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第二部
69話 最愛の聖女
しおりを挟む大精霊テロメア様の言葉を聞いた後、ザリアスはその場から逃げ出そうとしたところをシュバルツ様が電光石火の動きで捉え、その後ルーフェンが魔法で拘束して一件落着となった。
シュバルツ様のあの素早い動きは【ライトニングスパーダ】の応用で身体能力を向上させたものらしい。
「こいつらは王宮に突き出して国王陛下に事情を話す」
と、ルーフェンが言ってくれた。
こうしてザリアスの目論見は全て打ち砕かれ、失敗に終わったのである。
――それから数日後。
王宮で開かれたあの舞踏会で、アルベスタから参加してきた貴族らは全員が王宮の牢獄に囚われた。
しばらくしてドレイアム・アルベスタも王宮へと呼び出されたがすでにドレイアムはその一族全てアルベスタから行方をくらましたらしい。
アルベスタの一部の特権階級の者たち以外は何も知らされていないようだった為、アルベスタ領はそのままエリシオン王国の管轄下のもと、その管理はアルカードで担う事となり、領主のドレイアム・アルベスタが逃亡した事でアルベスタ領は名前を変え、アルカード領の一部となった。
しばらくゴタゴタが続いたが、私はフレスベルグ家にも無事戻り、シュバルツ様やお義父様、お義母様にも事情を話してすっかり元通りとなった。
「それにしてもこの一ヶ月間は本当に生きた心地がしませんでしたわ」
夜。
私はシュバルツ様の室内の椅子に腰掛けながら改めてそんな事を呟く。
「それは私もだよ、リフィルさん。キミとの関係が修復できなくなってしまうかと思ったのは私の方だ。本当にすまなかったリフィルさん」
「いえ、シュバルツ様のせいではありませんわ。全てはあのザリアスのせいですもの」
あれからザリアスは脅迫罪や魔法の悪質使用罪などでエリシオン王宮の地下牢獄に囚われたままとなった。
「だがこれでアルベスタの領民も過ごしやすくなるだろう。何せあのルーフェン殿が治める領地の一部となったのだからな」
「ええ。本当にルーフェンにも感謝してもしきれませんわ」
「全くだ……。私も不甲斐なくザリアスの魔法にやや洗脳されかけていたが、ルーフェン殿の言葉で助けられた」
「でもさすがはシュバルツ様です。ザリアスのあの魔法に掛けられても完全には記憶を書き換えられていなかったんですから」
ザリアスは私だけでなくシュバルツ様にも【思考共有】の魔法で偽物の記憶を植え付けた。
それは私とザリアスがシュバルツ様に隠れて不倫関係にあるという偽物の記憶。
しかしシュバルツ様には強力な魔力を保有しているがゆえにその偽物の記憶に強烈な違和感を覚えた。
だからシュバルツ様はそのおかしな記憶についてルーフェンに相談しておいたからこそ、早くにシュバルツ様は【思考共有】で植え付けられた偽物の記憶の呪縛から解放されたのである。
「だが、一時は本当に心が打ちのめされそうだった。恐ろしい魔法だ、精神系の魔法というものは」
「ええ、本当に……」
「しかし幸いだったのはリフィルさんがザリアスに強引に手籠めにされなかった事だ」
シュバルツ様の言う通り、私は偽物の記憶をザリアスから植え付けられはしたが、本当に強姦されはしなかった。
王宮に囚われたザリアスに後日、あれほど深く眠らされ、あんな姿にされていたにもかかわらず私を襲わなかった事を尋ねてみたところ、
「意識の無い女を犯すより、心から屈服させてやりたかったからだ」
などと供述していた。
ザリアスは根っからのサディストなのだろう。
「それにしても今回の一件でリフィルさんには感謝しかない。そしてキミへの愛も改めて再確認できたよ」
「ええ、私もですシュバルツ様。私はやはり何がどうあってもあなた様以外の殿方を愛する事なんてありえませんわ」
私たちは互いに見つめ合って、笑った。
「それにしても私は薄々勘付いていたけれど、キミはやはり無能なんかじゃなかった。素晴らしい魔力と魔法を持っていたんだね。そんなキミが聖女として任命されるのも頷ける」
テロメア様から賜ったお言葉をルーフェンがそっくりそのままビスマルク国王陛下に伝えると、陛下はすぐに私に感謝状を授与してくださっただけでなく、私には特命が与えられた。
その特命とは『エリシオン最高特権聖女』というエリシオンの歴史上初めての肩書きである。
この最高特権聖女とは、王族に次ぐほどの権力を保有するという意味でもあり、私にはエリシオン国内においてどのような状況でも特別な恩赦が与えられるようになった。
何故ならば、かの大精霊テロメア様のご加護を受けたという事で私が住むエリシオンごと、大精霊様の加護を受けられたからである。
ビスマルク国王陛下はこの事がルヴァイクとの戦争を一気に終戦へと向かわせるだろうとまで息巻いていた。
大精霊様がいち個人の人間を特別視するなど異例中の異例だからである。
「ただルーフェンにはものすごーく怒られちゃいました。姉様は抱え込みすぎだーって!」
「それは私も同意かな。リフィルさんは辛い事をあまり吐き出さないフシがあるからね」
「……あんまり女々しくするのは好きじゃ無いんですの」
「でも私にぐらいは弱音を吐いてほしいな」
「はい。今回の件でよくわかりましたもの。私は一人で抱え込むとどうしようもなくなるって。最初からシュバルツ様やルーフェンに洗いざらい話してしまえればよかった、と」
「……確かにキミからすればそんな辱めを受けた話、言いたく無いのもわかる。今回の件は特別だ。あのような醜悪な者がリフィルさんを追い込むような魔法を扱った事が全て悪い」
「ありがとうございますわ。でも、それでもやはり私は私の心の弱さに深く反省しました。でも、もう恐れるものは何もありません。【魔力提供】についてもすでに知られてしまいましたものね」
「……あの英傑選の日。リフィルさんからとてつもない力を授けられた事は体感した私にはすぐわかった。どうしてその事を教えてもらえないのかはずっと疑問だったけれど、今回の事でそのもやもやも全て晴れた。テロメア様のおかげだ」
「ええ、本当に。テロメア様には感謝しかありませんわ」
結果として私の魔法でシュバルツ様が強くなった事をシュバルツはいまや、自ら告知している。
彼は自分の力だなどと驕るような人ではないからだ。
その事でシュバルツ様に対する非難の声も僅かばかりにはあったようだが、それよりも彼のその実直さを陛下たちにも買われ、よりシュバルツ様は心象を良くした。
激動のひと月だったが、私は色々学ばされた。
人の心は脆くて、儚い。
どんなに強く信じていても、ふとしたきっかけで途端に弱ってしまうのだと。
私は何があってもシュバルツ様への愛は不変だと信じていたけれど、それにあぐらをかいてしまってはいけないのだと学んだのだ。
愛する者を守るには強い意志と自衛も大切なのだと学んだ。
だから今私は聖女の名に恥じぬように、日々活動を改めようと考えている。
今はもう新しい魔法を覚える事はできなくても魔法のお勉強はできるし、シュバルツ様の力を存分に奮ってもらう為にも彼への愛を日々膨らませ続けたりなど。
やる事、やれる事はたくさんある。
けれど、今しばらくはただ、彼と深く深く愛し合いたい。
愛を確かめて合いたい。
ザリアスに見せられた醜悪な幻想を塗り替えてしまうほどに。
「ねえ、シュバルツ様。今夜もたくさん愛してくださいますか?
「もちろんだともリフィルさん」
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