼女は美人局で黒い大人たちに強請られる可能性も捨てきれてはいないし、先ほどから出てくる先輩とやらが話しの通じるタイプにはあまり思えない点はあるが……。
「……もし鷹浜さんがどうしてもダメだと仰るなら、もう一度矢を探してきます」
すぐに返事が来なかったからか、しょんぼりとした声がした。――さっき言っていた人格破壊の矢か。
「――わかった! わかったから……、あくまで『お試し』であんたに付き合うよ。いいか? あくまで『お試し』、だからな。……頼むからやばい矢は使わないでくれ」
ギャグではないのだが、つまらないことを最後に付け足してしまったと変な後悔をする。
まとわりつかれても、相手を受け流し続ければいいのではないだろうか。――自分が相手を好きにならなければいい話だ。好きだの愛だのと子供っぽい言葉の応酬に、青春をもう一度しているかのような錯覚すら覚える。
こちらの返事に満足したのか、喜色に満ちた表情で隣に座り腕を絡めて来た。
「はい! よろしくお願いします」
子どもの戯れに付き合っていると考えればいい。――そしたらこちらは本気にならないし、本気にならなければ世界とやらも終焉とやらも迎えなくて済む。
――なにより、今は寒いし疲れたし眠気が襲ってきた。さすがに外で一夜は明かしたくない。
「……あんたの家ってどっち? 方向がもし一緒なら、途中までタクシーで行くか……」
大通りがどこか分からないが、最悪来た道を戻ればどこかの駅に着くだろうと考え立ち上がる。
「鷹浜さん家でお願いします」
「いやいやいや、出会ってすぐの男の家に行くもんじゃないよ……。付き合うって言ったけど、線引きはしっかりしてくれないか」
「……帰る場所がないので、どこに行けばいいのか――」
そうだ。帰れない、とずっと言っていたことを今更思い出す。深々とため息をつき、どうするか逡巡する。――帰れないという事実にまた打ちのめされたようで、先ほどの勢いが急激にしぼんでいく。
「……俺に手を出さないって約束するなら」
許可が貰えたことにまた彼女に元気が戻ってきたようで、元気よく返事をした。――家にまだ残っている別れた彼女の思い出たちを、この子に上書きしてもらうと考えればそれほど悪いことじゃないような気がしてくる。
寒さと疲労から考えるのが億劫になっている可能性もあるが、今日はこれで手打ちにしようと思い、渋々この電波幽霊天使ちゃんと一緒に帰ることにした。
途中から取り繕うこともやめたようで、隣に座っていた彼女は立ち上がり、目の前に立ち深々とお辞儀をしながら手を差し出してきた。この手を誰が取るというのか――。
「仕事が終わるって……、あんたが言うにはそれって世界が終わるってことでしょ?」
どこまで本気か分からないが、さっきの手品みたいな本を見ていると、可能性が否定できない、かもしれない。――好きになったら世界が終わるとかどんな罰ゲームだ。さっきまで一緒に飲んだ友人も、別れた彼女とも、見知らぬ他人とも永遠にお別れする、ということを今の自分に判断を任されるなんて無理がすぎる。
「鷹浜さんはなにかやり残したことがあるんですか?」
「……なんか俺が未練があって成仏できないみたいになってない? あんたが成仏してくれよ……」
「私は天使なので成仏とかはしません。――それに先ほどつけてくださった名前があるので、ぜひ名前で呼んでください!」
一生懸命に訴えてくるが、彼女はそれでいいのだろうか。適当な名前を付けられて、全然まともに取り合ってくれない相手に縋るなんて時間の無駄だろう。
冷めた目で見るも、彼女は真剣そのもので折れる気配がない。――先ほどまですぐ泣いていた女の子とは思えなかった。
先ほど取り上げたスマホを見てみると、適当な検索ワードで開かれたページに出る有害広告がいくつも見えた。――そっと設定から年齢制限を掛けてみた。人のものだが、面倒に巻き込まれた自分のためでもある。
「……チャンスを仮にあげたとして、俺にどんなメリットがあるんだ」
「私が愛します――。愛欲の存在に愛されるのですよ、これほど幸せなことはないと思いませんか?」
自信たっぷりに言う彼女は今までで一番キラキラとした表情をしている。
「好きになってもらうまでお傍にいます」
「……俺があんたのこと受け入れられなかったらどうするの?」
「大丈夫です! 必ず好きになってもらいます」
何が何でも離れない、という意志を感じた。結局メリットもデメリットもないじゃないか――。彼女の説明もプレゼンもへたくそすぎるところに脱力する。
異様な状況だが、正直そこまではっきり言ってもらうことは悪い心地はしなかった。――だってそうだ。誰だって愛されたいと思うものだろう。見ず知らずの他人でも、厄介そうな存在でも、そうまっすぐと自分を欲されるのは嫌な気がしない。
まして彼女は目的がはっきりしている。――まだ、彼女は美人局で黒い大人たちに強請られる可能性も捨てきれてはいないし、先ほどから出てくる先輩とやらが話しの通じるタイプにはあまり思えない点はあるが……。
「……もし鷹浜さんがどうしてもダメだと仰るなら、もう一度矢を探してきます」
すぐに返事が来なかったからか、しょんぼりとした声がした。――さっき言っていた人格破壊の矢か。
「――わかった! わかったから……、あくまで『お試し』であんたに付き合うよ。いいか? あくまで『お試し』、だからな。……頼むからやばい矢は使わないでくれ」
ギャグではないのだが、つまらないことを最後に付け足してしまったと変な後悔をする。
まとわりつかれても、相手を受け流し続ければいいのではないだろうか。――自分が相手を好きにならなければいい話だ。好きだの愛だのと子供っぽい言葉の応酬に、青春をもう一度しているかのような錯覚すら覚える。
こちらの返事に満足したのか、喜色に満ちた表情で隣に座り腕を絡めて来た。
「はい! よろしくお願いします」
子どもの戯れに付き合っていると考えればいい。――そしたらこちらは本気にならないし、本気にならなければ世界とやらも終焉とやらも迎えなくて済む。
――なにより、今は寒いし疲れたし眠気が襲ってきた。さすがに外で一夜は明かしたくない。
「……あんたの家ってどっち? 方向がもし一緒なら、途中までタクシーで行くか……」
大通りがどこか分からないが、最悪来た道を戻ればどこかの駅に着くだろうと考え立ち上がる。
「鷹浜さん家でお願いします」
「いやいやいや、出会ってすぐの男の家に行くもんじゃないよ……。付き合うって言ったけど、線引きはしっかりしてくれないか」
「……帰る場所がないので、どこに行けばいいのか――」
そうだ。帰れない、とずっと言っていたことを今更思い出す。深々とため息をつき、どうするか逡巡する。――帰れないという事実にまた打ちのめされたようで、先ほどの勢いが急激にしぼんでいく。
「……俺に手を出さないって約束するなら」
許可が貰えたことにまた彼女に元気が戻ってきたようで、元気よく返事をした。――家にまだ残っている別れた彼女の思い出たちを、この子に上書きしてもらうと考えればそれほど悪いことじゃないような気がしてくる。
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