上 下
53 / 70
第二部

52話 【閑話】ルーラとレオガルド王太子殿下【sideルーフェン】

しおりを挟む
「やあ、アルカードの皆さん」

 俺とフリックお父様は開いた口が塞がらなかった。

 ルーラの奴が婚約者を連れてくると言ったその翌日。
 あいつは夜明けと共にどこかへ行ったなと思ったら、昼過ぎには本当にレオガルド殿下をアルカードの屋敷まで連れて来たのだ。

 とにかく大慌てで俺とフリックお父様とリアナお母様はレオガルド殿下を応接間へとお出迎えし、メイドたちに急遽高級な茶菓子と紅茶を出す様に命じた。

「いやぁ、驚いたよ。朝からルーラが王宮にやって来た時は何事かと思ったからね」

 ははは、と軽そうに笑っているがとんでもない事が起きている。

 何せ俺たちの目の前にはエリシオン王国の王太子殿下がいるのだから。
 殿下に会うのは初めてではない。英傑選での事件の時、リフィル姉様たちが陛下とお話ししている最中に俺たちも少しだけ会話はしている。

 とは言っても本当に社交辞令程度の挨拶しかしていないが。

「それにしてもお会いするのは一年ぶりくらいかな。皆さん元気そうで何よりだよ」

 レオガルド殿下は笑顔でうちが差し出した紅茶を啜っている。
 その出立ちも立ち振る舞いもやはり、王族らしい威厳を発しており、さすがの俺も些か萎縮した。

「俺……あ、いや、私もお久しぶりに殿下にお会いできまして光栄でございます、です。えっと、あ、あの……レオガルド殿下は何故、このような辺境のど田舎にいらしたのですか……?」

 俺は苦手な敬語でおずおずと尋ねてみる。

「なーに言ってるですか兄様! 昨日ルーラが言ったじゃないですか! レオガルド様を連れてくるって! ふふん、嘘じゃなかったですよね!?」

 ルーラは腕を組んで誇らしげにしている。

「い、いや待てルーラ。確かに俺たちは疑ったが……」

「フリック殿、リアナ殿。それにアルカード領の領主、辺境伯のルーフェン殿。ご挨拶が遅れて申し訳ない。私、レオガルド・エリシオンは貴殿らの大切なご家族であるルーラ・アルカード嬢を私の妃に迎えたいと考えているんだ」

 レオガルド殿下はさらっととんでもない事を告げた。

「い、いやいや、レオガルド殿下。それは何かのご冗談でしょう?」

 俺は引きつる笑顔でレオガルド殿下にそう尋ねると、彼は俺とは正反対の屈託の無い笑顔で顔を横に振る。

「いいや、冗談ではないよルーフェン殿。私はルーラを愛しているんだ。だから、ルーラのご両親であられるフリック殿とリアナ殿、それに兄上であられるルーフェン殿にお許しをいただければ、ルーラを正式な婚約者として我が宮殿に招き入れたいんだよ」

 はあー…………。

 と、底知れないほどの溜め息を吐く。

 なんなんだこれ。夢か?
 ルーラが王子様と結婚?
 って事は何か、ルーラはお妃様になるってのか?
 エリシオン王妃もしくは側妃になるってのか?

「い、いやいや! レオガルド殿下! 落ち着かれてください。ルーラですよ!? 本気で仰ってるんですか!?」

「ルーフェン殿。唐突で驚かれるのも無理はないが、私は本気だよ」

「ルーラですよルーラ! 殿下はルーラの事、本当にわかっておられるんですか!? 馬鹿だし、常識知らずだし、間抜けだし、算数できないし、文字も上手く書けないし、どちゃくそ大食いでオーク並みの食欲だし、ゲテモノでも食っちまうような脳筋の馬鹿なんですよ!?」

「兄様酷いです! ルーラの食欲はホブゴブリン程度ですッ!」

「ツッコむところはそこなんだねぇ、ルーラ……」

 俺の殿下への必死な言葉にルーラが少しぷんぷんしながら割り込んできたのを、さりげなくフリックお父様がツッコミを入れていた。

「安心して欲しいルーフェン殿。何度でも言うが私は本気だ」

 漆黒の長髪がよく似合う、男の俺でも惚れ惚れする様な美形の顔立ち。そしてエリシオン王族の証とも言われる独特の魔力を秘めた赤い瞳の奥は嘘を微塵にも感じさせない。

 レオガルド殿下は……本気マジだ。

「ルーラとはこの一年、あまり公な場ではないところで何度も会って、よく話しをしていたんだ。だからルーフェン殿たち以上とは言わないけれど、私はこれでもルーラの事をよく知っているつもりだ」

「一年って……そんじゃリフィル姉様とシュバルツ兄様が結婚したあの頃から!?」

「ああ。実はあの英傑選の日。リフィル殿や英傑シュバルツ殿と共にいるルーラに私は一目惚れしてしまってね。それから密かにルーラの事を調べようとしてギルドに依頼を出したんだ。そうしたらその依頼を偶然ルーラが引き受けていたんだ」

 いまだに唖然としている俺とフリックお父様だったが、レオガルド殿下の言葉を黙って聞いた。

 殿下の言葉によると、殿下はルーラの事をマジで気に入ったらしく、ルーラへとアプローチする為にギルドへとこんな依頼を出した。

『アルカード家に関する情報調査』

 それを目にしたルーラは自分たちの家を狙う悪者がこんな依頼を出したに違いないと考え、その依頼を引き受けて依頼主に会って目的を聞き出そうと考えたそうだ。

 そうして偶然、レオガルド殿下とルーラの二人は出逢った。
 
「私は臆病者でね。事前のリサーチがないと中々意中の相手へと踏み出せなくて、それでルーラの事を調べてから彼女にアプローチをかけようと思っていたんだ。そうしたら依頼を引き受けたのがまさかそのルーラ本人だったんだから驚きを通り越して、笑ってしまったよ」

 それからルーラとレオガルド殿下は出逢ったその日、ずっと二人でお喋りをして過ごしたらしい。

 それ以来、殿下は事ある毎にギルドの依頼を隠れ蓑にしてルーラと密会を繰り返していたんだとか。

「レオガルド様はドルガ様って言うですよ!」

 と、ルーラが言った。

 レオガルド殿下はギルドの前では偽名を使いドルガ、と名乗っていてギルドの依頼書にもドルガと名を打ってあるのでルーラはドルガからの依頼は必ず引き受けるようにして、そんな感じで二人は密かに愛を深めていたらしい。

「私はルーラを愛していて、ルーラも私を好きだ。そうだろう?」

「はい! ルーラ、レオガルド様大好きです! だってルーラに優しいですし、お菓子とかお金とかたくさんくれるです!」

 そういやぁこいつ、妙に報酬の良い依頼を終わらせてくる事が最近増えていたな。
 それがレオガルド殿下だったのか……。

「だから私はルーラに婚約者になって欲しいと話した。ルーラはすぐに承諾してくれたんだ。けれどルーラは書類上の年齢がまだ8歳だろう? だから私との関係は誰にも話してはいけないよと言っておいたんだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! あ、いや、待ってください殿下! 確か殿下には昔から数人の婚約者がいるって聞いてます。って事はルーラもそのひとりにしたいって事っすか!?」

「……確かに私には私の意思など無視された婚約者がいた。それは父上と母上が勝手に定めた政略結婚だ。その相手はルーフェン殿の言う通り5名いた」

「そんじゃあルーラは側室にって事ですか。まあ側室でもそんじょそこらの変な奴よりは全然いいかもしんないすけど……」

 とはいえ兄として、ルーラの事が心配なのだ。
 王族は確かに多くの女性をパートナーとして迎えても良い事になっている。だがその分ひとりに対する愛情とかは薄れがちなのではないかと思ったのだ。

「……殿下。申し訳ねえっすけど、俺はそういう事なら反対させてもらうっすわ」

 


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?

gacchi
恋愛
桃色の髪と赤い目を持って生まれたリゼットは、なぜか母親から嫌われている。 みっともない色だと叱られないように、五歳からは黒いカツラと目の色を隠す眼鏡をして、なるべく会わないようにして過ごしていた。 黒髪黒目は闇属性だと誤解され、そのせいで妹たちにも見下されていたが、母親に怒鳴られるよりはましだと思っていた。 十歳になった頃、三姉妹しかいない伯爵家を継ぐのは長女のリゼットだと父親から言われ、王都で勉強することになる。 家族から必要だと認められたいリゼットは領地を継ぐための仕事を覚え、伯爵令息のダミアンと婚約もしたのだが…。 奪われ続けても負けないリゼットを認めてくれる人が現れた一方で、奪うことしかしてこなかった者にはそれ相当の未来が待っていた。

[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

処理中です...