上 下
69 / 70
第二部

68話 大精霊の庇護

しおりを挟む
「テロメア様ッテロメア様ッ! どうかこの愚かな者に天罰をお与えくださいませ!」

 姿形はどこにも見えない。

 しかし確実にそこにいると思わせるほどの圧倒的な存在感をすぐ傍に感じさせる。

「……騒々しい。我が神聖なる森の中で騒動を起こすとは無礼にもほどがある。ここは静寂なる我が住処だ。弁えよニンゲンども」

 そして中性的な声だけが森の中、あるいは私たちの頭の中に響いた。

 よく覚えているこの声は間違いなく大精霊テロメア様だ。

「テロメア様! お聞きください! このリフィルという者はテロメア様より授けられた魔法、【魔力提供マジックサーバー】を僕に知られた事で多くの者にその存在を知らしめ、魔法界の理を崩してしまった邪悪な魔導師です!」

 ザリアス、この男は……ッ!

 私は憎々しげに睨む。

 元はと言えばこの男が勝手に私の記憶を盗み取ったのが原因だというのに。

「魔法とは制約に基づいてその効力を発揮するもの! その禁忌を破ったうえで魔法の効力が残るなどもってのほか! そうでしょう、テロメア様ッ!」

 深い森の中に響き渡るように、ザリアスは声高らかにそう叫ぶ。

「確かにキミの言う通りだ、ザリアス」

「しかしテロメア様! この僕、ザリアス・マクシムスならば彼女の魔法をなかった事にできます! 彼女の魔法を知る者たちの記憶を書き換える事ができます! だからどうかこの僕にどうか力を! テロメア様の特別恩赦にて【思考共有リアライズ】の魔法を最上位魔法である【思念強奪マインドジャック】に進化させてくださいませんか!?」

 これがザリアスの最後の手段という事ね。

 そうやってテロメア様を味方につけてしまおうという算段は実に汚らしいやり方だと思ったが、確かに私の禁忌は破られてしまった。

 禁忌を犯した私の魔法の効力はなくなってしまうのだろうか。

 そして彼の言う通り、私はテロメア様に罰せられるのだろうか。

 と、懸念するも。

「……残念だけど、ザリアス。それはできないよ」

「何故です!? 僕ならこの魔法でリフィルの【魔力提供マジックサーバー】について知る者の記憶を書き換えられます!?」

「そんな事する必要はないよ。別に知られたところでどうなるものでもないからね」

「そ、それはどういう!?」

「リフィルの魔法【女神の祝福エターナル・ラヴァー】は、使い切りの魔法だ。一度使ってしまえばもう二度と復元する事はないし、普通の魔法のように下位魔法の【魔力提供マジックサーバー】に成り下がる事もない。制約のもと、リフィル自身から他者に伝える事ができなかっただけだからね」

「そんな馬鹿な……し、しかしそれでも彼女は制約を破った! それなのに魔法が永続するのはおかしいでしょう!?」

「いいんだよ、ザリアス。これは結果としてそうなっただけで、こうなったら魔法の効力が失われるというわけでもないし、他の魔法のように禁忌による罰も別にない。と、我が今そう決めたんだ」

「そんな、そんな馬鹿な事が……! ありえない! テロメア様、それではリフィルだけが贔屓にされてやしませんか!?」

「ザリアス。我は条件と魔力さえ満たせばどのような悪党にも等しく魔法は授けるし、対価によってはその手助けもするし、可能な限り平等に魔法界への無礼侮辱には厳しく罰する」

「ならばリフィルも!」

「けど、我はリフィルには何もしない」

「ふ、ふざけないでください! 大精霊様ともあろうお方がそのようないち個人をえこ贔屓するなど……!」

「ザリアス、キミさあ、我の事を神様かなんかだと思ってんの?」

「……は?」

「我は大精霊なんだよ。神とは違う。万物の創造神じゃあない」

「テ、テロメア様……何を?」

「我はニンゲンを下等生物だと思っている。キミたち貴族と呼ばれる者たちが自身の地位より低い者を見下すように、我も自分より地位の低いキミたち全体を見下しているんだよ。わかるかいザリアス?」

「そ、それはテロメア様は我らよりも強大な力をお持ちですから当然です!」

「だろう? だからね、我は神と違って、キミたちの中でも好き嫌いで区分しているんだ。その中でも我は、リフィルが一番好きなんだ」

「な!?」

「ひとつだけキミのいう通りだ、ザリアス。我はリフィルだけをエコ贔屓しているんだ」

「そん、な……」

「ああ、でも勘違いしなくていいよ。別にここにいる他の者、ザリアス、キミとか、そこにいるシュバルツ、ジルベールにルーフェン。キミたちの事は別に好きでも嫌いでもない、地を這う虫ケラと同じくらいにしか思っていないからね。安心していいよ。リフィルだけが特別だから」

 テロメア様のその言葉でガクっとザリアスはその場に崩れ落ちた。

 テロメア様がまさか私の事をそんな風に思ってくださっているなんて……。

「用事はそれだけかな? 新しい魔法が覚えたいとかそういう用件がないのなら我は帰るよ?」

「お、お待ちくださいテロメア様!」

 いてもたってもいられず、私はテロメア様を呼び止める。

「なんだいリフィル?」

「その……何故、テロメア様は私にだけこのような恩赦をお与えになってくださったのですか……?」

「キミたちアルカードのニンゲンにはこの森を大事にしてもらっていたからね。特にリフィルは幼い頃からよくここに遊びに来ていただろう? その頃からキミには注目していたんだ」

「私に……?」

「キミほど強烈な魔力を内に秘めたニンゲンは初めて見たからだよ。あまりにも圧縮されていたその魔力はどういうわけが上手く出力できていなくてね」

「私がそんな魔力を……?」

「それでもキミの行動や生き様次第で多様な魔法を覚えられたかもしれないだろうけど、キミが望んだのは他者の支えになる事だけだった。だからこの世で一番強力なサポート魔法【魔力提供マジックサーバー】をキミに授けたんだよ」

「そうだったんですね。私、そんな事ちっとも知りませんでした……」

「リフィル、キミがその魔法を何に使い、何を成すのかをずっとずっと見てきた。キミは自分の愛の為にその魔法を使ってきた。父や弟、妹。そして今は最愛の男に」

「はい。私は愛する者たちを支えたかったのです。そして愛する者たちからの愛をずっと享受したかったんです」

「いいんだそれで。その愚直なまでの愛に我はそそられた。キミというニンゲンを観測するのが楽しくて、そして我もまたキミを愛おしい子供のように思えた。人の精神が色濃く見えてしまう我にはリフィル、キミのようなニンゲンの魂を眺めている事が楽しいし、嬉しいんだよ」

「一体それはどういう……」

「キミたちニンゲンが素晴らしい絵画や絶景、はたまた研ぎ澄まされた美麗な宝石を見て感嘆する感情に近い。美しいリフィルの魂を見ている事が我の楽しみなんだよ。だからこそ我はキミだけは少しだけ贔屓させてもらってる」

「そ、そんな……私なんかを……」

「誇っていいよリフィル。キミはおそらくこの世界で唯一大精霊の特別な庇護を受けた者と言ってもいいくらいに」

「あ、ありがとう、ございます……!」

「さあ、我はそろそろ帰るよ。あ、ついでにザリアス。キミに最後にひとつだけ言っておくけど」

 不意に名を呼ばれたザリアスが周囲を見渡す。

「もし今後もリフィルに手を出すようなら、この我、大精霊テロメアがその背後にはついているという事も理解しておいてくれるといいよ。だからと言ってキミやキミの仲間たちに魔法を授けないといった事はしないし、そこは扱うけれどね」

「……く、ぐ」

「けれどもしその結果リフィルの魂を汚すような行ないをするのであれば、我は容赦なくリフィルにだけ特別に力を貸す。この言葉をアルベスタの仲間やルヴァイクに伝えるといい」

「……」

 ザリアスは黙り込んでしまった。

「我はキミたちニンゲンどものくだらない戦争には欠片も興味はないけれど、ルヴァイクがこの先エリシオンの脅威となり、リフィルを脅かすというのであれば、この我、大精霊テロメアとも戦うという前提で覚悟するといい。それじゃあね」

 テロメア様はそこまで告げると、その存在感を消していった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

処理中です...